黒羽快斗を拾った?場所から歩いて数十分。 閑静な住宅地を進んで、たどり着いたデザイナー建築の建物。 それがお目当ての人物、“博士”こと“阿笠”の家だった。 彼は従来、村に住んでいたのだが、 優作の計らいで研究のために上京したとランは聞いている。 東京についたらまそこに行きなさいと、父から言われたのだ。 だからランは面識がないのだが、もちろん新一は彼と数回接触を持っているらしい。 そして、彼の数少ない慕う人間でもあるとか・・・。 ―あかつき― ランは様々な期待と不安を胸に、ベルを押した。 リンゴーンっと特殊な音が家の奥で響くのが聞こえる。 しばらくして軽い足取りが近づいてきた。 「どちら様?」 出てきたのは自分たちと同じ年の女性。 セミロングの赤みがかった茶色の軽くウエーブのかかった髪に、綺麗な茶色の瞳。 そして、シンプルな水色のシャツとベージュのパンツに大きめの白衣を着ていた。 「貴方が・・博士?」 「博士に用事ね。呼んでくるから待って貰える?」 女性はそう言って扉を開けたまま、家の中へとまた戻っていった。 しばらくして小太りの初老の男性が顔を出す。 彼もまた、彼女と同様に少し黄ばんでいるものの、白衣を着ていた。 「おお、新一、久しぶりじゃの。君のお父さんから話は聞いているよ。」 博士は新一を視界に止めると嬉しそうに彼の手を握る。 新一もまた嬉しそうに軽く会釈した。 「さあさあ、皆さん。狭い家だけど入っておくれ。」 「お邪魔します。」 中に入ると、リビングルームには湯気を立てた紅茶が人数分並べられていた。 先程の女性が準備してくれたのだろう。 「彼女は宮野志保君と言って、親戚の子どもでね。 研究者として助手を務めてくれているんだ。」 「初めまして。」 志保と呼ばれた女性は軽く頭を下げると、すぐに奥の部屋に消えていった。 人見知りが激しいんじゃよ。博士は苦笑しながら言った。 「しかし、志保君が家に早く帰ってきたと思ったら、今度は新一が来る。 今日は驚かされる日じゃなぁ〜。」 「宮野さんも高校生なんですか?」 「ああ、君たちと同じ年だ。今日は早退してきて、まぁ、時々あるんじゃが。」 博士は少なくなった頭を掻きながら、少し困ったように奥の部屋を見つめる。 「まぁ、難しい年頃やからな。いろいろあるんやろ。」 「ヘイジ、あんたおっさんくさいで。それ。」 阿笠は2人のやり取りを目の当たりにしてまるでサンタのような笑い声をあげた。 優作から彼らの話を一通り聞いていて、 その話し通りの彼らが本当に愉快でたまらなかったのだ。 彼らなら、志保君ともうまくいくかもしれんのぉ。 笑いながら、博士は再び自室にこもった志保のことを考えた。 ここに引き取られた当初は、まったく口も聞かない、閉ざされた子ども。 だけど、その言葉や行動はひどく大人びていて、 彼女を取り巻く雰囲気は氷のように冷たくナイフのように鋭かった。 そんな彼女も高校に上がり、数名の友人ができた。 それでも、まだ心を開放してくれない彼女。 今回は、もちろん旧友の子ども達の来訪が楽しみであったのだが、 それ以上に、あの村で育った彼らが志保を変えてくれるという期待もあるのだ。 「博士。ところで隣の家は使えるんだよな?」 「ああ、ばっちり掃除してあるぞ。元は優作君の家だし、きちんと管理していたから。」 思考に没頭していた博士は、すこし慌てたように顔を上げると、 新一の問いかけに胸を叩いて自慢げに告げる。 優作は若かった頃一度だけ先代の爺様に1年ほど暇をいただけた。 社会学習の一環だったらしく、その時に生活の場が必要だろうと立てたのが隣の家。 金がどこから出るのかは、優作も知り得ない範囲だったが・・・。 とにかく、数十年、 優作が家を出てからあの家は近所では有名なお化け屋敷と化している。 「良かった。それじゃあ、オレ達は明日からあそこで暮らすから。」 「困ったことがあったらなんでも言ってくれ。これでも君たちの村の端くれじゃし。」 「じゃあ、早速だけどこの髪を隠してくれ。」 新一の言葉に、博士以外の3人は呆気にとられたような表情となる。 確かに男でこの髪の長さでは、目立ってしまうだろうが、 切ることは工藤家では許されていない。 なぜなら元来、髪は生気を溜める場所と言われていて、 切ってしまったら異常な力が飛び散るとも言い伝えられているからだ。 だが、隠す・・・とは。 「新一はわしの話を殆どしていないようじゃな。」 驚いた顔の三人にやれやれと博士はため息をもらす。 「暇がなかったんだよ。」 「まぁ、いい。わしはタヌキの式を持っておってな。 もちろん憑依式じゃが、人の一部分を変化させることができるんじゃ。」 「ちょ、阿笠のじーさん。嬢ちゃんが聞いるんとちゃうか?」 音量の大きい声に、ヘイジは焦って声をかけるが心配ないと博士は首を横に振った。 「彼女は研究中、集中して寝るのも食事も忘れてしまうほどなんじゃよ。」 「とにかく、髪の毛・・・隠してくれるか?どうも人の視線が多くってさ。」 長い髪の男ってそんなに珍しいんだな。と新一はぼそりと言葉を漏らす。 だが、他の者達はそれ以外の原因を知っていた。 まぁ、あえて口に出すことはしないが・・・・・。(しても無駄というのが正論) 博士は新一に近寄って、スイッと髪の毛を持ち上げた。 そして聞き取れないほどの小さな声で言葉を紡ぐ。 柔らかい光が、彼の髪を包み込み、次の瞬間にはヘイジと同じ長さの髪になっていた。 「これでいいじゃろ。」 「ありがと。それじゃあ、研究の邪魔しちゃ悪いし、行こうぜ。」 「ありがとうございました。」 「おじゃましました。」 「またくるで〜。」 それぞれの言葉を残して去っていく4人を博士は笑顔で見送った。 「これから騒がしくなりそうじゃの。」 博士はそっと窓越しに夕焼け空を見上げる。 明日も良い天気になりそうだ。 「大きな家やねぇ〜。」 「ほんと、さすがは創始様のお家よね。」 鉄の頑丈な門を開けると、石畳の小道が玄関まで続いていた。 綺麗に切りそろえられた芝生は青々と茂り、昨日の雨を葉に留めている。 夕焼けに照らされない部分は暗い影を落とし、邸宅の趣を感じさせる。 そして、窓にはツタがはびこっているところもあって、相当な時間の経過を思わせた。 「カギ付きの個室は4つ十分あるし、安心して暮らせる環境って 父さんが言ってたけど。 まんざらでも無さそうだな。」 玄関を開けて、新一は鞄から3つ、キーホルダーについた銀色のカギを取り出す。 そしてそれを各自に手渡すと、玄関から続く廊下を抜けて、大広間のカーテンを開けた。 その瞬間、待ちわびたかのような光が部屋を包み込み、内部の様子をしっかりと提示する。壁に掛かった風景画、いかにも高そうな青磁。 「なんや、お姫様になった気分や。」 「ほんまカズハには似合わん言葉やな、それ。」 「ヘイジには言われとうないっ。」 「当たり前や、俺は女とちゃうんさかい。似合ったら逆に恐ろしいで。」 「はいはい。日が暮れる前に買い物に行かないと今夜はカップ麺よ。」 始まった討論の仲裁をランが行う。それは本当に自然な仕草。 だけれど、新一はその光景をひどく遠くに感じた。 自分があの本家にいる長い時間に、3人は太陽の下でこうしていたのだろうか。 「新一?」 「買い物、俺が言ってくるよ。」 財布をとりだして外に向かう彼を、ランは慌てて追いかける。 又、哀しい顔をしていた。 時々4人でいるとき、新一はひどく自分たちと距離を取りたがる。 おそらく本人としては無自覚なのだろうけれど。 ねぇ、新一。貴方は気づいてる? 貴方が私たちから遠いところにいるんじゃなくて、 貴方が私たちから離れようとしていることに。 隣に並んで、歩きながらランは前を見据えて歩く新一の横顔を盗み見た。 一匹のシャム猫が新一の前を通り過ぎる。 そしてピタリと足を止めた。 シャム猫は前足を舐めると、 顔を洗うような仕草をして毛並みを整えてから2人を見上げる。 『白夜殿から伝言を承った。くろ、ん?黒山?いや、黒崎?』 「黒羽だろ?」 『コホン、失礼。その黒部を無事に家に送り届けたそうだ。』 「そっか。報告、ありがとな。」 最後まで名前を間違える猫を気にすることなく、新一は軽く礼を言う。 するとシャム猫は気取った雰囲気でこの位おやすいご用だと短く一鳴きした。 「そうだ、シャム猫。」 『私の名はリッキンデン=ピュートル。』 「ああ、じゃあリッキンデンさん。ここから近いスーパーって分かるか?」 『スーパー?あの食料庫か?それならばこの通りをまっすぐ行って、大通りに出る。 そうしたら、右に曲がって、最初の角を左に行けばすぐだ。 まぁ、猫の通り道を行けばもう少し早くなるが・・・。』 「その道で結構だよ。ありがとう。呼び止めて悪かったな。」 ピョンっと塀を駆け上るシャム猫と別れて、新一は再び歩き出した。 考えてみればスーパーの場所を聞いていなかったのだ。 「ねぇ、新一。猫さんとは何を話してたの?」 「リッキンデン。」 「え?」 「あの猫の名前だよ。」 クスクスと笑う新一に、ランは首を傾げる。 新一は言霊の力でどんな生き物とも会話が可能だが、ランはそう言うわけにはいかない。 だからこそ、新一が生き物と会話をするのは実に興味深いのだ。 「白夜が成功したって。」 「よかった、黒羽君、無事に家に帰れたのね。」 「明日は、会うんだろうな。直々に。」 「そうね。クラスメイトとして。」 さて、どうやって話を切り出すべきなのか。 明日のことを考えると少しだけ緊張を感じた。 [子刻の章終了] あとがき 投票結果は女性だったので、次回から学校では女で。 まぁ、どうしてそう言うことになったかは、次回をお楽しみに。 |