お前には言ってないんだけど、 本当はお前のことをすごく思ってるんだ。 絶対に失えない存在だってくらいに。 ただ、言葉に出すことは出来ないだけ。 それじゃ駄目だということもわかっちゃいる。 伝えたい想いは、溢れそうになるほど胸にある。 そう、それは、たとえばコップいっぱいに入った水のように、 その淵よりも盛り上がっている状態と同じ。 いつの間にかこんなにもいっぱいになっていたお前への想い。 だけど、 どうしても声に出せない。 おまえが求めている言葉なんて、分かりすぎるほど分かっている。 『好きだ』と告げてくるお前の、切なく細められた瞳の訴えていることなんて。 だけど、どうしても音に出せないんだ。 The man deceives
people. The man who does
not deceived. -1- 幼い頃から中に押し込めてきた感情。 その吐き出し方もわからないまま、いっそ、自分は無欲なのだと 周りにも己にも思い込ませてきた。 多忙な両親との家族関係を続けるために、彼らの負担にならないように、 聞き分けの良い子供を演じて。 我儘も、寂しさも、自分さえ我慢すればいい。 そうすればあの人たちは、半年、1年、家を離れて帰ってきたときに、 これ異常ないと言うくらい可愛がってくれる。 そうやって、打算的に愛してもらうことだけに脳は働いた。 それはもう本能的に愛情を求めていた。 きっと、コレ ―心― をお前に言ってしまったら最後、 塞き止めていた全ての感情がお前に流出して、他には何も見えないくらい、 盲目的にお前しか見えなくなってしまう。 何にも囚われてしまってはいけない存在であるお前を、俺は縛り付けてしまう。 止められなくなってしまう。 お前はやさしいから… きっと、俺に付き合ってくれるだろう。 だけど 底無しにお前を求めてしまう俺を、 駄々をこねる子供のように、求めて、求めて、求めて、満足するまで欲しがってしまう俺を、 お前は軽蔑せずにいてくれるだろうか? この醜い感情を曝した後のお前の反応が怖い。 今まで、お前が向けてくれている想いが居心地良すぎて、 それがずっと続いてほしいと本気で思うから。 切実に願うから。 だから 自分からお前に伝えられない。 伝えたくない。 嫌になるくらい臆病な自分。 だけど 怖い。 怖いんだ。 ++++++++++++++++++++++++++++ 「しんいちーっ」 窓から程よく差し込むうららかな日差しが気持ちの良い休日。 リビングから新一の部屋がある二階に向かって、大きな呼び声がひとつ工藤邸に響いた。 もう、朝も朝とも呼べない十時過ぎになっているにもかかわらず、 その頃、新一は未だ自分のベッドの中で布団と仲良くなっていた。 が、先程声を上げていた者は、それこそ勝手知ったる第二の我が家といったように、 いつもの如く工藤邸にスタスタと歩き回り、何やらキッチンの方でガサゴソとしてから、 二階の新一の部屋の前まで来た。 そして、申し訳程度にノックをした後、しかし返事も待たずに、 ずかずかと入ってきてその眠りを覚まさせる。 「ん…うるさい…」 ぬくぬくとした布団の中に顔を引っこませながら、 この闖入者に寝起きの不機嫌な声で文句を言う新一。 当然、起きる気なんてものは毛頭ない。 ここのところ忙しくて読むことが出来ないまま、 溜まりに溜まっていたお気に入りの推理小説を、昨日夜更けまで読んでしまい、 結局それが祟って新一は寝不足に陥っていた。 その上、普段の疲れが出るというダブルの体調不良が彼の身体を支配している始末。 新一の身体は只今人間の生存本能によって、本人の意思の有無に関係なく 睡眠を要求している状態だった。 いつも夜更かしをしては駄目だと忠告されているのに、 なぜこのような事態なっているかという事について、 新一の言い訳を敢てここに記すならば、日々の多忙な日常の中で自分の娯楽に費やす時間は、 はっきり言って家に帰ってきた後の寝る前の時間しかないということだった。 警察からの要請も、疲れているからなんて理由で休むことなんてこと新一には出来ない。 というかそういう考えも浮かばない。 「昨夜も電話で早く寝ろって言ったのに、また小説読んで遅くまで起きてたのか?」 闖入者こと快斗は、未だ眠りの中を彷徨っている新一に、 少し怒ったような口調で聞くともなしに聞く。 枕元にある、読みかけらしき推理小説が一冊。だが、その一冊だけではなく、 シリーズモノであるのか、似たような題名の単行本がベッドの下にもチラホラある。 それらは、あからさまに読んでいる間に寝てしまいましたと言わんばかりに散乱していた。 それらをベッド脇の本棚に適当に戻しながら快斗は溜め息を吐く。 週に一度、週末には絶対に新一と一緒に過ごすのだと決めて訪ねてきた快斗は、 その状態を一目見て、新一が夜更かしをしていたのだと知ったのだった。 相も変わらず、ちょっと目を放した隙にこの事態になっていることに快斗は頭を押さえる。 快斗が新一にアタックするにあたって、この工藤邸に通うようになる前など、 本当に不摂生で、どうしてやろうかと思った。 現在は、快斗が新一の健康管理をかって出て、 目の届くところは出来るだけ気にかけているので、 以前の無法地帯と言っても過言ではない生活範囲が格段に改善され、 新一が貧血で倒れるという事態になることはなくなった。 そして昨夜もいつものごとく、休日である今日訪ねる旨と一週間の体調を聞いたばかりなのだ。 はぁ、ともう一つ溜め息を吐きながら、 しかし、快斗は不意にいい案でも思いついたというようにニヤリと笑い、 よいしょっと、持ち主の許可も得ずにベッドへもそもそともぐり込んだ。 一人ならゆったりのセミダブルのベッドに、どちらも細身だが、 男二人が入るのはやはり少し窮屈で、新一がやや体をずらすと、 快斗はその動きにあわせて自分の胸と新一の背中をピッタリするように抱き寄せる。 「ん…うー」 新一から、不満そうな声を上げた。 居心地悪そうにしていたのは最初だけで、いくらもしないうちに眠気に負けたのか、 新一は大人しくなる。 もう十時も回ったこの時間。 休日といえども、規則正しい生活を新一にさせるならば、 そろそろ起こさなくてはと思って快斗は来たのだが、 こんな状態の新一を起こすなんてとても出来なかった。 かと言って、久しぶりに二人で過ごせる休日だというのに、 一人淋しく引き下がるような勿体無いことをする快斗ではない。 起きた際にすぐに食べられるようにと 用意周到に準備して来た朝ごはん(もう、この時間ならばブランチだが)は、 幸い火を止めてきたし、皿にも盛り付けてないのでなにも心配することはない。 あとで温め直せば良いだけだった。 引き寄せた際、腰に回した腕から新一の細さが明白になる。 相変わらず一向に肉付きが良くないその感触に快斗は眉間にしわを寄せて呟いた。 「新一…心配だよ…お願いだから睡眠だけは確保してよ…。 本当は食事も、もう少し多く取ってくれたらいいのに…」 もう片方の腕に体重をかけて起き上がり、 再び深い眠りに落ちてしまった新一の横顔を覗き見る。 そして腰に回していた手をその頬から首筋にかけてそっと這わせた。 白く柔らかな頬。 以前より健康的になったとはいえ、昨夜の寝不足のせいで少し顔色は悪かった。 しかし顔の表情は穏やかで、そんな新一の安らかな寝顔を見ながら快斗は思いを馳せる。 いつの頃だろうと思う。こういう表情を見せるようになったのは。 出逢った頃の新一は、こんなにも無防備な姿を自分に決して見せなかった。 否、自分以外の他人にも、幼い頃からの親しいものにであってさえも、 ある一定の距離をもって接していた。 それに気づいたのは、天性に備わった気配に敏感な自分であるからこそなのか。 新一の周りは、違和感を感じることなく、新一とごく普通に接しているようだった。 気にしている様子は皆には見えなかった。 新一はいつも神経を張り詰めていたが、他人に気取られることはせず、 優れた頭脳から巧みな話術を引き出してスルリとかわし、難なく周りを騙していた。 自分を偽っているのかというとそういう訳ではない様で。 しかし、騙した後は決まって どこか抑制を利かせた深く暗色の瞳をして自嘲的な笑いを浮かべる。 それは一瞬のことで、俯いていた顔を上げたときには、 いつも決まって魅力的な笑顔が貼り付けてあるのだから、 周りが気づかないのも仕方のないことなのかもしれなかった。 そんな新一の奇妙な一面に気付いて以来、快斗は自分でも気がつかぬままに、 新一の姿を目で追っていることがしばしばあるようになった。 一人であることを選びながら孤独であることを怖れ、その矛盾している己の感情を 上手く制御できず、やり場のないそれは、新一の体に常に何らかの影響をきたしていた。 そうやって自虐的に自らを追いやる新一に、初めはどうしようもなく苛立ちを感じて 冷めた目で見下げた時期もあったのだ。 (だけど、そうしていること自体、いつも、何事においても冷静に対処する自分ではなく、 新一を目で追って気にせずにはいられない、新一という人間に 激しい執着を抱いてしまっているんだと、気付いちゃったんだよなぁ。俺。) 自分の新一への思いを改めて再確認しながら快斗は、 いつの間にか自分の周りに漂う心地よい眠気に誘われるまま、 抱き枕のように新一を抱き寄せ、眠りの中に入っていった。 今は、ただ新一の疲れが取れるように祈りながら。 Next ++++++++++++++++++++++++++++++++++ 初っ端から新一が暗くて情けない人になっていて、 読み始めから引いてしまった人が多いことでしょう。 しかし、一度書いてみたかった設定なので、自己満足のために、 ここは敢えて突っ走らせていただきたいと思います(苦笑)。 さて、次は二人の過去編。出逢った頃とか新一の過去とか。 新一sideで書くことを予定しています。 初めての長編で話の構成がうまく完結させることが出来るのかどうか、 もう今から不安なのですが、宜しければどうかお付き合いくださいませ。 というかもう既にぎゃふんって感じなのですが…(泣)。 では、次回なるべく早く更新できるように頑張ります。 |