冬の海を2人で歩いた。

デートいや、散歩に近いものだったと思う。

その頃はお互い知り合って間もなくて、友達以上恋人未満の微妙な関係だった。

 

雪花

〜ゆきばな〜

 

雪雲りの朝、快斗が車を家の前に止めて体を震わせて入ってきた。

おたがい大学生なのだから免許くらいは持っているのだが、

車をこれといって持っていない新一にとって、彼の所有する車はひどく羨ましく思えた。

そんな事を言いながら、とりあえず彼の新車に乗り込んで1日は始まった。

 

いつもは言われなくてもよく話す彼が一言も話さないのはひどく珍しい。

その独特の雰囲気に新一もまた無口になっていた。

 

一時間ほど車を走らせてから、道中のコンビニに車を止めた。

快斗は外にでるとウーンと疲れた体を癒すように背伸びをする。

“疲れたなら運転を代わろうか?”と聞いたが、上手い具合に断られた。

 

コンビニで昼食と飲み物を買って、車へと戻る。

店員に会計するときさえも仏頂面の彼がひどく不自然だった。

 

 

「着いたよ。新一。」

いつのまにか、眠っていたのだろう。

軽く体を揺さぶられて俺は目を開ける。

フロントガラスにはパノラマサイズの海が広がっていた。

 

「こんな寒い時期に海?まさか泳ぐんじゃないだろうな。」

「夏でも、あの生き物のいる場所には行きたくないって。」

快斗は笑ってそう呟く。今日、初めて見た彼の本当の笑顔だった。

その笑顔にホッとする自分に気が付いてひどく混乱する。

なんで、彼の本当の笑顔を見れて安心するのか、その理由が分からなかった。

 

会話はそれ以降続かなかった。ただ黙って海岸を歩く。

流木が時折視界を横切り、さざ波だけが聞こえていた。

周りに人々は居なく、冬の海はひどく寂しい。

夏の名残であるビーチボールの残骸が、岸辺に転がっていた。

 

「快斗。」

「ん?」

前を歩く快斗を呼び止める。彼はゆっくりと振り返った。

 

「おまえ、今日。なんか変だぞ。」

思い切って疑問をぶつけてみる。

快斗はそれに困ったように頭を掻いて“自分でもそう思う”と苦笑した。

 

「座ろっか。」

「ああ。」

流木をイス代わりにしばらく海を見つめた。

そらは先程よりも鉛色に近づき、日光を浴びない海も空と同じ色に染まっている。

ちらりと快斗を盗み見すれば、彼は遠い彼方を眺めていた。

 

「今日さ・・・。」

俺の視線に気が付いたのか、快斗は前を見据えたまま口を開く。

俺は快斗と同じ方向に視線を向け、耳を傾けた。

「父さんの命日なんだ。」

 

ああ、それでか。

快斗の一言にひどく納得している自分がいた。

快斗にとっての親父さんがどれだけ大きな存在だったかはある程度分かっている。

そんな日だから彼は様子がおかしいのだ。

 

「墓参りはいいのか?」

「母さんが、父さんと年に一度のデートを楽しんでるから、いつも前日に行く。

 当日は1人で父さんと最後の思い出のあるここに来るんだ。」

 

快斗はそう言って足下に転がっていた貝殻を海へと投げる。

貝は海の中へと音も立てずに消えていった。

 

「でも今日はどうしても新一を誘いたかった。」

「どうしてだ?」

「ここに来ると父さんから勇気を貰える気がするから。

 何て言うかな、願掛け?それも違う気がするし。」

 

快斗は必死で言葉を探しているようだったけれど、

それ相当の言葉が見つからずに困ったように辺りを見渡す。

だけど、彼の求める言葉などそうそうに転がっているはずもなく、快斗は苦笑した。

 

「その勇気はなんに使うんだ?」

「もう本題?」

「だって寒いんだよ、ここ。」

 

素っ気なく返事を返すと新一らしいと快斗は笑う。

そして、自分の着ていたコートを俺にかけた。

だけど、着せた後に寒そうにしている快斗に気が付いて、

俺は軽くため息を付いて、コートの半分を快斗にかけてやる。

一枚のコートを2人で分けるなんて、どこか気恥ずかしかったが、

不思議とその行動はすんなりとできた。

 

こんな事をやった自分に俺すらひどく驚いたのだから、

快斗の驚きは比にならなかっただろうと今になって思える。

 

 

「こんな事言うと、今の関係が無くなりそうで怖かったんだけど、言うね。」

ようやく群青の瞳に俺の顔が映った。

快斗がこれから言う事なんて、容易に想像できる。

きっと、それは自分も言って欲しかった一言。

気づいてはいたけど、本人の口から聞くまでは気づかないふりをしていたから。

 

 

 

「俺は、新一が好きだよ。もちろんそういう対象としてね。」

 

優しく手を包み込むように握られて紡ぎ出される言葉・・・

ほら、予想通り俺が好きだって・・・・へ?  好き?

 

「新一、聞いてる。お〜い。」

「おまっ、自分がKIDって言うことを告白するんじゃなかったのか。」

「だって、それ、気づいてるでしょ?」

 

途端に真っ赤になって怒鳴る俺に、快斗はキョトンとした表情であっけなく告げる。

せっかく覚悟して聞いてやろうと思っていたのに。

だいたい気づいてるってことがばれてるってどういうことだよ。

 

「だいたい、好きって。意味がわかんねーよ。」

「恋愛対象として好きって事。

あっ、新一君はまだ自分の気持ちに気づいてないみたいだから、

 俺がお手伝いするのでご心配なく。」

 

気が付けば快斗はいつも通りの自己中マイペース男に戻っていた。

だけど、俺の気持ちは収まらない。

だいたいなんで、ここまで彼に悟られているのだろうか。

 

「いや〜すっきりした。」

「俺は全然すっきりしねーよっ。」

「え〜そう?」

「だいたいKIDの事を俺に話してから告白するなら告白しろっ。」

「あっ、うん。分かった。俺はKIDです。よろしくっ。」

「そうなんだけど・・・何かが違うっ!!!」

「我が儘だなぁ〜新一君は。」

 

 

言い合いをしている時、チラチラと花びらが落ちてくる。

いや、それは花びらではなかった。なぜなら海に溶け込んでしまうから。

雪花・・・・人々はその光景をそう呼ぶのだとか。

 

だけれど言い合いをしている2人にはそんな情緒を楽しむ余裕は・・・・ありませんね。

 

あとがき

しんみりとした文章を書こうと思ったのに。。。。

 

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