「こちらなんて、いかがですか?」 「う〜ん。」 「父さん、いい加減に決めろよ。」 優作の薦める宝石店に入ってかれこれ3時間。 店の支配人である女性が提案する宝石も、二桁を越えていた。 黄色、紅、蒼、透明、琥珀、様々な色がそのガラスケージの上に転がっていて、 どれもとても高価な品なのだが、これだけ揃うとただのガラス玉のような感じもしてくる。 〜指輪に込める想い〜 「優作さんや、悠斗に由佳も式での料理について決めに行ったし。」 「おまえなぁ、これは新一が一生薬指につける物なんだぞ。いわば俺の分身みたいな。」 「ハハッ、あ、もうっ。可笑しい。」 先程まで快斗に宝石を見せていた支配人が彼の言葉を聞いて途端に笑い出す。 いつも、造り笑顔しか見せない彼女が本気で笑っているのに、店内は騒然とした。 鬼店長の呼び名まで持つ彼女が笑っている。 店員の気持ちはそう共通していただろう。 「すみません。あまりにも優作様と盗一様が宝石を購入されたときに似ていたので。」 目尻にたまった涙をぬぐいながら、支配人は軽く頭を下げる。 それでも、顔は可笑しさに耐えられないといった感じであった。 「父さんや優作さんもここで買ったんですか?」 「ええ、お二人揃っていらしたんですよ。それぞれのお相手に贈る指輪を買いに。」 ひとしきり笑い終えると、支配人はひとつの指輪を大事そうに奥の禁錮から取り出す。 ダイアで作られた、シンプルな指輪。 それでも、リングには細かな細工が施してあって・・・・。 「これは、世界にひとつだけの特注品なんです。受取人はまだ来ませんけど。」 支配人は指輪をそっと手に取ると 彼女の天職を決定づける2人の男性と、出会ったあの日のことを思い返していた。 +++++++++++++++ 現在は支配人という立場の彼女も、ここの店に来たばかりの時は、 宝石店で売りさばくという職業を受け入れられていなかった。 幼い頃から夢のある職業に就きたいとは思っていたけれど、 ここはそんな“夢”とはかけ離れている。 なぜなら、宝石はお金によって手に入るひとつの夢の形だったから。 「そんな私の意識を変えてくれたのが、2人のお客様だったんです。」 +++++++++++++++ 「あの、こちらはいかがです?」 「う〜ん。優作はどうする?」 「いや、どうもしっくりこないんだ。こういうのは盗一の分野だろ。」 優作はニヤリと笑ってそう言うが、KIDは宝石を捜しているのであって、 別に鑑定士というわけではない。 それを、知っていてもわざわざそう言う悪友に盗一はため息を付く。 「あのなぁ。」 「まぁ、そう怒るな。」 「・・・お客様、そろそろお決めに・・。」 彼女はお客様には笑顔をと思いつつも、かれこれ2時間も思い悩む2人に、 少しだけいらだちを募らせていた。 どちらかが、“これにしようか?”と尋ねると、 もう一人が“それはいまいちだ”と否定する。 その繰り返しで、なかなか決まらない。 そんな彼女の心情は若干ながら表情ににじみ出ていて、 ポーカーフェイスの得意な2人は、あっさりと彼女の苛つきを感じ取る。 「すみません、時間が掛かってしまって。」 「えっ。」 盗一は微笑みながら、軽く頭を下げた。 それに、彼女はじぶんの心情を見抜かれたことに気づいて顔を紅く染める。 お客様に失礼な気持ちで接していたことを気づかされて、恥ずかしくなったのだ。 「でも、これは僕らの分身を贈るようなものなので、慎重に決めたいんです。」 「さすが、物書きは言うことが違うな。でも、確かに俺も同じ気持ちだ。」 「分身・・ですか?」 彼女は宝石をひとつ手にとってジッと眺める。 「こういう物を贈るときは、少しでも相手に自分自身の事を想って貰いたいっていう 気持ちがあるんですよ。いわゆる宝石を自分の分身として。」 「だから、選ぶ時間は愛情の尺度にもなる。」 「相変わらず気障だな、盗一。」 「水を差すな。」 ククッと横で笑う優作を盗一は軽く睨み付けた。 だが、優作は気にした様子もなく言葉を付け加える。 「ですから、宝石店で働く方は、そのお手伝いをするんですよ。愛情を形に表す手伝い。」 「夢のある仕事・・って奴かな。」 +++++++++++++++ 「あれ以来、自分の仕事に自信がもてたんです。本当に感謝してもしつくせないほど。」 「それで、2人は結局何を買ったんですか?」 指輪を片づける支配人に雅斗は興味深そうに尋ねた。 2人のことを、特に憧れでもある祖父をあまり知らない雅斗にとって これほど興味深いことはない。 初代KIDである祖父が好む宝石はいったいどんなものだったのだろうか? 支配人は、一息置いて口を開く。 当時を懐かしむような優しい眼差しで。 「それは・・・。」 「貴方に選ばせた。」 「えっ。よくお解りになりましたね。」 隣で静かに話を聞いていた快斗は、支配人が答えを言う前に、そう呟く。 なぜわかったのだろうか?支配人は不思議そうに快斗を見つめた。 「俺も、そう頼もうと思ったんです。だから、父さん達もそう思っただろうって。」 「やはり、親子ですね。かしこまりました。 お二人の門出に似合う指輪を5日後までに準備してお届けいたします。」 「よろしくおねがいします。費用はいくらでも構いませんから。」 快斗は専用の用紙にサインをして、そのままその宝石店を出る。 それ以上の会話は必要なかったから。 なかなか決まらないと思ったら、今度は本当にあっさり彼女に指輪の件を託してしまう。 だけれど、そんな快斗の気持ちも雅斗には分からなくもない。 「選んで貰う・・・か。」 雅斗は快斗の後を付いていきながら、後ろで深々と頭を下げている支配人をもう一度振り返る。 祖父達の偉大さを実感するのはこれで何度目だろうか・・・。 いつかきっと父さんや盗一さんを越えてみせる。 そう宣言したのはたしか中学3年の頃。 「まだまだ足下にも及ばない・・か。」 「雅斗、そろそろ行くぞ。」 「頑張って下さい。お二人とも。」 支配人は出口まで見送って、深々と頭を下げると、人知れずそう呟く。 『夢を売る仕事、してるんですよ。俺自身も。』 『何をしてらっしゃるんですか?』 『マジシャン。黒羽盗一って知ってる。』 『じゃあ、あの有名な!!』 支配人は知っていた。 彼らが今、世間を騒がせている天才マジシャンだと言うことを。 店員は誰も気が付かなかったけれど。 マジシャンもステージを降りたら人々の魔法使いでは無くなり、 誰かの魔法使いに戻るから、こうして公共の場で会っても気が付かないのだと、 彼は最後に言っていた。 「結局、作った指輪を受け取りに来たのは、優作様だけだったけれど。」 どうか彼らには悲運なことがあらんことを。 支配人は2人の姿が見えなくなるまで、そう祈らずにはいられなかった。 |