扉を開いた彼女の表情は

 

扉を開いた彼女の表情は

驚き半分、呆れ半分といった感じの表情だった。

 

―あかつき―

 

 

「わざわざ、ありがとう。」

「どうして来なかったんだ?」

「他人との食事は苦手なのよ。」

 

志保は新一が持ってきた小鍋をテーブルに置き

席を勧めると、キッチンにお湯を沸かしに向かった。

 

“コーヒーでいいわよね?”カップを用意しながら彼女が振り返る。

新一はそれに軽く頷いて、ドッサっとモノトーン調のソファーに身を埋めた。

 

のんびりと周りを眺めると、博士の研究道具が一部分に固めて置いてあり、

壁には志保の趣味らしき絵画が置かれている。

ガラス張りの横長な戸棚の上には一輪挿しに水仙の花が生けてあった。

 

シックな部屋だなと思いつつも、新一は以前にここを訪れたことを思い返す。

あのころはまだ小さくて、この部屋もとても大きく感じたけど。

隣には父親がいて博士と談笑していた。

 

あのときもコーヒー。

もちろんブラックの濃い味の。

小さいときからそんなものばかり飲んでいたら身長が伸びないと

博士が呆れて笑っていた気がする。

彼の忠告通り、新一の身長は若干、平均よりも小さめだ。

といっても、平均から1,2pほどしか変わらないので気にも留めていないが。

 

眺める場所もなくなって、新一はふとテーブルに視線をもどした。

そこには置かれた小さな鍋で柔らかくなった野菜やお肉からふんわりと湯気を立てている。

冷めないだろうかと心配していたら、タイミング良く志保がコーヒーを持って現れる。

そして、彼女は慣れた手つきでそれを新一の前に並べた。

 

濃いブラックコーヒーとまではいかないものの、

上品なかおりが落ち着いた気分にさせる。

 

「これ、あとでいただくわ。」

「ありがとな、コーヒー。」

「ええ。インスタントだけれどね。」

 

わざわざそう付け加える素直でない彼女の態度に

新一は思わず苦笑を漏らす。

それに志保は不機嫌そうに眉をひそめた。

 

 

 

鍋の中身をタッパーに移して冷蔵庫に収め、

鍋もきれいに洗ってしまうとようやく落ち着いて席に座る。

そして少し冷めたコーヒーを口に含むとフウーと軽くため息をついた。

 

「で?何のご用でこっちに?」

「は?」

「とぼけないで。何か話があったから来たんじゃないの?」

 

射抜くような視線を向けてくる志保に新一はクスッと笑う。

本当にただ料理を持ってきただけだったと言えば彼女はどんな顔をするのだろうか。

だけれど、これ以上志保の機嫌を悪化させるのも的策ではないと思い

新一はとりあえず当たり障りのない質問をすることにした。

 

 

「黒羽ってどんな奴?」

「予想通りの質問ね。」

「そうか?」

 

「ええ。」と言いながら志保は前髪を掻き上げる。

その動作とともに、ふんわりと香るシャンプーの匂い。

こういうところは女らしいかも知れないと新一は失礼なことをふと思った。

 

「黒羽快斗は私もよく知らないわ。だけど・・・

そうだわ、ねぇ、貴方、推理が得意だって言ったわよね。」

 

「あ、いや得意って言うより、好きかな。」

 

「じゃあ、これをあげるわ。KIDって知ってる?」

 

KID?」

 

呟くようにそう反復し形のいい眉を歪ませる新一に志保は呆れたような表情になる。

今の時代にKIDを知らない人間など皆無と言っていいほどなのだから。

 

「いったい、どんな所に住んでたのよ。」

 

テレビもないの?

 

「いいだろ。とにかくそれがその泥棒の予告状なのか。」

 

 

新一は白い紙切れを受け取って一瞥すると、視線を志保へ再び戻す。

 

 

「ええ。暗号めいているけれど、これが解けるかしら?

 ちなみに2日前からクラスメイトで探偵の白馬君ががんばっているけど、

 未だに解読不可。どう、挑戦してみない?」

 

「それと、黒羽の話がどう関係あるんだよ。」

 

「さぁ。とにかく、そろそろ戻ったら。

いつまでも女性の部屋にいるのは適切じゃなくて?」

 

「あ、そうか。」

 

志保の指摘に慌てたように鍋を持って席を立つ新一。

その顔はどこかばつが悪そうで、志保は思わず苦笑してしまう。

 

ドアを開けながら律儀に“コーヒーありがと。インスタントでもうまかかった”と

付け加える仕草にも好感が持てた。

 

「あれで男とばれていないつもりなのかしら。」

 

閉じたドアを見つめたまま、志保は傍の壁に背中を預けて目を瞑る。

彼が男だと言うことははじめから分かっていたが、本当に何をするつもりなのだろう。

じっくりと思考を巡らしてもその答えは出ない。

 

だけれど、彼がKIDという孤独な夜の徘徊者を救ってくれると思うのは確信。

 

「はやく気がついて。工藤君。そして黒羽君を救ってあげて。」

 

志保の悲痛な呟きは、シンと静まった室内に溶け込んでいくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

持ち帰った暗号に頭を捻らせる。

もちろん同じように推理小説を読みあさった平次も隣で唸っていた。

すっかりおもちゃを見つけたように夢中になる男2人に女2人は呆れて就寝。

“明日は遅刻できないんだよ”という忠告ももはや耳には届いていまい。

 

「しかしレトロな怪盗がおるんやなぁ。未だに。」

「ああ。こっちでは一般常識らしいから知らないと変な目で見られるってよ。」

「ほんまか?そりゃ、先にこっちの常識っちゅうもんを手に入れとかなあかんな。」

 

コツコツと2人が会話を進めるときも休み無く時間は過ぎていく。

暗号を考えるのは好きだが、如何せん、今日は1日動きどおしで頭が重い。

それは平次もまた同じだった。

 

「わい、そろそろ寝るわ。」

「ああ。」

 

平次はそう言うと大きな欠伸をして立ち上がる。

そして“おやすみ”と告げるとトコトコと階段を上がっていった。

 

 

 

村を出て2日目の夜。

まだ2日かと・・・新一は思う。

全てがめまぐるしく動いていて、時間の感覚がまだついて行けていなかった。

村に戻りたいとは思わない。

だけど、小説がのんびり読めるなら村の方が良いだろうか。

そんなことを考えて自嘲めいた笑みを漏らす。

あれほど村を出たがっていた自分が

こんなことを考えるなんて滑稽で溜まらないのだ。

 

KID・・・。」

 

予告日は明日の夜。

現場に行けないだろうか?

新一は窓から見える月を見上げてそう思った。

 

 

 

 

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