「片足で、はしっている車を止められる人。」

「「は?」」

 

目の前で箸を口に当ててにっこりと微笑む人物に、

友人の2人は手に持っていた箸を床に落としてしまった。

 

◆嫌いの反対◆

 

「何、箸落としてんの2人とも。」

「だって、私たち今、由佳の好みのタイプを聞いたんだよ。」

「それで、その答えはないんじゃない?」

 

友人2人はバンっと机を叩いて由佳に詰め寄った。

校内じゃなかなか人気の高い由佳の好みのタイプはさぞかしレベルが高かろうと

興味津々で尋ね“片足ではしっている車を止めれる人”と答えられてしまっては

こうなってしまうのも無理はない。

 

「だってそう言う人が良いんだもん。」

「そもそも、片足ではしっている車を止めれるって、人間じゃないわよ。」

 

もう弁当や箸どころではなくなった友人は席を立って

のんきに弁当を頬張る由佳にジリジリと詰め寄る。

おそらくはぐらかされていると思っているのだろう。

 

由佳は正直に答えたつもりなのだが、

それを信じてくれない友人をどうやって納得させようかと思案を始めた瞬間、

天の助けとも思われる声がかかった。

 

「く〜ろば。呼び出し。」

「あ、は〜い。ってことでじゃあね。」

 

弁当をそのままにして、顔を紅く染めた少年の元へ由佳は逃れるように走り去った。

友人2人は“チッ”と舌打ちしつつも、

もう食べる時間がないであろう由佳の弁当を片づけ始める。

 

「今週3人目か。今の少年1つ下だったね。」

「相変わらずもてるよね。それで返事はいつもNOだけど。」

「由佳、一生独り者かも。」

「あり得るわよ。あそこの家族美形揃いらしいから。」

昼食を取るためにくっつけた机を元に戻して、2人は窓から顔を出して上を見上げた。

今頃はきっと、年下君が一生懸命思いを伝えているところだろうか。

それをやわらかに断る由佳の顔が鮮明に2人には思い浮かんだ。

 

「完璧なんだけどね〜。」

「微妙に抜けてるから。」

 

友人2人はフウーっと同時に大きなため息をついた。

 

 

 

 

 

「ねえ、お母さんの好みってやっぱお父さん?」

「へっ!?」

 

久しぶりに家族が全員集合した食卓で由佳はシチューを口に運びながら、

向かいの席で同じようにシチューを口に運んでいる新一にそう問いかけた。

あまりにも突拍子のない質問に新一はあやうくスプーンを落としそうになる。

 

「急に、どうしたんだ?」

「だって、今日友達に聞かれたの。私の好みのタイプについて。

それで、“片足で、はしっている車を止められる人”って

答えたら、私がはぐらかしてるんじゃないかって思われたの。」

「普通ならそう思うな。」

 

コポコポとコップに注がれ、氷がカランと無機質な音を立てる。

由佳がその注いでいる本人に視線をあげればそこには呆れた顔をした雅斗がいた。

 

双子のはずなのになぜか少し自分より大人っぽい雅斗に

最近いらだちを覚えていた由佳はそのコップに飲み物を注ぐ仕草でさえ

嫌みに見えてしまう。それに、馬鹿にしたようなその言葉が拍車をかけた。

 

「何よ。強い人って意味なの。それより、ねえ教えてお母さん。」

 

雅斗と言い合っても無駄だと思った由佳は話題を戻す。

それは、家族全員同じように興味があるようで、

新一は話題がそれていたはずなのにと悔しそうに舌打ちした。

 

「じゃあ、雅斗。」

「「「「「はっ!!!」」」」」

「だから、好みのタイプは雅斗って言ってるんだよ。」

 

答えたからこの話はおしまい。

そんな雰囲気で食後のコーヒーを飲む新一だったが、

その重大的な発言を言わせたまま、終わらせる彼らではない。

 

「雅斗。覚悟は出来てるんだろうな?」

「親父、目がすわってるんですけど。それに、俺、何もしてねーじゃん!!」

そして、この中で一番この発言を迷惑がっているのはもちろん雅斗である。

 

適当に母親が言ったことくらい分かっているはずなのに、わざわざ絡んでくるのは

冗談でも許されないと言う父親の強い独占欲なのからなのか。

 

そんなことを考える事によって現実逃避を試みる雅斗だったが、

後ろからの強い視線に、無理矢理現実へと戻されることになる。

 

「雅斗兄さん。今日はどうして母さんが家で休んでいなかったの?」

「連れ出して置いて、その待遇は無しだろ?」

「だから、あれは大川が勝手に・・・。」

 

「ああ、そう言えば大川先生もわりと俺のタイプだよな。」

 

全く事態を把握していないのか?

それとも俺に何か恨みでももっているのか?

 

雅斗はのんきに独り納得している新一を見て、そう切に思わずにはいられなかった。

 

「何、顔面蒼白してるんだ?雅斗。あっ、別に大川先生を彼女、えっと幸恵さんだっけ?

その人から奪おうって訳じゃないから、心配するなよ。」

「んなことは分かってる!!」

 

いったい、誰が自分の母親の好みが担任だからと言って、

恋人同士それも略奪までするんじゃないかと考えるだろうか?

 

雅斗は激しくなる頭痛を抑えながら、

とりあえず今まともに話が出来そうな由佳にSOSの視線を送る。

だが、由佳はそんな視線に気づいていながらも、動く気配は全くなかった。

まるで、自業自得だと言いたげに。

 

「じゃあ、なんで深刻な表情してるんだよ。」

「答えられるか!!!!」

「おまっ、母親に向かってその口の利き方はないだろ。反抗期か?」

「由佳ーーー。おまえが大本の原因なんだからどうにかしろっ。」

 

詰め寄ってくる新一の後ろに見えるのは何か薬品を準備している由梨の姿。

悠斗にいたっては誰かに電話をかけている(おそらく相手は哀であろうが・・・。)

そして、何より一番恐ろしいのがキッチンに行って戻ってこない快斗だ。

 

こうなれば、プライドなんてどうでもいい。

とにかく、この中で一番話の通じそうな妹に助けを求めるしか生き残る術はない。

 

「それが人に対しての物の頼み方?」

「性格悪いぞ。」

「ふ〜ん。お母さん、反抗期時期のお子さまはしっかりと躾なきゃだめだよ♪」

 

 

「・・・・お願いします。由佳様・・・。」

 

由佳の一言で目の色が変わる新一を雅斗が見逃すはずがなかった。

このまま説教となるのはいいとしても、それによって快斗から

新一と一緒に過ごす時間を取り上げたとなれば100%、明日の朝日は拝めなくなる。

 

「よろしい。ね、お母さん。私が聞きたいのは、具体的な人じゃなくて

“明るい人”とか“優しい人”とかそう言うことなんだけど。」

 

ポスンっと新一の背中に抱きついて由佳は新一の意識を無理矢理こちらへと向けさせる。

さすがの新一もやはり親ばか。可愛い娘にそうねだられては素直に答えざるえない。

 

「そういうことか・・・じゃあ、おとなしくて、恥ずかしがり屋で、真面目な人。」

「それってまるっきり父さんと逆じゃん。」

 

ザクッ

 

キッチンから戻ってきた快斗の手にあった物騒な刃物が硬質な床へと突き刺さる。

家庭にある刃物が床に突き刺さるなどそれはそれは見事に珍しい情景がそこにはあった。

それに、雅斗が脱兎の如く逃げ去るのは必然的なことであろう。

 

「・・・まあ、嫌いの反対っておもっとくから良いけど。」

「理想と現実は違うって意味を由佳に教えようと思ったんだ。」

「それは、現実のほうが好きって事だよね♪」

「勝手に言ってろ。」

 

そう言ってはいるが否定しない新一に快斗の機嫌は戻ったようで、居間のソファーへと

移動した新一を後ろから抱きすくめているのが、食卓からもよく見て取れた。

由佳は相変わらずな両親を横目で見ながらクスっと笑みを漏らす。

 

「好みのタイプって関係ないのかもね。」

 

理想はあくまでも理想で、それを相手に押しつけてはいけない。

運命の人は理想と反対。

そう、それは素直に表せない気持ちと一緒。

嫌いの反対。つまりは好き。

 

「ところで、悠斗、マジで哀姉に電話したの?」

「ああ、今頃、由梨と計画立ててるんじゃねーのか。」

 

いつの間にかいなくなった由梨、それに今日の検診をさぼった原因を

作ったとして、雅斗に対して静かに怒りをあらわにしていた哀。

2人の作戦がどんな物かは由佳には想像できなかったが、

最近自分の先を歩く雅斗に対してそれが行われるのであればと、

意地の悪い笑みと共に由佳も又食卓を後にするのであった。

 

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