「あの、もう一回言ってくれる?哀ちゃん。」

「あら、耳が遠いわね。検査でもする?」

「遠慮します。」

 

 

午前中のテストを終えて帰りに立ち寄った山奥にあるロッジ。

そう立ち寄れる距離ではないのだが

快斗は会いたい人のためならばこのくらいの道のりはもろともしない。

 

だけど、テスト期間中はさすがにそうもいかないので、

4日ぶりにようやく訪れたが、その目的の人物は外出中。

 

◇それから・・・◇

 

 

「だから、工藤君は色黒の関西人とトロピカルランドでデート。

って、もういないわね。」

 

哀が振り向けば、そこには風によって開閉しているドア。

 

いったい、彼らにいつまで付き合わされるのだろうか?

 

「なるべくはやく、決着つけてよね。黒羽君・・・。」

 

哀は大きなため息をつくと、ドアを閉めるために立ち上がった。

 

 

 

目的の人物こと、工藤新一と黒羽快斗として出会って、はや1ヶ月。

いける日はなるべくロッジへ立ち寄って

ようやく親友の座まで昇格できたと思う。

しかし、快斗が目指しているのはさらにその上。

 

それなのに、今日は最大のライバル?である色黒迷探偵と

愛すべき人はデート。

 

「ぜったい、何かの間違いだ!!」

 

電車に飛び乗って、大きな声で叫んだためか、

同じ車両に乗っていた人達が一斉に快斗を睨み付ける。

 

だが、快斗はデートをどうやって邪魔しようかと、

そのIQ400の頭をフル稼働させていたため、

非難の視線などまったく気づいていなかった。

 

 

一方その頃、新一はトロピカルランドの一角にあるお化け屋敷にいた。

もちろん、デートでと言うわけではない。

平次のほうはその気のようだが・・・・。

 

「なんで、俺が雪女なんだよっ。」

「文句いうなや工藤。雪男よりはましやで。」

 

平次が友人の変わりに1日だけここのバイトを引き受けたのがきっかけで、

新一もその手伝いをするハメになった。

まあ、それでも新一は前々からお化け屋敷のバイトをやってみたかったし

お金も必要だったので快くOKしたのだが。

 

だが、問題は雪女に扮しなくてはいけないということ。

白い着物に、腰までの長い髪。

見とれることはあっても、驚くことはないだろうといった格好だ。

 

「せやから、工藤にお客さんが見とれてるとき、

わいがうしろから脅かすんや。」

「今日から、よろしく頼むよ。」

 

いったい、男の雪女に誰が見とれるというのだろうか?

そう疑問を持ちつつも新一はとりあえず持ち場へと移動するのだった。

 

 

 

「たっく、どこにいるんだよ。」

トロピカルランドのメインアトラクションを中心に全て調べたが、

平次と新一は見つからなかった。

まさか、哀が嘘を付いたのかとも一瞬考えたが、

彼女がそんなくだらない冗談を言う人物でないと言うくらい、

ここ1ヶ月で十分承知しているつもりだ。

 

おまけに、新一をアナウンスで呼び出すことは絶対にできない。

まだ、彼のみに降りかかった事件は解決していないのだから。

 

「まるで、初めて会った時みたいだよな〜。」

 

快斗はとりあえず人気の少ない場所にあるベンチに座って、

背もたれに全体重をかけた。

この広い園内をかけずり回ったので、さすがの快斗も疲労を感じている。

 

同じようにして、時計台を駆け上ったのはもう1ヶ月前のこと。

あの時、あきらめていなくて本当に良かったと思う。

このわずかな時間で、新一の内面に隠された

本当の彼自身を少しずつではあるが知ることが出来たから。

 

あの頃以上に、正確に言えば日々、自分の新一へ対する愛情は

どんどん増していった。

 

そして、同時に生まれてくる汚い感情。

それは独占欲。

 

愛情が増せばますほどいやなくらい独占欲もうまれていく。

哀や博士にでさえ、彼と一緒に住んでいることに嫉妬してしまうほどに。

 

「俺って、こんなに執着するタイプだったんだな・・・。」

 

上を見上げれば、このうえない真っ青な空が広がっている。

まだ、3月なのに、春の気配は確実に近づきつつあって・・・。

柔らかな春の光に、テスト疲れも重なってか、快斗の瞼は重さを増していく。

 

意識が、夢の中へ飛び込みそうになったその瞬間・・・・・

 

「ねぇ、あそこのお化け屋敷の雪女すっごい美人だったよね。」

「うん。見とれてたら雪男に脅かされて心臓止まるかと思ったもん。」

 

今時の若い女性2人が楽しそうに会話しながら、目の前を歩いていく。

その、“凄く美人の雪女”の部分がなぜだか頭に引っかかった。

 

「まだ、俺、中に入ってないじゃん。」

 

考えてみれば早く捜すために、

入り口の受付の従業員に聞いてまわっただけだった。

新一の顔はわりと人の記憶に残るから、

もし、中にいるならば彼らに聞けば分かる快斗はふんでいたのだ。

 

しかし、彼がスタッフとして働いているのなら・・・・。

 

「お化け屋敷だな。」

 

トロピカルランドにあるお化け屋敷は一箇所。

快斗はそこを目指してかけだした。

 

アルバイトに誘ったのであろう平次を恨みながら。

 

 

案の定、そのお化け屋敷にはいつもに増して凄い人が並んでいた。

夏ならともかく、この時期、お化け屋敷を順番待ちするなど

ほとんどないはずなのだが。

それを可能とさせる人物はきっと工藤新一しかいない。

快斗の仮説は確定へと変わっていた。

 

 

 

「そろそろ、交代の時間やな。」

「悪いけど、工藤君はもう少しお願いできるかい?

 お客さんが君を目当てに来ているみたいだから。」

「あ、はい。」

 

バイトの先輩は困ったように頭をかいていた。

 

「じゃあ、飲み物でも買ってくるさかい。がんばってな、工藤。」

「あ、ああ。」

 

平次はとりあえず交代する人物が来ていたので、

うまく客の来ない時間に裏口から外へと出た。

 

真っ暗な世界から、外に出ると太陽の光が視界に広がる。

その、明暗の差に平次は思わず目を細める。

 

「初めまして服部平次君。」

「ん?」

ようやく目が慣れて、しっかりとその瞳を開けば、

そこには新一に似た快斗が立っていた。

 

「誰や、じぶん?」

「工藤新一の恋人♪」

「さよか。わい、急ぐさかい、冗談にはつきあえへんで。」

 

平次は快斗の言葉をシカトして、通り過ぎようとした途端、

ぐらりと体が傾くのが分かった。

 

強い衝撃がみぞおちにはしって、意識がかすんでいく。

 

「新一をあんまり引っ張り回さないでくれる?これ、最後の忠告だから。」

「な、おまえにそんなこと言われる筋合いは・・・。」

「次、新一と俺の時間を邪魔したら、・・・覚悟しといてね。」

 

 

 

「おせーな、服部のやつ。」

新一はお化け屋敷のセットの脇に座り込んで、次のお客を待っていた。

 

「またせたな、工藤。ほれ、コーヒ。」

「・・・・。」

 

入ってきた平次に、新一は目を細める。

そして、呆れたようにため息をついた。

“ここで何やってるんだ?”という言葉と共に。

 

 

 

「あら、早かったのね。」

 

新一は哀の前を素通りしてソファーに倒れ込んだ。

よっぽど疲れたのか、もう寝息を立てている。

 

「珍しいわね、こんなところで安心して眠るなんて。

まぁ、黒羽君のせいかしら。」

「なら、いいんだけどね。」

 

熟睡する新一のこめかみにキスを落として、毛布を掛ける。

そして、その癖のない髪をゆっくりとした手つきで撫でた。

 

髪が指の間をすり抜けていく久しぶりの感覚に、快斗はようやく一息つく。

やっと、独占欲が満たされた気分だ。

 

「で、大阪の探偵さんは?」

「さあ、今頃、首吊りお化けでもやってんじゃないの?」

 

快斗が何をやったのかは、哀には想像できなかったが、

とりあえず新一を軽はずみに誘うことを止めるように

忠告してきたことだけは確かであろう。

 

新一の体の弱さに無頓着な平次と会うのは、

哀にとっても気が気じゃなかった。

 

「でも、新一、なんでバイトなんて。」

「知っているけど、私からいう事じゃないわ。」

 

「そっか。まぁ、新一の雪女見れたからいいけど。」

 

快斗は平次に変装して新一を連れ帰ったことを思い返す。

本当に、見とれてしまうほど綺麗だった。

 

 

・・・・・・・・・・・

 

 

「2人して、眠っちゃったのね。」

 

快斗も疲れたのだろう。

本当に気持ちよさそうに眠っていた。

天下の大怪盗がこれでいいのか?とおもうほどの無防備な寝顔。

こんな風に、寝ている2人を見るとお互いに、お互いを

精神安定剤にしているんだと、改めて実感させられる。

 

「目標額まで、いったようね。」

 

新一が手に握りしめているのは、今日の給料だろう。

快斗がこなかったこの4日間、いろいろとバイトをしていた新一。

 

何に使うお金かと聞けば、快斗にあげるもののためだと

少しふてくされて言っていた気がする。

新一は、学校に行っていない自分に、

勉強を教えてくれる御礼くらいの気持ちなのであろう。

でも、その気持ちだけでないことを哀は知っている。

まぁ、当の本人が気づいているのかいないのかは、分からないが。

 

「それまで、一番疲れるのは私なのよね・・・きっと。」

 

そう遠くない未来、恋愛に疎い新一から相談されるのは確かであろう。

 

あとがき

はじめに、平次君、そして彼のファンの方ごめんなさい。

ちょっと、独占欲の強い快斗を書きたかったんだけど不完全燃焼だなぁ〜。

 

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