−あかつき− 家に戻って、夕食を終えた後、 明日は早いからと自室に戻った新一はクローゼットに届いているはずの荷物を確認した。 細かい物は自分で持ってきたが、コートやかさばる物、 それに制服などはこちらで阿笠が準備してクローゼットに入れたと聞いている。 「・・・えっと、これが制服か。」 村にいた頃は、制服など着た試しもなかったので、 興味深そうに新一はそれを手にとって眺めた。 紺色のブレザーに深緑のネクタイが男子の制服だと聞いている。 「ん?」 包装された制服を取り出して新一は首を傾げた。 紺色のブレザー・・ここまでは聞いたとおりだ。 だが、入っているのは紅いリボン、そしてなぜかスカート。 「ランか遠山さんのと入れ間違ったのか?」 新一はその制服を持って、蘭達の部屋へ向かった。 ノックをすればカズハの声が返ってくる。 「工藤君、どうしたん?」 カズハは早々と制服に袖を通していた。 ならばランか、新一はそう思って部屋の奥へと視線を移す。 「あれ?」 「どうしたの、新一。」 「なんや、ランちゃんのかわいい制服姿に驚いて言葉もでらんとちゃう?」 「いや、そりゃ、2人とも似合ってるけど・・・。」 「「けど?」」 新一の困惑した表情に、ランとカズハは顔を見合わせた。 「いや、俺の制服が・・・。」 新一はそんな2人に制服を渡す。 2人はそれをまじまじと見て、そして同時に首を傾げた。 「何で?工藤君って男やろ?」 「まさか、新一。私たちを今まで騙していたとか!?本当は女だったとか。」 「んなわけあるかっ。たぶん手違いだと・・・。」 『いえいえ、それはありません。』 ランの部屋の奥から聞こえた声。 3人はその発信源に視線を移す。 見れば、そこには漆黒の羽を持つ、ヤタガラスが開いた窓のさんにとまっていた。 ヤタガラスは軽く羽を繕うと、パタパタとランの肩へと舞い降りる。 『黒羽快斗は会ったそうで。』 「ええ。ところで、さっきのはどういうこと?」 『ああ、新一様の制服の一件ですね。』 ヤタガラスは額にある3つめの瞳を動かして新一を見た。 『優作様からの伝達を伝え忘れていたのですよ。 長々と話すのは嫌いなので手短に話しますと女として過ごせとの事です。』 「手短すぎだ・・・。」 新一は額を抑えながら、ギロリとヤタガラスを睨み付ける。 昔から面倒事が嫌いなのは分かっているが・・・。 「・・・きちんと説明して。」 『これは失礼しました。つまり、新一様の言霊の能力を悪用しようとする輩がおりまして、 彼らから身を隠すために女となるようにとの事です。 最低でも、護神がつくまでの間はと、おっしゃっていましたよ。』 「どういうことなん?言霊の力を悪用するって。 だいいち、工藤君が言霊遣いであることをしる人間なんて限られてるんとちゃうん。」 『詳しいことは分かりませんが、新一様の力はそれだけ諸刃の剣なのです。 ご主人やカズハ様、ヘイジ様にも護衛を強化するようにと。』 ヤタガラスはそこまで告げると、 やっとお役ご免だとばかりにランの机の方に飛んで居眠りをはじめる。 まぁ、黒羽快斗を捜すために飛びまわったのだから疲れていてもしょうがないだろう。 「とにかく、新一。博士に頼んで今すぐ女にしてもらってきて。 途中でばれたらやっかいでしょ。」 「ちょっと待て。絶対これは父さんたちの嫌がらせだぞ。」 性別を変えただけで安全と安易に考える人ではないことを新一はよく知っている。 あれだけ反対していた母親が、潔く送り出したのも妙に気になっていたが。 「ごめんな、工藤。それ、わいが一枚噛んでるんや。」 「ヘイジ、あんたいつからおったん?」 後ろからのっそり現れたヘイジに新一は嫌な予感がしつつも先を話すように促した。 「工藤のおかんが、工藤の女子高生の姿を見れるンやったらええって言ってな・・。 わいは、記録係なんや。条件は週に1回女子高生姿の工藤を写真で送ること。 滞ったら強制的に連れ戻すそうや。」 「嘘だろ!!」 「工藤君、はよせんと、博士のおっちゃん寝てしまうで。」 カズハがそう言って、窓の外に見える阿笠邸を指し示す。 言われてみれば、博士の寝室らしきあたりの電気が消えていた。 「男だってばれたら恥ずかしいし。新一、今日中に女になっていたほうが良いと思うわよ。」 「休日は男でもOKらしいで。」 「それなら、身を隠すために性別を隠す意味なんてないんじゃないのか?」 新一の的を射た言葉に、ヘイジはウッと押し黙った。 だが、そこは手慣れた女2人。 上手く新一を説き伏せて隣へと向かわせる。 実際のところ、3人とも新一が女子高生に扮するのが楽しみでしょうがないのだ。 そして、そのあと戻ってきた新一の姿にヘイジが鼻血をふいて倒れ、 カズハからキツイ一発をくらったのは言うまでもない。 +++++++++++++++ 「ヘイジ、醤油とってくれへん?」 「醤油?目玉焼きには塩やろ。」 「おかしいんとちゃう?ランちゃん、目玉焼きは醤油よね?」 「う〜ん。私は塩胡椒だな・・・。」 「ほら、見てみい。普通、塩コショウなんや。」 新一は食卓の騒がしさに、どこか新鮮さを感じながら目玉焼きに醤油をかける。 今、彼らの議題がなんであれ、あくまでマイペースだ。 だがカズハは新一のそんな些細な行動も見逃さなかった。 「工藤君も醤油なん?」 「あ、ああ。」 「ほら、やっぱ醤油の人もおるんよ。」 「・・・てか、時間、やばくないのか?」 ごちそうさま、と茶碗をおいて新一は鞄を手に取る。 その言葉に3人が一斉に時計を見つめた。 時刻は7時20分。今日は、校長先生に挨拶するため7時30分までの登校だったはず。 「新一、なんでもっと早く言わないのよっ!!!」 「俺のせいか?とにかく走るぞ。」 「ちょ、待て。まだみそ汁が。」 「ヘイジ、アホ言ってへんでさっさとせんとあかん。」 それぞれ鞄を手に取り、上着を羽織り、 リボンやネクタイを締めると家を飛び出す。 道順は、昨日、阿笠に聞いていたのですぐに分かった。 走れば10分弱の道のりだと聞いているので、どうにか間に合うだろう。 「こういうときは、式を使いたくなるなぁ。」 「村じゃないんだから、無理よ、服部君。」 ようやく校舎が見えてきて、4人はほっと息を付いた。 早朝のグランドは大会が迫った陸上部がランニングを行っている。 それ以外には自主練習を行うサッカー部や野球部の姿も見えた。 だけれど、やはり時間が時間だけに学校はどこかがらんとしている。 4人は駆け足のまま、グランドを突っ切ると 来客専用と書かれた玄関から校舎へとはいる。 靴はここで脱いでいけばいいだろう。 玄関には窓口兼事務室があったが、職員はぐっすりと夢の中。 これで大丈夫なのか。この学校の管理は!? 新一はそう思いながらも、面倒な説明が不要になるからいいか、と 居眠り中の職員に頭を下げて来客用スリッパに足を通した。 「校長室は?」 「確か2階だったかな?」 「急ぐで。遅刻はあかん。」 正面の入り口に靴をおいて、4人は階段を駆け上った。 階段は綺麗に掃除され、掲示板に様々なクラブ紹介のプリントが掲示されている。 その日付が半年も前だったのがちょっと気になる点であるが、 もちろん新一達の視界にそんなものは映っていない。 職員室の奥に校長室と銘打った部屋はあった。 綺麗に身なりを整えると、新一が代表してノックする。 “どうぞ。”女の人の声が聞こえた。 「ギリギリセーフね。」 もう60近くの老婦がニコニコと時計を見ながら微笑んだ。 彼女がこの学校の校長であるのだろう。 女性というのも珍しいが、なんとなくそれらしい貫禄はあると新一は思った。 「えっと、服部平次君に、あとは女性だったわよね。 遠山和葉さんに、毛利蘭さん・・あと工藤・・・新(あらた)さん? 皆さんいいお名前ね。」 机におかれた4人の書類。 基本的に名前には漢字を用いない式神使いなのだが、 そこにはきちんと漢字で名が刻んであった。 そして、新一の場所は“一”の字を慌てて消したような跡がある。 「毛利さんと遠山さんが1年B組。服部君と工藤さんは1年C組よ。 もうすぐ担任の先生がいらっしゃるから。ここでしばらく待っていて頂戴ね。」 校長先生はそう言って、部屋をあとにした。 それと入れ替わるようにして、2人の若い先生が部屋へと入ってくる。 1人はジャージを着た体育系の先生、1人は白衣を着ているので理科系だろうか。 「1年C組担任。沖原です。」 「1年B組、安田です。」 白衣の男が安田、そしてジャージの男が沖原らしい。 平次は体育系なので、その先生に“よっしゃ”と呟いたが、 新一にとってはどう見ても、熱血先生にしか見えず軽くため息を付く。 まぁ、もちろん彼らに感づかれないようにだが。 「いやぁ、うちのクラスには美形が集まるなぁ。」 和葉や蘭と別れて、教室に向かう途中、沖原は腕組みしながら呟いた。 それに新一と平次は何とも言えない笑みを浮かべる。 「先生は、部活のこもんしてるん?」 「ああ。剣道部だ。」 「剣道!?わいの好きなスポーツや。」 「そうか?じゃあ是非入部してくれ。メンバーが少なくて困ってたんだ。」 「熱いな・・・。」 平次と沖原はどうやらタイプが同じらしく、剣道について熱く語りはじめる。 新一はそんな2人を見ながら、少し疲れつつも、 まぁ、服部が楽しそうだから良いかと気持ちを立て直すのだった。 ガラガラと扉が開いて、彼らは入ってきた。 嵐の到来ね。 紅子はそっと隣で居眠りする快斗を盗み見る。 クラスは日頃から想像もつかないほどの静けさに包まれていた。 理由は簡単。目の前に現れた新しいクラスメイトの容姿に見とれているだけ。 「すっごい美人じゃねぇ?」 「いい目の保養だよな。それに比べておまえらは・・。」 「何よっ。それはこっちのセリフ。」 「そうそう。いかにもスポーツ系だし。あんたら貧弱男とは比べ物にもならないわ。」 小声で繰り返される会話。 単純だわ。と紅子は思う。 彼らの美貌の裏に隠れる何かをクラスメイトは微塵も気づいてはいない。 「紅子、嬉しそうね。」 志保は読みかけの本を机に置いて後ろの席の紅子を振り返った。 「ちょっと、興味があるのよ。特に女性の方。彼女は重大な何かを持っているわ。」 「そう。興味・・・私には感じないけど。」 志保はそう言って、再び読書をはじめた。 隣に越してきた人が同じ学校に来ただけ。 ただそれだけのことだ。 2人はそれぞれ席に着いた。 どこの席に着くかは担任の指示ですんなりと決まる。 どうやら、クラスメイトにとって彼らは高嶺の花らしく、 気安く“隣に!!”などとは言えなかったよう。 服部と紹介された男は廊下側、白馬や青子の席の近く。 そして工藤と紹介された生徒は快斗の前の席、つまり志保の隣に座った。 「よろしく、工藤さん。」 「あ、あれ?確か。」 「宮野よ。やっぱり女性だったのね。昨日は分からなかったわ。」 志保はそう言って、読んでいた本を手渡した。 新一は何の本だろうといった感じで首を傾げ、タイトルを確認する。 その仕草に、周りの生徒が数名が惚けたようなため息をついた。 「博士から。ミステリー、好きなんでしょ。 貴方も私と同じで、授業をまともに受けるようには見えないから。」 「わりぃ。サンキュっ。」 渡された本は昨日発売された、左文字シリーズ。 ずっと山の中で暮らしていた新一にとってはありがたい一冊だ。 新一はさっそく朝のHRが始まったのにもかかわらず、その本を読み始める。 志保はそんな子どものように目を輝かせながら本を読む新一を見て、 クスリと微笑むのだった。 あとがき 学校生活スタートです。 |