一瞬、上腕を強く握られて、気がついたら輸送品の積まれたコンテナの

影へと身を滑り込ませていた。

 

新一がその身のこなしに驚いたように快斗を見れば

彼の視線はすでに近づいてくる足音へと向けられている。

その真剣な瞳の奥に蒼く、冷たい炎が垣間見えた気がして、新一は目を細める。

だけれど、今はそうのんびりと彼について観察している暇もなかった。

 

 

―あかつき―

 

 

さて、どうしようか。

 

新一は快斗に背中を預ける形で、快斗が気にかけている方向とは別方向へと視線を向ける。

コンテナの上には一匹のシャム猫。

 

『新一様、白夜です。』

 

リッキンデンの体に入ったのであろう白夜がニャーと短くなく。

これからどうすればいいかのかと、

指示を待つように彼はおとなしくコンテナに座っていた。

ピンとのびた髭が潮風に少しだけ揺れている。

 

“男達はどこに?”

 

声に出すことなく新一は視線だけで彼に尋ねた。

すると白夜はヒュッと隣の高いコンテナに飛び移る。

 

『10人ほど近寄ってきていますね。あとは、倉庫の入り口付近に。』

 

“倉庫のほうの始末を頼んでも良いか?記憶は曖昧にあとでするから。”

 

『本当ですか?では、久々に暴れさせていただきます。』

 

嬉しそうに前足を舐める白夜に新一は呆れた表情を浮かべた。

 

“殺すなよ。”

『新一様もお気をつけて。』

その言葉と同時に、リッキンデンが静かにその場に崩れ落ちる。

それは憑依していた白夜が抜け出たことを明示していた。

 

 

 

「工藤。」

「あ、わりぃ。」

 

小さな声で何度も呼んでいたのだろう、気がつけば呆れた快斗の顔が傍にあった。

 

「10人くらい来るみたいだな。」

「へぇ〜。工藤、気配だけじゃなくて人数までも分かるんだ。」

 

快斗は感心したように頷く。

それに新一も馬鹿にするなと口を尖らせた。

 

「それより、呼んだからにはそれなりの策が見つかったんだろう?」

「いや。とりあえず素手でいくしかないかな〜って。」

 

何とでも無いと言った雰囲気でほくそ笑む快斗に

新一は先程の言葉を返してやりたくなる。どうしてそんなに余裕なのだと。

だが、そんなことを言っても目の前の男は上手くはぐらかす気がして、

新一はその言葉を飲み込んだ。

 

「で、余裕の黒羽。銃はどうするんだ?」

「ノープロブレム。まぁ、任せとけ。」

 

少しだけ嫌みを含めて尋ねたけれど、

快斗は表情をゆがめるどころかさらに口元の笑みを深める。

その表情が一瞬、誰かの表情と重なった気がして新一は目を瞬かせた。

 

白い姿の・・・あれは?

 

「動くぜ。工藤。」

「あ、ああ。」

 

もう少しで合致するという瞬間、それは快斗の言葉によって遮られた。

 

 

 

 

男達の気配をたどりながら、コンテナに背中を這わせるように進む。

昼間の光を吸い込んだ鉄のかたまりは、異様な熱気を発していた。

 

「工藤。拳銃相手にするときのポイントって分かる?」

「無駄玉を使わせる・・とかか?」

 

新一は敢えて分からないような仕草を装って答える。

 

「まぁ、今回はそれが妥当かも。こっちに拳銃でもあれば話は別だけど。」

 

快斗はそう言って少しだけ新一のほうへ視線を向けた。

何か頼みたくて、でもそれを口に出すのを渋っているような表情。

まさに、振り返った快斗の表情はそれ。

 

新一は曖昧な態度をとる彼をもどかしく感じ、“何だよ”と視線で訴える。

 

「いや、お守り欲しいかなって。」

 

新一の視線を読みとった快斗は気恥ずかしそうに苦笑した。

 

「は?」

「銃を避けるために。」

「そんなこと言ったって、俺には何も・・・。」

 

困ったように眉をひそめる新一にスッと快斗の顔が近づく。

それに対して反射的に新一は体を後ろへと避けようした。

たが、コンテナの暑い固まりが背中に押し当たり、

さらにいつの間にか顔の横にあるのは快斗の腕。

 

完全に腕とコンテナに閉じこめられた。

そう気がついたときにはすでに、快斗の顔は吐息のかかるくらいの至近距離で

新一は思わず目を見開く。

 

 

そして・・・・一瞬触れるだけのキスを交わした。

 

 

快斗とのキスは初めてではない。

もちろん彼は知らないときにだが、2回は交わしているのだ。

それでも自分から仕掛けたのと、仕掛けられたキスは違う。

 

速鳴りする心臓の音。感じたことのない満足感。

 

その全てが新一の頭のなかをぐちゃぐちゃにかき乱した。

 

 

「ありがと。工藤はここで待っててね。危ないから。」

 

チュッと頬にキスをして、コンテナから飛び出す快斗に、

新一はようやく我に返って呼び止めようする。

 

「あの、馬鹿っ。」

 

だが新一の声も虚しく、快斗は既に男達の目の前に飛び出してしまっていた。

 

 

 

男達の悔しそうな罵声が聞こえる。

おそらく弾は一発も彼に着弾していないのだろう。

カシャーンと時たま聞こえるのは、弾を交換するときの音。

 

「すげー身のこなしだな。」

新一は快斗の動きをコンテナの影から観察してそう思った。

この状況なら、早々に弾も切れ、肉弾戦に持ち込める。

いくら拳銃を持っているとしても、

手の入りにくい弾がを無駄に使えるとは考えられないのだ。

 

 

 

 

「白夜は首尾良くやってるんだろうな。」

 

 

闇を切り裂くような銃弾の音を聞いていても新一の心は平生だった。

昔から危機感という大事な防御要素が欠落していると

両親に呆れられたことも多々ある。

だからこそ、彼らは護神捜しに躍起になったのだろう。

 

 

 

新一は夜空を見上げ、そっと目を閉じ、耳を閉じる。

まるでこの世の全てを遮断するかのように。

 

そして大きく深呼吸をし

 

「動くな」

 

と小さな声を発した。

 

 

「な・・・。」

「どうなってんだ!!」

 

新一の背後を取ったと確信して拳銃を向けようとしていた男達。

彼らの表情は困惑と恐怖に満ちている。

新一はコンテナの熱を背中に感じたまま、視線だけを彼らへと向けてクスッと笑った。

 

「どこの人間であっても表情は同じだな。」

 

「おい、女。オレ達に何をした。」

「う、動けねーじゃねーか。」

男達は体の至る部分を見つめて必死に脳から命令を発する。

だが、その意志を体が反映することはなかった。

 

ヨッと体をコンテナから起こして、新一は一歩一歩彼らへと歩み寄る。

コツコツと靴の音が響く。

 

 

「なぜ、動けないって?動くなって言ったから。動かないんだ。当たり前だろ?」

 

 

 

言葉と同時にスッと細い右手が伸び、1人の男の拳銃を掴む。

 

「じょ、女子高生に・・扱えるものじゃ。」

 

男は拳銃を興味深そうに眺める新一に忠告するが、

新一はその黒光りする小型の銃から視線を上げることはなかった。

それどころか、弾が入っているかを確認して、その拳銃を持った右手を2人に向ける。

 

「お、おまえ。何者だ。」

「どうしてそんなこと、教えてやらなきゃなんねーんだよ。」

 

自然と不機嫌になってしまうのは仕方がないと新一は思う。

この力を使うたびに言われたのだから。

 

 

何者?俺のほうこそ教えて欲しいってーの。

 

 

そして彼らは答えない自分を見て、憤然と言い放つのだ。

 

「「化け物!!」」と。

 

 

その言葉と同時に無意識のうちに指にクッと力が入り、銃口から弾が2発飛びだした。

それは彼らの顔すれすれの位置を突き抜ける。

パラッと額にかかっていた黒い髪を数本打ち抜く程度の距離。

だが、気絶させるには充分な行為だった。

 

 

拝借した拳銃を気絶した男達の元に放り投げる。

いつの間にか、快斗のいる場所で響いていた銃声も止んでいて、

聞こえるのはパトカーのサイレンのみ。

これだけ音をたてていたのだ。地域住民が通報しないはずもない。

新一はそう思いながら、湾岸を突き抜ける赤のランプを見やる。

赤い帯が緩やかな波線を描いていた。

 

 

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