どこにでもあるような、喫茶店の窓際の席に座り、 平次は何杯目になるか分からないコーヒーを注文した。 テーブルに置いてある携帯電話を手にとって時間を確認すれば、午後3時を回ったところ。 待ち合わせが1時だったから・・・・もう2時間は過ぎている。 〜愛×嫉妬〜 平次は深くため息をつくと、連絡を入れようと着信ボタンを押す。 ちょうどその時だった、カラン カランと喫茶店の扉が開いたのは。 「遅いで。2人とも。」 平次は向かい側に座った2人に非難の視線を向ける。 そんな平次の表情に、快斗と白馬は苦笑を漏らした。 「しょうがねーだろ。だいたい、今日は仕事があったんだし。」 「そうですよ。僕らにだって用事はあるんです。」 「友達がいのないやっちゃな。・・・まぁ、ええわ。2人ともコーヒーでええな?」 平次は傍にいるウエイトレスを呼び止めると、あとコーヒーを2つ追加と注文する。 ウエイトレスは軽く頷いて、慌ただしげに店の奥へと消えていった。 「で?急用って何?」 「和葉のことなんやけど。」 「和葉さんですか?」 せっぱ詰まったような平次の表情に、快斗と白馬も真剣な顔つきとなる。 いったい彼女に何があったのだろうか? 「自分らは感じたことないか?“あんがい夫婦ってお互いを知らないんや”って。」 「何?浮気でもあったの?」 「黒羽君、単刀直入すぎますよ!!」 快斗の言葉に白馬は非難の声を上げる。 快斗はそんな白馬に“声がでけーよ”と忠告するが、 白馬は“デリカシーが足りない”とかなんとかと言葉を続けた。 「あ、あの。コーヒーです。」 そこに、コーヒーを持ったウエイトレスが遠慮がちに声をかける。 おそらく、白馬の罵声に、声をかけるタイミングを失っていたのだろう。 困ったように立っている女性に、快斗は“すみませんでした”と微笑みかける。 そこでようやく、白馬は自分の状況を把握したようだった。 「コホンッ。と、とにかく、何があったんですか?」 「こないだ、街でな、知らん男が話しかけてきたんや。 なんや、和葉の小学校来の友達らしくってな。」 「幼なじみの意外な知り合いにとまどった。ってとこ?」 快斗はぬるめのコーヒーを口に含んで、呆れたように言葉を綴る。 隣に座っている白馬にいたっては、もう何もコメントがないようだ。 「そやかて、自分ら、本当にないんか?そういうこと。」 「そりゃ、夫婦だからって全てを知ってるわけじゃないし。 まぁ、そこは愛で補えるからねぇ〜♪」 「余裕ですね、黒羽君。そのうち浮気されますよ。」 自信満々の快斗に白馬は鼻で笑うが、快斗は特に気にした様子もない。 そして、カップをテーブルに置くと、一息ついて平次を見据えた。 「信用してるんだろ?和葉ちゃんのこと。」 「あたりまえやないか。」 「なら、気にすることじゃねーと思うぜ。」 「じゃあ、黒羽君。もし、工藤君が他の男と腕でを組んで歩いていたらどうします?」 「どんな理由でも男のほうの命は保証しないかも。」 強気な笑みの快斗に白馬はこれ以上、この話題をすることを止め、 窓の外を往来する人々を眺めた。 休日のためか、やけにカップルが目立つ街路。 その中に、ふと、目を引く一組のカップルが視界に入った。 特に女性の方は辺りを一興するほどの美しいスタイル。 黒い艶やかな髪が風になびき、 白く透き通るような細い足を白のキュロットスカートからのぞかせている。 それは、神が創造したと言っても過言ではないほどの完璧な均一を保ち、 白馬は今までの人生で、ここまでの美人を見たことがないと思った。 匹敵する人物をあげるなら工藤新一・・・・というより・・・あれは 「工藤君?」 「どうかしたんか?白馬。」 「いえ、あれ・・・。」 白馬は恐る恐る窓越しに外を指さす。 その瞬間、とてつもない冷気が喫茶店内を包んだ。 「く、くろば君?」 「へ、平気なんやろ。ほら、信用しとるんやし。」 「え?何の話?」 にっこりと恐ろしいほどの笑みを浮かべて、快斗は席を立つ。 平次と白馬はそんな快斗をなだめる術を知らなかった。 +++++++++++++++ 見目美しいカップルとその後を付ける3人組。 由梨はその異色の組み合わせを視界に止めて、それはそれは盛大にため息をついた。 「どうかしたのか?」 「あれ。」 鞄を肩に掛けて悠斗は一点を見つめる由梨に問いかける。 その言葉に由梨は視線で向かい側の道を歩く集団を示した。 一定の歩幅を保ちながら歩くその姿は、一見すれば不審な点はない。 それでも、彼らが顔見知りである事をふまえればそれはそれは奇妙な組み合わせだ。 「あれでも目立たないようにはしてるみたいだな。」 「めちゃくちゃ、目立ってるけどね。」 日頃よりも気配を薄くしていることは、そう言うことに長けた2人には一目瞭然で。 だけど、いくら気配を薄くしたところで、あのルックスに女性達が振り向かないはずはない。 悠斗と由梨はそこまで考えて、ふと、彼らが尾行する人物へと視線を移す。 興味関心がバラバラな3人が必死に尾行する人物は誰なのか? 「お母さん?」 「相手の男、誰だよ。」 悠斗はムッとしたような声で、新一と手を絡ませている男を睨み付けた。 自分でさえ最近は成長してから、手など繋ぐことが無くなったというのに。 そんな悠斗の嫉妬を含んだ視線に気がついて由梨は再びため息をつく。 「悠斗の歳で手を繋いだら、ただのマザコンよ。」 「うっせーな。分かってるよ。」 「そう?」 「それよりっ、今はあの男だろ。」 悠斗はこめかみの辺りを軽く掻くと、視界から消えかけている新一達を追って足を踏み出す。 由梨もまたここで黙って帰る気はないらしく、その後に続いた。 新一があの男とどんな関係なのかはおおかた予想がついている。 察するに仕事関係だろう。 それでも1つ気になるのは、昨日、聞いた言葉。 『明日から数日、東北の方に仕事で行ってくる。』 「嘘をつくのは珍しいことだよな。」 「ええ。あの男、叩けばたくさん埃が出てくるんじゃないかしら。」 クスッと嬉しそうにほほえむその横顔に、隣を横切る男達は頬を紅く染めたが、 悠斗だけは隣から感じるオーラに身震いすることを禁じ得なかった。 「あ、あの。後ろにいるのって工藤さんの?」 「多分。まぁ、気にしない、気にしない。」 腕を組む男は不安げに新一を見下ろすが、それに新一はニコリとさわやかな笑顔を返した。 遠目で見れば、気遣う彼氏と大丈夫と返事を返す彼女。 そのやり取りの後、背中にささる殺気を男がさらに感じたのは言うまでもないだろう。 「やっぱ、危険じゃないすっか?」 「言い出したのはお前だろ。吉岡。」 「そうですけど・・・。」 「さっさとストーカー女、見つけねーと、お前が彼女と結婚できなくなるんだぜ。 好きな女を守りたいっていうお前の気持ちに俺は賛同してるんだ。 でなきゃ、お得意さんのお前の親父さんの頼みであっても引き受けてねーよ。」 新一は前髪を掻き上げて、吉岡に呆れた視線を送る。 それに対して吉岡は一瞬、脈拍が上がったのを感じた。 どんな表情をしてもとてつもなく絵になってしまう新一と密着しているのは心臓に悪い。 吉岡は今更ながら、彼に依頼したことをどこかで悔やんでいた。 「で、彼女の具合はどうなんだ。」 「大事をとって明後日までは入院するそうです。」 「それまでに落とし前つけねーとな。」 事件が起こったのは、今から1ヶ月ほど前。 女遊びのひどかった吉岡が、ようやく運命の人を見つけたことから始まった。 吉岡の父と面識のある新一は、息子である彼とも気軽に会話をする仲であった。 趣味や興味が似通っていたのが、仲良くなるキッカケであったと思う。 暇があれば事務所に顔を出して、よく新しい彼女の話をしていた。 新一はそんな彼が時々顔に、真っ赤な紅葉を作ってやってくるのを良く笑ったものだ。 「笑うことないじゃないっすか。」 「いい加減1人に絞れば?」 「毎回、運命を感じるんですけどね。」 一目惚れのひどい彼が二股をすることも度々あって、その事がばれて女に殴られる。 まぁ、二股と言ってもかれがひとえに優しすぎるのが原因だったのだが。 「誰かをふるのは苦手なんですよ。」 「それって、本当の優しさじゃないぜ。」 「分かってるんですけどね・・・。」 だが、彼もようやく本当の運命の女性に出会った。 その事を報告しに来た時の顔は、今でも鮮明に瞼の内側に焼き付いている。 そんな彼の幸せな顔が崩れるのはその数日後。 現在の彼女が1週間ほど嫌がらせの電話に苦しめられ、そしてついに車で引かれた。 その犯人はおそらく元カノの1人。 それでも証拠が無く、犯人も見つからない状態で現在の彼女は毎晩恐怖に震えている。 「にしても、あいつらがいたんじゃ、仕事にならねーな。」 「工藤さんの旦那さんに、俺、殺されないっすよね?」 「さぁ?どうだろ。」 意地の悪い新一の笑顔に、吉岡の全身の血の気が引いたことは言うまでもなかった。 「あら、工藤君もついに浮気?」 「な、なに言うとんねん。嬢ちゃん。」 「服部君、その呼び方止めてって言ってるでしょ。」 後ろから聞こえた声に振り返れば、珍しくスカートをはいた哀がそこには立っていた。 髪も高い位置でまとめてあり、耳元には真珠のピアスが輝いている。 「どこか、お出掛けなの?哀ちゃん。」 「デートよ。」 「うそやっ!!」 「嘘ですよね!!」 哀の冷笑と共に発せられた言葉に対して、白馬と平次は失礼な言葉を口走る。 確かに哀がデートとは考えられない話だが、 それを直で口に出してしまう彼らはおそらく命知らずもいいところであろう。 服部達も哀の表情の変化に、ようやく失言に気づいたらしく気まずそうに視線を逸らした。 まぁ、それも後の祭りだが・・・。 「随分と失礼な言い方ね。」 「いえ、その。お、お相手は?」 「本当にデートだと思ってるの。警察も廃れたものだわ。」 哀は大げさにため息をつくと、冷ややかな視線を白馬に向ける。 快斗はそんなやり取りを見て“間抜けなやつ”と苦笑していた。 「黒羽君、君は人を笑っていられるほど余裕じゃないはずです!!」 「あ?」 「そうよ、彼。吉岡君だわ。なかなか頭のキレる人物で工藤君のお気に入りの。」 顎に手を添えて哀は興味深そうに2人を見つめる。 2人は相変わらず、仲良さそうに会話を弾ませていた。 「なんや、嬢ちゃん、やない、灰原は知っとるんか?」 「数回、事務所で会ったから。黒羽君は知らなかったのね。」 哀は勝ち誇ったように微笑むと、そっと自分の背後に視線を移した。 彼らを尾行している女性がいないかどうか。 +++++++++++++++ 「おとり捜査!?」 哀がその話を聞いたのは、昨晩のこと。 家にやってきた新一が神妙な面もちで口にしたのは予想もしなかった言葉。 もちろん、昔から彼はおとり捜査をよく行っていた。 被害者も守れて、さもかつ犯人を捕まえられる一石二鳥の手段。 だけれど、それを行う本人にはかなりのリスクが生じることになる。 「工藤君、いくら吉岡君の彼女を守りたいからといっても、危険すぎるわ。 人をひき殺そうとした女よ。何をしでかすか分からないじゃない。」 「そう言うと思ったよ。だけど、もう決めたことだ。」 新一は哀から視線を逸らすことなく、はっきりと告げた。 ここまで決意している新一を止められる者はいない。 無鉄砲でお人好しでそれでいて頑固。 「命を無駄に捨てるタイプの人間ね。」 「だから、灰原達がいるんじゃねーか。」 あっけらかんとそう言う新一に哀は思わず固まってしまった。 彼は本当にさりげなく、嬉しいことを言ってくれる。 それは、打算などから導き出される言葉ではなく、 素でそう思って自然と出た言葉だからまったく始末に負えないのだ。 「分かったわ。このこと、黒羽君には言っていないのよね?」 「もちろん、今日から東北だって言ってある。」 「浮気疑惑、発覚するかもよ?」 「そうかもな。」 そう言って笑う新一に哀も同調して笑みを漏らした。 そこにあるのは絶対的な自信。 新一の浮気など快斗が信じるはずもないのだ。 どちらかというと、少しからかえる楽しみがあると言うことだけ。 「だけど、一つ条件があるわ。私にあなた達の尾行をさせて。 そして危なくなったら、黒羽君を呼ぶ許可を頂戴。」 「ああ。予定表はここにあるよ。」 渡された書類に軽く目を通す。 明日はデートをして、あいての女の注意を新一に引きつけ、 そしてなんらかの接触を持ってきたときに捕まえる。 典型的なおとり捜査のパターンだが、一番確実な方法だった。 「吉岡君も大変な人に頼んだわね。」 「え?」 「いえ、独り言よ。」 哀はそう言って、口の両端を軽くあげた。 +++++++++++++++ デートを始めて5時間。 新一と吉岡はよくあるコーヒーショップに入っていた。 日当たりの良いコテージは道からの見通しも大変良い。 たくさんの人々が通るなか、新一は神経を集中させて殺気を感じようとした。 快斗達は気配を消しているから、彼ら以外の視線を感じればいいだけのこと。 そしてそこに殺気というスパイスが加わっていれば完璧だ。 「工藤さん?」 「見てるぜ、妬ましそうにな。」 新一は前のめりになると吉岡の耳元にそっと囁く。 その瞬間、嫉妬の混じった殺気はより一層強さを増した。 本当に正直な女だと新一は思う。 その自分の気持ちに正直なことが今回の事件の原因になっているのだが。 「前にも聞いたけど、吉岡には心当たりはないのか?」 「ええ、俺も工藤さんに言われていろいろ考えたんですが・・・。 どの子も本当に良い娘だったんです。基本的に放っておけない娘がタイプだし。」 「まぁ、そう言うタイプは切れると何するか分からないからな。」 新一はそう言うと、よいしょ、っと席を立つ。 だいぶ日も暮れてきた。 そろそろ、あの女もしびれを切らしてきたころだろう。 「工藤さん、帰るんですか?」 「ああ。あとは俺に任せろよ。」 「本当に、大丈夫なんですよね。」 「おまえもお人好しだな、はやく彼女のところに行ってやれ。じゃぁな。」 イスにかけていた上着を羽織って新一は店をあとにした。 きちんと女がつけているのかどうか、少し心配だったが、 どうやら完全にこちらの作戦にはまってくれたようだ。 あとは、人通りさえ少なくなれば何か仕掛けてくるはず。 「・・・大丈夫かなぁ?」 新一が去った後、吉岡はコーヒーを飲みながらぼそりと言葉を漏らした。 彼女のところに向かえとは言われたが、やはり心配でしょうがない。 そんな時、トントンと肩を叩かれた。 「吉岡さんですか?」 「随分と気の滅入った顔しとるやないか。」 「え?えっと・・・。」 吉岡はどこか見覚えのある顔だと思いながら、2人の男を見上げる。 確か・・・・。 「白馬さんと服部さん?」 「そや。あんたの護衛を頼まれたんや。」 「俺の?」 「とにかく、服部君と病院に向かってください。」 白馬はせき立てるように吉岡に告げると、胸元のポケットから携帯電話を取り出した。 そして、バイブしているそれに出る。 「白馬だが。ああ、見つけたか。それじゃあ、確保よろしく頼む。 まかり間違っても工藤君を傷つけないでくれ。」 必要事項を早口で述べて携帯を切った白馬を吉岡は不思議そうな表情で見つめた。 それに気が付いた白馬は苦笑して、警察手帳を取り出す。 「僕は警察庁で働いています。」 「それじゃあ、逮捕を?」 「ええ。工藤君には許可を取っていませんから 全てが落ち着いてから動くように指示をしてありますので心配なさらないでください。」 不安な表情の吉岡を落ち着かせるように、白馬は詳細を述べた。 灰原から彼はとても繊細で優しすぎると聞いていたのもまんざらではないらしい。 自分の彼女が怪我をさせられたとなっても、それを行った女性の将来も心配している。 「あんた、工藤に劣らんお人好しやな。」 「え?」 「とにかく、病院行くで。彼女も今が一番不安やさかい。」 服部に促されるまま、吉岡は席を立った。 そして白馬にかるく一礼すると、慌てたように服部の車に乗り込む。 白馬はそれを確認すると、部下達がいる場所へと足を向けた。 今頃は快斗も気が気でない様子だろうと思いながら。 ひとけのない道に入ってからは、女は姿を隠そうともせずに後ろをつけてきた。 カツカツと靴の音が響く。 早足で角を曲がってから新一はピタリと立ち止まった。 そして、ゆっくりと振り返る。 「何かようですか?」 母親譲りの演技力で不安げな表情をつくる。 女はそれにニヤリと厭らしい笑みを浮かべた。 「私の彼を取らないで。今すぐ別れれば何もしないわ。」 「嫌だと言ったら?」 「・・・・殺す。」 女が黒のショルダーバックから取り出したのは 刃渡り20センチほどのサバイバルナイフ。 手には黒い革の手袋をはめていた。 女は新一が恐怖に震えるのを楽しみにしているようだった。 だが、新一もそこまで度胸がないはずもない。 ましてやこれがねらいだったのだから。 「今度はひき殺しじゃないんだな。」 「ひき殺し?ああ、あの女の話?彼女、死ななかったから確実な方法にしようと思って。」 口調の変わった新一に少し戸惑いを感じながらも、女は一歩一歩近づいてくる。 新一はそれに後ずさりすることなく、楽しげに微笑んだ。 「自分に正直な女だな。だけど、あんたは間違っている。」 「何を言っているか分からないわね。 私は彼にふさわしい女。吉岡を心から愛しているのよっ。」 「・・・愛しているからと言って何をしても言い訳じゃないだろ。」 ピタリと女の足が止まる。 まだ、彼女の心に迷いがあるのだ。 新一はそれを感じ取って少し安心した。 彼女はまだ完全には闇の中に落ちていないのだから。 「愛しているのなら、彼の幸せを願うんだ。もちろん、すぐにとは言わない。 だけど、そうしないとあんたの幸せはやってこないぜ。 吉岡1人に縛られてていいのか?あんたはそんなに自立心のない女じゃないだろ。 誰かをそこまで愛せることは凄い力が必要だと思う。あんたにはそれができるんだ。 新しい恋を見つけることだって可能なはずだぜ。」 女の手からナイフが落ちる。 そして彼女は泣き崩れた。 嗚咽を発して今までの行為を本当に後悔するように。 「す・・いません。」 女は何度も頭を下げる。 新一はそんな彼女にハンカチを渡して、肩を叩いた。 「その言葉は俺に言うんじゃなくて、今の吉岡の彼女と吉岡に言って下さい。」 「あ、あの。そのことなんですが、私、彼の今の彼女・・その知らないんです。」 「え?」 新一の顔に焦りの色が表れる。 ・・・・今の彼女を知らない? 「以前にそう言うことをしたとなれば、その、脅迫できるかと思って。」 「それじゃあ、もう1人いるのか?」 新一がそう言葉を漏らした瞬間だった。 車の加速する音が聞こえたのは。 驚いて振り返れば、白のクラウンがためらうことなくこちらに向かってきていた。 車がやっと一台通れる幅しかない道。両側は高いブロック塀・・・。 「くそっ。」 計算外だった。まさか、2人も嫉妬に狂った女がいたなんて。 それも、車の女のほうは重症の部類だ。 「新一っ。」 「え?」 ブロック塀の上から声が聞こえた。 「はやくっ、手を取れ!!」 「まずは、彼女からだ。」 新一は迫りくる車を横目で見ながら、女を快斗に渡す。 快斗は彼女をブロック塀の下に下ろすと、急いで新一に手を伸ばした。 車はもうあと数メートル、間に合うか間に合わないか・・まさに秒単位の駆け引き。 手を引き揚げてブロック塀を登り切ったと同時に車が背中の後ろを走り去った。 「快斗・・・。」 細長いブロック塀の上に引き揚げられた新一は強く快斗に抱きしめられる。 その手が少しだけ震えているのが背中で感じ取れて、 新一はあやすように快斗の頭を撫でた。 「心臓・・・止まるかと思った。」 「悪かった。」 「お願いだから、もうこんな危ないことは止めろよ。次、俺に内緒でしたら本気で許さない。」 すぐ近くにある快斗の表情は今までに見たこと無いほど、怖い顔をしていて、 新一は少しだけ、今の快斗を怖いと感じる。 でも、それだけ怒ってくれて、心配してくれているのはよく分かった。 「ああ、約束する。」 その言葉にほんの少し、快斗の顔が和らいだ気がした。 +++++++++++++++ その後、白馬たちの待機していた警察官がクラウンに乗っていた女、 そして新一にナイフを向けた女を連れて行く。 女達は覇気のない表情だったが、これからはきちんとした道を歩んでいくだろう。 もっと素敵な相手を見つけて。 それらを見送った後、新一と快斗はその足で病院へと向かった。 快斗の話では病院には由梨や悠斗もいるらしい。 “どうしてだ?”と聞いたら、“あいつらも心配してるんだよ。”と快斗は笑って答えた。 「工藤さん、大丈夫でしたか?なんか、2人もいたと警察の方に伺ったんですけど。」 吉岡は新一を視界に止めるなり、慌てたように駆け寄ってきた。 それに対して、新一はゴツンと彼の頭を殴る。 その目はどこか怒気を帯びていた。 「おまえ、いったい何人の女をたぶらかしてきたんだよ!!」 「す、すみません。別にたぶらかしたつもりはないんです。でも、その。」 「とにかく、今までの女に謝罪できるよう、彼女を大事にしろよ。」 「はいっ。」 吉岡は深々と頭を下げて、病院の中と言うことも忘れて返事をする。 それに新一はクスクスと苦笑を漏らしながら、病室へと入っていった。 吉岡もそれにホッと胸をなで下ろし、病室に行こうとするが、 あと一歩と言うところで後ろから肩を叩かれる。 ゆっくりと振り向いた先、そこにはニッコリと笑顔の男・・・。 吉岡は全身の血が逆流するような感覚を覚えた。 そう、彼がここに来るまで、新一の子ども達に聞かされたのだ。 どれだけ、新一の旦那が新一の事になると怖いか、危険かと言うことを。 「吉岡さん。初めまして。」 「は、はじめまして。」 凄く好意的な笑顔だといつもなら思う吉岡も、 クドクドと子ども達に話された後では悪魔の微笑みに見えてしまうから不思議だ。 「吉岡さんに下心が無かったのはよく分かってる。 それにこの件は彼女が言い出したことだから攻めるつもりはない。 だけど・・・やっぱちょっとくらいはお代をもらわないといけないし♪」 「お、お代ですか?」 「そう。じゃあ、哀ちゃんあとはよろしくね。」 快斗はヒラヒラと手を振って、後ろの少女に微笑みかける。 吉岡が見た女性は、かつて数回会ったことのある女だった。 「こんにちは、灰原さん。」 「こんにちは、お久しぶりね。今回は、初めての過失として私がお代をいただくわ。 黒羽君でなかったことを神に感謝するのね。私が貴方に言った言葉、覚えているでしょ?」 「・・・はい。」 歩いていく灰原に続いて、吉岡も足を進める。 無事に帰れるだろうか? そんな思いで笑顔の響く病室に一度視線を向けるのだった。 あとがき 完全版で飛鳥様にささげます。 お誕生日のお祝いなんですけど、遅くなっすみませんでした。 |