廻船問屋、長崎屋の若だんな、工藤新一は今日も今日とて寝込んでいた。
もし趣味でも聞かれたならば病気にかかることと即答できそうなほど体の弱さでは折り紙付だ。
もちろんそんなことを言われたならば、当の本人は渋い顔を作るだろうが。

 

〜掌中の珠〜

 



「ほら、若だんな起きて。特性の秘薬を持ってきたからさ。これできっと、風邪も良くなるよ。」
「苦い薬やけど、我慢するんやで。」

若だんなを世話するのは年上の2人の手代。
名を、快斗と平次という。
2人とも一見すれば普通の人間であるのだが、実際は白沢と犬神という妖しであった。

平次に背中を支えられて、薬湯を受け取るが、

その薬湯の色といったら、とてもこの世のものとは思えないほどに不気味で。

何がはいっているとは聞きたくとも聞けない。


――どうせ、河童の手とかそのあたりだろ。


げっそりと肩を落として快斗を見れば、彼はニコリと人好きのする笑顔を浮かべるだけだ。

「これを本気で俺に飲めと?」
「飲んだらご褒美に、和菓子を持ってくるからさ。」
「和菓子より暗号がいい・・。」

「ダメや。昨日まで死に掛けとったんやで。自分。」

ほら、と再度差し出された薬湯をしぶしぶ手にとって、新一はゴクリとそれを飲み干す。
途端に口の中に広がった苦味に新一は思わずむせこんでしまった。

「おやおや。若だんなは薬湯ものめないのかい?」

そんな様子に、屏風のほうから声が聞こえてくる。
あるのは色男の書かれた一枚の屏風。人の姿などありはしない。
それでも、先ほどの声の主は確かにそこにいるのだった。

「おい、屏風のぞき。若だんなを侮辱するなら、この俺が許さねぇぞ。」
「そうや。今夜の風呂の焚き火にくべるで。」

ひゅるりと屏風から出てきた妖し、屏風のぞきこと白馬探に、手代2人はきつい視線を向けた。

傍に仕える快斗と平次はそれはそれは若だんなである新一に甘く
1に新一、2,3以下は無しといったほどである。

するどい視線にビクッと身体をこわばらせた白馬を見て、新一はやんわりと2人を制した。

「やめろよ。2人して白馬を虐めるなよな。」
「若だんながそういうなら、いいけど。」
「しゃぁないな。そや。若だんな。約束のお菓子やで。」

しぶしぶと引き下がる快斗と平次に白馬はホッと息をつく。
白馬とて若だんなは可愛いが、ときどきこうして相手にして欲しくからかってしまうのだ。

平次は白馬が屏風に帰った事を確認すると薬湯の入った湯のみを片付け、
切り分けておいた羊羹を新一へと差し出した。

と、そのときだった。
若だんなの袖口から、身の丈数十センチほどの小さな鬼が転がり出てくる。
きゅわ、きゅわ。と怖い顔つきに似合わない声を上げて若だんなの菓子に群がる妖怪。
鳴家(やなり)だ。

「若旦な。我にもお菓子をください。」
「我も」
「われも。」

「もちろんあげるから。ちょっと待ってくれな。」

鳴家が乗り、重みの増した布団に新一は苦笑しながら羊羹を切り分けてやる。
すると、鳴家たちは、嬉しそうに『きゅわ、きゅわ』と鳴き声を上げた。

「あんまり食べ過ぎるなよ。それ、若だんなのなんだからな。」

新一の布団に乗りたがる鳴家たちを新一が重く感じないようにと適度に払い落としながら、

快斗は小さくため息をつく。
しかし、鳴家たちは少しでも新一の傍にいたいのか、諦めずに何度も布団によじ登った。

「さて、羊羹を食べたら寝てくれよ。」
「暗号・・。」

ポンポンと頭をあやすように撫でられ新一はぷっくりと頬を膨らませる。
そんな新一の可愛らしさに快斗が思わず手を伸ばしかけたとき、ギシッと小さく縁側の床板が軋んだ。

3人が視線を向けると、一匹の猫がみるみるうちに、美しい人の姿に変わる。

「お見舞いに来たわ。若だんな。とびっきりのお土産を持ってね。」

そう言って、妖しである猫又は微笑むと新一のそばにそっと腰を下ろした。


「土産って、事件の話じゃないだろうな。志保。」
「今はダメや。若だんなの身体に障るさかい。」

「そうやって大切にしすぎるから・・。」

志保の呆れた声に、快斗と平次は視線をきつくする。

「事件なんて、若旦那の暇つぶしになるだけのこと。若旦那に危害が及ばないならどうでもいいんだよ。」

「・・・そうだったわね。あなた達は若だんなさえ元気ならば良いのよね。」

「「当然」」

間髪いれず頷く二人の手代に新一はもはやため息さえ出ず、
ひざのうえに居る、鳴家を撫でてやるのだった。

END