私の名前は上木優奈。 ただいま三十路街道まっしぐらの35歳。 チャームポイントは笑ったときにできるえくぼかな? 体は中肉中背って感じ。ちなみに、生きがいは人を笑顔にする花束をつくること。 そう、花屋の経営者でもあるのです!! 花を買う人 気持ちの良い朝だ。 私はシャッターを開けながら思いっきり伸びをする。 そして朝方から仕入れた花を店先に並べた。 今は花も種類が多く、一番店が明るくなる時期。 近くの公園の新緑が目に眩しい。 バイトの女子大生が“こんにちは”と顔を出す。 それに笑顔で挨拶を返して、今日も店の経営は順調に始まった。 犬を連れた若奥様に、常連客のおばさま。 彼女に花を買っていく若い男にお使いを頼まれた小さな男の子。 花屋には今日も今日とで様々なお客様が顔を出す。 決して大きな花屋じゃないけど、固定客も多いから経営は良好。 木目調のアットホームな雰囲気も我ながらお気に入りなのだ。 「店長、いつものお客様が見えましたよ。」 「あ、OK〜。」 傍にあった鏡で軽く髪型を整えた。 毎月一日の店を閉めるギリギリの時間帯に顔を出すお客さん。 そして、その人は蒼や白の花を買っていく。 パタパタと表に出ると、柔らかな笑みのお客の男性が夕闇に毅然として立っていた。 「こんばんは。」 「いらっしゃいませ。」 黒い癖のある髪、群青の瞳。 格好良く着こなしたシャツにジーパン。 誰をも圧倒するその魅力的な雰囲気は彼にしか出せないといつも思う。 だけど・・・と私はいつも彼を見るたびに考える。 だけど、彼は既婚者だ。 ちらりと、首もとに光るのはネックレスでつけてある指輪。 それが仮の結婚指輪だと知っているから。 以前、気になって聞いたとき、彼は本物はまだ買っていないと言っていた。 早婚で、買うお金がないときだったらしい。 そしていつかとびっきりの指輪を買うのだとも。 「今日はなにか入ってます?」 「かすみ草が綺麗ですよ。」 蒼と白の花しか買わないから、入荷したなかでもその色を選んで答える。 彼はその言葉に少し考える仕草をして、 「じゃあかすみ草と合わせて花束をお願いします。なるべく大きめの」 と告げた。 「上木さん。」 「はい?」 「4日に花束を予約していいですか。」 「え、ええ。喜んで。」 「その日、妻の誕生日なんですよ。」 彼はそう言って幸せそうに微笑んだ。 まったく彼の、黒羽さんの奥さんが羨ましい。 結婚して15年ほどになるそうだが、毎月一日には花束を旦那から貰えるなんて。 それもこんなに素敵な旦那様から。 花を選びながら、ふうっと気づかれない程度にため息をついた。 「妻も大好きなんですよ。ここの花束。」 「そうですか。それならば奥様もいらっしゃればいいのに。一度ご覧になりたいわ。」 フフッと笑ってできあがった花束を渡す。 すると黒羽さんは困ったように頭を掻いた。 「ああ、それ俺が禁止してるんですよ。妻は教えてと言うんですが。」 エッと不思議そうに彼を見る。 なぜ、禁止するのだろう。教えないのだろう。 そんな私の感情をよみとったのか、彼はクスクスと笑った。 「妻が花束を貰って喜ぶ瞬間を見るのは俺だけが良いんです。 独占欲が強いと思われるかも知れませんが。」 「なるほど。」 こちらが頬を染めてしまいそうなほど、愛情のつまった科白。 それだけ彼女を愛しているのだと潔く言われると、自然と気持ちが朗らかになる。 結婚して15年、毎月花束を買う夫。それを喜んで受け取る妻。 永遠の愛なんて、信用できなくて、結婚をしない自分を私は少しだけ恥じた。 「4日の・・4日の花束はどのようなものを?」 「白をふんだんに取り入れたもので。彼女、白が好きなんです。」 「白か・・。私にとって白は、今世間を騒がせている怪盗ですね〜。」 手帳の4日のところに書き込みながら、ふと頭に浮かんだ怪盗を口にする。 気障な口調と紳士的な振る舞いは見ていて気持ちが良い。 彼を花にたとえるならカサブランカだろうか。 そう思いながら顔を上げれば、少し固まった表情の黒羽さん。 「あれ?ひょっとして奥様もKIDがお好きなんですか?」 「あ、まぁ、好きですね。」 「じゃあ、嫉妬なさってるんでしょう。」 クスクスと笑って、小さな花束を繕う。 今日はなんとなくおまけをつけてあげたい気分になった。 「いや、現に俺がKIDですし。」 「アハハ。黒羽さんって本当におもしろいですね。」 つけている店のテレビでは今日のKIDの捕り物が生中継されている。 KIDがこの世に出てからもう20年近くなるというのに、 彼の特番は毎回、ロングヒットドラマのように高視聴率を稼ぐのだ。 絶対に嘘だと分かる冗談を彼は時々口にする。 以前“マジシャンの黒羽さんと同じ名字ですね”と言ったら “あ〜本人なんです。”てな感じで。 もちろん嘘だとは見え見え。 だって、マジシャンの黒羽さんはもっと落ち着いた物腰だから。 お花を買う、優しい旦那様のイメージはとうてい持てないし。 彼は未婚者としても有名なのだし。 「それじゃあ、よろしくお願いしますね。」 「ええ。4日、お待ちしています。あっ、それとこれ。」 「え?」 小さな花束を彼へと渡す。 驚いたように彼は花束と私の顔を交互に見つめた。 「お話しを聞かせてくださった御礼に。」 「ありがたくいただきます。」 そう言うと彼は魅力的な笑みを浮かべて暗闇に去っていく。 家に帰ればお子さんや奥さんが向かえてくれるのだろうか。 「店長、店、閉めましょうか?」 「そうね。」 私もいつか結婚しよう。 そして黒羽さんのような暖かい家庭を築こう。 あとがき 突発的に思いついたネタ。一応、バースデー? |