とん。っと感じた衝撃に彼は足元に視線を下ろす。

そして自分の腰くらいの身長しかない少女が固まっているのを見つけて

青年はふわりと柔らかく微笑んだ。

 

 

〜優しいボス〜

 

 

「す、すみません!!」

 

少女の母親だろうか。

白いワンピースに赤いカーディガンという清楚で若い女性が慌てて駆け寄ってくる。

その姿に少女がぶつかった青年、沢田綱吉の脇に立つ強面の男2人が

動こうとしたのが見え、綱吉は視線だけで彼らの動きを制した。

 

どんな相手であっても、ボスに近づけるのは危険だ。

そう教育されてきている綱吉の護衛だが、ボスの命令には逆らえない。

現に少女を近づけさせてしまったという失態を仕出かしたばかりなのだし。

 

2人の顔が怖かったのか、

綱吉のズボンに付けてしまったアイスが食べれなくなったのが残念なのか、

少女の瞳に涙がたまる。

 

そんな少女に、綱吉はしゃがみ込むと、優しく彼女の頭を撫でた。

 

「ごめんね。俺のズボンがアイスを取っちゃって。」

「ヒクッ。」

 

「ほら、泣かないで。空はこんなにも綺麗なんだよ。

君が泣くと太陽さんも驚いて雨を降らせちゃうかもしれない。」

 

目じりに溜まった涙をぬぐう手は優しく、少女はその笑顔に自然と涙が止まるのを感じる。

そして、気がつけば、泣いていたその子は、綱吉と同じく笑顔に戻っていた。

 

本当に一瞬の出来事に、護衛の男達は思わずそのやり取りに魅入ってしまう。

今日は守護者全員が所用で出ており、

同盟の中でも比較的穏健派とのファミリーとの会合だからと、文句を言う守護者を黙らせて、

急遽付かせた護衛だからこそ日頃のボスの顔をあまりしらない。

 

もちろん、労いの言葉をかけてもらえると館の内部担当の同僚は言っていたが、

主に実践向きの2人は遠めでボスを見ることしかなく

彼がこんなにも穏やかで優しい目をすることに驚きを隠せなかった。

 

会合で向き合ったときの鋭い眼差しと絶対的なオーラに

身震いした数分前がまるで嘘のようで。

 

と、同時に、これがボスの本当の姿なのだと思う。

 

もしここに彼の家庭教師が居たらならば

いささか気を引き締めていたのが、緩んだんだ。と吐き捨てただろうが。

 

 

「本当にすみません。どうか、お命だけは。」

 

黒塗りの車や装いからマフィアと判断した少女の母親は、

顔を真っ青に染めて頭を深々と下げていた。

この地に来たのは初めてだが、そんなにもマフィアの認識は悪いのだろうか。と

考えて、綱吉は内心で苦笑を漏らす。

 

いいイメージのマフィアなんて世の中には居ないのだ、と。

現に彼自身も数年前まで、こんなに恐ろしい世界は無いと思っていたひとりだったのだし。

 

ボスに就任して3年。

今は、ボンゴレの統括する地域の人たちとも仲良くなり、

たまに変装して街に繰り出せば、陽気な人々が温かく迎えてくれる。

 

守護者泣かせのボスだね。とか、今日もサボリかい?とか。声をかけてくれていたから。

 

マフィアが恐れられていることをすっかり失念していたのだ。

 

「顔をあげてください。それと・・・。」

 

綱吉はポケットをさぐり、コインを数枚少女の手に乗せた。

 

「お詫びに新しいアイスを買ってね。これなら3段くらい買えると思うし。」

「うん。ありがとうお兄ちゃん!」

「そ、そんな。そこまで、していただく謂れは。」

 

「何もこれを理由に脅そうなんて思ってませんし。

それに俺の不注意でもありますから。では、失礼。」

 

完全に不審がられているのは寂しいけれど、

幼い少女には好意を分かってもらえただけいいかと綱吉は踵を返し車に乗り込む。

手を振る少女に手を振り替えして、車はゆっくりと発進した。

 

 

「奥さん、よかったね。ドン・ボンゴレで。」

「他のマフィアなら、とっくにあの世行きだよ。」

 

「あの・・・。」

 

「彼はね、世界一優しいボスなんだよ。」

 

少女の母親は、その言葉に、声も無く、立ちすくむ。

疑いの眼差しを向けてしまったことを、深く後悔しながら。

 

 

 

 

「ボス。新しい衣類を買ってまいりましょうか?」

 

車で人通りの少ない海沿いの道を走りながら、助手席に座った男が口を開いた。

スキンヘッドに黒いサングラス、それに夏なのに黒いスーツと見た目も雰囲気も

綱吉以上にマフィアな男だ。

 

「いいよ。だいたいふき取ったし。クリーニングで充分。」

「しかし・・・。」

「経費削減しないとハルに怒られちゃうしね。それよりさ。」

 

後部座席に座っている綱吉の表情がどこか嬉しそうになって

乗り出すように運転席と助手席にいる護衛二人の顔を覗き込む。

 

「ボ、ボス。危険ですので。」

「ごめん、ごめん。」

「どうかなさったのですか?」

 

言いかけていた言葉を思い出し、尋ねれば、うんとボスは頷いて見せた。

 

「あそこのジェラート食べて帰ろ。俺も食べたくなっちゃった。今日って暑いし。」

 

その後、自分で買いに行くというボスをなんとか車に押し込めて

強面の男がジェラートを3つ買うという奇妙な光景がみられたのはまた別のお話し。