「イッテー。」 快斗は水を多く含んだ前髪を掻き上げて、呆然とそこに座りこんでいる悠斗を見る。 何が起こったのか分からないように、悠斗の瞳はひらいているものの何もうつしていなかった。 ◇棘の道・9◇ 「悠斗。おまえ何を考えてんだ。避けようと思えば避けれたはずだろっ。」 詰め寄る快斗に悠斗はただ頭を横に振るばかりだった。 完全に混乱してしまっているのだろう。 快斗はそう判断して、銃口を向けたままの啓介に視線を向ける。 今は彼の方が問題だから。 「初めまして・・・ですよね。」 「復讐にしてはやりすぎなんじゃねーの?」 銃口に怯む様子を全く見せず、快斗は一歩一歩彼に近づいた。 パシャっ そのたびにアスファルトにたまった水がはねる。 「俺は・・許せなかった。だって、あいつはあの事件以降、反省するどころか 同じ事を繰り返したんだ。入学して問いつめたけれど相手にされなかった。」 「殺さなくてはならなかったのか?」 「この国の法律は奴を裁くことは出来ない。あんたにはわかんねーよ。」 快斗はようやく歩みを止めた。 啓介との距離は1メートルほどに縮まっている。 この距離で、銃弾を放たれたのなら、確実に死ぬだろう。 でも、快斗はこの間を広げようとは思わなかった。 「残念ながらその気持ちは分かる。」 過去に、父親を殺した相手を憎んだこともあった。 そして、これからも自分の大切な人を奪う者が現れたとしたら・・・? 彼と同じ事をしないとは言いきれない。 「適当に言うんじゃねー!!」 快斗の額に冷たい銃口が押しつけられた。 高校生とはいっても啓介は部活をやっているためか快斗との身長差はあまりないため、 手をかるく延ばす程度で、それは容易に行われる。 「俺の気持ちは誰にも分からない。だけど・・・。」 「・・・?」 啓介は快斗の額に押しつけた拳銃をゆっくりと戻して、 胸元からもう一丁の拳銃を取り出す。 そしてそれを、未だ座っている悠斗の足下へと転がした。 「悠斗。俺はおまえの父親をここで打ち抜く。止めたいのなら、俺を打てよ。その拳銃で。」 「何がしたいんだよ・・・啓介。」 悠斗は拳銃を持って立ち上がった。 だが、その手はぶらんと下に下がっている。 まるで打つ気はないと示すように。 悠斗のどっちつかずの態度に啓介は顔をしかめる。 「冗談じゃないぜ。悠斗、俺の中で、おまえは完璧な探偵だ。だけど、それ以前に人間だ。 父親を助けたいだろ?まぁ、まだ役者が足りないなら、おまえの母親だって殺したっていい。」 「禁句を口走ったな・・・。」 そう言ってあざ笑う啓介を隙をついて快斗はねじ伏せる。 所詮は、高校生。裏家業をやっていた人間に敵う反射神経は無いのだ。 「これはおまえと悠斗の問題だから口出しは止めようと思ってたけど、 あいつに手を出すのなら、話は別だ。」 「離せ!!離せよ。」 アスファルトに頭を押さえつけられた状態で激しく顔を動かす為に、 啓介の顔からうっすらと血がにじみ出る。 悠斗はそんな彼の姿にいたたまれなくなって視線を逸らし、 手の中の拳銃をその場に落とした。 「ざけんじゃねー。」 啓介は最後の力を振り絞って快斗の手を払いのける。 本当に一瞬の出来事だった。 気が付けば彼は薄暗い空に舞っていた。 快斗はその体を掴もうと手を伸ばすが、それは空を切る。 水はけの悪いグラウンドが血の色に染まる。 最悪の結末だった。 「悠斗。」 下を見る快斗の隣に悠斗がいつの間にか立っていた。 彼の顔を伝うものが雨でないことは容易に判断できる。 手は強く握りしめられ、唇をかみしめているせいか、血がにじんでいた。 「探偵って、ひどい職業なんだな。父さん・・。」 悠斗はグラウンドに横たわる友人を見つめたまま言葉を漏らす。 本当に小さな声だったが、快斗の耳にはしっかりと届いていた。 「止めるか?探偵を。」 慰めの言葉はかけない。 ありきたりな言葉で彼を立ち直らせたとしても、意味がないから。 それに悠斗はゆっくりと首を横に振った。 そして、その後、警察が駆けつけて辺りは騒がしくなったが 悠斗は一言も口を開こうとはしなかった。 +++++++++++++++ 「行って来ます。」 「ちょっと、悠斗。忘れ物。」 由佳が弁当包みを持って、悠斗を追いかける。 いつもの日常がまたいつものように繰り返されていた。 一連の事件もしばらくは少年犯罪として大きく取り上げられたが、 今では、ほとぼりも冷め、新聞に載ることもなくなった。 あの事件以降、悠斗は探偵を続けている。 どんな思念を持って、そしてどんな思いでそれを続けているのかは誰も知らない。 だけれども、快斗も新一も心配はしていなかった。 それが、探偵が避けては通れない“棘の道”なのだから。 END |