2月14日

その日は世界的にも有名なバレンタインデー。

『バレンタインは悲劇的な恋の話しがもとになって出来た日なのよ!!』と

ハンカチ片手に涙ながら話していたのは、園子だっただろうか。

今のご時世では、その頃ほど悲劇の恋など存在しなくなったが。

新一はそんなことを考えながら、チョコレートをショーウィンドーに飾ってある店の前を通り過ぎた。

 

 

□特別な一個□

 

 

暦の上では節分、立春も過ぎ春となったが、東京の寒さはさらに厳しさを増したようだった。

季節相応の雪が舞う中、新一は探偵事務所へ続く階段を駆け上る。

個人ビルの2階を借りた小さな事務所だが、評判は上々。連日お客が耐えることはない。

 

それは、儲かるという面では嬉しいはずなのだが、

やはり、1つ1つを解決するのにそれなりに時間がかかるのでそう単純にも喜んではいられなかった。

 

 

「ただいま。」

コートに付いた雪をはらって、寒い外とは比べものにならない暖かい部屋でホッとため息をつく。

入ってすぐ応接室、その奥に新一の個室、そして右には書斎と割と広めの造りになっている。

 

「お帰りなさい、由希さん。」

 

新一が自室に入って、鞄とコートをイスへとおろし、ウ〜ンッと伸びをしていると、

肩まで茶色の髪をのばした女性が、コーヒーをもって入ってくる。

 

「歩美ちゃん、ありがと。」

「いいえ。それより、情報、とれました?」

 

コナンとして会っていた小学生の歩美ちゃんも今ではすっかり大人の女性だ。

半年前から、大学の空き時間はこうして資料の整理や接客など事務的な手伝いをやってくれている。

 

大学を卒業したら、専属で事務業をやってくれるというからありがたい。

 

 

「ああ、どうにかこの依頼は終わりそうだ。」

「浮気調査なんて、由希さんにはちょっと物足りないですよね?」

「まあ、それでもお得意さんの部下だからないがしろには出来ないし。」

 

新一は暖かいコーヒーを口に含みながら、

“雪が強くなってきたな”と思いつつ、依頼のレポートまとめを始める。

それをそばで見ていた歩美は仕事の邪魔にならないようにと、部屋を出ていこうとドアに手をかけた。

 

「あっ、そうだ。歩美ちゃん。」

「何ですか?」

 

歩美はドアを開けかけ、振り返る。

急な呼びかけに少し驚いた表情だった。

 

「呼び止めてゴメン。ちょっと聞きたいことがあってさ。」

「はい。」

「その、14日は誰かにあげるのか?」

 

コナンの頃親しんだ少年探偵団のメンバーの顔を思い起こす。

元太や光彦はきっと、彼女からのチョコを楽しみに待っているはずだ。

何だかんだいっても、やはりあの2人の恋は応援したい。

 

「あげますよ。もちろん、由希さんとそのご家族にも。」

「そこに本命は?」

「秘密です♪」

 

にっこりと、昔から変わらない笑顔を向けて、歩美は今度こそ部屋を出ていった。

大人になったのか、変わらないのか、そんな彼女の仕草に新一は思わず苦笑を漏らす。

 

「俺も・・・今年ぐらいは素直に渡すべきかな?」

 

毎年、うまく誤魔化してないがしろにしてきた気もする。

それが、少し気に掛かってきたのは最近のこと。

4日前、哀から聞いたひょんな一言だった。

 

 

「黒羽君の身体検査の結果だけど、ちょっと疲労がたまってるわね。」

 

 

長男長女と父親は半年に1度、次男次女と母親は1ヶ月に一回行っている

身体検査の結果を受け取りに来た新一は哀の言葉と同時に眉間にしわを寄せる。

 

「黒羽君の元気の源は工藤君だから、たまには優しくしてあげたら?」

 

「・・・・俺ってそんなに冷たいか?」

 

「あら、気づいてなかったの?普通の男なら浮気くらいしているわよ。

もうすぐバレンタインだから、今年くらい疲労回復の意味も含めてチョコ、あげたら?」

 

 

 

「由希さん、由希さん・・・。」

「あ、悪い。」

ふと気がつけば、歩美がすぐ隣に立っていた。

いつの間にか眠っていたらしい。外の雪はもう止んでいる。

時間は先程から1時間ほどたっていた。

 

 

「服部さんが来てます。」

「服部?分かった。すぐ行く。」

 

新一は乱れた髪を軽く整えると、寝ぼけまなこで隣の応接間へと向かった。

 

「オウ、工藤。寝てたんか?」

「俺は、お前ほどタフじゃないからな。」

「相変わらずつれないやっちゃ。ま、それより、ほら、情報持ってきたで。」

ドサッと茶色い大きめの封筒から書類の束が机の上に置かれる。

 

次の依頼に必要な資料をそう言えば一昨日頼んだなぁと他人事のように新一は思い起こしていた。

 

「ほんまに、職権乱用もいいとこやで。」

「いつもわるいな。」

「なんや、弱気やんか。何かあったんか?」

 

こんな時、勘強くてお人好しの友人は困る。

ちょっとの態度の変化や、言葉遣いであっという間に心理状態を見抜かれてしまうから。

 

「笑わずに真剣に答えろよ・・・俺って快斗に冷たいのか?」

「そりゃそうやろ。工藤が黒羽に優しくしてたらそっちのほうが気持ち悪いで。なあ、探偵団の嬢ちゃん。」

 

「その呼びかた、止めてくださいって言ってるのに。

でも、確かに、由希さんが快斗さんに優しくしてたら怖いですね。」

「そやろ?」

 

歩美は平次の自分への呼び方に、不服を漏らしながらも煎れなおしたお茶を2人の前に置く。

そして、平次の問いかけに“う〜ん”と少し考えて、そう返事を返した。

2人の言い分と哀の言葉が重なって、新一は深くため息をついた。

そんな、新一の様子に、なにがなんだか分からない2人は小首を傾げる。

 

 

「じゃあ、最後の質問だけど・・・あいつって浮気とかするタイプか?」

 

「「それは無いな(です)。」」

 

今度の問いかけには即答で返事が返ってきた。

 

 

「なんや、心配事ってそれなんか?黒羽は工藤にベタ惚れさかい、まずありえへんな。」

「でも、優しくないってのは事実なんだろ?」

「だから、バレンタインなんですね♪」

 

新一との1時間前の会話を思い出した歩美は手をパンッと叩いて、納得する。

平次は未だによう分かっていないようだった。

 

「なんや、嬢ちゃんだけわかっとるなんてずるいやないか。」

「ここからは女同士の話しだから、服部さんは用が済んだら帰ってください。ほらっ。」

 

歩美は機転を効かせて、無理矢理平次を追い出しにかかった。

新一も歩美だけに相談したいらしく、それを見守っている。

 

しばらくして、どうにか追い出しに成功したのか、

楽しそうな表情を浮かべながら歩美が戻ってきた。

 

「さっ、話してください。」

「あ、うん。」

なんか、歩美ちゃんのほうが探偵みたいだなっと新一は内心思いながらも、

真剣に相談に乗ってくれそうな歩美の様子にここ数日気になっていたことを話し始めた。

 

「あいつさ、チョコレートを毎年ファンの人からたくさん貰ってくるんだ。」

「そりゃあ、世界的に人気のあるマジシャンですしね。」

「それで、チョコレートをあげたって、その中の1つだろ?

それって悔しいじゃねーか。だから、今までやらなかった。」

 

歩美は思わず固まってしまった。

この人はいつも大人の雰囲気で、冷静なのに・・・・。

本当に、こんなところは恋愛し始めの少女のようだ。

 

 

「由希さんからの一個と他の人達からのチョコじゃ重みが違うんですよ。」

「チョコレートの重さなんて変わらないだろ?せいぜい50グラムか?」

「いえ・・・その。とにかく、インパクトのある渡し方をしたいんですよね?

記憶に残るような。他の人と同じ一個にならないような。」

 

内心“渡すだけで、快斗さんはとびあがるように喜ぶだろうに”と

思いつつもきっとそれでは納得しないであろうと思い、歩美はそう尋ねた。

すると、コクリと新一が少し恥ずかしそうに頷く。

 

これが、年上だとどうして思えようか。

 

「じゃあ、耳、かしてください。」

「あ、うん。」

 

少し顔が紅くなっている新一に“かわいいな〜。独占してる快斗さんってズルイ!!”と

思いつつも歩美は取って置きの作戦を耳打ちする。

その途端、新一の顔はゆでダコのように真っ赤になった。

 

「え、それって・・・できねーよ。」

「明日、仕事も一段落しますし一緒に作りましょ。由希さん♪」

 

歩美は新一の撤回など聞こえていないのか、

スキップしながらなにやら楽しそうに手帳に予定を書き足すのだった。

 

 

・・・・・・・・・

 

「黒羽、おまえはどうして普通にできないんだ?」

「ファンサービスですよ♪」

 

雅斗はバスケットボールを指の上でクルクルと回しながら、担任でもあり生徒指導でもあり、

じつは体育教師でもある大川にとびっきりの笑顔でさわやかに答える。

その笑顔に、ギャラリーの方で黄色い雄叫びが上がったのを聞いて

大川は教師という職業を選んだ自分に後悔していた。

 

「なんで、授業中なのに他の学年の生徒がいるんだ。おまえら、授業はどうした?」

 

大川は以前から疑問に思っていたことを2階のギャラリーにいる女子生徒達へぶつけた。

普通なら、他の授業を受けているはずであろうのに、

黒羽雅斗が体育を行うときには決まってたくさんの群衆が出来る。

 

以前、そのことを学年主任(50代女性)に話したが笑顔で流されてしまった。

 

「え〜。だって雅斗君の運動してるとこってステキじゃないですか〜。」

「そうそう。週に2度のこの時間を逃すなんて、ねぇ〜。」

「それに、教科担任の先生にも許可を貰ってるんです!!」

 

2学年の生徒と3学年の生徒の何人かが、上からそう返事を返した。

最初の2名の話しは流せるとして、最後の一名の返事がどうもひっかかった。

いったい、誰が、授業放棄を許しているのであろうか?

 

大川はそう思って、もう一度ギャラリーをぐるりと見渡した。

すると、端っこの方ではあるが、女子生徒に紛れて、見間違いと思いたい人々が立っている。

 

「大川先生、まっ、息抜きも必要ですよ。」

「そうそう、雅斗君、がんばってね〜。」

 

手を振っているのは間違いなく、女性教師。

その年齢幅も20代〜50代と幅広い。

その中には、驚くべき事に学年教師もいるではないか。

 

「黒羽、俺はお前のような生徒の担任になったことが生きてきて最大の難所だと

最近、感じずにはいられないんだよな。」

「そこまで言われると、俺、断然がんばっちゃいますよ。」

 

“もう嫌だこんな学校”

トボトボと壁際によって、大川は力無く、試合再開のホイッスルを鳴らした。

響き渡る笛の音と共に、黄色い声援が響く。

 

雅斗はボールを敵から一瞬で奪うと、前から来る5,6人を軽くあしらって、ダンクシュートを決めた。

そして、ゴールにぶら下がったまま腕をつかって宙返りをして着地する。

 

それが、先程、大川が文句をつけた理由だった。

 

 

「いいよな、おまえは。明日のバレンタインもどっさりだろうよ。」

 

体育の授業も終わって、教室へ帰る途中、一番の親友が雅斗の肩に手をかけて恨めしそうな視線を送る。

雅斗はそんな視線に苦笑を返すと、ふと親友の言った言葉を思わず聞き返した。

 

「今、何て言った?」

「だから、バレンタインのチョコ、大量に貰えるんだろ?」

「明日って、バレンタインなのかっ。」

「あ、ああ。どうしたんだよ。」

 

突然大声で聞き返してきた雅斗は親友の返事も聞かずに、

今度は自分の失態を恥じるように、どうしようとぶつぶつ言っている。

それは、以前にあった3者面談事件の時の様子と酷似していた。

 

「なあ、協力してくれ。オレ達親友だろ?」

「え、ああ。」

 

急に肩をつかんでガタガタと揺らす雅斗に親友の彼はとりあえず曖昧な返事を返す。

その瞬間、雅斗は彼に抱きつくと、その場にいる生徒達や教師に聞こえるように叫んだ。

 

「俺は、お前のことを愛している!!」

「はぁ?」

「お前の気持ちを俺は受け止めるよ。さあ、2人っきりになろうじゃないか!」

「おい、雅斗。おまえ、何言って。ちょっ、聞いてるのかっ。」

 

雅斗は彼の言い分をシカトすると、ざわざわと騒ぎ出す生徒達の中をズンズンと歩きだした。

一方の彼は、雅斗に強く腕を捕まれて、一人慌てている。

 

 

 

「おい、雅斗っ。」

「これで、チョコは半分、いや四分の一に減った!!」

「はっ!!!!」

 

人が少なくなった場所で、ようやく返事を返した雅斗だったが、

そのとんでもない返答に親友は言葉を失う。

つまり、明日のチョコレート対策に自分を使ったのだ。

まだ、雅斗はいいだろう。そう願ってこの行動に出たわけだから、

しかし親友の彼はホモのレッテルを貼られたあげく、

明日はチョコレートの数が0と確定してしまったのだ。

 

「ま〜さ〜と〜。」

裏庭でジリジリと雅斗に詰め寄りながら、親友は怒気を浴びせる。

それに、雅斗は“まあ落ち着け”と彼をなだめながら、ゆっくりと後退した。

 

「いい女なら他の学校から紹介してやるからっ。なっ、俺、断るの苦手なんだよ。」

 

「じゃあ、全部貰えばいいじゃねーか。」

 

「だってたくさん持って帰ると、一番欲しい人からチョコが貰えねーし。」

 

「知るか、んなこと。とにかく、一発殴らせろ。俺は生きてきて最大の怒りを覚えたんだ。

だけど、お前は親友だ。この一発ですませてやる。」

 

ふり上がった腕を身ながら“こいつって確か空手部だったよな”と思いつつも

泣く泣く雅斗はその一発を体で受け止める。

 

すさまじい音が、昼休みの校庭に響いていた。

 

・・・・・・

 

「大した傷だな。雅斗。」

「名誉の勲章だと言ってくれ、父さん。」

 

キッチンで、由佳と由梨の楽しそうな会話が聞こえてくる中、雅斗の腹に出来た痣を見て、

快斗はゲラゲラと笑う。悠斗は呆れて言葉も出ないと言った感じだ。

 

「こんなやつが兄貴なんて・・・。」

「しょうがねーじゃん。あんまり貰いすぎると母さんからチョコレート貰えないだろ。」

 

雅斗は湿布を貼ると、ソファーにもたれかかって大きくため息をつく。

中学1年の時、女子から大量にチョコを貰ってきて母親から貰えなかった悔しさは、

脳裏にこびりついて離れないのだが、それでも女性には優しくがモットーの雅斗にとって、

彼女たちからの心のこもった贈り物を受け取らないという行為などできるはずもない。

 

「悠斗は毎年少ないわよね。」

 

いつのまにか、キッチンにいた由佳がリビングにいてチョコをボールで練っていた。

その甘い匂いに、甘いもの嫌いな悠斗の眉間にしわが寄る。

チョコレートの甘い香が充満する家はなんともバレンタインデー前日と言った感じだが、

悠斗や由希にとっては拷問以外言いようがないのだ。

 

「俺は毎年、丁重に断ってるから。

郵便物と靴箱に入れてあったやつは、葉平に全部やってるし。」

 

「そっか。そういえば、お母さんってお父さんにチョコあげてるの?私、見たこと無いんだけど。」

 

「おいっ、由佳。」

 

由佳の言葉に、雅斗は慌てたように言葉をかけるが、

それは手遅れのようでしっかり快斗の耳に届いていた。

 

「いや、俺、今まで新一からチョコ貰った覚えがないんだ・・・。」

「うっそ。付き合ってるときから一度も?」

「ほら、新一のことは昔はなしただろう?体が元に戻ってからすぐに結婚したし。」

 

由佳はチョコの入ったボールを思わず手放すが、

それは地面につくことなく雅斗によって受け止められる。

そんな、必死の雅斗の努力も由佳の目には映っていないようで、由佳は話をすすめた。

 

「そうなんだ。でも、その分、良いもの貰ってるんでしょ?」

 

目を輝かせながら、由佳は快斗のそばまで寄ると、ニヤリと笑う。

快斗も先程の沈んだ表情から打って変わって、のろけ顔となっていった。

 

「そりゃね。なんてったって夜の新一は・・・ウヲッ」

 

飛んできた物体を避けて、それが刺さった壁を見れば、一本の注射器。

出所は間違いなくキッチンであろう。

由佳は由梨一人にチョコ作りを任せていたのを思い出して慌ててキッチンへと戻っていく。

 

「チョコ作りに注射器って必要なのか?」

「それ以前に、このチョコ入りボールを俺はどうすればいいんだよ・・・。」

 

悠斗は壁に刺さった注射器を抜いて眺め、

雅斗はというと、とりあえず腕の中のボールに入っているチョコレートを泡立て器でねるのだった。

 

・・・・・・・・

 

「ただいま〜。」

 

新一が帰ってきたのは2月14日の早朝。

家の中はすっかりと静まりかえっているため、しずかに帰宅の挨拶を行う。

 

時刻は午前6時、

昨日は歩美と一緒にチョコ作りを行った新一は、昨日中に家に帰るつもりだったのだが、

快斗にこれからすることを考えると顔を合わせるのが気恥ずかしく、

偶然帰宅途中で会った、蘭と園子と一緒に明け方まで飲んでいた。

 

もちろん話題に上ったのは、今日のこと。

 

チョコレートを冷蔵庫の目立たない場所に置いて、

シャワーを浴びに浴室へと向かうと、蘭達との会話を思い起こしていた。

 

『まあ、新一はちょっと愛情表現がへただからね〜。』

『そうそう、京極さんへの私の愛情表現法を見習いなさい。』

『それはいき過ぎよ。』

『まあ、とにかく、バレンタインくらいチョコはあげないと。』

 

自分と快斗を知る人間に一通り聞いてみた結果、やはり快斗に自分は冷たいんだと気づかされた。

 

それに、一番引っかかるのは哀の“浮気”の二文字。

もちろん快斗がしないことは充分承知してはいるが、

やはり冷たいと皆から言われれば気にするなと言う方が無理であろう。

 

「今日は、快斗に優しくする・・・。」

 

新一はシャワーを浴びながら、自分の頬を軽く叩いて気合いを入れなおした。

 

 

 

「はい、胃薬。」

 

新一が1時間ほどゆっくりシャワーを浴びて戻ってくると、

由梨がちょうど悠斗に薬品を渡しているところであった。

似たような小瓶を雅斗も持っている。

 

これは、黒羽家恒例のバレンタイン朝の行事である。

 

大量に貰うであろうチョコ。

いろいろと手を尽くしてもやはり何個かは残ってしまう。

それを家に持って帰ると、母親からチョコを貰えなくなる可能性は大きいので、

彼らは学校で全て消費してくるのだ。

 

その為の胃薬とは新一はもちろん気づいていない。

 

「おはよう。」

「お母さん、仕事大変だったみたいね。今日はお父さんこき使ってゆっくり休んでね。」

 

由佳は鞄と昨晩作ったチョコを持って玄関へ向かう途中、ポンッと新一の肩を叩く。

振り向いて、由佳を見るとそこには意味ありげな笑顔。

新一がその笑顔になんだろう?と小首を傾げる仕草を見て、

由佳は“歩美ちゃんに聞いたのよ”と小声で言った。

 

「由梨、雅斗、悠斗。ほら、行くわよ。」

「まだ、早いって。」

「ごちゃごちゃ言わない。

遅く出ると学校までの道のりで女の子達に圧倒されるんだから。」

 

文句を言う雅斗をひっぱって、4人はバタバタと家を飛び出していった。

 

 

新一はとりあえずチョコを持って2階へと上がる。

快斗は今日、休みなのでまだ寝ているのであろう。

 

「由佳のやつ・・・。」

 

きっと、起きていては素直にチョコが渡せないと考えて、

快斗が起きないうちに兄弟達を連れて出ていったのだ。

 

 

気が利くというか・・お節介焼きというか・・・

 

 

階段をのぼり終えてドアをゆっくりと開けると、柔らかな光が部屋を包んでいた。

そのなかで、快斗は気持ちよさそうに眠っている。

あどけない寝顔は出会ったときと全然変わらない。

 

新一は甘めの手作りチョコを口へと含み、そっと快斗へ顔を近づけた。

そして、唇を重ねて、チョコを快斗の口の中へと舌でおくる。

甘いチョコの味が口全体へとひろがった。

 

快斗は起きているのではないかと思うくらいすんなりとそのチョコを受け取り、

ギュッと新一を抱きしめた。

急に抱きしめられて起きたのかと唇を離して顔を見ると、

どうも起きている雰囲気ではない。

 

「俺で、暖をとるなよな。」

 

快斗は疲れていると哀は言っていた。

そして、自分も丸一日起きていたわけだからとてつもなく眠い。

 

「しばらく、寝るか。快斗、これで俺が冷たいなんて言えねーだろ?」

 

不適な笑みを浮かべて、新一も快斗の隣へと入る。

1日寝て過ごすバレンタインも有りかな?と思いつつ新一はゆっくりと瞳を閉じた。

 

息子達へのチョコを忘れていることに気づくことなく・・・・。

 

 

                       END

あとがき

甘くない、甘いのはチョコだけですね・・・。

歩美ちゃんを前々から登場させたかったので、ここで使ってみました。

しかし、一番ふびんなのは雅斗の親友君だなぁ〜。