「俺、近い内にぜったい死ぬ・・・。」

新一達の探し人、黒羽快斗は窓の外を見ながら、頬杖をついてポツリと言葉を漏らした。

 

―あかつき―

 

「なに、馬鹿なこと言ってるんですか、黒羽君。」

「ついにIQが高すぎてショートしたのかしら?」

「志保それは言い過ぎよ。誉め言葉にしかならないわ。」

「そうね。」

「快斗。ま〜た日直の仕事さぼったでしょっ。」

 

秋の気配を含んだ風が吹き、“あっ俺っていまいけてるかも”なんて思った瞬間、

それを見事にうち崩してくれる友人の発言。

 

そう言えばこいつらがまわりにいたんだ。

快斗は思い思いの表情でこちらを見ている友人達にため息をつく。

 

「たまには哀愁に浸ったっていいだろ。」

「あら、それは似合わないからダメよ。」

「そんなことより、ゴミ捨て。行って来てよ。」

そう言って問答無用とばかりにずいっとゴミ箱を押しつける青子。

快斗は今更ながら、誰も心配していないことに少しいじけた。

まぁ、ここで盛大に心配されても逆に気色悪いが。

 

「で、どうかしたのかしら。黒羽君。」

教室の隅で“の”の字を書きそうな勢いの快斗を見て、

志保は苦笑しながら彼の肩に優しく手を乗せる。

「志保ちゃん、君だけだよ〜。俺を気遣ってくれるのは!!!」

 

快斗はそんな彼女の行為に感動し、久々に志保が天使に見えたと、感嘆の声を上げた。

紅子はそんな快斗に“悪魔の間違いじゃない?”と助言しようかと思ったがやめておいた。

現に志保は今、弱った快斗をどう実験材料に使おうか練っているのだから。

それを邪魔して、とばっちりは喰いたくない。

 

「いくら食べても、お腹が一杯にならない?」

快斗は4人にここ数日の自分の体調を話した。

元気という言葉がぴったりな男の体調不良。

それは、天変地異の前触れかとも思えるほど珍しいことだ。

 

「そう。おまけに全身がだるいし。俺、絶対に死ぬよ〜。」

 

もうだめだ〜と窓枠に腕をかける快斗。

確かに血色も悪いし、足腰もふらふらに見える。

はじめは嘘だと思っていた彼らも、次第に快斗の様子に心配げな表情となっていった。

 

「蒼き主、現れて罪人を救わん。だが罪人は生涯、その恩義を受けるため主の足となろう。」

「紅子ちゃん?」

 

青子は急に神妙な面もちで意味の分からぬ事を言いだした紅子を不思議そうに見る。

紅子はそれに少し悩ましげな笑みを浮かべた。

 

「今日、ルシファー様の予言があったの。

 もし、これが本当なら近々黒羽君を助ける人が現れるかも知れないわね。」

「でも、どうして俺が罪人なんだよ。」

「さぁ。だから“もし”とつけたでしょう。」

 

「とにかく紅子の予言は別として、もう帰った方がいいわ。」

 

志保はそう言って快斗に鞄を手渡した。

白馬は“さっそく車を準備します”と、電話をかけ始める。

だが、“そこまでする必要はない”と、快斗は白馬の申し出を丁寧に断って、

青子に促されるまま、教室を出た。

 

 

全身がひどく重い。

快斗はふらふらの足で通い慣れた通りを歩く。

歩いて数十分の道のりも、今日はひどく長く感じた。

時間はもう3時を廻ったところだろうか。

学校帰りの小学生の声が近くで聞こえる。

 

やべっ、倒れそう。

 

体が前のめりになった瞬間、誰かが呼び止める声が聞こえた。

視界がぼやける中、自分を受け止めようと大柄な男が近づいてくる。

そしてその後ろの方に見えるのは・・・

 

えっ・・・・蒼?

 

消えゆく意識の中、遠くながらも強烈な蒼い瞳が視界を横切った。

 

 

 

 

「つっと。ギリギリセーフやな。」

 

男を抱き上げるんは趣味とちゃうんやけどなぁ。

服部はそう言いながら目の前で倒れた男を見下ろす。

腕の中でひどく顔色の悪い男は荒い呼吸を立てていた。

 

「ヘイジ、何してんの?急に走り出すさかいびっくりしたやないの。」

「貧血かなにかかしら。」

 

人々がその光景に足を止める中、カズハとランはやじうまをかき分けて中心へと歩み寄る。

そして、ヘイジの傍に座り込むと、彼と同様に男の顔を見下ろした。

 

「なんか、新一に似てない?」

「やっぱ、ランちゃんもそう思た?うちも今、そう言おうとおもったんよ。」

「それより、どっかに運んだ方がいいんじゃねーの。」

 

ようやく到着した新一は“似てる、似てる”と騒ぐ彼女たちに、声をかける。

その言葉にランやカズハはそれもそうだと思い、急いで青年を目立たない場所へと動かした。

 

ギャラリーの人々も忙しいのかちらほらと散り始めていた。

新一はそんな人々を横目で見ながらコートをしっかりと羽織なおす。

随分と気温が低く、呼吸するたびに白い息が上がった。

 

「ここなら道路の端だからいいよね・・・。」

「なぁ、ラン。ちょっとそいつ見せて。」

「え?うん。」

 

新一が他人に興味を持つなんて珍しい。そう思いながらランは場所を新一に譲る。

ヘイジは新一が男の顔を見やすいように、少しだけ体の角度を変えた。

くせっけのある髪の毛に青ざめた顔、確かに少し自分に似た顔立ちだ。

それでも、まだ彼の方が活き活きとしている感じがするのは気のせいではないはず。

これが外界の人間の顔か・・・・新一はのんきにそんな事を想っていた。

 

「どや、似とるやろ。工藤。」

「まぁな。それより、こいつ“あれ”なんじゃねぇ?」

「あれって?」

「だから・・・まぁ、やってみりゃ分かるか。」

 

新一は説明は面倒だと片膝を地面につき、グッとその男に顔を近づける。

その間ヘイジとカズハ、そしてランは彼が何をするのかと黙って見守っていた。

 

新一は再度、彼の顔をよく見る。

間近で見ると、とても整った顔をしているのがよく分かった。

そして、吸い込まれるように彼の唇に自分の唇を重ねる。

長い髪の毛が、その瞬間吹いた突風に舞った。

 

「し、新一!?」

「何してんねん。」

「工藤君、相手、・・・お、男なんよ。」

 

それでも新一が唇を離すことはない。

いや、正確には離せなかった。

 

 

こいつ、やっぱり・・・・

 

 

新一は体中の生気が抜かれていくのを感じた。

十数年分の栄養を満たすように、その男は遠慮なしに吸い取っていく。

そして、数十秒後、ようやく満足したのか男は吸収することを止めた。

 

「・・つっ・・・はぁ。」

 

口元の唾液を拭き取って、新一は疲れたようにその場にしゃがみ込む。

長い髪が邪魔して、周囲には今の行為は見えていなかったらしい。

だが、近くにいた3人にはばっちりと何をしているのか分かって、

信じられないような顔つきで新一を見ていた。

 

「こいつ、黒羽だ。」

 

新一は前髪を掻き上げて、ぼさぼさになった後ろ髪を束ねると、

辛そうに息を吐き出しながら3人に告げる。

 

一瞬、ヘイジ達は鳩が豆鉄砲を喰らったような表情となったが、

気を取り直して、先程の行為についての疑問をぶつけた。

 

「そやかて、なんで口移しなんや?」

「体同士が触れれば生気を渡せるでしょ。」

「え?だって父様が、“言霊使い”は護神には口と口で生気を渡せって。」

 

何かおかしいことしたのか?新一は不思議そうに彼らの顔を見た。

そう、新一にとっては口と口で生気を渡そうが、

手を繋いで生気を渡そうが同じようなことなのだ。

 

「お二人の教育がどんなものだったか不安になってきたわ。」

「私もや、ランちゃん。」

村の者達よりも頻繁に会っていたが、それでも週末の休みくらいのものだった。

だからこそ、3人は新一について知らないこともいくつかある。

だけど、そんなことを今まで気にとめたことなど無かった。

 

“今の新一の行動から察するとこれからは誰かがきちんと見守る必要があるわね(な)。”

 

立ち上がった新一に3人はそんな思いで眼差を向けた。

 

 

 

 

 

「それより、こいつ家までどうやって運ぶんだ。」

「そやなぁ〜。あんまり最初から関わりをもつんも、的策とは思えんし。」

 

ヘイジは口元に手を添えて少し考える仕草をすると、

困ったように後ろにいるカズハやランに視線を向ける。

 

「カズハちゃんの式神、白夜にお願いしたら?あの子、憑依もできたわよね。」

「まぁ、それが妥当やろね。分かったわ。」

 

カズハはそう言って、手を軽く顔の前まで上げると、小刻みに手を動かした。

そして、小さな声で自分の“式”の名を呼ぶ。

その声によって空間に若干のゆがみが生じ、式の世界と現世が繋がるのだ。

 

『お久しぶり。ご主人様。』

フヨフヨと白い尾に黒い体をした猫がカズハの眼前に浮いていた。

だが、一般の人々にはその姿は見えない。

“白夜”と名付けられたこの式は、今は小さな羽を持ち、

一見大人しそうにも見えるが真の姿はまた別格である。

式は従来、異世界での力の消耗を防ぐため、必要最低限小さな体つきになるのだ。

 

「白夜、さっそく頼み事したいんやけど。」

『この人に憑依するんだよね。』

「ようわかっとるやないの。」

『いつも“看て”いるから。』

白夜は小さな手でひげの辺りを掻くと、小さくニャーと鳴いた。

それが彼の照れ隠しであることを知っているカズハは頭をそっと撫でる。

彼は気持ちよさそうに再び、ひとなきして、

倒れ込む黒羽の傍に近寄ると口元にクンクンと鼻を寄せた。

 

「どうだ。入れそうか?」

『彼の体には2体の式がいるけど・・・たぶん大丈夫。』

 

新一の問いかけに白夜は軽く首を捻ると、体を透明化させ、

随分と血色の良くなった顔つきを暫く見つめて、一気に体内へと入り込む。

この瞬間、通常の式使いならば、一気に拒絶反応を起こすのだが、

まだ“式”が目覚めていないのか、白夜は見事、黒羽への憑依を成功させた。

 

しばらくして立ち上がった黒羽・・いや白夜は軽く手を握りしめたりなどして、

体の感触を確かめる。

どうやら完全に憑依できたようだ。

 

「じゃあ、黒羽快斗として家に戻るな。」

「しゃべり方まで完璧なんだ。」

 

頭半分視線の高い彼を見上げて、新一は感心するように呟いた。

こうして白夜の憑依を見るのは実際初めてだったし、

ここまで完璧にできるとは思っていなかったから。

 

 

「この人間のことで分からないことはほとんどないよ。それが憑依ってモンだし。」

「白夜、分かったさかい、はよー行き。

 このまんまやったら、工藤君に失礼な口、聞きそうで怖いわ。

 もちろん工藤君は気にせんやろうけど、式神の世界ではいろいろと問題になるんよ。」

 

「うっ、じゃあ、また。」

図星を突かれた白夜は慌てたように、走り出した。

 

 

式神にしては幼い(といっても100歳は越えている)白夜はどうも礼儀面がかける。

それが、カズハが彼を心配する点だった。

式神の世界がどうなっているのかは詳しくは知らないが、とにかく礼儀作法には

とことんこだわるということは、父親からも厳しく何度も教えられてきたこと。

 

カズハは心配げに彼の背中を見送ると、クルリと振り返ってランを見る。

そしてにっこりと微笑んだ。

 

「次、どうするん?」

「カズハちゃん、無理しなくて良いのよ。心配ならそう顔に出しても。」

「ええから、私がそうしたいんよ。動いてないと心配で頭がパニックになるさかい。」

 

「そう?それなら、さっそく博士の家に行きましょう。」

「博士?」

「そっか、カズハちゃんは知らないんだよね。ちょっとした親戚だよ。」

“あってからのお楽しみだね。”ランはそう付け加えて、歩き始める。

それにヘイジとカズハは顔を見合わせて首を傾げた。

博士・・・などと言う存在を耳にしたのは初めてだったから、そういう反応も無理はない。

ヘイジは“誰や?”と新一に聞こうと振り返ったが、

彼の表情は答える気はないとありありと提示していたのでその言葉を飲み込んだ。

昔から、めんどくさがりな彼のこと、会えば分かる人物を紹介したいとは思わないのだろう

 

ヘイジはしょうがなく、会うまでの楽しみと納得して足を進めるのだった。