なんだか馬鹿にされている気がする。 由梨は飛行機の小さな窓の外を流れていく雲を眺めながらそう思った。 〜変わらないもの・2〜 突然、北海道への旅行を告げられ、 その目的は先日耳にしたばかりの伝説の怪盗を父が演じるためという。 なんとも計算しつくされたような話の展開に、 正直自分も含めた兄弟達は開いた口がふさがらなかった。 そんな自分たちの表情に母である新一はニコニコと笑みを深めるばかりで。 この苛立ちをぶつけようと父を見れば、彼は困った表情を呈しただけだった。 「お飲み物は何がよろしいでしょうか?」 ふと、掛かった声に驚いて横を見れば、若い客室乗務員がニコリと微笑む。 隣に座っている姉はすでにアップルジュースを飲んでいた。 「由梨。おきてる?」 「あ、うん。えっとコーヒーを。」 「かしこまりました。」 そういうと、乗務員は手際よくコーヒーを注ぎ、砂糖とミルクは?と重ねて聞かれる。 小学生の自分がブラックというのも不自然かと思い、どちらもお願いしますと答えると 由佳は笑いを押し殺したような表情になった。 渡されたミルクと砂糖をテーブルの上に置き、そんな姉をキッと睨む。 彼女の考えていることなど、由梨には簡単に分かった。 「どうせ、小学生らしくないわよ。」 「別に何も言ってないって。由梨は由梨らしくあれば良いんだから。」 「そんな顔して言われても説得力ない。」 由梨は未だに笑いをこらえる由佳のジュースに、 手早くミルクと砂糖を放りこむと熱めのコーヒーを口に含む。 隣で由佳がギャーギャーと文句を言っていたが、彼女が気にすることは無かった。 父とKIDの関係を感じながらも、姉は能天気なもので 何も気にしていないようにこの旅行を楽しむ気でいる。 今まで秘密にされていた真実が目の前にぶら下がっているというのに。 そんな由佳を由梨は理解できない。 いや、理解できないというならば、母、新一にしても然り・・だ。 今回の仕事を持ってきたのは、新一であり、 自分たちが確証もなく、父とKIDを結び付けることはないと分かったうえで このような答えにも近い状況を作り出した。 その真意は何なのか。 「由梨、お母さんは何も私達の力を侮っているわけではないんだよ。」 「・・・分かってる。」 分かっているからこそ、分からない。 ここまで遠まわしにヒントを与えるなら、いっそ言葉に出して伝えてくれればいいのに。 KIDは快斗なのだと。 父親は昔、怪盗という仕事をしていたのだと。 「別に軽蔑なんてしないのに。」 コーヒーの苦味は、今の自分の心情のようだった。 春も初夏に指しかかろうとしていることとはいえ、北の大地の風はまだ冷たい。 新一はスプリングコートの前を閉じながら、迎えの車を待っていた。 子供たちは、なぜか無理やりつれてこさせられた快斗のマネージャーが世話をしてくれている。 今日はレンタカーで札幌観光をしてくるらしい。 だから、この場で車を待っているのは新一と快斗の2人だけだった。 今回の件について快斗に話をしたとき、彼は笑顔で二つ返事を返してくれた。 KIDではないかと子供達に疑われている時に、KIDを演じろ、など 普通に考えればばかばかしい話としかいえない。 そこに、どんな理由があっても・・・だ。 それに今回のことは子供達にも不信感を増大させるだけかもしれない。 それでも、新一は、KIDの姿をしっかりと見せた上で、子供達に真実を告げたかった。 彼がだたの怪盗ではない、と。 おそらく快斗もその点を分かっているから、引き受けたのだろう。 そんなことを思っていると、白の軽自動車がキュッと音を立て彼らの前に止まった。 ドアが開いて以前よりも表情の明るい女性が出てくる。 心なしか、髪も綺麗に整えられ、グッと若々しい印象を感じさせた。 「お待たせしてすみません。」 ペコリと頭を下げ、再び顔を上げると奈々枝は小さく息を呑んだ。 「・・・本当にあのマジシャンの。」 「黒羽快斗です。」 「黒羽・・。あれ、探偵さんのお名前って確か、黒羽でしたよね?」 目を白黒させる彼女に快斗は新一と視線を交わし微笑みあう。 「妹じゃないですよ。」 「うそ、ほんとに?」 「ええ。彼女は僕の妻です。」 内緒ですけどね?と唇に人差し指を添えてウィンクする彼を見て 奈々枝は顔を真っ赤にしながらもコクコクと何度も頷くのだった。 「マネージャーさんは怪盗KIDって知ってる?」 こちらに来て借りたレンタカーに乗り込むと、 助手席に座っていた雅斗は欠伸をかみ殺して運転している男に声をかけた。 快斗のマネージャーとしてデビュー当時から支えている男は年のころ30代後半といったところ。 きっかけは、快斗のマジックを偶然目にして感動し、彼が大学の時から直談判したらしい。 その熱意に負けたのだと、快斗は苦笑しながら教えてくれた。 だからこそ、ある程度こちらの無理も聞いてくれるのだろう。 完全なオフにも関わらず、マネージャーは愚痴を漏らさず世話を引き受けてくれている。 その一方で気苦労も多いのか、少しだけ白髪がコメカミあたりに見え隠れしていた。 「怪盗KID?懐かしいな。雅斗君は生まれてなかったんじゃないかい。」 「ちょっと学校で耳にしたんだ。父さんに似てるって。」 雅斗はそう言って、マネージャーの表情の変化を探る。 後ろに座っている悠斗や由梨も少しだけ身を乗り出して、話に興味を示したが 由佳は車窓を流れていく穏やかな景色を楽しそうに眺めていた。 マネージャーは彼らの期待に沿うことなく、表情を変えることは無い。 当たり前といえば当たり前だが、彼は何も知らないのだ。 「KIDと快斗さんかぁ。確かに実力は同程度だろうね。 2人とも一瞬で人を魅了する力をもってるし。 しかし、本当に懐かしいよ。俺も当時は現場まで何度も行ったしね。」 軽くハンドルを回しながら、マネージャーはうっすらと口元に笑みを浮かべる。 おそらくは、当時のほかの思い出も一緒に思い返しているのだろう。 これ以上は何も聞けないなと興味をなくしたのか 悠斗と由梨は再びダッシュボードに身をうずめた。 「そうなんだ。ところで、KIDって何のために盗みをしてたの?」 「・・・う〜ん。特に考えたことは無かったけど、愉快犯じゃないのかな? もしくは、世の中を明るくしてたとか。」 「そっか。ところで、道はあってんの?」 「・・はは。バレてた?」 呆れたように雅斗は深々とため息をつくと、カーナビに手を伸ばしたのだった。 一方、同じころ、車を走らせて数十分のところにあるカフェで3人は打ち合わせをしていた。 結構は明日の夜。 予告状は事前に送ってあり、 それを読んだ奈々枝の息子は興奮していたと彼女は嬉しそうに話した。 注文した濃いめのブラックを飲みながら、新一はふと怪訝そうな表情を作る。 奈々枝の薬指に結婚指輪は無い。 確かに常につけている人はそう多くないだろう。 それでも、彼女の口から旦那の話は出たことが無く、今も、息子について始終話すだけだった。 旦那は近くにいないのか、それとも不仲なのか。 新一にはそこが妙に気になって仕方が無い。 昨今、母子家庭も珍しくないのだし。 けれど、これだけ気になるのは、長年の探偵の勘が働いているせいなのか・・・。 「由希?」 快斗が新一の偽名を呼ぶ。 人前にこうして2人で並ぶことは最近少なかったせいか、久々に聞く名だった。 「ん?」 「いや、どうかしたのかと思って。」 快斗はそういうと新一の眉間に軽く指で触れる。 おそらくシワでも寄っていたのだろう。 苦笑気味の快斗に新一は誤魔化すような笑みを返した。 「なんでもない。」 「そう?なら良いけど。」 ここに子供達か哀が居たのなら、彼らの雰囲気に砂でも吐いたところだろう。 無意識に醸し出す甘い空間は、慣れていない人間には強烈なインパクトを与えるから。 現に2人は気付いていないが、 奈々枝も例外なく彼らに当てられたように所在無さ気に絡めた指を動かした。 「あ、あの!!」 「はい。」 「いや、なんていうか。・・・その。・・仲が良いというか。」 「「え??」」 ポカンとした表情の彼らに彼女は頬を赤く染める。 どうにか話を戻そうとしたのに、何を言っているんだ自分・・と 内心で突っ込んでみたが、次に続く言葉は出なくて。 しどろもどろな奈々枝に、『あなたは被害者よ。悪くないわ。』と声を掛けれる人は 幸か不幸か(おそらく不幸であろう)誰もいなかったのだった。 |
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