なぁ、お前は知らないだろ。 たぶん言っても分かってくれないだろうけど お前が俺を呼ぶだけで高揚するこの気持ちを。 お前の声は妖艶でそれでいて俺を魅了する。 もっと、呼んで。俺の名を。 俺が道を踏み外さないように。 絶対に、お前は知らないだろ。 もちろん今後も教えてやるつもりはないけど 俺がおまえに名を呼ばれるたびに安堵するこの気持ちを お前の声は俺の精神安定剤だ もっと呼べよ。 俺がお前の元に還ってこれるように ~呼び声~ 警視庁の受付近くにある自動販売機の傍で、新一はのんびりとベンチに腰をかけていた。 休憩用につくられた小さな空間で、お世辞にも美味しいとは言えない缶コーヒーを 飲むのは、もはや日課のようなもの。 呼び出しを受けたのが夜中で事件を解決したのが今朝方6時頃だったから、 一睡もしていない。 そんな日が最近は3日に一度の割合で訪れて、 そのたびに目暮警部はすまなさそうに表情を濁す。 事件解決は自己欲求の一環のようなものだから、気にしなくて良いと言っても 以前、現場で倒れた手前、一課の刑事達は必要以上に 新一の健康管理には目を光らせていた。 「工藤君。お疲れさまです。」 「ああ、白馬か。」 聞き慣れた声にヨッと新一は軽く手を挙げる。 彼もなにかの捜査だったのだろうか、顔色は冴えなかった。 白馬は自販機で紅茶を選択し、新一の隣りに座る。 「今日、朝方に帰ってきたんですよ。」 「KIDか?」 「ええ。今回は四国地方でしたので。東京だけでしてくれれば楽なんですけどね。」 語尾の方は言葉を濁すように告げて、白馬は疲れ切ったような息をもらす。 おそらくだいぶ遊ばれたのだろう。あの確保不能の怪盗に。 新一ははっきりと“疲れています”という表情を見せる白馬を見て人知れず苦笑した。 どうせなら、自分の同居人も彼ぐらいに表情を見せてくれればいいと思うときがある。 疲れているとか寂しいとか。 もちろん、職業柄ポーカーフェイスを忘れるわけにはいけないのだろうけど。 「工藤君は大丈夫ですか?今回はやけに犯人が興奮したようで。」 「あ、ああ。まぁ、精神的にも疲れる事件だったぜ。でも、まぁ・・・。」 「慣れている?ですか。」 「うん。そんなとこ。」 罵声を浴びせられることも。 非難の視線を向けられることも。 そう、慣れた。 いや、正確に言えば慣れようとしている。 慣れてしまえば辛さは消えるだろうから。 「工藤君?大丈夫ですか。本当に。」 「え?」 「いえ、顔色が・・・。」 白馬は心配そうに新一の顔をのぞき込んだ。 ずいぶんと迫った彼の顔に新一は思わず体をずらす。 もちろん無意識な行動だったが、白馬はその新一の動きに機嫌が低下したようだった。 「疲れているのであれば、ホテルなども用意できますが。」 「いや、今日は・・・。」 「新一。」 突然呼ばれた声に新一はホッと息をつく。 前々から白馬はなにかと理由を付けて自分を誘ってくるのだが、 返答に困ればいつも快斗が傍にいた。 今日はKIDの仕事で白馬同様四国に行ったはずだったが・・・。 「やけに早いですね。僕はチャーター便で帰ったというのに。」 「はぁ、なんの話だよ。シロバカ。」 「君がKIDという話ですよ。」 「また、その話し?マジ勘弁。それに、俺の新一から離れろよな。」 接近しすぎ。と快斗は白馬の肩を押しのけ、新一を抱き寄せた。 「ちょっ、黒羽君。工藤君が困って・・・。」 「静かにしろ。」 「へ?」 白馬は快斗の腕の中でぐったりとしている新一を見て言葉を失う。 耳を澄ませば聞こえてくるのはスースーという寝息。 「あっちゃー。警部さん達俺の新ちゃんにだいぶ無理させたみたいだね。 こりゃ、あとで一言言わないと。」 「ね、眠って?」 「そう。お疲れなんだよ。それじゃあ、シロバカさん。さよーなら。」 ひょいっと新一をお姫様だっこして去っていく快斗を 白馬は唖然として見送ることしかできなかったのだ。 気がつけば快斗の顔が傍にあった。 ああ、そうだ。警視庁で会ったんだ。 一週間ぶりに見る快斗の顔。 安らかに眠っていて、新一はホッと息をつく。 お帰りと・・まだ言っていなかった。 そう思って新一は彼の耳元で囁く。 「お帰り、快斗。」 んっ。と身を捩って快斗は新一を強く抱きしめた。 そして満足したように、柔らかな笑顔を浮かべる。 まったくどんな夢を見ているのだろう。 「もう少し、寝るか。」 新一は安心できる腕の中で1週間ぶりに安心した眠りにつくのだった。 |