「ねえ、雅兄。今度の予告場所・・・柏木美春の家だって?」 「え、柏木って。知ってるのか?」 カチャカチャと小道具を作っている雅斗の正面へとまわると 由梨は少し不機嫌気味に彼を見た。 柏木美春(白麗祭参照)を知らない雅斗は由梨のその表情が険しいことに、小首を傾げる 「ひょっとして、親友とか?」 「殺して欲しいの?雅兄。とにかく、手を抜かずにやってね。」 用件はそれだけ。そう付け加えて由梨は自室へと戻っていった。 *WISH:後編* 柏木家のターゲットは『英知の指輪』 その名の通り、かのローマ帝王が秀才だった家来に贈ったと言われる国宝的宝石だ。 十数年前にそれが博物館から持ち去られて何年も行方知らずだったその宝石が、 なぜ柏木家にあるのかは定かではない。 「まあ、とにかく手を抜かずにやるか。」 どんな経路で手に入れようとも、結局は元のさやに収まる。 そう・・・この3代目KIDがいる限りは。 「かの有名なKID様が私に会いに来てくださるのよ。」 「すばらしいですわ、美春様。」 「さすがは、美春様ですね。」 校内の廊下を、女王陛下よろしく歩いているのはこの学校の実力者柏木美春。 その隣にヘコヘコ付き従っているのは彼女の父親の会社に関わりを持つ者の娘2人。 この光景は、青嵐中学朝の風物詩とも呼ばれ、校内の物なら見慣れたものとなっていた。 「邪魔なんだけど?」 「これは黒羽由梨。見ました?この新聞。」 教室の前で自慢話に花を咲かせる美春に由梨は冷たい視線を投げつけるが、 彼女はそれを気にとめる様子もなく、3面記事ほどの大きさの新聞をご丁寧にも3倍に拡大して、 美春は得意げにそれを由梨の顔面に突きつけた。 その切り抜きが、柏木家の面々が写っているところだけというのは気のせいだろうか? 確か一面はKIDの事で埋め尽くされていたはずなのに、 そこだけを持ってくるのはいかにも彼女らしい。 「KIDが狙うのは盗品ばかり。さすがは、柏木家ね。」 「貴女の家にはこのような絶品がないからひがんでいらっしゃるんでしょう? さらに、もうすぐKIDは私に恋をするはずですし。」 「馬鹿じゃないの?とにかくそこ、邪魔。どいて。」 くだらない。そんな表情で由梨は美春を押しのけて教室へと入った。 後ろで、声の音量を上げて何かまだ言っているようだが 由梨はそれを聞くこともなく、席へと着く。 突きつけられた新聞の切り抜きに再び視線を落として。 +++++++++++++ 「あれが、柏木家か。」 雅斗は近くの廃ビルから、堂々と構える邸宅を見下ろした。 さすがはこの国の財閥の家だ。警備も特殊な人材を選りすぐってある。 「今日、来るんじゃない?真子ちゃん♪」 緊張感を高まらせていたその時、後ろからクスクスと楽しそうな声。 まったく、この空気をよんで欲しいものだと雅斗は呆れたように後ろを振り返る。 「由佳、おまえ誤解してるだろ。」 「女ったらしは誤解じゃないと思うけど?」 「とにかく、今日はやばいヤマなんだ。真剣にやれ。」 「分かってるわよ。それと、女をなめない方がいいわよ、雅斗。」 暗闇へと飛び立った瞬間の由佳の言葉をその時は理解できなかった。 「真子・・どうしてあなたが来てるんですの?」 「いいでしょ、私はKIDに本当の気持ちを確かめたいんだから。 それに、年上には“さん”とか付けるべきじゃない。」 探偵事務所を訪ねたときと同じ格好で、真子は柏木家の屋上にいた。 少し茶色を帯びた髪は、月に照らされてさらに輝きを増している。 美春は髪を掻き上げて真子を見た。 父親の仕事の関係上で知り合った3つ年上の少女。 気さくな性格の彼女が恋をするなんて今し方までは思いもしなかったのに。 「KIDにキスされた女性は沢山いるんでしょう。遊ばれるのがオチですわ。」 「遊びでも良いのよ。・・うん、むしろそっちのほうがいい。 世界の女性が憧れる彼に少しでも目を付けて貰えるなんて素敵じゃない?」 「変わってますわ、本当に。でも、私を見たら、貴女は目に留まらないんじゃなくて?」 「相変わらず変わってないわね、その性格。とにかく、邪魔はしないで。」 真子は遠くに見える廃ビルから何かが動き出したのをその視線におさめて、 慌てたように屋上から走り去った。 美春はそれを驚いたように見つめる。 恋する女は嫌い・・・・それはまだ自分が恋をしてない故の嫉妬。 「待っていたわ、KID。」 「珍しいお客様ですね。」 締め切られた部屋にハンカチを口元にあててから飛び込んだ。 警備の人間はみな、催眠ガスで眠らされているようで、 “英知の指輪”は彼の手の中に収まっている。 KIDを間近で見るのは2回目。 以前は暗くてその姿をよく見えはしなかったけど、 今は月明かりが彼を映し出しているからその様子がよく分かった。 「綺麗ね。あなた。」 純粋にそう思ったら自然とその気持ちは言葉になる。 「お褒めにあずかり光栄です、お嬢さん。」 「犯罪者なんて、似合わないわ。」 KIDが笑った気がした。 その口元はよく見えないはずなのに・・・気配で何となくそう感じた。 「半月前、雨の中で傘を貸してくれたこと、覚えてる。」 「半月前・・ですか?」 「そう、その時キスしてくれた。凄く冷えていた私の体が温まるようにと。」 KIDはその一言で、ようやく目の前の少女との出会いを思い出す。 ずぶ濡れの彼女にただ好意的に、安物の傘をあげただけ。 それを、彼女はしっかりと覚えていたのだ。 おまけに、キスと共に気障な言葉を言っているとは自分のことでも呆れてしまう。 「ねえ、犯罪者なんてあなたには向かないわ。 お金ならいくらでも出すから、私と一緒に表の世界へと戻って。」 「ずいぶんと低く見られた物ですね。わたしくしも。」 KIDはその言葉と共に微笑んで、煙幕と共に消えた。 真子は自分の言葉が彼に届かなかったことに疑問を感じる。 なぜ?彼はお金が目的で盗みをしていると思ったのに。 最後の微笑みに軽蔑の色が見えたのは気のせいだろうか? 「そういう考え方、嫌いだな。」 「誰?」 コツコツとハイヒールの音がする方へと視線を向けると、 真子のいる位置とは正反対のドアに一人の女性が壁にもたれかかるようにして立っていた。 顔も、年齢もこの場所からは分からないけれど女性と言うことはその声から確かだと思う。 「KIDはお金に不自由してるわけでもなければ、裏世界で生きているわけでもない。 そこのところ誤解しないで。それに、彼に恋しても無駄よ。彼には恋人がいるのだから」 「それは・・貴女なの?」 「いいえ、月よ。ずっとKIDの恋人は月。形を変えながらも見守ってくれる一陣の光だけ。」 女性はそれだけ言い残すと、また同じように来た道を戻りはじめる。 体が少しも動かなかったのは・・・きっと自分自身に呆れたから。 「諦めないわよ。KID。」 今度会うときは・・・ そう誓って真子は携帯電話を取り出し、警察へと連絡を入れた。 宝石が盗まれました・・と。 「おまえも、気障だよな。由佳。」 「なによ、せっかく諦めるように助言してきたのに。 感謝はされてもけなされる筋合いはない。」 家へと続く道で、雅斗はククッと腹を抱えて小声で笑っていた。 それに対して由佳は持っていたバックで雅斗の頭を強く殴る。 「いってーー。」 「もうひとつ、雅斗に吉報。真子ってこの本名は京極真子。園子さんの娘だって。」 「へ?」 「園子さんの話では、娘をたぶらかしたKIDを真さんは恨んでるらしいから。 貴公子の蹴りには要注意よ。これから、仕事も大変になるわね。」 楽しそうに小走りで家の中へと入っていく由佳に“俺はたぶらかして無い!!”っと 後ろから叫んだが、その声が届くこともなく・・・。 後日雅斗は“新一への頼み事”を「真さんの誤解を解いて現場に現れないように説得する」 という内容に泣く泣く決めたとか。 あとがき 飛鳥様、すみません。なんか、リクにまったくそえてない気が・・・。 遅くなった上に、本当に申し訳ないです。 |