いつものように小説を読みながら、ふと顔をあげたとき目に付いた。

快斗のシャツの袖口のボタンがとれかけていることに。

 

【ソーイング】

 

「快斗。」

「ん?どうしたの新一。」

 

夕食に使うのだろうもやしの芽をとりながら快斗が顔を上げる。

新一は返事を返さず小説をテーブルにおくと、う〜んと考え込み始めた。

 

「新一?」

「・・・ああ、あそこにあったかな?」

 

ポンッと手をたたいてテレビのそばにある小さな棚の引き出しをあける。

そしてその手に取り出されたのはソーイングセット。

 

「縫い物?」

「そう。おまえの袖口をな。」

 

新一はそう言ってトントンっと自分の手首を細い指で示した。

それにようやく快斗も気がついたのかとりあえずボタンをとる。

 

「何、縫ってくれるの?」

「おまえが嫌じゃなきゃな。」

「嫌な分けないじゃん。」

 

クスクスと笑う新一に快斗も満面の笑みを浮かべて袖を差し出す。

新一はその手を取ると、針に糸を通しプチッと歯を使って切り取った。

 

視線を袖元に向ける新一を快斗は見つめる。

すぐ側にある新一の髪の毛を、窓から吹き込む風が揺らしシャンプーの香りが漂う。

 

「なんか、こんなのいいよね。」

「ん〜?」

 

集中しているのか新一の返事は生半可なもの。

もともと手先はあまり器用な方ではない彼にとっては

裁縫も少しは真剣にしないとできないらしい。

まぁ、それでも決して下手なわけではないのだが。時間がかかるのだ。

 

「俺だけのためにいま、新一の時間は動いてる感じじゃん。」

「ばっ・・・つっ。」

 

突然の快斗の発言に新一は思わず自分の指を指してしまう。

ツッと赤い血が指から流れた。

 

「新一!!大丈夫!?」

「でかい声を出すなよ。ちょっと指しただけだろ。」

「でも、ごめんね。新一。」

「あっ、動くな。もう終わるんだから。」

 

ペロッと指をなめて縫い終わると、玉止めをして針を針山にさす。

 

「ほら、できた。」

「じゃあ、今度は俺の番。指の治療しなきゃ。」

 

快斗はそう言うと手をとって消毒を始めた。

そして、新一の裁縫とは対照的にあっという間に終わる。

 

やはり手際がいい。どうしてこんなに器用なんだろうか。

 

新一はジッと快斗の袖もとを見る。

きちんとつけられてはいるが、どうにも不格好のような気もするし・・・。

 

「新一?まだ痛む?」

 

難しい顔をしていたのだろう。

快斗が勘違いをしたのか心配そうに顔をのぞき込んできた。

 

「いや、自分でつけた方がよかったんじゃないかって。」

「え、袖のボタンのこと?」

 

黙ってうつむく新一に、快斗はかわいいな〜と口元をゆるめる。

 

「俺は嬉しいんだけど。」

「そんな不格好で?」

「どこが不格好なんだよ。すっげー上手じゃん。」

 

そう、快斗の言うとおり、ボタンはきちんとしっかり止められていた。

それでもやはり新一には納得がいっていないらしい。

う〜んと様々な角度から袖を眺める新一を見ていて、

快斗は新一のどことなく頑固な部分に苦笑を漏らした。

 

だけどいつまでもそんなことをしていれば、やはり暇になってくる。

 

「新一。そんなに見たって変わらないって。」

「だけどなぁ〜。」

 

どこの縫い方でここにふくらみができたんだ?

 

なぜか糸の絡まりで推理モードに入ってしまったご様子。

 

「新一。そんなことより、つけてくれた御礼をしたいんだけど。」

「は、御礼?」

「そっ。」

 

快斗は顔を上げた新一に、タイミング良く唇を重ねる。

先ほどから至近距離で見え隠れしていた首もとにうなじ。

加えて縫い物をするときに、糸をきる口元や、血をなめる舌。

そんなものを立て続けに見せられて、快斗の良心はもはや機能を完全に失っていた。

いわゆるオーバーヒートというやつだ。

 

「んっ。」

「ソファーとベットどっちがいい?」

「そりゃ、ベットって。こんな昼間からか!!」

「さそった新ちゃんが悪いんです。」

 

ヒョイッとお姫様だっこして、キスをこめかみやおでこに降らせると

最後にもう一度唇をふさぐ。

 

「今日はいい日になりそうだ。」

睨み付けて最後の抵抗を見せる新一を見ながら、快斗はクスッと笑った。

 

 

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