日本の中に外界から閉ざされた村があった。 とある中部地方の山奥にひっそりと存在する村で、地図にさえ載っていない。 そして村の周りには結界が張られており、中に入れる者などいなかった。 村は“創始様”と呼ばれる長が収めていて、彼を中心に村人100余名が暮らしている。 彼らはそれぞれ特殊な力を持ち、その中でも飛び抜けた力を持つ者が “創始様”の親族だった。 村は“創始様”のお陰で成り立っており、いわば村人にとっては神に近い存在である。 そんな村から今朝方、4人の若い者達が出ていった。村人の希望を背負いながら。 −あかつき− 〜数日前〜 「困りましたわね。あなた。」 「ああ、どうしたものだろうか・・・。」 村の中心にある巨大な屋敷、行灯(あんどん)の光をともした床の間で、 夜着姿の女性は深くため息をついて隣で腕組みしている旦那を見た。 彼女の旦那は人々から“創始様”と呼ばれるこの村の長。 若干40を過ぎた頃の年頃であるが、その顔つきはまだ活き活きとして 青年の様な瞳の輝きも失っていない。 そして彼女もまた、近い年齢ではあるにもかかわらず、 その老いを感じさせない、透き通る肌の色は村の女達の憧れでもあった。 「あの子も16、立志を迎えた・・・。そろそろ護神をつけなくてならんのだが。」 「ええ、ふつうなら式神使いをつけるべきところです。でも・・・・。」 女性はそっと近くで寝息を立てる息子を見る。 小さく自分を抱くようにして丸まっている息子の髪の毛はどこまでも深い黒。 そして、生まれてから切ったことなどなかったので長さは腰元まで達している。 そのためか端から見れば、女性のようにも見えた。 「新一に合う式神使いがこの村にはいないのかもしれないわね。」 「ああ。だろうな。」 「「創始様、有希子様。お呼びになりましたか?」」 障子越しに男と女の声が聞こえた。 “入りなさい”と創始様こと優作が返事をすると年の変わらぬ男女が入ってくる。 彼らこそ、優作とその妻有希子を護衛する護神“コゴロウ”と“エリ”であった。 代々、創始様の一族は“式神使い”と呼ばれる直属の護神をつける。 式神使いは式神を操ることのでき、人間とは少し違う存在で、主人に絶対忠誠を誓う。 そして、彼らの生きる糧となるのは、主の“生気” 言い換えればその“生気”を受けとらないと彼らは生きることができないのだ。 「お呼びした理由は存じていますね。エリ。」 「はい。新一様の式神使いについてですよね。」 「その通りです。貴方の娘や式神使いの名家である服部家、 そして遠山家など試したのですが・・・。」 新一の生気を授与することはできたとしても、“型”が合うことはなかった。 “型”とは簡単に言えば、個々に備わっているパズルのようなものだ。 それがピッタリと合えば、一心同体のように主の危険をどんなに遠く離れていても “式神使い”は察知することができ、主のいる場所に瞬間移動が可能となる。 だけれども、新一と型の合う“式神使い”はどこを探しても居なかった。 「それにしてもおかしな話ですね。 頭首となるべき者の型に合う式神使いは必ず生まれ落ちるはずなのですが。」 コゴロウは大きく首を捻った。 今までにこんな事態などあった試しがないのだ。 この村の歴史も平安初期から続いているにもかかわらず、 歴書をひもといてもそんな事例はどこにもない。 だからこそ、彼らは困っている。 「1つだけ可能性があるんだ。」 「あなた、他の式神使いを知ってらっしゃるの?」 「黒羽家・・・式神使いの名家にもう一つ黒羽家がある。」 「黒羽家ですか? しかし、あの一族はこの村から数百年前に追放されたと聞いておりますが。」 「わたくしも聞いたことがあります。なんでも、主を殺した罪とかで。」 エリは軽く体を震わせる。 主を殺す式神使いなど、エリ達にはとうてい理解のできない存在であった。 「あなた、そんな一族に新一の命を預けろと言うの?主を殺すような・・・。」 「わたくしも反対です。創始様。 いずれはこの村を統治するご子息がそのような謀反ものに護衛されるなんて・・・。」 「それでも、護神は必須だ。ただでさえ新一の生気はこの世にはびこる怨霊が好む味。 すぐにかけつけて彼を守ることのできる存在がいるのだ。」 どうにか説得しようとする2人に対して、優作は頑固と首を振らなかった。 「加えてお前達も分かっていると思うが、新一はただの私の子ではない。 300年に一度生まれると言われる“言霊使い”でもあるのだから。」 「僭越ながら、創始様。 貴方様の命で在ればこのコゴロウ、命に替えて黒羽家の一族を探しに行って参ります。」 「あなた、それでは創始様の護衛は誰がするのです。」 エリは興奮気味にコゴロウに叫んだ。 まったく後先考えずに発言する彼にはほとほと困り果てる。 では、誰があの汚い世に行くのか・・・ 「俺が行くよ。」 そう思案していたとき、凛とした声が室内に響いた。 それは今まで眠っていたはずの、新一だった。 「新一、何を言っているのです。護神もつけない貴方が、外界に?冗談じゃありません。 昔から言っているように我が一族の生気は悪霊などの霊体にとっては最高の力になるのですよ。 ひとたび結界を出れば、悪霊に生気を吸い取られ、 さらに、その力を得た悪霊はこの世界に災いをもたらすのです。 これは貴方1人の身の危険でだけでは済まされない問題だと言うことは重々承知のはず。」 「母様、俺も子どもじゃない。悪霊に対しての戦いは心得てる。 これでもなんどかは結界のそとに抜け出した。」 新一のとんでもない発言に有希子はめまいを覚える。 だけど、優作はそんな彼の言葉に満足した表情だった。 「分かった。新一。この村を統治するためにはいろいろと経験が必要だ。 外の世界に行って来なさい。」 「あなたまでっ。」 「なに、1人とは言わん。式神使いがいれば悪霊は近づけないからな。 服部家のヘイジと遠山家のカズハを護衛につける。 それにコゴロウ、そちの娘を護衛につかせてはくれぬか。」 「創始様の直々の御任命、ありがたくちょうだいします。」 女達は臆病でかなわん。 優作はそんな言葉を残して、苦笑しながら寝室を去っていった。 もちろん、女性2人は納得していなかったが 創始様の言葉に逆らう術もなく、彼らは数日後この村を発つことになる。 黒羽家の末裔を捜す旅に。 「ひっさびさの外の世界やなぁ〜。」 「ヘイジ。遠足にいくんとちゃうんよ。わかってる?」 ひとけのない山道から、小さなバス停までたどりついて、 ヘイジはう〜んと伸びをすると、嬉しそうに辺りを見渡した。 生い茂る草木、そして鳥の声は村にいたときとなんら変わりないが、 それでも空気はどこか自由な感じがする。 「カズハ。おまえは嬉しくないんか?外に出れて。」 「そりゃ、嬉しいにきまっとるやろ。」 「にしても、こっそり抜け出してたことが説得の材料になるなんて不思議よね。新一。 って、新一?聞いてる。」 「・・あ、ああ。」 ランはバス停のベンチに荷物をおくと、後ろにいる新一に微笑みかけた。 だが、新一の表情はどこか覇気がなく、ランは首を傾げる。 「どうかしたの?」 「いや、ようやくあそこを出れたんだと思って。」 新一は心配気味に顔をのぞき込んでくるランに“何でもない”と笑い返した。 そう、本当にただ村を出たことを実感しているだけ。 昔から正直あの村は好きではなかった。 もちろん家族は優しいし、従事する式神使いの名家達の者達も暖かく接してくれる。 だが、村に住む者達は自分を敬いながらも常に畏れているようであった。 “言霊使い”という力は、その言葉を脳内に直接暗示することで、意のままに操れる力、 いわば催眠術の発展した形だ。その力は生きている者ならばなんにでも効果を発する。 だからこそ、村人達は新一に操れるのではないかという恐れを抱いていたのだ。 それはこの先、どんなに時間が経過しようとも変わらない事実。 「ランちゃんの家は代々、“鳥”を式にしてるんよね。」 「うん。私はヤタガラス。目が3つある烏を式に使っているわ。 カズハちゃんの家は“猫”服部君のところは“鬼”だったかしら?」 「わては、憑依型さかい、目には見えへんけどな。」 ヘイジは少し誇らしげに腕をグイッと曲げて見せた。 それにカズハは呆れたように“アホッ”と返す。 そして一時彼らの夫婦漫才は続くのだ。 式神使いは従来、一匹の式を飼っている。 そしてその飼い方は“取り込み型”と“召還型”に別れるのだ。 “憑依型”は体内に式神を飼うことで、その力を直接、体で使うことができる。 つまりヘイジを例に挙げるのなら、ヘイジは体内に飼う鬼のおかげで、 常人には考えられないほどの腕力を手に入れられるということ。 逆に“召還型”は、式を呼び出すことで使役することができ、 毛利家と遠山家はそのタイプで、 毛利家は代々“鳥”そして遠山家は“猫”を使役している。 「で、黒羽家の末裔はどこにいるん?」 「それは、私の式に調べさせてあるわ。 東京方面は確かだから、のんびり向かいましょう。 行っている途中で戻ってくると思うから。」 「黒羽家・・・いったいどないな式神使いなんやろ。」 追放された黒羽家という名家の式使い。 ヘイジはそんな式神家の人々に思いをはせる。 追い出されて彼らはどのような生活を送ってきたのだろうか。 生気を貰えない社会で・・・・。 「ヘイジ?」 急にまじめな顔になったと思ったら、その場に疲れたようにへたり込んだヘイジを 新一は“どうしたんだ?”と不思議な顔をしてみる。 「工藤、なんか腹減ってきた・・・。」 「黒羽家のこと考えてたんだろう?」 「ようわかったな。」 「たっく。ほら、好きなだけ吸えよ。」 呆れた表情で新一はヘイジに片手を差し出す。 ヘイジはそれに口づけると彼から生気を分けて貰った。 貰った量は極少量なのだが、新一の生気は過去の工藤家の面々より優れているためか、 あっという間にお腹は一杯になる。 「さすがは、工藤の生気や。極上の味やなぁ。」 「ヘイジ、少しは遠慮せなあかんよ。」 「そうよ。新一の力を削ることなんだから。」 「大丈夫だよ。少量なんだし。」 過保護な彼女たちに新一は苦笑を漏らした。 だが、ランもカズハもここは譲る気がないらしく “甘やかしちゃダメっ”と2人声をそろえて新一を見る。 それに対して新一は“はいはい”と笑って頷くしかなかったのだった。 そんなこんなで話をしている内に、一台のバスが止まった。 車体は赤色で、タイヤには泥を付けた小汚いバス。 お客は2,3人しか見えない。 まぁ、これだけの山奥なのだから当たり前と言えば当たり前のことだ。 「駅まで、どのくらいなんやろ。」 「たぶん1時間弱じゃないかしら。」 「ほんなら、わいは眠るさかい。」 一番後ろの席に座って、ランは腕時計を眺める。 今、10時をすこし廻ったところだから、11時30分の電車には間に合うだろう。 ヘイジは朝が早かったせいか、もう隣で寝息を立てていた。 「疲れたのかしら?」 「これでも工藤君守るために気を張ってるしなぁ。まったくヘイジは変に意地っ張りなんや。 工藤君の正式な護神になれなかったのも気にしてるみたいやし。」 「それは、・・・私も同じだわ。」 ランは一番端の席で、外を眺めている新一を盗み見た。 同年代の式神使いの中でもっとも力がある者が、型が合うと一説には言われている。 つまりは、自分たちよりも強い式神使いがこの世には存在すると言うこと。 両親ともに、正式な工藤家の護神となれたから、 ランにはその存在になれなかったことが悔しくてたまらなかった。 だけど・・・それ以上に・・・。 「ランちゃん?大丈夫なん?顔色悪いけど。」 「ううん、何でもない。私も少し疲れたみたいだから眠っておくね。」 「分かった。ついたら起こすさかい。それに、工藤君の護衛もせなあかんしね。」 「ありがとう。」 ランはカズハの言葉に甘えて目を瞑った。 目を開けていれば嫌でも見えてくる怨霊や悪霊達。 もう見慣れた存在だけど、 新一に食らいつこうとしている姿はやはり神経をそがれる気持ちだ。 もっと、強かったら新一の一番になれたのに。 どこかで黒羽家の末裔が見つからないことを祈っている自分が居た。 「あれ、2人とも寝たのか?」 「疲れたんやて。」 「そっか。カズハちゃんも疲れたら休んで良いぞ。」 「何言うてんねん。私は工藤君の護衛せなあかんのよ。」 「護衛・・・か。」 「工藤君?」 「いや、何でもない。ありがとな、いつも。」 新一は再び車窓に視線を戻すと、カズハに気がつかれないようにため息を落とす。 護神さえ見つかれば彼らは自分の護衛から解放される。 だが、今度は護神の自由を奪ってしまうかも知れない。 それこそ、今まで外の世界で自由に生きていた者の未来を・・・。 そう考えると新一はたまらなく自分の存在が嫌になった。 どうしていつも護られてばかりいるのだろうか? そっとカズハの方に視線を向けると、彼女はどこかを睨み付けていた。 そして、ああ・・と思う。あの先には悪霊がいるのだと。 「護神・・・俺はお前に会って何を告げるんだろう。」 言霊という魔術に込める思いは、今はまだ分からない。 あとがき 新しいシリーズ物。 ようは新一に絶対忠誠な快斗君を書きたかっただけなんです。 |