その存在を知ったのは本当に偶然。 そして、その存在がどんどんと彼ら4人の心を好奇心という名の 感情で埋め尽くすのもそう時間は掛からなかった。 変わらないもの 〜1〜 週休二日制となってからも帝丹小学校は月に二度、土曜日に特別授業を行っていた。 行事ごとを減らすか、それとも休日を減らすかということを考慮した際に 保護者からの意見もあり、行事はそのままに休日を減らすことを決定したのだ。 もちろん、子供たちからは多少の不満も出たが、1年ほど経ってしまえば習慣化してしまい、 加えて土曜日の授業は総合的な学習という自主的なものであったので、しだいにその不満も消えていった。 そんな授業を終えたお昼時。 黒羽家には同じ学校に通う紅里と葉平がやってきていた。 総合的な学習のレポート作成を一緒にしようという名目だが、 2人とも今日は家に居るという快斗の昼食を食べるのが本当の目的だ。 黒羽家の大黒柱である彼の料理は絶品で、紅里も葉平も気に入っており さらに快斗が土曜日に家に居ることは珍しく、この機会を逃さないようにとやってきたのである。 ちなみに新一は事務所の所要で家にはおらず、 快斗は小学生6人を相手に、ランチ後のマジックショーを行っていた。 黒羽快斗の手料理&マジックショーなど贅沢のきわみではあるが、もちろん彼らには至極当たり前のこと。 それでも、快斗のマジックはいつも飽きることなく魅力的で葉平は目を輝かせた。 「相変わらず凄いなぁ。まるでKIDみたいや。」 興奮したように告げられた言葉に、快斗は一瞬、手元が狂いそうになる。 その名前を人から聞いたのは久しぶりのことで。 だが、すぐにポーカーフェイスを取り戻すと『よく知ってるね。』と誤魔化すような笑みを浮かべた。 「KIDって・・?」 「あら、悠斗が知らないなんて珍しいわね。確か何年も前に活動を止めた怪盗のことよ。 シークレットナンバー1412号。ある小説家が走り書きしたその番号からKIDと名付けた。 警察を手玉に取るほどの見事な手腕から、平成のルパン。 また、月夜に現れることから月下の奇術師なんて異名もあるわね。」 「紅里ちゃんはずいぶん詳しいんだね。」 マジックの手を止めて、快斗は探るような視線を向ける。 小学生ながらに父親から推理力を受け継いでいる彼女は、油断できる相手ではないのだ。 紅里は快斗の言葉に軽く頷いて、用意されたお茶をこくりと飲む。 「お父様の古い資料を偶然見つけたんです。それに葉平の総合学習のテーマの相談にものったから。」 「そうなんや。おとんにこないだKIDの話を聞いてな。おもしろそうやから、総合学習で調べようと思て。 で、帰りにそん話を紅里にしよったら、詳しく知っとったさかい。」 「興味ないわね。ただのこそ泥でしょ?」 「泥棒なんて調べて何が楽しいんだ?」 興奮気味な葉平の言葉を遮って、あきれたように由梨がため息をついた。 その隣で彼女の双子の兄である悠斗も同じように軽く肩をすくめる。 そんな2人の反応を哀が見ていたらきっと苦笑を浮かべたに違いないだろうと快斗は思った。 『本当に工藤君の遺伝子を受け継いでいるわね。』と。 「それだけやない。自分ら4人が絶対に興味を持つネタもあるんやで。」 「興味?まぁ、私はマジシャンってことに興味はあるけどね。」 「俺も。」 「そんな2人の興味をさらにあげるネタよ。」 フフッと楽しそうに笑う紅里に4人はそろって首を傾げる。 趣味も好みも全く異なる4人が一気に興味をもつようなネタ。 そんなものが果たしてあるのかと言いたげに。 葉平は滅多に疑問をもたない彼らが一斉に同じ疑問をもったことに喜びを感じつつ コホンとひとつ咳払いして告げた。 「自分らの母親はKIDの好敵手やったんや。」 坦々と告げられた事実に、雅斗達はいっせいに目の色をかえる。 特に母親の事件ファイルを見せてもらっていた悠斗は同時に今までの記憶を遡った。 けれど、そのどこにも、怪盗KIDの名などなくて。 「どや。興味がわいたやろ?怪盗KIDはどんな人物だったのか。なんてったって、 あの名探偵と謳われた『東の工藤』が決着をつけれんかった相手やで。」 「うちのお父様も、よ。」 出されなかった父の名前に少し不機嫌気味になる紅里。 そんな彼女に苦笑する葉平を視界の隅に留めながらも、 雅斗たち兄弟4人の頭の中はKIDの3文字が占めていた。 新一がひた隠しにしてきた好敵手の存在として。 「あのさ、俺・・なんかしたか?」 食事をしながら新一はジッと向けられる4対の瞳に耐えきれないように言葉を発した。 何かを聞きたいけれど、聞けないといった雰囲気は家に帰ってから続けられており、 先ほどから、何度も視線を向けてくる子供たちに尋ねているものの口を割ってはくれない。 原因が分からない状況では対処もできるはずがなく、また、いくら推理が得意とは言え、 なんの手がかりもない状態では導き出す答えもないとなればもう八方ふさがりだ。 そんな時に頼りになるであろう快斗も曖昧な笑みを浮かべるだけで。 新一は寝室で徹底的に旦那を尋問してやると思いつつも、とりあえず料理に箸をつけたのであった。 「で、快斗。先ほどのあれは何だ?」 「いや、それがさぁ。」 部屋に入ると早々に新一は快斗に詰め寄った。 ぐっと近くなる顔に、キスのひとつでもしたくなりつつも、 そんなことをすれば1週間は口を聴いてもらえないと分かっているため、 快斗は誘惑から視線をそらすと、昼の話を簡単に説明する。 その話の途中で新一は快斗から離れると、ドサッとベッドの上に座った。 「新一?」 「だいたい分かった。あいつらも何か感じてるのかもな。」 「うん。俺もね、そう思う。」 新一が隠してきたKIDという存在。 探偵志望の悠斗に惜しげもなく様々な知識を与えてきたというのに そんな興味深い話をしなかったことは不自然としか思えないだろう。 その理由は何なのか。 そして葉平が口走った『KIDみたいや』という一言。 だけど確証が得られない状況で、無神経なことは言えないといったところだ。 頭もよく、どこか大人びた子どもたちだから。 「快斗はどうするつもりだ?」 部屋の隅に立ったままの旦那を見上げれば、彼は少し影のある笑みを浮かべる。 最近は見なくなったが、出会ったころはよく見ていたそれに新一は眉をひそめた。 「くだらないこと考えているなら蹴りをいれてやる。」 「ひどいなぁ。ここは優しく慰めの言葉をかけるとこだって。」 「望んでもいないくせに。で、質問の答えは?」 たたみかけられた言葉に快斗は一度目をつぶる。 何か決断をする時に彼が時間をつくるために使うしぐさの一つ。 その時間は長いようでもあり、一瞬のことでもあるように新一には感じられた。 「たぶん、新一と同じだと思う。」 「卑怯な答え方だな。」 「じゃあ、答え合わせする?」 クスクスと笑って近づいてくる快斗の瞳にはもう迷いの色はない。 彼が決断したとなれば自分はそれに従うのみ・・だ。 お互いの額と額を合わせて発せられた言葉は、一寸の狂いもなかった。 渡りに船とはこのことだろうか。 新一は真剣な表情の女性を目の前にぼんやりとそんなことを思う。 これが好機と言いきれるかどうかは別として・・だが。とも。 事務所にやってきた女性は疲れているのは傍目にもよくわかった。 少しぼさぼさの髪に痩せこけた頬。 何より目には輝きも少なく、 ここが最後の希望だとかすれた唇で語っている口調にも覇気は感じられない。 現にお茶を持ってきてくれた歩美も、 いつもは経費削減と出し惜しみする茶菓子をふんだんにお盆にのせていた。 だが、彼女はそれに手を伸ばすことなく新一の答えをまっている。 少しだけ握りしめていた両手にさらに力を加えて。 「お話は・・・わかりました。」 「では。」 「しかしKID本人を捜すことは難しいかと。」 明らかに落胆する女性に新一は慌てて言葉をつなぐ。 「けれど、代案があります。息子さんを騙すことにはなりますが。」 「代案・・ですか?」 「はい。腕のいいマジシャンをKIDと偽るのです。彼ならKIDを完璧に演じられるでしょう。」 新一からの説明に依頼主、加藤奈々枝はようやく笑顔をみせた。 むしろその代案のほうが安心できると感謝の気持ちを言葉にするほどに。 まだ本人の承諾がとれていないからと念を押して、 新一は奈々枝の連絡先を聞くと後日詳しいことを話し合うことを約束した。 バタンと閉まったドアを見つめ、新一は深くため息をつく。 歩美は先ほどまで彼女が座っていた席に腰を下ろし、手付かずの菓子を口に含んだ。 「本当に大丈夫なんですか?」 「彼女の様子をみただろ。早くどうにかしないと加藤さん本人がどうにかなっちまう。」 「そうですけど・・・。」 歩美はどこか納得いかない表情のまま、スケジュール帳をもってくる。 おそらく新一が動ける日にちを捜しているのだろう。 本当に気の利く秘書だと思いつつ、新一はお茶を一口のんだ。 「来週末だったら、特に大きな依頼もないですね。」 スケジュール帳を見ながら歩美はペンで丸印をつける。 それを眺めながら新一は簡単な計画を頭の中で練った。 必要な協力、時間。 そしてそのための準備にかかる日数。 「2泊3日くらいで行けるかな。まぁ、快斗のスケジュールしだいだ。」 「・・・快斗さんが断る場合は?」 「いや、あいつは受けるよ。ていうか、受けさせる。」 「はは。でも、これで加藤さんの息子さんが手術を受けてくれればいいですね。」 「ああ。」 加藤奈々枝の依頼。 それは、息子の宝物をKIDに盗みに来て欲しいというものだった。 北海道で入院している彼女の息子は、手術でしか治らない病に伏せており その手術と言うものもかなり難易度の高いものらしい。 そんな手術を小学生の彼が怖がらないはずもなく、少年は頑なに拒んできた。 けど、ひとつだけ夢がかなえば手術を受けると少年は母に告げたのだ。 その夢とは、KIDが自分の宝物を盗みに来ること。 なんでもKIDの特番を病室でみたのがきっかけらしい。 奈々枝曰く、奇跡を起こす彼の姿を見れば、手術も成功すると思いこんでいるのだとか。 だが、KIDの行方など誰も知るはずもなく、頼み方など分からない。 そんな時に耳にしたのが、東都に住む凄腕の探偵の噂だった。 もちろん新一とて少年を見捨てることなどできない。 それでも快斗がKIDをしていた意味をしっている自分としては 彼がKIDとして復活できるはずもないことも重々承知していた。 そこで導き出された結論はKIDを演じさせるという代案であった。 奈々枝もいくら紳士的と名高いKIDといっても犯罪者である彼より 身元の知れているマジシャンの方が安心だったのだろう。 それに新一から告げられたマジシャンの名が日本中、 否、世界中から絶賛される有名人であったこともいい説得材料になったらしい。 「週末だし、あいつらも学校は休みだろう。」 「雅斗君たちも一緒に行くんですか?」 「ああ。別に危険な依頼じゃないからな。」 家族旅行だ。 そう微笑む新一が、違う意味で彼らを連れて行きたいと思っていたとは おそらく歩美には到底想像もできなかっただろう。 |