朝、工藤邸を訪ねた哀は絶句していた。 玄関に摘まれた大量の荷物に・・・。 |
★生まれたての天使★ |
幾分、寒さも峠を越し、桜のつぼみも大きく膨らんできた頃、 新一もまた出産の時期を迎えようとしていた。 遅くとも、2週間後には産まれるだろうと予想した優秀な産婦人科医?の哀の言葉は 僅か1日で新一となじみの深い者達へと広がり、その結果がこれなのだろうと、 哀は改めて彼を取り巻く人間達の異常性を痛感する。 「子供服はきっとご両親ね。 そして、この大量の果物と鉄分を多く含んだ食品は大阪の探偵さんからかしら。」 「ご名答。さすが、哀ちゃん。」 荷物を押し分けてどうにか家に入り、その送り主をざっと推理した時、 快斗が2階から寝起きの顔で降りてきた。 そして、睡眠不足気な彼の表情に哀は玄関の靴の数を思わず確認する。 そこには、予想通り見慣れない女物の靴が二足と紳士風の靴が一足並んでいた。 「黒羽君のお母様と工藤君のご両親、泊まったのね。」 「うん、昨日の夜中にあの荷物持ってね、母さんは一昨日からだけど。 3人で朝方まで騒いで大変だったよ。それで、哀ちゃん新一は?」 「今、蘭さんがついてるわ。でも、蘭さんも用事があるからあなた達を呼びに来たのよ。 でも、その様子じゃあ、貴方のお母様も工藤夫妻も起きては来られないようね。」 「・・・多分ね。」 哀の言葉に快斗は2階を見上げると、軽くため息をついた。 確か、3人が眠った気配を感じたのは、午前5時頃だったと思う。 今は、朝の8時。 まだ、3時間しかねていない彼らは深い深い夢の中であろう。 「じゃあ、着替えてそっちへ向かうよ。」 「ええ。」 哀は軽く頷くと、用件は済んだとばかりにくるりと180度廻ると ドアを開けようとノブに手を掛けた。 その瞬間、哀の力ではなく別の者の力でドアが大きく開け放たれる。 そして、視線に飛び込んだのは蘭の焦った表情と荒い息。 「哀ちゃんっ・・・破水したわ。急いで。」 「嘘でしょ?まだ、早すぎる。」 哀はそれまでおだやかだった表情を一変させて、外へと飛びだし、 その後を快斗がパジャマ姿のまま追いかける。 蘭はそれを見送る暇なく、彼らの両親がいる二階へと掛け上がっていった。 「黒羽君はここにいて。」 「分かった。」 今は分別室とかしている研究室へ降りていく哀を見送ると、 快斗は落ち着かない様子でその辺りをなんともなしに歩き回った。 それから暫くして、寝起きであるはずなのに キリッと表情の引き締まった母親2人と蘭が阿笠邸へと入ってくる。 そして彼女たちも又、快斗に目もくれることなく、地下室へと向かった。 「快斗君。有希子達は?」 「地下室へ行きました。」 最後にここへたどり着いたのは優作だった。 ちなみに、ここの家の主人である博士は学会でちょうど家を空けているためいない。 残された2人は、外を眺めたり、イスに座ったり、祈ったり、歩き出したりと 落ち着かない時間を過ごす。 「こんな時、何も出来ないのが悔しいですよね。」 「ああ。新一が生まれたときもこんな感じだったな。」 完全防音されている地下室の音はまったく外では聞き取れない。 産まれたのか、産まれていないのか。ここから予想するのは不可能だった。 「無事産まれてくる。心配しなくていい。新一は強い子だから。」 「はい。」 優作の言い方は快斗に言い聞かせると言うよりむしろ、 自分に言い聞かせているような感じだったが、 快斗もまた不安なのは同じなので、その言葉に同意を示した。 それからどれくらい時間が経っただろうか? ふと気づけば、快斗達がいた部屋は夕日によって真っ赤に染まっていた。 「あれ。俺、寝てたのか?」 回りを見れば、近くのソファーで優作が寝息を立てていた。 考えてみれば、このところろくに眠っていなかった気がする。 「で、俺はどうしてここにいるんだっけ?」 寝起きの頭はなかなか働いてはくれない。 阿笠邸ということは分かっているのだが・・・。 「あら、黒羽くん。起きたのね。」 「哀ちゃん・・・?」 「快斗、何寝ぼけているのっ。もう、何でここにいるか分かってないでしょ。」 片手に湯気を立てたカップを持って、快斗の母親が呆れたように快斗の顔をのぞき込む。 哀はその後ろで優作にブランケットをかけ直していた。 「早く下に行ったら?お父さんになったんだし。」 「この子が、父親とわ・・・。世も末よね。」 「・・・あーーーーーー。」 ようやく快斗の頭の中で合点がいったようだ。 これで、IQ400とは疑わしいのもいいところである。 「何で、起こしてくれなかったんだよ。」 ソファーから飛び上がった快斗は目くじらを立てて母親に詰め寄るが、 母はそれに心外だとばかりに言い返す。 「起こしてもぐーぐー寝てたのは快斗よ。ねぇ、哀ちゃん。」 「ええ。今、子どもは有希子さんがあやしてるわ。 それと、よかったら工藤君を客間に運んで頂戴。 疲れて眠っちゃってるけど、あの部屋のベットじゃ疲れもとれないでしょうから。」 階段を駆け下りながら、快斗は自分たちの子どもを少し想像してみる。 新一似だろうか? それとも自分に似ているのだろうか? 男だろうか? 女だろうか? 頭の中でさまざまな赤ん坊像が浮かんでは直ぐに消えていく。 「まぁ、どんな子どもでも俺達の愛の結晶だしねw」 ふくらむ期待と興奮を抑えながら快斗はゆっくりと扉を開く。 中はとても静かで、綺麗に片づけられていた。 「快斗君、やっときたのね。双子ちゃん眠っちゃたわよ。」 “ほら、こっちが長男でこっちが長女”と付け足して 有希子は柔らかな毛布に包まれて気持ちよさそうに眠る子ども達を快斗に示した。 「さっきまで、新米ママからご飯をもらってたのよね〜。」 「これが、俺達の子どもなんだ・・・。」 赤ん坊のほっぺをつつく有希子の隣で快斗はそっと赤ん坊に触れる。 何とも言えない柔らかさと、耳元に聞こえる規則的な呼吸に 新しい命が誕生したことを改めて実感する。 沢山の死と直面して、その危険の中で生きてきた快斗にとって、 その光景はとても新鮮だった。 「まるで生まれたての天使ね。ほら、この子なんて快斗君にそっくり。 これから、快斗君が守っていくべき家族よ。がんばって。」 「はい。」 本当に新しい家族との対面は、感動としか言い表せなかった。 「新一も、お疲れさま。」 汗で濡れている前髪をゆっくりとなでてそっとこめかみにキスを落とす。 その横では客間に移動された有希子達の買ってきた ベビーベットで息子と娘が安らかな寝息を立てている。 母親達は何かあったら呼びなさいと言って、先ほど部屋を出ていったばかりだ。 その間、優作が興奮して赤ん坊が泣き出すというひと騒動もあったが、 それでも新一は目を覚まさなかった。 哀の話では明日まで起きないと言う。 男の快斗には想像も出来ないがそれだけ体力を消耗するのであろう。 「・・・初めての夜だよね。」 最後に子ども2人にも同じように羽のようなキスを落として、 快斗もまた眠りにつくのだった。 ◇あとがき◇ どうにかこうにか、長男、長女誕生。 次は、大阪の探偵も交えて『名前』の討論会♪ |