□警察の方々編□ 十一月下旬、年末も迫り犯罪が多発する時期にはいり、警視庁がフル稼働しはじめた頃、 佐藤は携帯電話を片手に浮かない表情をしていた。 もちろん彼女は署内でも一番の人気を誇るのだから、一課の刑事達は 彼女のその悩ましげな表情に、猫の手を借りたいほど忙しいにもかかわらず 手を止めてそんな彼女を凝視する。 「困ったわ。」 「どうかしたんですか、佐藤さん。」 「・・・高木君。」 ギロリと、刑事達の視線が彼女に話しかけた男・・・高木に向けられた。 自分たちも話しかけたかったのに。 そんな妬みを含んだ視線だったが、佐藤が心配でたまらない彼は 幸か不幸かその視線には気づいていない。 「悩むなんて佐藤さんらしくないですよ。」 「そう?」 「はい・・って佐藤さん?」 高木の言葉を聞いた直後に、 佐藤は手に持っていた携帯電話をスーツのポケットにしまい込んだ。 そして、いつも通りのきりりとした、刑事の顔になる。 一課の空気がピンっと張りつめた気がした。 「みんなに話があるわ。今は、刑事として忙しい時期だと分かってる。 だけど・・・・お願いがあるの。」 一度深呼吸して、佐藤はぐるりと部署内を見渡す。 もとから視線を向けていた刑事達はさらに真剣な表情になって佐藤を凝視した。 「工藤君が脱走したらしいの。みんなで探し出したいのよ。」 「「「「工藤君が」」」」 「「「「工藤さんが!!」」」」 「「「「「由希さんが!!!!」」」」 工藤新一が女になったということを知っている一課の刑事達は、 なぜかいま、彼が妊娠中であることも知っている。 そしてそのために彼を誘惑するような事件が起きないよう、 必死で寝る間も惜しんで働いてきたのだ。 それも、ひとえに工藤新一の出産を見守るため。 そんな新一命の彼らは俗に、『工藤新一親衛隊』とも呼ばれていた。 そして佐藤から発せられたのは、身ごもった彼が行方不明との情報。 ちなみに佐藤はこの親衛隊の一課取締役でもあるため この事実を聞いたときは、すぐにでも彼の捜査に当たりたかった。 だが、山積みの事件を目の前にして、どう動くべきか二の手を決められずにいたのだ。 「いまは、気温も低く、危険人が多発する時期。 動くかどうかはみんなの意志にまかせるわ。」 佐藤の目は真剣だった。 これで全ての仕事を蜂起するのならば、大きな責任問題になるだろう。 それでも彼を捜すかどうか。 刑事達の一人一人が軽く頷いて、携帯電話を片手に次々と席を立つ。 そして、数分後には部署内にだれもいなくなっていた。 「佐藤さん。」 「ありがとう、高木君。あなたのお陰で決心が付いたわ。」 「・・・いや、どういたしまして。」 「じゃあ、情報が入るのを待ちましょう!!」 佐藤はそう言い高木の肩を叩くとさわやかな笑みを残して、奥の取調室に向かった。 噂ではその取調室の奥に隠し部屋があり、そこが親衛隊の基地だとか・・・。 「僕が・・・おかしいんでしょうか。」 高木は1人机に座って、周りを見渡す。 残っているのは、書き残しの書類や、吸いかけのタバコ。 「工藤君、探しに行ってこようかな・・。」 遠くの方で佐藤の罵声が聞こえる。 “まだ、見つからないの” “時効1時間前の犯人が見つかった?ああ、それは適当に誰かに任せて捜査に戻って” と、時には耳を疑いたくなるようなセリフまで・・・。 この後、東京都民は凄まじいパトカーの台数に、大騒ぎになり、 動員された刑事が、工藤新一でなく、他の犯人(中には時効間際の者)を大量に逮捕し 結局は、工藤邸の近くの公園で散歩しているのを高木が発見するという結果になった。 ちなみに、今回、新一が散歩に行ったと知っていて、いなくなったと通報したのは 隣の科学者こと、灰原哀で、彼女のちょっとした警視庁への復讐だったとは知る由もない。 【警察の方々編 完】 □蘭ちゃん編□ 年も明けて、TV番組は正月特別版等で騒がしい時期、工藤邸を1人の女性が訪ねた。 綺麗な薄桃色の着物を身に纏い、上品な仕草でチャイムを押す。 「そろそろ胎教の時期よね。」 彼女は口元に笑みを浮かべながら、手に持っている紙袋を見つめた。 「ごめんね、なんか散らかっててさ。」 「何言ってるのよ、黒羽君。充分、綺麗よ。」 通された居間で着物姿の女性こと蘭は緑茶の入った湯飲みを受け取ると 部屋が散らかってると慌てる快斗に向けて微笑んだ。 「雅斗と由佳は?」 「博士のとこ。」 「ああ、発明品ね。まったくこりないなぁ。博士も。」 蘭の言葉に快斗は軽く肩をすくめる仕草をとると、 ふと、彼女の手にある紙袋に目をやる。 「蘭ちゃん、それ何?」 「これ?これは、胎教のための音楽。私の勘だと、次生まれてくる子供は 絶対に新一に似るわ。そうなると・・・ほら、音感がやばくなりそうでしょ?」 蘭はそう言って数枚のCDを紙袋から取り出す。 そして、居間のテレビの横にあるCDデッキに一枚入れた。 「ククッ。蘭ちゃん、それ禁句だよ。」 “新一の音感は異常なんだよね〜”と快斗は付け加えて 快斗は新一を呼びに行こうと席を立った。 そしてゆっくりと振り返った先には・・・・ 「し、新一・・・くん。」 「誰の音感が異常だって?快斗君。」 腕を組んでにこやかな笑みを向けてくる奥様にいつの間に・・・と快斗は唖然と見つめる。 そしていつまでも新一と視線を交える勇気もなく、 快斗は困ったように後ろで音楽を準備している蘭へと視線を移した。 そこには、まるでねらい通りといったしたり顔の彼女。 まさか・・・。 「蘭ちゃん、知ってた?」 「私だって空手をするもの。人の気配くらい読めなきゃ。」 クスッと微笑む彼女もまた、最近隣人の科学者に似てきたと思う。 もちろん絶対に口には出せないが。 「で、蘭。何しにきたんだ?」 「新一が暇してるとおもって、差し入れを持ってきたのよ。」 「赤ちゃんの為の胎教だって。良かったね。新一。」 快斗は先程の話がうまく流れたと思い、ホッとする。 そして、一緒に聞こうと新一を手招きして自分の隣に座らせた。 新一はそんな快斗の“おいでおいで”仕草に珍しく素直に、従う。 それに気をよくした快斗はまさに満面の笑みだ。 蘭がリモコンを持って、2人が座るソファーの向かえに腰をおろす。 そして着物の皺を軽く伸ばすと、再生ボタンを押した。 「いろいろと効果がありそうなのを捜してきたんだから。黒羽君もしっかり聞いてね。」 「へぇ〜、どんな曲・・・・って。」 聞いたことのあるイントロ。 快斗の頭の中で警戒音がけたたましく鳴り響く。 快斗はその警告に従おうと席を立ったが、それは隣に座る新一の手によって妨げられた。 「し、新一。」 「おまえが一緒に聞こうって手招きしたんだろ。」 「だ、だってこれ〜〜」 もはや快斗の表情は半泣き状態だ。 だが、音痴と遠回しに言われた新一がそんな表情を見せたくらいで許すはずもない。 グイッと引っ張られて再びソファーに座らせられた。 「黒羽君に似て魚嫌いになるのを防ぐためにはいいかなって思ったのよ。」 お魚天国を筆頭として、メダカの学校、ソーラン節など、 一言でも魚の名が出てくる歌をつなぎ合わせたコラボレーション。 「がんばって編集したんだから。って、あら。」 「もう、意識がねーな。」 蘭が視線を快斗に戻せば、顔面蒼白で魂の抜けたような表情の彼。 「そうだ、新一。たまにはカルシウムも必要だと思って、お煮付けも持ってきたから。 もちろん水銀関係の問題がない魚よ。」 「ああ、ありがとな。」 ちなみに、皆さんもご存じの通り、悠斗は魚嫌いに、由梨は音痴と この胎教の効果はほとんど得られなかった。 【蘭ちゃん編 完】 □服部夫婦編もとい、雅斗・由佳編□ 桜も咲き始める3月の暮れ、一本の電話が工藤邸に鳴り響いた。 『おっ、工藤か。俺や。』 「俺には“俺”って知り合いはいねーけど?」 『つれないやっちゃな。服部や、服部。』 「んな、うるさい声で電話する人間はおめーくれーしかいねーから分かってるよ。」 『・・・もうええわ。とにかく、遊びに行ってもええか?和葉連れて。 ほら、和葉も妊娠した、言うたやろ?それで、工藤にいろいろ話し聞きたいらしいねん。』 「ああ、いいぜ。まぁ、あんまり参考にはならねーと思うけど。で、いつくるんだ?」 『いやぁ〜言いにくいんやけど、今、東京駅なんや。ほな、あと1時間後に。』 「おいっ、服部っ!!!」 ツーツーツー 「新一、どうしたの。興奮したらお腹に悪いよ。」 新一の叫び声に、キッチンで朝食の準備をしていた快斗がフライパン片手に顔を出す。 その足下では、2歳となった雅斗と由佳が 快斗と同じ表情で不思議そうにこちらを見ていた。 「いや、服部がさ。来るって。」 「ふ〜ん。で、いつ?あいつのことだから突然思いついたんだろ。来週あたり?」 快斗はフライパンを一度、コンロに置くと、スタスタと新一の傍までやってくる。 そして、近くのイスにかけてあったカーディガンを新一の肩に掛けてやった。 先程顔を出したときに新一が上に何も着ていないことに気がついたのだろう。 妊娠8ヶ月を過ぎたあたりから快斗の過保護度合いは著しく上昇しているのだから。 新一は体を気遣う快斗に逆らう理由もなく、素直にそれをうけとった。 「今日だって。」 「そっか、今日か。相変わらずアポ無しで来る奴だよね。って、今日っ!!!!」 「おまえ、頭の回転遅くなったんじゃねー?」 まるでどこか売れない劇団のコントのように、テンポを遅らせる彼に 新一は冷ややかな視線を向ける。 「だ、だって。今日は4人でお花見だったのに。」 それで、朝早くからお弁当を作り、朝食もいつもより早く食べようと準備していたのに。 快斗はその場に崩れ落ちて、しくしくと無く仕草をする。 雅斗と由佳はそんな快斗を見て彼の頭を小さな手で撫で撫でしはじめた。 「パパ、いつでもいけるから。」 「ちゃくら、らいしゅうまでさいてるって。」 「うん。」 子供、それも2歳に慰められる親って・・・ 新一は目の前の光景を見ながら、乾いた笑みを漏らす。 だが、2人のそんな計らいによって “快斗を慰めて、準備をさせる”という新一の仕事が減ったのだ。 立ち上がって、部屋の掃除をはじめた快斗を確認して、 雅斗と由佳はブイサインを新一にしてみせる。 「ママのおしごと、へっちゃね。」 「ママはつかれちゃだめだって、あいおねえちゃんいってた。」 「ありがと、雅斗、由佳。」 鼻歌混じりで掃除をする快斗は知らない。 まさか、我が子が快斗のためでなく、新一の為に快斗を慰めたとは。 その後やってきた服部夫婦とともに、いろいろと談笑して 春の一時は静佳に暮れていくのだった。 ちなみに服部が生まれてくる子供と、新一のお腹の子供を 結婚させると騒いで、快斗と喧嘩になった話は、また別の機会に。 【服部夫婦編? 完】 □快斗&新一の両親編□ 「なぁ、なんで生まれる直前にしかいつも来ないんだよ。」 「あら、もっと来て欲しかったの。新ちゃん。」 「素直になったね、新一。これも快斗君のお陰かい?」 新一は大きくなったお腹をさすりながら、 心底嫌そうな表情で両親と向き合っていた。 「そうじゃない。来なくていいんだよ。来なくてっ。」 「孫の顔を見に来ただけじゃないか。なぁ、有希子。」 「ええ、ひどいわよね。」 「そう言って、雅斗と由佳が生まれて数日後に、 アメリカに持って帰ろうとしたのはどこのどいつだ。」 あはは・・・と優作と有希子の表情はごまかしを含めた笑顔になる。 そう、信じられないことにこの両親は前回、出産後に人さらいを実行しようとしたのだ。 まぁ、そこにからかいが含まれていたとしても、 新一にとって両親が油断のできない相手だと言うことは確実である。 なぜなら彼らが紫の上計画の下準備をしていることは間違いないのだから。 「とにかく、今回は生まれる前に帰ってもらうからな。」 「そんなぁ。顔ぐらい見て帰ったって。ねっ、新ちゃん。」 「じゃあ、一目見たらすぐに帰れ。」 「いやいや、せめて名前ぐらいよんでもらわないと。」 「何ヶ月居座るつもりだっ。」 赤ん坊が言葉を話せる、しかも名前を呼ぶ何ぞ一年以上はかかるはず。 もちろん、優作のほんのジョークなのだが、予定日と数日前とあって 気が立っている新一にもちろんそんな言葉は通じなかった。 「ああっ、快斗。こいつら追い出せ!!」 「いやねぇ、新ちゃん。快斗君は実家に帰ってるでしょ。」 「父さんよりも旦那様が恋しいのか。父さんは寂しいよ。」 「本気で・・・出て行け。」 およよと泣き真似をする両親に、新一はドスの利いた声を向けると、 もう嫌だとばかりに、隣へと向かう。 いつもならそんな新一を快斗が止めるのだが、 有希子の発言通り彼は母親に呼ばれて実家に戻っているのだ。 「ちょっと、新ちゃん。」 「隣に検診に行くだけだ。雅斗と由佳、よろしくな。」 「ああ、そうだったのかい。分かった、いってらっしゃい。」 玄関で見送る両親に、新一は行って来ますと返事を返す。 こうして送り出されるのは小学校以来だと思いながら。 「機嫌が良さそうね。今日は。」 「え?」 「いえ、何でもないわ。」 阿笠邸を訪れた新一を見て、哀はクスッと笑った。 きっと彼の両親が来ているせいだろう。 表情は不機嫌そうにしているが、瞳がとても穏やかだ。 昨日の検診の時はあんなに緊張と不安の色に染まっていた瞳だったのに。 「お二人の発言はあなたの緊張緩和剤なのよね。」 「誰のことだよ。お二人って。」 「ようするに、心配してるってことよ。みんな。」 今頃は、快斗も彼の母親から今後のことについて いろいろと言い聞かせられているころだろう。 厳しく言って下さい、と快斗の母に頼んだのは実の自分なのだから。 哀はそう思いながら、新一の検診を始めるのだった。 まぁ、何だかんだいって、一番心配してるのは、 快斗以外では哀なのかもしれない。 【快斗&新一の両親編 完】 |