「あら、また出掛けるの?」

「すぐ戻る。」

母親にそう告げて、快斗は再び雨の中に飛び出した。

 

 

―予言・後編―

 

 

ルアナ・・・たしかあそこのショコラケーキは絶品だったよな。

快斗は以前食べた上品な甘さのケーキを思い出す。

もともとあまい物には目のない性格だから、カフェなどにも青子とよく出向くのだ。

 

あの電話のあと、いろいろと思案していた。

きっと、あの探偵にも魔女とまではいかないにしても、何かしら力があるのだろう。

別に死の宣告が怖いわけではない。

ただ、怪盗KIDという裏業がばれていないか心配だったのだ。

 

そう言えば、俺、宮野さんの顔しらねーじゃん。

 

快斗は喫茶店の扉を上げて席を見渡す。

女性の客がほぼ8割を占めていて、ここから捜すのは至難の業だ。

ウエイターが“お席に案内します”とにこやかな笑みを浮かべている。

 

「ちょっと、人と会う約束で・・・」

「ひょっとしたらあちらの方でしょうか?」

 

ウエイターは先程から時間を気にしている女性を示す。

茶色いセミロングの同年代の女性。

なんとなく、彼女のような気がした。

 

「えっと、宮野さん?」

 

声をかければ、女性は驚いたように快斗を見上げる。

間違えただろうか?そう思っていると彼女はクスっと笑みを漏らした。

 

「似ているわね。確かに。」

 

それが顔のことだと分かったのは、数秒後。

 

 

「えっと、まずは自己紹介かな。俺は黒羽快斗。」

「私は宮野志保よ。っといっても、電話越しに私の名前は聞こえていたんでしょうけど。」

 

志保はそう言って片手を差し出す。

快斗もその手を素直にとって、軽く握手を交わした。

 

「で、さっそく用件に入りたいんだけど。」

「ええ、私も長くは居られないから、手短に話すつもりよ。」

 

運ばれてきたコーヒーに快斗は砂糖とミルクを入れて、かき混ぜながら

快斗は黙って志保の話を聞いた。

志保はチラリとたまに視線を合わせて、快斗の表情を伺う。

その表情から真剣に聞いているのが分かり、志保は“意外だわ”と思った。

 

「というわけ。ちなみに予告は今まで100%当たっているわ。」

「さらっと言うね。志保ちゃん。」

「貴方はそう言うことについては、受け止められると思ったのよ。」

「へえ〜何で?」

「貴方が白い罪人だから。」

 

スッとその場の空気が下がる。

もちろん快斗はニコニコと友好的な笑みを浮かべているのだが・・・。

志保は正直な彼の態度にクスっと笑みを漏らした。

 

「意外とフェアなのね。」

「そりゃ、いろいろとお話ししてくれたからね。

 まぁ、コーヒーの中にクスリが入っていたのは驚いたけど。」

 

快斗はそう言って、ベーッと舌を出す。

その舌の上には解け残ったクスリが乗っていた。

 

「それで、どうするの?」

「どうもしないよ。俺は俺の生き方を突き進む。」

「そう。クスリ、悪かったわね。」

 

カタンと席を立って、伝票を手に取る。

快斗は俺がおごると呼び止めたが、クスリのお詫びと言われて黙って好意に甘えた。

考えてみれば、財布をポケットに入れていなかったのだ。

 

「お気をつけて。黒羽君。」

「ありがと。」

 

お気をつけて。まさか自分が他人にそんな声をかけるなんて。

不思議よね・・と志保は思った。

そして、心のどこかで死ぬには惜しい人間だとも感じた。

 

 

 

 

その日、新一は落ち着かなかった。

もちろん、今日が白い罪人が死の宣告を受けた日でもあるという理由から。

少しだけ、言葉を交わした青年。彼が自分を嫌っていることはなんとなく分かった。

 

だけど・・と新一は思う。

 

「運命を変えるには良い相手かもしれねーな。」

 

死という宣告は今まで100%的中してきた。

そして、幾度無く守れなかったたくさんの命。

だが、今回は死という運命から彼を解き放ってやろう。

 

自分の死をもって

 

 

 

新一は夕暮れの中、家を出た。

呼び止める志保の声を振り切って・・・。

 

帰宅ラッシュとは反対方向の列車だったため、ずいぶんとすいている車内。

到着までしばらくあるので新一は仮眠をとることにした。

ゴトンゴトンと列車は規則的に揺れる。

 

「次は、○△駅。○△駅。」

 

目的の駅の名前を、車内アナウンスを等して車掌が告げた。

新一はその声にゆっくりと目を開けて・・・

そして今まで見ていた夢の内容を思い出しながら自嘲的な笑みを浮かべる。

 

結局は予言通りになるのか。と思いながら。

 

 

カツカツと階段をのぼってくる音にKIDは目を細めた。

そして、脳裏をよぎるのは先週、2人の人物から言われた言葉。

命の危険とは常に隣り合わせの仕事をしているから、とっくに覚悟は決めてある。

 

だいたい、命が危険って予言にもならねーんだよ。

 

KIDの姿では考えられない悪態を心の中だけでついて

屋上にでる入り口へと視線を向ける。

 

出てくるのは組織の人間か・・それとも

 

ゆっくりと開いた扉の先立つ人物にKIDの瞳は大きく見開いた。

 

「間に合ったか。」

 

少しだけ乱れた呼吸を整えて、新一は後ろ手に扉を閉めた。

月を背にしているため相手の顔は分からない。

だけれど、なんとなく驚いているのだとは分かった。

 

「お噂はかねがね聞いておりますよ。名探偵。」

 

KIDはポーカーフェイスを取り繕って優雅に一礼する。

それに新一はなんの反応を示すことなく、一歩前に出た。

 

「おまえ、俺のこと嫌いだろ。」

「はぁ?いったい、何を。」

「いや、言葉で何となくわかるんだよ。別に気にしちゃいねーから。言ってみな。」

 

命令的な口調。そして、あまりにも的をついた言葉。

KIDは新一のそんな態度がおもしろくて思わずクスッと笑みをこぼした。

 

「ええ、嫌いです。」

「だろうな。まぁ、嫌われてる方が俺としては好都合だ。」

「好都合とは?」

 

再び一歩踏み出す新一にKIDは形のいい眉をひそめた。

まったく予測不可能な彼の行動。

ここに来た当初は、最終警告にでもきたのか、それとも捕獲に来たのかと思ったのだが。

 

カツカツと一定リズムで足音は近づいてくる。

そろそろ、退散時か。KIDがそう思った瞬間だった。

ニッと新一が嬉しそうに笑ったのは。

 

「え?」

 

 

 

 

耳をかすめていった銃弾の音。

そして、気がついたときには新一の細い腕によって、突き飛ばされていた。

 

 

 

 

 

 

KID。無事だな?」

「急に何を・・・・。」

 

KIDはゆっくりと体を起こすと、隣りで中天を見上げている新一を見て絶句した。

彼の腹部から流れ出すのは間違いなく血液で。

そこでようやくKIDは狙撃されてそれを彼が庇ったのだと気がついた。

 

いつもなら気がつくはずの気配に・・・なぜ?

 

「このところ仕事のし過ぎなんだろ?それじゃあ、注意力も落ちるぜ。」

 

新一は起きあがるのも辛いのか、寝ころんだままでそう呟く。

声は若干震えているものの、まるで痛みなど感じていない口調だった。

 

「とにかく、手当を。」

「いいよ。どうせ助からない。」

「何を言ってんだよ。お前の予告なら俺がっ。」

「地に戻ってるぜ、黒羽。それに予告は当たってる。」

 

ゆっくりと夜空から視線を快斗へ向けて新一は柔らかく微笑んだ。

快斗はそんな新一の態度に苛つきながらも変装をといて彼をそっと抱き上げた。

 

「勝手なこと言うな。今から宮野のところに連れて行く。」

「宮野・・知ってるのか?」

「どうでもいいだろ。喋るな。傷に障る。」

 

快斗は傷口を抑えながら乱暴な口調で怒鳴る。

だけど、新一が口を噤むことはなかった。

 

「俺は死ぬ。その予告を今日、ここに来るまでに見たんだよ。

 お前を助けて死ぬ夢をな。」

 

「黙れって言ってるだろ。」

 

「嫌われてるって聞いたから助けたんだぜ。なんか、理由があるのってムカツクだろ。

 それに、おまえは死んじゃいけねー気もしたし。俺が勝手にやったことだ。気にするな。」

 

「黙れ!!工藤。」

 

頼むから。死ぬなんて言うな。

 

いつまでも話し続ける彼に、快斗は気がつけばその口を自分の口で塞いでいた。

 

 

「嫌いなんじゃなかたのかよ。」

 

唇を離した瞬間に悪態をつく彼を快斗は呆けたように見つめた。

行動を起こした自分でさえ突発的な己の行動がまだ理解できていないと言うのに。

新一は少しも慌てた様子もない。

 

「・・・つっ。」

「おい、工藤。」

「嫌いって言ったなら置いて行け。下手な同情は御免だ。」

「違う。同情なんかじゃ・・・。」

 

同情だけじゃキスなんてしない。

なら・・・・?今、心を占める感情は何?

 

「まぁ、いいや。どうせ死ぬし。」

「工藤?」

「なぁ、俺は・・・おまえのこと・・・好きだったぜ。」

 

スッと新一の手が伸びて快斗の頬に添えられる。

そしてその手はしばらくして・・・重力に従うように落ちていった。

 

 

 

 

「なぁ、宮野。」

「助かる?なんて聞かないでよ、黒羽君。」

 

新一の額ににじむ汗を拭いながら志保はピシャリと言い放った。

傷のせいで発熱しているのだろう、その呼吸も荒い。

 

「何度も言うけど、助けてみせるわ。例え、工藤君が自分の死期を予告したとしても。」

 

外させてみせる。

志保のその強い瞳に、快斗は愚問だったと軽く頭を下げた。

 

「間抜けだよな。俺。」

「狙撃されてしまったこと?それとも告白されて自分の気持ちに気づいたこと?」

 

一通り治療もすんで、阿笠が持ってきてくれたコーヒーに口を付ける。

少しだけ、冷めてしまったコーヒーはいつもより苦い味がした。

 

「さて、どっちだろう。」

「目覚めたら言ってあげなさい。貴方の本当の気持ち。」

「もちろん。言いたいことだけ言わせっぱなしじゃ、KIDとして情けないし。」

「黒羽快斗としてもでしょ?」

 

フフッと微笑む志保に快斗も苦笑を漏らす。

 

「敵わないな〜。宮野には。」

「下らないこと言ってないで、看病よろしくね。私はつかれたから休ませて貰うわ。」

「うん。ありがとう。」

 

「そうそう。病人に手は出さないことね。」

志保は扉を閉めながら、思い出したように快斗に向けて忠告した。

 

 

鳥の声と涼しげな風に目を開ける。

そして視界を埋め尽くす白い天井に

 

「地獄って案外、普通の所だな。」

 

と新一は思わず呟いた。

 

「名探偵。目が覚めてその言葉は無いでしょ・・・。」

「なんだ。おまえも結局死んだのか。ざまねーな。」

「あの〜。そろそろ現実に戻ってきて貰えませんか?工藤新一君。」

 

突拍子もない発言の数々に、名探偵って寝起き悪いんだ。と快斗は思う。

そして、彼を目覚めさせる術を思いついたのはそれとほぼ同時だった。

 

未だに焦点の合わない瞳を浮かべたまま、再び寝込もうとする新一の唇に

もう一度キスを仕掛ける。

最初は軽く・・・そして徐々に深く。

少しだけ薄目を開けて、快斗は新一の覚醒していく過程をそっと見つめた。

 

蒼い瞳が光を持っていく経過は、

まるで朝の光が夜の闇を飲み込んでいくのと同じだ。

 

そんな考えを持った瞬間・・・・快斗の体は思いっきり扉へと叩きつけられる。

 

そう、覚醒した新一の黄金の右足が炸裂したのだ。

 

「いってーー。」

「何、寝込みを襲ってんだよ。コソドロ。」

「ひどっ。好きだって昨晩は言ってくれたのに。」

 

「・・・あーー。忘れた。そんなこと。」

「俺は覚えてる!!!」

 

ギャンギャンと騒ぐ2人の声が、毎日のように工藤邸から聞こえてくるのは

もう遠くない未来の話し。

 

END

 

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