BGMの代わりにテレビをつけて、のんびりと雑誌をめくる。

いつもとかわりない日曜日だけれど、今日は少しだけいつもとは違った。

 

空からこぼれ落ちたメロディー

 

「お母さん、おかわりいる?」

パラパラと先日出たばかりに推理小説に熱中するお母さんをしばらくの間、

見ていたけれど、ふと、コーヒーが空になっているのに気づいて、声をかけた。

 

「あ、ああ。わりぃ。」

暫くして、ようやく私の声に気づいたのかお母さんは

白のコーヒーカップを私へと手渡す。

それでも、小説へは視線を向けたままだった。

 

“相変わらず・・”と呟いて、由梨はキッチンへと向かった。

一番上の棚にある、コーヒ豆の入っている缶の中から黄土色の缶を選び取って、

コーヒーメーカーにセットする。

お隣の博士の作ったこのコーヒーメーカーは、彼が作った物にしては

なかなかの代物で、黒羽家はこれを愛用していた。

 

「お母さん、できたよ。って、何、見てるの?」

入れ立てのコーヒーを持って、新一に視線を移せば、

推理小説を脇に置いてテレビを見ていた。

昼のテレビを新刊の小説まで放っておいて見るなんて・・・。

 

「いや、いいなって思ってさ。」

「何が?」

「ほら、贈り物に歌をあげてるんだ。この子。」

「ふ〜ん。」

 

見たことのある子役が、贈り物に弾き語りを母親に贈っていた。

たぶん、半年くらい前にあったドラマの再放送だろうか。

はっきり言ってお世辞にも上手とは言えないピアノと歌声。

それでも、母親役の女優は嬉しそうにそれを聞いていた。

 

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「お父さん。」

「なに?」

「お願いが・・・あるんだけど。」

新一が事件の要請で外へ出ていったのを確認して、

由梨はめったに行かない快斗の書斎を訪ねた。

新一がいないときは、たいていこの部屋で仕事をしているのがおきまりなのだ。

予想通り、快斗は先日のショーを振り返りながら新しい手品の研究に没頭していた。

 

「由梨がここにくるのも珍しいけど、俺に頼み事って言うのも珍しいな。」

「もういい。」

手品の道具を思わず手から滑らせて驚く快斗に馬鹿にされたと感じたのか、

由梨はきびすを返したように部屋を出ていこうとする。

それを、慌ててなだめて快斗はとりあえず由梨を席へと座らせた。

 

「で、お願いって?」

「お父さん、ピアノ・・できるよね。」

「ああ、ある程度は。ってそれがどおしたの。」

「教えて欲しいの。」

由梨が言葉と共に快斗に手渡したのは、小学生向きの楽譜。

今年、3年生の由梨には適した音符の羅列が並んでいた。

 

「これって、誕生日の歌・・。」

 

音符通りに歌を口ずさんで、快斗は少し驚いたように由梨の顔を見る。

そして、次の瞬間には由梨のやりたいことが分かっていた。

 

「新一に?」

「うん。私、音感無いけど・・・。」

「分かったよ。俺に任せなさい!」

「ほんと?ありがとう。あっ、誰にも言わないでね。」

 

嬉しそうに席を立って、出ていく間際にそう釘を差す由梨に

快斗はニコリと笑って頷いてもう一度、誕生日の歌を口ずさむ。

“もうすぐ、新一の誕生日だな〜”と思いながら。

 

そして、2週間前から練習が始まった。

やはり、マジシャンの快斗は手先も起用だし音感もあるので

彼が弾くとただの誕生日の歌も、名曲のように心にしみるメロディーとなる。

だが、3日たって1週間たって、10日たっても、由梨は一向に上達しなかった。

 

歌もうまく歌えなければ、ピアノを弾くこともままならない。

それに、快斗も元々多忙なので、

毎日のように彼女の練習につきあえないのが発破をかける。

 

「間に合わない・・・。」

 

誕生日は明日。毎日、研究の時間を潰して練習に没頭しても

一小節も弾くことはできない。

雅斗も由佳も悠斗も、誕生日プレゼントを準備し終えたと昨日言っていた。

用意できていないのは、おそらく自分だけ。

 

「どうしよう。」

お母さんの喜ぶ顔が見たいのに。

自然と目が潤んでいくのを感じる。泣くなんて、いつぶりだろう。

由梨は涙を拭うと、トボトボと通学路を進む。

その時、どこからか誕生日の歌のメロディーが聞こえてきた。

 

ふと顔を上げれば、そこにはかわいらしいオルゴールの並んだ店。

由梨の足は自然とその店に吸い込まれるようにして動いていた。

 

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「え、由梨が?」

「うん。」

 

快斗はなかなか弾けない由梨の落ち込みように耐えきれず、

由梨が新一のために練習していることを話した。

ベットで快斗に腕枕されながら推理小説を読んでいた新一は、

快斗の言葉にそれをベットサイドに落としてしまう。

 

だが、それを気にすることなく新一は快斗へと視線を向けた。

 

「でも、また何で歌なんだ?・・・・ひょっとして。」

「何か思い当たることあるの?」

 

快斗はとりあえずベットサイドに落ちた小説本を器用に拾って、近くのテーブルに

置くと、新一の髪をいじりながら、先を続けるようにと蒼い目を見つめる。

 

「先々週の日曜にテレビで女の子が母親に弾き語りのプレゼントをしていたんだよ。

それを見て、俺が“ああいううのって良いよな”って言うのを聞いてたから。」

「たぶんそれだね。」

「まあ、その気持ちだけで俺としては嬉しいけど。」

「でも、由梨は納得しないだろうし。」

「だよなぁ〜。」

 

新一は天井を仰ぎ見て、大きくため息をつく。

こんな事になるなら、あの時あんな事を言わなきゃ良かった。

 

「似てるよ、由梨は。新一に。」

「なんだよ、急に。」

「だって今、また一人で悩んでたでしょ?

由梨もきっと今の新一みたいに悩んでるから。“どうしよう”って。

新一は落ち込まないでよね。きっと由梨なら解決できると思うし。」

「そうだな。」

 

快斗の言葉に納得した新一は、ようやく天井から快斗の方へと視線を向ける。

新一がようやくこちらを向いたことに、満足した快斗は新一の耳元で

“新一も由梨みたいに俺のために必死になっていろいろと用意してくれたし”と呟く。

 

新一はその言葉と共に耳元で感じる吐息を感じて体をよじりると、

“何のことだ?”と睨み付けた。

 

「え〜。バレンタインとか。必死になって準備してくれたじゃん。」

「忘れろ、んな昔のこと。」

「昔って数ヶ月前なんですけど・・それに新一、俺の言ったこと忘れてるでしょ?」

「なんだ?」

 

「上目遣いで睨み付けるのは誘っているようにしか見えないって。」

「ちょっ、おい。快斗!!」

 

言葉と共に、腰へ快斗の腕がまわり顔を新一の首もとへと埋める。

ニヤリと笑った快斗の顔を見て、新一は覚悟を決めざる得なかった。

 

「据え膳喰わぬは男の恥ってね〜w」

「おまえはっ、なんでも据え膳にとるだろうがっ。んっ。」

 

うるさい口は塞いでしまえとばかりに、快斗は深いキスを仕掛けて、

長い夜は更けていくのだった。

 

あとがき

大人ぶっても、お母さんを喜ばせたい由梨ちゃんを目指して書いたんですが・・。

なんか、微妙な終わり方に。何をあげるかは分かっていると思いますが、

とりあえず、新一の誕生日話ででてくるとおもうんで・・・・。

 

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