おそらくこの屋敷の中で、最も警備が厳しく重要とされているであろう部屋のひとつの前で止まると、

入り口に立つ厳つい護衛が見慣れた俺に深々と頭を下げる。

現在の上司であるバジルから受け取った文書を無事にこの館の主に渡すのが今日の役目。

 

ノックをすると、凡そ、イタリアを取り仕切る勢力である由緒あるマフィア組織

ボンゴレのトップと思えないほどの幼い声が聞こえた。

 

 

〜ボンゴレの執務室〜

 

 

「あっ。ラル。わざわざごめんね。」

 

バジル君から連絡あったから、そろそろと思ったんだ。と微笑んで

現在のドン・ボンゴレ。沢田は執務室の奥にある席から立ち上がる。

 

ゆるりと部屋を見渡すと、客用のソファーには雲雀と山本が

日本で見たことのある卓上ゲームに講じていて、

リボーンと六道、クローム、そして笹川、三浦は金を中心に積んでカードゲームをしていた。

 

「獄寺君が居なくてさぁ。あ、みんなもなんか飲む?」

 

とコーヒーを準備しているボスなど、世界広しと言えどここだけだろう。

獄寺が居れば、一番に動くだろうが、沢田の言葉通り今は仕事で抜けているようだった。

 

「沢田・・。私が口を出すのもなんだが・・。」

「あっ、コーヒー嫌でした?」

「ラルが飲まねぇなら、俺が貰うぞ。」

「リボーンはエスプレッソが好きだろ。」

 

そうじゃなくて、と俺は頭を抱えて、ボスがいれてくれたコーヒーを受け取る。

そして空いている方の席に座り、

隣で木製の駒らしきものを動かす山本に視線を向けた。

 

沢田は未だにリボーンのエスプレッソを準備しており、『僕は緑茶ね。』と

図々しく向かい側の席に座っている雲雀が彼の背中に声をかける。

それに『了解です』と笑顔で返す沢田に俺はもう何も言うまいと思った。

 

とりあえず、先代のボスである9代目とバジルくらいには報告して

彼を労ってもらうくらいのことしかできない。

 

「山本。これは何だ?」

 

沢田が席に着くまで時間があるため、俺は気になっていたことを口にする。

家光がバジルとやっていたのを見たことはあるが、聞いたことは無かった。

山本は俺の問いに、ああ。と笑顔を浮かべる。

 

「将棋だ。そっか、ラルは知らないのか。」

「こっちでいうチェスみたいなものだよ。」

 

雲雀が付け足して、駒を動かした。

ふーんと曖昧に頷いて俺は暫く戦局を見守るが、ルールが分からないためよく分からない。

そうこうしているうちに、お茶を持った沢田が席に付き、雲雀の隣に腰を下ろした。

 

「はい。雲雀さん。」

「うん。」

「山本も。」

「サンキューな。」

 

この光景を見たなら、彼の右腕兼忠犬が黙っていないだろう。

その様子を想像して、騒がしくなることを思えば、

彼は居なくて良かったかもしれないと感じた。

 

その分沢田が大変だろうが。

 

「バジルからだ。何でも重要なものらしいな。」

「郵送じゃ危ないからって。ラルも知らないんだ。」

 

そう言う本人も中身が何なのかは知らないらしい。

重要という言葉に反応したのか部屋に居る全員が視線を沢田に集めた。

 

「とにかく渡してくれとしか頼まれていない・・それにしても、

 これだけでかい屋敷なのに、なんでこの部屋に集まっているんだ。おまえら。」

 

仕事はどうした?と視線で尋ねると、リボーンと骸は鼻で笑う。

三浦だけが終わりました。と微笑む。まだ可愛げがあるだけマシだ。

ということは、この部屋で仕事をしていたのはおそらく沢田だけだろう。

 

「ツナの仕事が終わるのをみんなで待っていたんだな。これから昼だし。」

「昼は極限、皆で食べるものだぞ!」

「ボスと、ご飯は一緒。」

 

言われてみれば12時を回っており、とりあえず事情は分かったものの

やはりおかしい状況に変わりは無かった。

 

「で、何なの、それ。」

 

雲雀の問いかけに、沢田がひとつの冊子を取り出す。

そして、『げっ』と先ほどまで穏やかだった表情を固まらせた。

 

「ツナさん。なんかお見合い写真みたいな冊子ですね。」

「みたいじゃなくて・・・そうなんだよ。」

 

テーブルに置かれたその冊子の中央には、清楚な女性が微笑んでいる。

ちょっと待て。俺はわざわざここまで見合い写真を運ぶために使われたのか。

 

というより、

 

「雲雀。その殺気を俺に向けるな。俺だって被害者だ。」

「これまで潰してきたのに。余計なことをするからだよ。」

「バジルも家光に頼まれて断れなかったんだろうな。」

 

ニッと口元を緩めるとリボーンは写真を興味深そうに眺めた。

 

「愛人の一人にはちょうど良さそうじゃねぇか。」

「嫌だよ。俺はそんなことはしないってぇの。だいたいまだ10代なのにさ。」

 

「そうですよ。ボンゴレ。今は愛だの恋だの言っている時期ではありません。」

「ツナさんの愛人はハル一人で充分です。」

「いや、違うから。ハル!!」

 

思い思いに話す面々に頭痛を感じてくるのは不可抗力だろう。

察するに今までの見合い写真は守護者達によって消されてきたため

疑われない俺に託したというわけか。

 

その証拠にこの沢田の驚きよう。

始めて見合い写真なんぞを受け取ったのだろう。

 

「後継者問題は門外顧問にとって重要だからな。そう腐るな、ラル。」

「ごめんね、ラル。」

 

うな垂れる沢田に俺は怒る気もうせて、邪魔したなと席を立った。

というより、見合い写真をすでに切り刻んでいる山本の所業を誰か窘めろ・・・。

 

「そうだ、ラル。お詫びにお昼を一緒に。」

「気持ちだけ受け取っておく。」

 

昼は昼で騒がしそうな面々を想像して丁重に断ると後ろ手で扉を閉めた。

扉口にたった男達の会釈に軽く視線で答えると、正面から走ってくる男が目に入る。

 

10代目――!!」

 

その姿と声に、昼を断って正解だったと確信したのは言うまでもないだろう。