飼われているトリを逃がしてはいけないよ。 そのトリは独りでは生きていけないから。 いくら、トリが青空を憧れていてもけっしてトリカゴから出しちゃいけない。 そのぶん、飼い主はトリに愛情を注がなきゃいけないんだ。 外に魅力を感じなくなるくらいの愛情を。 【トリカゴ】 目を開ければ見慣れない天井。 そして、これでもかと言うほどに豪勢につくられたベッド。 ゆっくりと状態を起こして辺りを見渡せば、 風に揺れるまっ白なカーテンと同色のテラスが広がる。 そっとベッドから下りると、ふわりとやわらかな絨毯が足全体を包んだ。 「ここ、どこだ?」 このいかにも貴族のお屋敷は? 新一はようやく動き出した頭で考える。 冷静に分析してみても、やはりここは自宅ではない。 いくら、熟睡していたとはいえ、家が改築工事などされたらさすがに目が覚めるだろう。 というより、それ以前にここまで速い工事方法があるなら、 日本各地で使われているはずだし、 最近、近所で行っている道路工事もあんなに連日うるさい音を立てずに済むはずだ。 新一は、ずれていく思考に気づかないまま、部屋を模作する。 次に考えたのは「ドッキリ」企画である。 確かに両親の性格から考えてそれは充分あり得る。 「でもなぁ〜。あの両親ならもっと度派手な方法だろうし。」 どうぜ置き去りにするのなら 砂漠とか、ラスベガスのカジノテーブルの上とか。 新一はそんな事を考えながら、ベットの傍にあるいかにも高級そうな花瓶を持ち上げる。 高麗陶磁を思わせるアクアブルーのそれは、指で弾くと、磁器独特の綺麗な音が響いた。 だが、とくにそれ以外はなんの変わりもないので再び定位置に戻す。 「両親でもないなら、あとは快斗か?」 呟きは広い室内に吸収されて、後に響くのはテラスに面した広く大きな窓に風が当たる音。 窓には特殊なカギがかけられて、空かないようになっている。 新一はそれを確認すると、ムッと眉をひそめた。 昨日、KIDの仕事を終えた彼と、いつも通り、体力を使う夜を過ごし、 深夜、そのまま彼の腕で眠りについたことは覚えている。 眠る前に“新一を閉じこめちゃいたいな〜”と呟いていたことも。 それでも、新一はこれが快斗の仕業でないことはわかっていた。 新一が束縛を嫌うということは彼も知っているし、 自惚れではないが快斗が自分の嫌がることをすることはないのだから。 それならば・・・誘拐か? 新一はとりあえず窓辺の隣にあるテーブルとイスに目を付ける。 テーブルの上には、綺麗なティーセットが用意され、湯気が立っていた。 つまりは、新一が起きる少し前にここに誰かが持ってきたのだろう。 新一は傍まで歩み寄ると、細かな彫刻の施されたイスをひょいと持ち上げる。 そして、なんの躊躇もなくイスをガラスへと叩きつけた。 ガシャーン 粉々に割れたのは、ガラス窓ではなく、イスの方。 新一はその光景に“ふむ”と考える。 どうやら、普通のガラス窓ではないようだ。 脱走防止としての手段なら充分にあり得ることだろう。 「てことは、出口はあそこだけか。」 振り返って目に飛び込むのは、金色のドアノブのついた白い扉。 190CMの男でもラクラク通れるほどの高さがある。 もちろんカギなどの細工はしてあるであろうが、 こちらを開ける方が窓をあけるよりは遙かに効率がいい。 そんな判断の結果だった。 扉は予想通り鍵がかかっている。 だが、かろうじて鍵穴は部屋の内側にもあった。 「これをいじればどうにかなるか。」 新一はそう思って使えそうな小道具を捜した。 普段ならポケットなどに忍ばせてあるのだが、如何せん今は白い浴衣一枚。 実に部屋に不釣り合いの格好だが、おそらく拉致した相手に着替えさせられたのであろう。 しかし、新一にとって己の格好など特に問題ではなかった。 これが女性なら恥じらうところであろうが、彼は男。別段見られて気にすることでもない。 まぁ、もし、恋人がこの事実を知ったなら驚愕しそうではあるが。 新一はシーツにつけられたままの、安全ピンを見つけてニヤリと口元をゆがめる。 あの白い怪盗ほど鮮やかにはいかないが、 それなりのカギはあけれるという自負はあるのだ。 目を細めて鍵穴をのぞき込めば、実に単純な形式であった。 「1分もかからないな。」 こんな所に長居は無用。 新一はそう思って鍵穴に針を差し込むが、その瞬間、人の気配を遠くに感じる。 コツコツと近づいてくる靴音・・・。 「くそっ。」 チッと舌打ちして新一は扉から離れると、先程壊れたイスを片づけ、 素早く身なりを整えて、ベットへと潜り込んだ。 カチャカチャとカギを開ける音が止まると、ギギーッと扉が開く。 「祐美恵(ゆみえ)。起きてるんだろ?」 ・・・・祐美恵? 新一はその名前に思考がフリーズする。 この部屋には自分以外の生き物はいないので おそらくそれは自分に向けられたものであろう。 まさか、家具に名前をつけているとも限らないが、 起きてるんだろ?という問いかけはさすがに家具には行わない。 新一はそんな事を考えながらも 男の発言から起きていることがばれていると知り、渋々上体を起こした。 「朝日を浴びて今日は一段と綺麗だ。」 目の前の男はうっとりとした声をあげて新一の頬に手を添える。 その手にゾクッと嫌悪感がはしるが、こういう人間は刺激しない方が良いと 心得ている新一は黙って相手を見つめた。 黒い髪に、白のワイシャツ、そして高級そうな白のズボン。 目は薄い灰色をしていて、どこか貧弱そうな顔つきだが、美形の部類には入ると思う。 年齢は20代後半ほどであろうか。 「祐美恵。どうしたんだい。そんなに見つめるなんて。」 「祐美恵さんって・・・誰ですか?」 そのまま顔を近づけてくる男の動きを止めるにはこの言葉しかなかった。 急激な拒絶は良くも悪くも相手を刺激してしまうから。 男は信じられないと言った表情で新一を見つめた。 「祐美恵。どこか調子がおかしいんだね。分かった。ドクターを呼んでくるよ。 ゴメンネ。こんなに朝早くに起こして。」 男はそう言うと、急いで部屋を出ていった。 もちろん、施錠はしっかりと行って。 それから数分後、扉は再び開く。 白衣に銀縁の眼鏡をし、銀髪の利発そうな男と共に。 ■□■□■ 黒羽快斗は鳥の声で目を覚ました。 新一のベットは気持ち良いと思う。 その手触りのいいシーツも、新一の匂いを含んだ掛け布団も。 そしてなにより、手を伸ばせば新一が・・・・・ 「え?」 快斗はベットの中で手をゴソゴソと動かした。 だがその手は、愛しい肌を探り当てることなく冷たいシーツの上を彷徨うばかり。 「新一・・・・?」 快斗の意識が一気に覚醒するにはそう時間はかからなかった。 「哀ちゃーーーーーん。」 扉を開けて視界に移り込んだのはパジャマ姿で今にも泣き出しそうな男。 このまま扉をしめようかしら。 哀は冷ややかな視線で見下しながらそう思う。 だが、この時間に外で騒がれるのも近所迷惑になるので、哀は渋々彼を招き入れた。 「で、どうしたの。そんなに慌てて。」 哀はホットミルクをソファーに座る快斗に手渡しながら尋ねる。 彼がここまで取り乱すのは珍しいこと。 快斗は受け取りながら“ありがとう”と告げると、小さな言葉で何かを呟く。 だが、哀にはそれが聞き取れず、何?と聞き返した。 「・・・新一が攫われた。」 「え?どういうこと?」 「そのままの意味だよ。」 顔を上げた快斗の表情に先程の弱々しい要素はない。 ここからは本気の話なのだろう。 哀はその顔を見て、事が急を要すると悟った。 ■□■□■ 「・・・今回はとんだ不運でしたね。工藤君。」 後ろ手で扉を閉めながら男は告げた。 新一は近づいてくる険しい顔つきで見つめる。 肩には聴診器をぶら下げ、手には黒い鞄。 一見すれば訪問医のような格好だが、彼を取り囲む空気はピンと張りつめていた。 医者の献身的な雰囲気とは大きく異なった、裏家業の人間がもつ雰囲気。 「おまえ、ただのドクターじゃないな。」 新一の言葉に男の足がピタリと止まる。 そして、ドクターはクスッと楽しそうな笑みを浮かべた。 「一般人ですよ。一応。」 「ここの主人を利用していろいろと研究しているって感じの顔だぜ。 俺を知ってるなら、ごまかしが通用しないことくらい心得てるんじゃねーの?」 「ですよね。」 やれやれとドクターは困ったような表情でその止めた足を再び進める。 裏社会の顔とも言えた組織を潰した青年。 工藤新一を知らない人間はいない。 「こちらのご主人は精神病なんですよ。奥様を昨年、失ってから。 それ以来、私に要求するのです。奥様を生き返らせろと。」 「その成功例として俺を?」 「ええ、瞳の色がとても似ていましたし、背格好や雰囲気もね。 といっても、噂通り貴方のほうが美しいですが。」 ドクターはそう言って胸元から一枚の写真を撮りだした。 そこに映っているのはまっ白な百合の花束を抱えた、若く、綺麗な女性。 おそらくこれが先程からこの家の主人が口にしていた“祐美恵”という女性なのだろう。 新一は写真をドクターに返しながら尋ねる。 「病気で死んだのか?」 「ええ。体が弱く、特に心臓に病をお持ちで。」 「そっか。で、俺は帰れないのか?」 「ずいぶんと変わった聞き方をされますね。普通なら帰せと言いませんか?」 ドクターは眼鏡を外して白衣の胸ポケットにいれると 不思議そうな面もちで新一を見つめた。 確かに、こんなところに閉じこめられたいと思う人間はいない。 それも、誰かの生き返った姿としてなどとは・・・。 「今の俺じゃ、おまえには勝てないからな。」 「なるほど、賢いですね。しかし私に勝たずとも帰ろうと思えば帰れますよ。 私は資金調達のために貴方を攫ってきただけですから。 この後とんずらして逃げるつもりです。」 そんなことをサラッと言う目の前の男に新一は閉口する。 だが、ドクターは新一の反応を楽しむようにクスクスと笑いながら話を続けた。 「私は研究資金さえあればどんなことでもするんですよ。 旦那様には異常なしと伝えておきますから。 ただし、旦那様の奥様への執着は凄まじいですから、 せいぜいがんばってくださいね。脱走を。」 「その言い方だと、ここからは簡単には出られないってことか?」 「ええ。もう、お気づきでしょう。腕にはめられたブレスレッドの意味を。 そして、あまりにも簡要な造りになっている扉の理由も。」 男はそう言って、そっと新一の腕にまかれた金のブレスレッドに指を這わせる。 先程から気に掛かっていたブレスレッド。 この浴衣一枚という格好にはあまりにも不釣り合いで、 なによりこれにはつなぎ目というものが存在しなかった。 つまりは特殊な技術を用いて手に装着したとしか考えられない。 だが、何よりも気になるのはいくら金だと言っても異常なほどに重すぎるということ。 新一は今までの状況を考え合わせて一つの結論に行き当たる。 「屋敷の敷地内から出れば、感電ってことか?」 コクリと男は満足げに頷いた。 「あと、無理にとろうとしても同じ結果です。それでは私はこれで。 今回は偶然とはいえ、貴方とお話しできて楽しかったですよ。工藤新一君。」 そう余裕綽々の表情で部屋を後にする彼を見つめながら喰えない男だと新一は思う。 そして、できれば二度と会いたくないと。 男が部屋を出てすぐに、誰かと会話をする声が聞こえた。 聞き覚えのある声、おそらくはこの家の主である男だろう。 耳をそばだてて会話を聞いていると、ドクターは自分に不都合がないように 適当なそれでいて納得のできる内容で彼に説明していた。 そして会話がとぎれると、再び扉が開く。その瞬間に新一の心は決まっていた。 ここを脱出するために『生き返った祐美恵』を演じようと。 「祐美恵、ドクターから話を聞いたよ。生き返ったことで記憶を失ってしまったらしいね。 でも、心配はいらないよ。僕はそんなことで君を見捨てたりはしないから。」 男はそう言うと、少しだけ距離を取って話をはじめた。 初対面の相手に接するときに必要な距離というのをこの男は心得ているようだ。 新一はその事に、彼がただのお坊ちゃんではないと確信する。 おそらく数々の接客を成功させ、人徳の基でここまで大きな財を築いてきたのだろう。 「まずは、名前だね。金本学(かねもとまなぶ)。これでも企業の社長をしているんだ。 父はもともとしがない工場長だった。それを発展させてどうにかここまできた。 それを支えてくれたのが、祐美恵。君なんだよ。」 学は少しだけ気恥ずかしそうに微笑んで、スッと手を伸ばす。 新一はそれにビクッと体を硬直させるふりをした。 その態度に学は慌てて手を止める。 「ごめん。じゃあ、軽食を準備させるから。ゆっくりしてね。」 学はそう言うと、手に持っていた桜色の羽織を新一の肩に掛けて 足早に部屋を出ていった。 「は〜疲れた。」 新一は夕食を終えて部屋に戻ると、ベットの上に両手両足を広げて沈み込んだ。 シーツの上になげだされた両手をゆっくりと持ち上げて天井へと突き出す。 そして、1日の疲れを吐き出すように大きなため息をつく。 一日中、学の事や祐美恵の生前の話を聞かされた新一の疲れはMaxに達していた。 はやく思い出すようにと彼が必死になるのは分かるが、まさに言葉の拷問でもある。 一言一言、発言する度に期待の瞳を向け、ゆっくりと首を振る新一の動作に落胆する。 それを何度も続ければさすがの新一も良心が痛むというもの。 いくら彼が努力しても自分が何かを思い出す事なんてないのだから。 「よっぽど好きだったんだろうな。俺が男って気づかないくらいだし。」 持ち上げた両手を窓側に倒してごろりと体を傾ける。 巨大な窓とテラスの先に見えるのは静かに優しく輝く満月で、 新一は不意に彼の存在を思い出す。 きっと朝起きて、自分の不在を認めてから彼はきっと自分を捜して居るであろう。 なんせ裏のプロ、それも新一すら1人では敵わないと判断した相手が誘拐したのだ。 おそらく時間は掛かる。 それでも、きっと・・・彼は諦めずに探し続ける。 もし、逆の立場であったら自分もそうするに決まっているから。 「・・・・快斗。」 小さな声で彼の名前を呟く。 だけれど返事をするものはもちろんいなかった。 翌朝、再び話し始めた彼に新一は正直、一種の嫌悪感を感じるようになる。 その気持ちを心の奥に押しとどめて会話をするが、彼の話は本当につまらなかった。 庭を散歩すれば、この花を好きだったとか、ここで怪我をしたとか思い出話ばかりを語る男。 何度か、仕事は大丈夫なのか?と尋ねたが、学は曖昧な表情を浮かべるだけだった。 こんな日々が5日も続き、新一の食欲は日に日に落ちてった。 学も苛立ちが募っているのだろう。笑顔は消え失せている。 いつものように夕食を終えて、ようやく1人の時間。 新一はベットに沈み込むと、ぼんやりと手に食い込んだブレスレッドを見つめる。 学という男は会話をしてみて、気の優しい人間ということは充分に分かった。 だが、それ以上に執着心が強いと言うことも。 ひょっとしたら・・・と新一は思う。 ひょっとしたら、彼の奥さんは彼の束縛感に疲れていたのではないだろうかと。 自分と同じように、金のブレスレッドを手につけられて。 「ここって、奥さんの部屋だよな。」 新一は眠気がなかなか訪れないことに暇を持てあやまし、 試しにベットの下をのぞき込んでみる。 そして、その中にぼんやりと白い物体があることを確認してニヤリと口元をゆがめた。 「ビンゴ。」 手に捕まれたのは1冊の日記。 中身を読むうちに、新一は自分の憶測が事実なのだと悟った。 彼の重すぎる愛情によって彼女が鬱状態になる過程が克明に記してある。 家を出ることも禁じられて、彼女の世界はどうやらこの屋敷だけだったらしい。 自分と同じようにブレスレッドや、盗聴するための指輪もつけられたとか。 これでは拷問生活だな。 新一はそう思いながらノートをめくる。 もう、疲れたわ。私は学さんの飼い鳥じゃない。自由になりたいの。 そして最後の一文はこの言葉で括られていた。 日付は半年前。ノートには遺書も挟まれていて・・・・。 「自殺だったのか。」 いつか学がこのノートに気づくことを望んでここに隠したのだろう。 遺書には彼への愛の言葉と共に、拒絶の言葉も綴ってあった。 新一はそのノートを同じ場所に戻す。 自分が逃げる前にこれを彼へ渡す必要があると感じながら。 しばらく眠れずにぼんやりと白い天井を眺めていると、 スーっとどこからか風がふいてきた。 風の出所に視線だけを向けると、まっ白なカーテンがゆらゆらとはためく。 空かないはずのテラス窓から風が吹き込んでいる。 新一はその光景に驚いたように飛び起きた。 「・・・KID。」 飛び起きた瞬間に抱きしめられていた新一は、自分を抱きしめている存在の名前を呼ぶ。 白い闇に交じることのない衣装を着こなした彼は月に照らされている。 「快斗?」 いくらたっても抱きしめ続ける彼の本当の名前を呼んだ。 それにようやく快斗は顔を上げ、そのまま新一の唇を塞ぐと、ベットの上に押し倒す。 そして、何度も何度も唇を重ねた。 「おい、快斗。・・やめろって。ばれたら・・。」 淀んでいく思考に焦りながら新一は快斗の肩を押す。 この部屋に監視カメラがつけられていないという確証もないのだし あれだけ独占欲のある男が気づいたら何が起こるか分からない。 快斗は新一の心底困った表情にようやく体を離してベットに座った。 「遅くなってごめん。」 「しょうがねーよ。今回は裏の人間も関わってたし。」 新一はゆっくりと体を起こして、快斗の隣りに座る。 そして、彼の肩に頭を乗せた。 久しぶりに快斗の匂いがした。 「帰ろうか?新一。」 「ん。俺もそうしたいんだが、これがさ・・・。」 「・・・これ?」 「ああ。屋敷を出ると電気が流れるらしい。」 快斗はそっと新一の手首につけられたブレスレッドを見て目を細める。 「特殊な造りだな。」 「カギで開けるしかないらしい。 だから、どうにかここの主人に聞き出そうとしたんだけど。」 新一は快斗の肩にもたれかかった状態でこの5日間の話をした。 快斗はそれを黙って聞き、時折形の良い眉をひそめたりもした。 そして、肩にのっている新一の顔の方を向き、再びゆっくりと口づける。 「・・・んっ。」 「何もなくて良かった。」 深いキスが終わった後、呼吸の乱れる新一を抱きしめて快斗はポツリと言葉を漏らす。 新一の姿を見るまでは不安な日々だった。 哀に休憩しろと言われても、休憩なんてできなくて無我夢中で情報をかき集めた。 疲れなんて感じなかった。新一がいないことは感情なども無いことだから。 快斗はこの5日間を振り返りながら、ようやく自分の体が疲れていることに気がつく。 少しずつ感覚が戻っていく。生き返っていく。 だけど、幸福な時間は続かない。 コツコツと足早に近づいてくる音。 それも1人や2人ではない、複数の慌てたような足音だ。 「快斗。逃げろ。」 「無駄だよ。俺の姿は監視カメラに捉えられてる。 それに、やっと見つけだした新一を置いていけるわけないじゃん。」 「・・・なら俺から離れろ。せめて。」 グッと新一は快斗を突き放そうと快斗の肩を押した。 きっと、独占欲の固まりの男である彼はこの光景に血が上るほど怒っているはずだ。 彼にとって新一は“新一”でなく“生き返った祐美恵”なのだから。 それならば、逆上して電流を流してもおかしくはない。 手と手が触れていれば同等の感電を起こすかも知れないから。 それが、今の新一にできる快斗を巻き込まない方法。 だけど快斗もそんな新一の考えなどお見通しで、一度離れた体を再び引き寄せる。 そんな彼の態度に文句を付けようと新一が口を開いた瞬間、 部屋に明かりがともされ、勢いよく扉が開いた。 「祐美恵から離れなさい。KID。」 「おや、私のお名前をご存じで?」 「一般常識はわきまえているつもりですので。祐美恵、こっちへおいで。」 学の後ろには拳銃を持ち、黒い服に黒のサングラスをかけた男達。 おそらくガードマンの類であろう。 学は新一へその白く細長い手を差し出した。 だがその行く手にKIDは立ちはだかる。 「彼は工藤新一。祐美恵さんではありません。 それに、貴方の奥様はお亡くなりになっているはずですよ。 半年ほど前に、自殺でね。」 「自殺?妻は心臓病で死に、生き返ったんですよ。何を言ってるんですか。」 フッと冷めたような笑みを浮かべて学は前髪を掻き上げる。 「祐美恵。言うことを聞きなさい。」 学の顔に垣間見れるのは怒りという感情。 新一はその表情を見ながら先程見た日記の内容を思い出していた。 彼は言うことを聞かないと赤いスイッチを見せつける。 ああ、痛いわ。電流が体中を流れる。彼はそれを冷めた瞳で見下しているの。 震える文字でかかれた一文。 きっとその機械にブレスレッドを外すための何かがあるはずだ。 新一はそう思いながら黙って首を横に振る。 そして予想通り、学は胸元のポケットから小さなカギ型のスイッチを取り出した。 「祐美恵。これを覚えているだろう。」 「ああ。祐美恵さんの日記に記してあった、赤いスイッチ。 あんたは歪んだ愛情で彼女を飼い慣らしていたんだろ?」 「な・・何を。」 「俺は祐美恵じゃねーんだよ。」 新一はそう告げて、ベットのしたから日記を取り出し、それを彼へと投げつける。 一瞬、ほんの一瞬、学の意識は日記へと向けられた。 それだけで、KIDには充分すぎる時間だった。 「確かにお預かりしましたよ。」 KIDの白い手袋の上にあるのは先程まで持っていたはずの感電起動装置。 学は驚いた表情でKIDと新一を交互に見つめた。 「これを近づけて・・・・ようやく開放されましたね。名探偵。」 「ああ。」 カシャンと音を立ててブレスレッドが床に落ちる。 「逃がしたらダメダ。逃がしたら。飼い鳥は外では生きていけない。 だから、だから俺は祐美恵を逃がさないために籠に入れた。 体の弱い彼女が逃げないように。空に憧れないようにあれだけ愛情を注いだのに。 何が間違っていたんだ!!!!」 「・・・人間は飼い鳥とは違う。生まれた瞬間から自由がないと生きられない。 そして、一番必要なのは自由に飛び回っていても安心して帰ってこれる場所だ。」 膝をついて倒れ込んだ学に快斗は1オクターブ低い声でそう告げた。 拳銃を向ける男達は学を見下ろし指示を待つ。 だけれど、学の口から“打て”という言葉は発されることはなかった。 学は妻の日記を抱きしめて、震えていた。 「KID。おまえは閉じこめたくならないのか?」 それだけ綺麗な瞳を持った人間を。 「その気持ちが無いと言ったら嘘になりますけど、 それでも自由な彼のほうがより一層美しく魅力的なのですよ。」 KIDは不適に微笑んで優雅に一礼する。 そして次の瞬間には煙幕と共に消え去っていた。 腕には大切な人を抱きかかえて。 END |