月明かりの中、雅斗と由佳、そして悠斗と由佳はダイニングの窓の近くに快斗を挟む形で寝ころんで、

昔話を聞いていた。

どこから持ってきたのか、その傍には灯籠があり、やわらかな光で手元を照らしている。

家中の明里は全て消してあるので、月や星が本当に綺麗に見えた。

 

 

〜天の川を越えて〜

 

 

「・・・というわけで、織姫と彦星は年に一度しか会えなくなったのでした。おしまい。」

 

快斗は本を閉じて両側を見る。

隣にいた由梨と悠斗はいつの間にか眠っていたようで気持ちよさそうな寝息を立てていた。

まだ、2歳なのだから眠くなるのも無理はないだろう。

快斗は本を片づけてから壁に掛けてある鳩時計で時間を確認して苦笑した。

 

 

夏といっても風邪を引いては大変なのでとりあえず手近にある青空色のブランケットをかける。

 

 

 

「なんか、いいね。」

 

しばらく物語の余韻に浸っていた由佳が思い出したように口を開いた。

その言葉に、雅人は顔をゆがませる。

 

「なんで?僕だったら嫌だよ。」

「え〜。いいじゃん、会えたときの喜びが大きくて。」

「でも、一年に一度じゃ嫌だ。パパもそうだよね?」

 

ガバッっと起きあがって雅斗は快斗に同意を求めた。

雅斗が動いたのと同時に、由佳もまるで張り合うように起きあがって快斗に駆け寄る。

そして、2人共、快斗のズボンを掴んでジッと見つめた。

 

 

“どっちが正しい?”

 

そんな表情だ

 

 

快斗は困ったように首をすくめる。

4歳になったばかりの子ども達は正しい正しくないの判断をし始めるころでもある。

 

物事に正否や善悪がかならずあるとは限らないのだが、

この2人は他の同じ年の子ども達よりも正否や善悪にこだわるらしい。

 

まあ、家族の職業柄も多少なりと関わっているのかも知れないが。

 

 

「俺はどっちかといったら、雅斗の意見に賛成だな。」

 

快斗が答えを返した途端に、2人の表情は先程まで全く一緒だったはずなのに、

笑顔と拗ねた顔に一瞬にしてわかれる。

そして、雅斗は拗ねた表情をしている由佳をみて得意げに笑った。

 

 

「ロマンチックが分かってない、パパって。」

ぷいっと顔を他の方向に向ける由佳に快斗は困ったように頭をかく。

ロマンチックなどという言葉をいたいどこで覚えてくるのだろうか。

 

「まあ、考え方はそれぞれ違うから。・・・由梨、雅斗おいで。」

 

蚊取り線香に火を付けて、快斗は外へ出ると2人を呼んだ。

雅斗はすぐに走ってくるが、由佳はまだご立腹らしい。

 

「由佳。」

「・・・・。」

もう一度呼ぶと、まだ不機嫌顔ながらもこちらへと歩いてくる。

そして、小さな紅いサンダルを履くと、快斗と雅斗のそばに立つ。

 

 

 

 

 

3人で空を見上げる。

天の川は見えないけれど、本当に星が綺麗だ。

 

「由梨は、パパとママと一年に一度会えればいいか?」

「絶対嫌!!」

 

快斗はしゃがんで由佳と視線を合わせると、由佳は全身で快斗の問いかけに答えた。

 

「結局は、みんな大好きな人とは一緒にいたいんだよ。」

 

だから、こうしていれることに感謝しなくちゃね。

そう付け加えて頭を撫でると、由佳は笑顔で頷いた。

 

もう、すっかり機嫌はなおっているようだ。

 

 

 

快斗は再び空を見上げて、考える。

 

今、調査で静岡の山中にいる新一のことを。

考えれば考えるほど、会いたくなってしまう。

まだ、2日しか離れていないのに。

 

 

「パパ、パパ。」

「ん?」

「携帯。」

 

 

雅斗に袖を引っ張られて、気づけばズボンのポケットに入れていた携帯が小刻みに震えていた。

仕事場でバイブ設定にしたままだったのだろう。

気づくのに随分と遅れてしまったようだ。

 

 

 

 

『快斗・・やっと出たな。』

「新一?」

 

 

久しぶりに聞く、新一の声。

 

 

 

今回の調査は、人捜しの為の張り込みだと新一は言っていた。

近くにあるのは貸別荘で、電話もないらしく、おまけに山奥で携帯電話も通じない。

 

 

 

『服部と交代で買い物に街まで来たからさ、公衆電話からかけてるんだ。家のほうはかわりないか?』

「うん、雅斗と由佳も傍にいるよ。かわろっか?」

『いや、いいよ。小銭、あんまり持ってないから、そう長くは話せないし。』

「そっか。」

 

あいにく雅斗も由佳も星を見るのに夢中のようだし。

 

快斗は新一と少しでも長く話せると思うだけで嬉しかった。

いつもなら、ここで由佳達にかわって、結局は自分に回ってこないのだ。

 

 

『星、すっごく綺麗でさ。それ見たら・・・』

「それをみたら?」

 

 

 

『快斗に会いたくなった。』

 

 

 

本当に小さくい声で、聞き取りにくかったけれど、新一のその一言は耳にしっかりと届いていて・・・。

 

 

『快斗?』

「・・・新一、待ってて。」

『は?』

 

快斗は電話を切って、車のキーをポケットから取り出す。

そして、再び携帯電話で隣の家に電話をかけた。

 

「哀ちゃん。ちょっと留守番頼むね。じゃっ。」

 

電話の先で呆れた哀の声がしたが、

快斗は気にすることなく電話を切ると、急いで車のほうへと向かう。

雅斗と由佳はまだ熱心に星を眺めているために、快斗が動いたのには気づかなかった。

 

車を外の道へと出したとき、隣から哀が出てくる。

 

「工藤君のところにでも行くの。まさか、なにかあったんじゃ。」

「何かあったよ。すっげー嬉しいことを新一が言ってくれたんだ。」

 

 

「・・・ごちそうさま。」

哀は車が発進するのを見送って、玄関から庭のほうへと向かった。

 

そこには、快斗がいなくなってとまどっている2人。

「だらしない、父親ね。」

哀を見つけて嬉しそうに駆け寄ってくる2人を部屋へと連れて行って、そう思わずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「おそかったやないか。」

「電話、してたんだよ。で、あいつに動きは?」

「なんもないで。ほんまにあそこにいるんやろか。」

新一は寂れた冷蔵庫に買ってきた食材を入れて、再び窓から空を見る。

快斗の最後の言葉が気になるが、まさかここまではこないだろう。

 

あと数日で七夕。

ちょうど、家に帰るのもそのころだろうか。

 

「織姫と彦星か・・・。」

 

 

「なんや、黒羽が寂しがっとたんか?」

 

新一の一言から、全てが分かったらしい平次はニヤリと意味ありげに笑うと

両手に持っているビールの一本を新一へと手渡した。

 

プシュ

炭酸の抜ける音は、今の時期、清涼感を感じさせる。

新一はそれを喉で味わうと、平次の問いかけに軽く頷く。

 

 

「もし、黒羽が彦星で、工藤が織姫やったら、・・・黒羽、泳いででも工藤に会いに行くで。絶対に。」

 

平次の言葉に新一は苦笑する。

まわりの目から見れば、快斗が自分をすごく思っているように見えるのだろう。

もちろん、すごく大切にされているのは新一自身も自惚れではないがよく分かっている。

 

だけれど、快斗と同じくらい・・いやひょっとしたらそれ以上に

自分自身が彼を思っているなんて誰も知らないだろう。

 

 

 

織姫と彦星だとしたら・・先に会いに行こうと思うのは俺のほうが早いはずだ。きっと。

 

 

 

「まあ、本当に今からこられても、わいとしては困るなぁ。2人に当てられるさかい。」

「来るわけねーよ。」

 

新一はそう言葉をのこして外へと向かう。

木々の中に見える天の川は綺麗だが、少し憎らしく思えるのは何故だろう。

 

あれさえなければ、2人はいつでも会えるはずなのに。

 

 

「彦星も甲斐性のない男だよな。」

 

 

川を渡ろうとしないなんて。7月7日を待っているだけなんて。

 

そんな事を思ってしまうのは・・・快斗が来ないせいだろうか。

来ないと分かっていても期待してしまう自分が確かにここにいる。

 

 

「じゃあ、俺は、甲斐性のある男だね。それなら。」

 

グイッと急に後ろから引き寄せられて、顔を上げれば、

イタズラを成功させた子どものような笑顔の快斗がそこにはいた。

 

 

「・・・快斗!!」

 

いったい、どんな速さで車を飛ばせばこの短時間でここまで来れるのだろうか。

 

 

「新一がどこにいても、すぐに来るよ。俺は。」

「・・・だろうな。」

 

2日ぶりのはずなのに、ずいぶんとあっていない気がする。

たまには、こんなふうに離れてから会うのも良いかも知れない。

新一はそう思いながら、快斗の胸に頭を預けた。

 

 

 

月に映し出された2人の影が重なる。

 

 

 

平次は監視用の双眼鏡を片手にその影を目に留めて、

今夜はどこに泊まろうか・・・・それともいっそのこと、監視している家にでも押し入ろうか。

そう考えずにはいられなかったとか。

 

あとがき

新一が別人のようだ・・・。とりあえず、季節ネタの七夕で。

 

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