クリーム色に茶色のはいった特有な色彩のシャム猫は、

ちょこんと道の真ん中に座っていた。

決して車の多いとおりではないのだが、それでも数分に一台は車が通る。

まぁ、引かれることは無いだろうけど。

それでもその猫はまるで誰かを待っているように見えて、

2人の視線は自然とその、なんのへんてつもない猫に釘付けとなった。

 

 

―あかつき―

 

 

シャム猫の傍に紅葉がヒラヒラと落ちてきて、それは猫の頭に乗る。

「紅葉のかんざしみたいね。」と志保が呟いた瞬間

 

ピクンッ

 

先程まで倒れていた猫の耳がピンっとのびた。

猫は風とともに漂う何かを感じるように、坂の上を見つめ、目を細める。

 

快斗と志保も自然と視線がそちらへと動く。

気がつけば猫は既に坂の上へと走り出していた。

 

 

「あれって、工藤さん?」

猫が飛びついたさき、そこには今朝方知り合ったばかりのクラスメイト。

猫の待ち人は彼女だったのだろうか。

 

「黒羽君。あと、宮野さんじゃない。」

 

声をかけたのは蘭が先だった。

嬉しそうにほほえみながら坂を駆け下りる。

新一も猫を腕に抱きながらその後ろを付いていった。

 

「家、こっちなの?黒羽君。」

「当たらずも遠からずってとこかな。」

 

蘭の言葉に快斗は困ったような笑みを浮かべて志保をチラリと見る。

視線を向けられた志保はただ新一と猫を見つめていた。

 

「工藤さん。」

「ん?」

「その猫、貴方の飼い猫なの?」

 

志保は蘭の横を通り過ぎて未だ猫の顎を撫でている新一に近づく。

猫は気持ちよさそうに目を細めて喉を鳴らしていた。

だが志保が話しかけたことによりその手の動きが止まったのに気を害したのか

シャム猫はもの言いたげに志保を見上げた。

 

「リッキンデン、そんな目で宮野さんを見るなよ。」

『撫でてくれれば、愛想良くします。』

 

「工藤さん?」

「あっ、ごめん。こいつはリッキンデンだよ。宮野さん。」

「リッキンデン?」

 

新一の口から聞かされた名前に志保は眉をひそめる。

随分と立派な名前だ、おまけにどうもこの猫にはその名はほど遠い気もした。

いわゆる、名前負けというやつだろう。

 

「それにこいつは、俺の猫じゃないんだ。なぁ、蘭。」

 

新一は続けてそう言うと、傍に立っていた蘭い同意を求める。

蘭は快斗と2,3会話をしていたために反応に遅れたが、

軽く頷くと新一の腕の中からリッキンデンを持ち上げた。

 

「え、ええ。道を教えてもらったのよね。」

「道を?頭のいい猫なんだね。」

 

快斗はそう言ってシャム猫の顔をのぞき込む。

目は大きくきりりとしていて、人間で言えば色男、そんな感じだ。

 

「どこの猫かは分からないけど、まぁ、新を気に入ってるのは確かね。」

「物好きだからな。こいつ。」

 

気がつけば快斗のすぐ隣に新一の顔があった。

彼もまたリッキンデンを快斗と同じ体制でのぞき込んでいるのだ。

少しでも動けば、肌が触れ合ってしまいそうなほどの距離。

快斗は柄にもなく心拍数が上がったのを感じた。

頬が紅潮するのはかろうじて鉄壁のポーカーフェイスで抑えているものの、

心臓の音が隣に立つ新一に聞こえないかどうか心配でたまらない。

 

「黒羽?」

「えっ。」

 

黙り込んだ快斗に新一が声をかけた。

気がつけば蘭も志保も不思議そうに快斗を見ている。

どうやらずいぶんその体制で固まっていたらしい。

新一はもうすでに離れた場所にいた。

その事にホッとするとともに、どこかで残念だとも感じて・・・

快斗はますます自分の気持ちの変化に混乱する。

 

「よっぽどリッキンデンが気に入ったんだな。」

 

新一はそう言ってクスクスと笑った。

快斗もそれに“そうかも”と愛想笑いを返す。

そんな2人を蘭は暫く考え込んだように見つめた。

いつのまにか手の中にいたリッキンデンは

足下でつまらなそうに人間達の会話を聞いていた。

 

「ねぇ、黒羽君。」

「ん?」

「今日、夕食を一緒にどう?」

 

蘭の言葉に快斗はポカンと気の抜けた表情になる。

いったいどこがどうなれば、そんな話になるのだろうか。

 

「あっ、突然ごめんね。そうだなぁ、どこから話せばいいかな?

 えっと、服部君と遠山さんは知ってるわよね。」

 

蘭の言葉に快斗が頷くのを確認して彼女は話を続ける。

 

「その2人と私たち、一緒に下宿してるのよ。

 下宿って言っても私たちだけだし食事とかの家事は当番制。

 それで今夜は鍋に決まったんだけど、鍋って大勢のほうが楽しいじゃない。

 大人はいないし、私たちだけだからもしよかったらと思って。

 博士達は誘うつもりだったんだけど。」

 

「あら、初耳ね。」

 

「さっき、電話で博士には確認とったの。宮野さんも一緒にって。」

 

蘭は少しすまなさそうにそう付け足すと、快斗を見据える。

快斗はそれに対して、困ったようにこめかみのあたりを掻いた。

 

「今日から家の人間は旅行に行くんだけど・・・。」

「じゃあ、ちょうどいいじゃないっ。ねっ、一緒に夕飯食べましょうよ。」

 

パチンと手を叩いて喜ぶ彼女に、快斗は断るタイミングを失ってしまう。

確かに今日の夕飯はどうしようかと迷っていたのは事実だ。

だけど、そう言う日は決まって隣のお節介な幼なじみが料理を持ってくる。

それを野暮にしてしまうのは、さすがの快斗も避けたかった。

 

新一は喜ぶ蘭を視界の端にいれながら、快斗に気づかれない程度視線を移す。

初めてあったときから彼が表情を隠すのを得意とすることは分かっていた。

そして、今、彼がどうしようもなく困っていることも。

 

「蘭。」

「新もそう思うわよね。」

「そうじゃなくて、黒羽、困ってるみたいだぞ。」

「「「え?」」」

 

新一の言葉に、その場にいた3人が思わず声を漏らした。

新一はそんな反応を気にすることなく、話を続ける。

 

「黒羽、中森さんと幼なじみなんだろ。

 蘭と俺も幼なじみだし、もし、俺が夕飯、1人だったら蘭はどうする?」

 

「そりゃ、ご飯でもつくりに・・・って、そっか。中森さんが来るのね。」

 

蘭は軽く頷きながら、“それならしょうがないね”と苦笑した。

だが、納得していないのは快斗と志保。

 

これでもポーカーフェイスには提唱のある快斗だ。

それは彼を良く知るものならば自他共に認めるほどの。

そんな鉄壁の仮面を目の前の人間はいとも容易く見抜いたのだ。

これで気にならないはずがない。

 

「工藤君。あなた探偵みたいね。」

 

志保は意味ありげな視線を新一へと向ける。

新一はそれに対して口元だけを少し動かして微笑した。

 

「推理小説が好きだって言っただろ。

だから、そういうことには目ざといんだ。

 観察力っていうのにもな。」

 

「それじゃあ、宮野さんはぜひ来てね。黒羽君もまた誘うから。」

 

蘭はそう言って、新一の手首を掴むと、時間を確認して慌てたように駆けだす。

リッキンデンもいつのまにかその場から消えていて、再びその場には2人、残された。

 

「おもしろくなりそうね。本当に。」

「志保ちゃん、楽しそうに言わないでくれる?」

 

クスクスと笑う志保に、快斗は疲れ切ったような視線を向けた。

 

 

 

+++++++++

 

 

 

午後7時過ぎ、平次達が帰ってきて全員揃うと夕食は開始される。

予定通り、趣のある土鍋でグツグツと野菜が煮られた。

スーパーで買ったニンジンに村から送ってきた白菜や椎茸。

もう、鍋には若干、遅い時期であったけれど、

村では鍋が年中食べられていたので違和感はない。

野菜が豊富に取れて、それを無駄なく、食べる方法。それが鍋だ。

加えて、山間部にあるためか夜の気温は夏場でも20度をきる。

このような条件が重なって、鍋は主食の米と同等の扱いなのだ。

 

「宮野さんも来れれば良かったのに。」

「どうも暖かみになれておらんのじゃよ。

 まぁ、これに懲りずに話しかけてやってくれんかね。」

「もちろんよ博士。」

 

蘭はそう言って微笑むと、牛肉を野菜の近くに入れる。

スーパーで3パック1000円の安物ではあったが、なかなかの味に全員満足していた。

 

 

「それはそうと、和葉ちゃん達、やることはすんだの?」

思い出したように蘭はそう言うと、ペットボトルから烏龍茶を注ぐ。

鍋の近くにあるためか、注がれたコップのまわりには水滴がたくさんついていた。

 

「それなんやけど、蘭ちゃん。どうも、見つからないんや。」

「見つけるって・・・ひょっとしてあの少女のことか?」

困ったような表情の和葉に新一は箸を置くと、視線を彼女へと向ける。

和葉はその問いかけにコクンと頷いた。

 

 

博士や平次は2人で談笑しているらしく、楽しそうに鍋をつつき合っている。

なるべくなら、博士にはかかわって欲しくないと思っていた新一は

小声で話すように和葉に促した。

 

 

「平次とな、学校中を見たんやけど。まったく気配がないんよ。

 これ以上悪さをする前にどうにかせなあかん。工藤君の力、吸われたんやし。」

「そうね。人にも危害が出るかも知れないわ。」

「とにかく、明日の放課後にでも捜査するか・・・。」

 

新一がそう言って口元に指を沿えていると、ドサッと肩に手が回される。

そして、ぷ〜んと鼻を突くアルコールの匂い。

呆れたように横を見ると、地黒で分かりにくいが、顔を真っ赤に染めた平次がいた。

 

「何、辛気くさいこと話してんねん。久々の外界での食事や。楽しまんと損やで。」

「服部、明日学校だぞ。」

「ええやん。わい、酒には強いしな。博士、ほれ、もう一杯。」

「ははは、すまんね。」

「もう、博士も年なんだから。服部君も薦めないの!!」

 

すっかりできあがった2人に和葉と蘭は大きくため息をもらす。

そんな光景を見ながら、新一はふと、窓の外へと視線を移した。

大きな窓の向こうに、ぼんやりと博士の自宅が見える。

そして、電気が一箇所だけついた部屋も。

 

確かあそこは食卓だよな。

 

平次の腕をふりほどいて、新一は窓辺へと近づいた。

1人で夕食を食べる宮野志保の姿がここからでも想像できて、人知れず苦笑する。

彼女を見ていると自分を見ている錯覚に陥るから。

 

「蘭、鍋を適当に見繕ってくれ。」

「え、ああ。宮野さんに?分かったわ。」

 

蘭がパタパタと台所に向かうのを見送って、

新一はフッと何とも言えない笑みを浮かべた。