探偵はりっぱなものだって信じて疑わなかった。

犯人を捜し出し、正当な道へと導くための希望の光なんだって。

母さんがそうだったように、俺もそうなりたいと思ってた・・・。

何度、罵倒されても、間違いを償うきっかけさえ与えれば被疑者だって普通の人へと戻れるって。

 

だけど、その犯人が死んだときはどう責任をとれば良いんだ?

俺って間違っていたのか?

なぁ、誰か教えてくれよ。

 

 

◇棘の道◇

 

 

コツ コツ コツ コツ

 

茶色の髪をゆるめにまとめて、真っ白なシャツに黒いパンツ姿というシンプルな格好をした女性が

高校の職員室から出てくると、背筋をピンと張って前を歩く中年教師の後を歩く。

 

「じゃあ、工藤先生には英語の授業をお願いします。くれぐれもあのことは・・・。」

「分かっています。守秘義務は本業ですから。」

「それは助かります。それでは、1時間目は2年C組・・あっ、あの教室です。」

 

中年教師は、廊下の隅にある教室を指さす。

授業開始のチャイムが鳴ったのは随分前のはずなのにその教室の中からは生徒達の騒ぎ声が聞こえていた。

 

「すみません、少々うるさいクラスですが工藤先生なら大丈夫でしょう。」

「はい。お任せ下さい。」

新一は深々と頭を下げて、ガラリとその扉を開く。

そして、中年教師の言うとおり、騒がしかった教室は彼の出現で一瞬に静かになるのだった。

 

 

 

 

今回の依頼が入ったのは、昨日の夕方のことだった。

深刻そうな表情をした初老の男性と中年の男性がのそのそと事務所へ入ってきて、

新一は彼らを見てすぐに、学校長と教頭だということを悟る。

それも・・・以前は自分が通っていて、今は次男と次女の通っている帝丹高校の・・・。

 

「じつは、こんな文書が送られてきたんです。」

校長らしき男がおずおずと差し出したのは、良くある脅迫状だった。

新聞の文字を切り抜いて貼ってあるその内容は

『1週間以内に生物教師、藤本晃(ふじもと あきら)を殺す』と、端的明確なもの。

 

「イタズラの可能性も考えたんですが・・・

しかし藤本先生は帝丹高校理事長の息子さんでもありますから、理事長が心配して・・・。」

 

「どうか、犯人を見つけてください。切手も貼っていなく、差出人も不明でしたので

内部の人間には間違いないんです。

 ここ最近は物騒ですから、保護者であっても行事以外は校内には入れませんし。」

「わかりました。」

 

途方に暮れたような、それでもすがるように頭を下げる男2人に拒否の反応をすることはできなかった。

それに、母校で殺人事件なんてあの文化祭限りでいい。

 

こうして、新一の1週間の潜入捜査が始まった。

 

 

 

「えーー高校教師!!」

「馬鹿!声がでかい。悠斗や由梨には内緒なんだぞ。」

事件に関わるときはお互いに報告するのが暗黙の了解となっているために、

ゆっくりと2人で話のできる寝室で新一は今日入った依頼について快斗に話していた。

 

だが、どうにも“高校教師”の単語が気に掛かったようで、快斗は思わず叫んでしまう。

それに、新一の鉄拳が飛んだのは言うまでもない。

 

「新ちゃん・・先生が暴力ふるっちゃPTAのお母様方に訴えられるよ。」

「お前は生徒じゃないだろ。」

頭を抑えて“う〜”っと拗ねたように毛布から顔半分を出して見てくる快斗を軽くあしらうと

新一は鏡台の前に座った。

悠斗や由梨の通う学校とは言っても、1年の英語は担当ではないから授業等で会うことはないが、

いつ、ばったりと廊下などで出くわす可能性は無いとは言い切れないし、

ばれたら面倒なので変装する必要があるのだ。

 

「髪でも染めるかな?それとも切るか・・・。」

「え〜〜もったいないって。絶対ダメ!!」

「だから、うるさい!!」

新一の呟きにガバット毛布の中から起きあがれば飛んでくるのはティッシュの箱。

“絶対新一のほうが声でかいって・・”とブツブツいじける旦那は放って置くことに決め

新一は髪を軽く持ち上げる。変装と言ってもすれ違いざまに分からない程度で良いのだし。

 

「新一。」

「ん?」

 

いつのまに復活したのだろうか、快斗が後ろに立っているのが鏡ごしに見えた。

 

「明日の朝、あいつらに絶対にばれないような魔法をかけてあげる。

 だから、もう寝よう。だいぶ疲れてるし。」

「そうだな。」

 

新一は快斗の言葉にようやく自分自身が疲れていることに気づいた。

考えてみれば、今日は別の事件の依頼で午前中は外で動きっぱなしだったのだし。

 

 

ベットに入ってすぐに、隣から聞こえてきた寝息に快斗はホッと胸をなで下ろす。

疲れていることさえ自覚しない新一は心配でたまらない。

それに、明日からは男子高校生の前に立つのだ・・・。

 

「俺も潜入しよっかな。」

 

熟睡する新一には快斗が楽しそうに呟いた声が聞こえるはずもなかった。

 

 

 

〜あとがき〜

悠斗の話のはずなのに、殆ど出てない!!

まあ、これから主役級で出てくる予定です。

冒頭の悠斗の独白で、だいたい話の内容は予想が付くでしょうけど、

最後までお付き合い下さると嬉しいです。

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