※この小説は、家庭教師ヒットマンリボーンのキャラが出てきます。
作品を知らなくても内容はわかりますが、苦手な方はご注意ください。
路地裏にしゃがみこんだ人物を見つけたのは、雨がポツポツと降る冬のこと。 白地のスーツが所々紅く染まり、長く伸びた髪が雨にぬれて頬に張り付いている。 遠目では性別の判断もつかないが、その白と紅のコントラストに、 厄介ごとだと分かりつつも、自ら巻き込まれないわけにはいかなかった。 その人物に手を貸せば、珍しく平穏だったこの1週間は終わりと告げるだろう。 きっと、同居人の元怪盗は眉間にしわを寄せて呆れ顔をつくるに違いない。 だが、そうなれば言ってやればいい。 白を紅く染めて路地裏によくしゃがみこんでいた馬鹿な怪盗とシンクロして見えたのだと。 ―噂のレーネ― カツンカツンと響く靴音に、彼は顔を上げた。 彼、と判断できたのは顔を見た瞬間だったが。 それでも色白と華奢な身体に、中性的な印象を強く感じさせる。 か細く震えていた彼は、そんな状態ながらも新一でさえ怯むほどの殺気を帯びていた。 「俺は敵じゃねぇから、拳銃をしまってくれないか?」 「・・・日本人?」 声変わり前の澄んだ声音が耳に届く。 そして少年はじっと新一を見上げた。 茶色の瞳はどこまでもまっすぐで、 どうしてこんな少年が血まみれになっているのか不思議に思う。 少年は新一を敵ではないと判断したのか、小銃を胸ポケットへ乱暴に押し込んだ。 「どこかで見た気がするんですけど・・。」 恐る恐る告げる少年に新一は小さく笑みを浮かべる。 快斗が他人には見せるなとうるさく注意する、極上の笑みのひとつだ。 例に漏れる事も無く、少年は新一の笑みに少しだけ目を見張った。 「4年くらい前までは有名人だったかもな。」 「・・・あっ。工藤新一さん?あの名探偵の。でも、確か死んだんじゃ。」 「情報操作。君だってそのくらいするんじゃないの?若きマフィアのボスさん?」 その言葉で警戒色を強めた少年に、新一は笑みを深める。 やっぱり正解か。と自分の推理が当たったことを確信しながら。 立てるか。と手を差し出すと、少年は素直にその手を取った。 マフィアのボスは、プライドが高いものが多いが、 少年にはそんなもの欠片もみられない。 「ありがとうございます。でも、俺が誰か分かってるなら関わらない方が・・。」 「心配するな。どうせ同じ穴の狢だ。それに、人を助けるのに理由はいらないだろ? だいたい、あんたも俺を簡単に信用していいのか?」 新一の知るマフィアのボスの1人、ルースを思い出しながら少年に尋ねると、 少年はようやく柔らかな笑みを浮かべた。 彼の笑みはとてもマフィアとは思えないほど穏やかで、 新一はつくづく裏社会の奥深さを感じずにはいられない。 ルースは凶悪で残虐な心を幼い容貌で隠し、敵の懐に入って殺すタイプだ。 けれど、少年からはそんなたくらみは一切みてとれない。 「俺、直感がすごいんです。だから、分かります。」 「へぇ。便利なものがあるんだな。 なら、俺を巻き込んでも大丈夫って感じはしないか?」 新一の一言に、少年は困ったように微笑んで 『迎えが来るまでよろしくお願いします』と 日本人らしい綺麗な最敬礼を示したのだった。 「まずは傷の手当てだな。暖炉の前でしっかり暖まって待ってろよ。」 新一に言われたとおり、少年は薄暗いアパートの部屋の突き当たりを目指す。 こじんまりとした造りで、入り口からすぐ右手にキッチン。左手にトイレとシャワー室。 そこをまっすぐ歩くと大きなリビングがあり、その奥にさらに二つの小部屋があった。 縦長のつくりになっている部屋には、無駄なものは一切無く、 古びた暖炉が異様な存在感を示している。 部屋には灯りがついており、今しがたまで誰かがいた気配があった。 少年はぬれた身体でカーペットを汚さないように気をつけながら、暖炉の前に小さく蹲る。 部下に連絡をとるにも、携帯は逃げている途中で落としてしまった。 「怒ってるかな・・やっぱ。」 「誰が?」 小さく呟いた声は、室内に消えてなくなるはずだった。 だが、そのひとり言を拾われて、少年は驚いたように隣りを見る。 まったく感じなかった気配。 これでも、気配には敏感になったはずだったのに。 そんな表情を突然現れた青年に向けると、彼はにっこりと笑った。 顔のつくりは先ほどの工藤新一に似ているが、まったく違う印象を与える青年。 兄弟かなにかだろうか・・・。しばらく黙ってみていると、 青年はパチンと指をはじきタオルをどこからともなく出現させた。 「すごい・・・。」 「このくらい序の口だよ。はい。これでしっかり髪を拭いてね。」 「あ、あの。あなたは。」 「俺?俺は黒羽快斗君。職業はマジシャン。よろしく。」 大きくブイサインをするとわしゃわしゃと頭を拭きはじめる。 少年はそれに慌てて、自分でできますと言おうとしたが、 思ったより身体に力が入らず、のばしかけた手はだらんと元の位置に戻ってしまった。 「この傷じゃ、無理だな。にしても、沢田君の護衛はいないの?」 「あれ・・俺、名前言いました?」 「年若きジャポーネのボス。ルースからよく話は聞いてるよ。」 「ルース・・って。ルース・エスポアールですか!?」 フランスマフィアの頂点をいく彼の名に、少年、沢田綱吉は目を大きく見開く。 彼とは数度だけ顔を合わせた覚えしかないが、 年下であってもその存在感を忘れるはずがない。 なんてったって、最初の自己紹介で、 『父親殺してボスになったルースだ。よろしくね。』と、笑顔で告げたのだから。 彼も日本人とのハーフらしく、『半分は同じ血だよ』と良くしてくれた。 「にしても、すごいんですね。黒羽さんも、工藤さんも。」 「まぁ、厄介ごとにめぐり合う星の下で生まれたからなぁ。俺も新一も。 とりあえず、沢田君のお迎えが来るまでうちでゆっくりしときなよ。」 そう言って差し出されたホットミルク。 本当にマジシャンなんだと綱吉はトリックの分からない手腕に目をぱちくりさせる。 こうやってにこやかな好青年を振りまいてはいるが、 胸元に拳銃が忍ばせてある事はすぐに分かった。 きっと、ルースと知り合いなのだから、いろいろと大変なのだろう。 綱吉は手渡されたホットミルクをどうにか口へと運ぶ。 少々、傷は痛むが、頭を拭くほど手を上げなくてはいけないわけでもないし 温度も飲みやすいように調整されているので、苦難はなかった。 喉から流れ込んでいくぬくもりに、身体が随分と冷えていたのだと改めて感じながら。 「ところで、黒羽さんと工藤さんって、従兄弟かなにかですか?」 兄弟にしては苗字が違うし。と尋ねると、快斗は髪を拭いていた手を止める。 「よく似てるけど、新一は俺の奥さん。」 「へ?」 言葉とともに、ヒュンっと何かが自分の横を通り過ぎた。 恐る恐る、音のした方を見れば、ナイフが壁に刺さっている。 「新一。沢田君に当たったら危ないだろ。」 「俺がんなヘマするはずない。だいたい、避けなきゃいいんだよ。おめぇが。」 「もう、照れ屋なんだから。Mio moglie(僕の奥さん)。」 「今すぐ死ね!!」 飛び交うナイフに、綱吉は俺の周囲に 日常が戻る事はないんだとぼんやり思ったのだった。 新一の怒りが収まり(ただし、快斗の言葉を訂正はしなかった) 治療を受けて、どうにか止血もすんだとき、玄関のベルが鳴った。 途端に表情を険しくする快斗と新一に綱吉も身を硬くする。 「沢田君のお迎え・・じゃないな。」 「新一、ここよろしく。俺がお相手してくるよ。」 「え?で、でも。巻き込むわけには・・。」 綱吉が慌てて声を掛けるが、 それを遮るように新一は彼の手をとっておくの部屋に連れて行った。 あいつは大丈夫だから。と場違いな笑顔とともに告げられると、なんとなく納得してしまう。 綱吉がファミリーに絶対の信頼を置くように、彼もまた快斗に絶対の信頼をもっているのだ。 「裏口から出るぞ。あいつが時間を稼ぐあいだにな。」 「すみません。この部屋もつかえなくなりますよね・・・。」 一度足がついたらそこで暮らしていけるはずも無い。 そう綱吉が懸念すると、新一はククッと喉の奥で笑いを押し殺す。 「大丈夫。ここは俺の家じゃねぇし。快斗の潜伏先のひとつだ。」 「黒羽さんって、マジシャンですよね?」 「ああ。世界一のな。」 おしゃべりはここまでだ。と新一は綱吉を隠し通路に押し込み、 次いで自らもそこへ滑り込ませる。 土管の滑り台式になった裏口は、明らかに彼らが勝手にこさえた物だろう。 だがそんな彼らを非常識な人間と思えないのだから、 自分も充分非常識な部類なのかもしれない。 暗い中を滑りながら、綱吉はぼんやりと思考を飛ばしていた。 行き着いた先は、新一と出会った路地裏の近く。 すぐさま拳銃を持つよう言われ、彼とともに走り出した。 遠くから銃声が聞こえる。 「ったく。もう、ドンパチしはじめやがったのかよ。」 「黒羽さんって、強いんですか?」 「まぁ、あんな奴ら相手に死ぬ野朗じゃねぇよ。」 新一はそう口早に告げると、自らも銃を放つ。 打ち落としたのは路地裏にあるぶら下げ式の街灯で、 それが落下した地点には1人の男が銃を構えていた。 ほとんど見えない雨の夜なのに。 彼はねらいを外すことなく、走りながら打ち抜いたのだ。 「すごい。」 「ボンゴレボスからそう言われると照れるな。で、どうしてあんなとこに1人でいたんだ?」 「えっと、家を抜け出したら、出くわしちゃったっていうか。」 「おまえの周囲も大変だな。そりゃ。」 ケラケラと笑う新一に綱吉は視線を足元へと下げる。 「けど、あのルースが認めてたから、独特の魅力があるのかもな。」 「え?」 「殺しが嫌いなマフィアのボスさん。の認識であってるんだろ?」 新一は角まで来ると足を止め、壁に自らの身体を押し付けた。 綱吉も彼に習って、身を隠す。 この先に感じる気配に、かなりの人数がいることは用意に分かった。 「20人ですね。」 「そんなことも分かるのか?すげぇな。おまえの直感。」 「シックスセンスかぁ。俺のは新一専用にしか働かないかも。」 新一が綱吉の能力に感心していると、緊迫した空気を壊すような声が割ってはいる。 「黒羽さん。大丈夫ですか?」 「快斗。てめぇ、もうちょっと倒してこいよ。」 同時に掛けられた言葉の冷たい台詞の方が、自分の恋人からの言葉なんて。 と悲しんで快斗は泣きまねするが、新一の蹴りで一掃された。 「俺は殺しはしない。そして、俺の目の前で殺しは許さない。」 場の雰囲気を戻して、新一は綱吉に告げる。 マフィア同士の争いに殺しは付き物だろうことは分かっていても、 新一には譲れないものがあるから。 快斗が『譲歩してね』と言葉を続けると、綱吉も黙って頷いた。 「俺も殺しは最低限避けようとしてきました。そしてこれからも・・。」 「交渉成立・・だな。快斗。」 「オッケー。」 新一の一言を皮切りに、銃声が深夜の路地裏に響き渡る。 全ての拳銃を打ち落としていく快斗と新一の腕前に、綱吉は唖然とするしかなかった。 これだドンパチやれば人も来るだろう。 そう快斗が綱吉のお迎えを予想したとき、黒塗りの車が近くに止まった。 「10代目!!ご無事でしたか!?」 車から鉄砲玉のように飛び出してきた男は、 綱吉に駆け寄ると傷だらけの様相に眉をしかめる。 次いで下りてきた刀を持った男は、派手にやられたなぁと笑っていた。 「獄寺君に山本・・・それに、ヒバリさんも?」 「噛み殺す標的を確認しなきゃ、だろ。 だいたい僕が護衛の日に逃げ出すなんて。勇気あるじゃん。綱吉。」 最後に現れた男に綱吉は顔を引きつらせる。 そのやり取りに新一と快斗は彼らの関係を瞬時に判断した。 「で、彼らは?」 「あ、俺を助けてくれたんです。」 「ふ〜ん。うちのボスが世話になったね。」 とても感謝している態度とは思えないが、 快斗は素直でない自分の恋人にどこか似ているかもと感じつつ、苦笑で答える。 横で、『ヒバリさん。失礼にならないようしてください。』と彼らのボスは慌てているが。 「とりあえず、潰すべき対象は分かった事ですし。あとは俺達に任せてください。」 「にしても、ツナもひでぇよな。囮なんて。」 「僕を出し抜いた代償は大きいからね。」 三者三様の言葉とともに、向けられる視線。 ごめんと身を小さくするボスはどこか好感が持てるなと新一はぼんやりと思う。 「じゃあ、ここでお別れだな。」 「あ。本当にお世話になりました。」 今後の身の安全と保証を・・と申し出る獄寺に、新一と快斗はゆっくり頭を振った。 「日常茶飯事だから。」 「また、会えたら良いな。」 それだけを告げて去っていく彼らを、ボンゴレファミリーの面々は黙って見送る。 彼らの存在感が、まるで、見くびるなと主張している気がした。 「彼ら何者?」 「へぇ、ヒバリが興味向けるなんて珍しいな。おまえの興味対象ってツナだけだろ。」 「うるさいよ山本。で、誰なの?綱吉。」 噛み殺し甲斐がありそうだ。と物騒なことを漏らすヒバリに 綱吉は絶対にやめてくださいと釘をさす。 「なんか、ルースと知り合いみたいでした。」 「ひょっとしたら、彼がルースのレーネ・・・。」 「え?獄寺君。知ってるの?」 「まぁ、ちょっとした噂ですよ。殺戮非情の若きボスが心酔してるって。 王妃って呼ぶほどにね。別名、蒼い瞳の天使なんても呼ばれてますけど。 彼に手を出したら、裏社会に身を置けないとも。」 蒼い瞳の天使。 確かに彼の瞳は蒼で、とても綺麗な人だった。 「いずれにせよ、強いんだね。」 「ああ。いつか手合わせしてほしいけど、まずはツナの手当てだな。」 「そうですよ。はやく、医者を、医者――!!」 「獄寺君。落ち着いて。ね?」 イタリアの路地裏で出会った青年2人の存在の大きさを ルースに会って改めて実感するのは、まだ先のお話。 END |