「で、家の住所は?」

先に歩いていた快斗は公園ので口にさしかかるとふと振り返って尋ねた。

 

 

―あかつき―

 

 

「ああ。それなら公園まで迎えに来てくれるって。」

「迎えに?」

「まぁ、家に連れて行って貰えるとは限ねーけどな。」

 

そのままどっかの廃ビルかも。

なんて付け加えてクスクス笑う新一に快斗はあんぐりと口を開けた。

 

 

「何だよ、間抜けづらして。」

 

「こんな色男に間抜け面って言うのは、たぶん工藤だけです。」

 

「おまえナルシスト?」

 

「冗談だよ。なぁ、工藤。」

 

 

「ん〜。」

 

 

公園の入り口にある手すりに座って、足下に転がっている小石を蹴り、

靴の先で地面に小さな円を描いたりしている新一に快斗は尋ねる。

 

「工藤の自信はどこから来るんだ?」

「自信?」

「そ。危険って分かっていながら余裕に見えるし。」

 

 

「そうだな〜。おまえが居るから?」

 

地面を見つめていた顔が言葉と同時に快斗に向けられる。

そして、新一はイタズラを成功させた子供のようにはにかんだ。

 

 

 

「は?え?」

「バーロ。何、慌ててるんだよ。冗談だよ。冗談。」

「・・・・暇だからって人で遊ぶなよ。」

「わりぃ。わりぃ。おっ、来たみたいだぜ。」

 

ひょいっと座っていた手すりから飛び降りて、新一は道路の先を見つめる。

道路を走ってくるのは黒塗りのベンツ。窓はスモークされていて、中の様子は見えない。

日常ならばどんなことがあってもお近づきにはなりたくない車だ。

 

 

できればあの車じゃなきゃ良いのに。という快斗の願いも虚しく

徐々にスピードを落としてその車はちょうど2人の前に止まった。

 

 

「工藤様でいらっしゃいますね。」

運転席の扉がゆっくりと開き、30代半ばの男が出てくる。

きちんとグレーのスーツを着こなし、紺色の質の高いネクタイをしていた。

しっかりと磨かれた革靴は日差しを浴びて黒光りしている。

 

「はい。」

 

一歩、新一は前に出ると深々と頭を下げた。

 

「私が工藤ですが。迫田様はお会いになって下さるのでしょうか。」

「ええ。貴方様とぜひお話しをしたいそうです。それでは、車の方へ・・・。」

 

男はそう言うとチラリと新一の隣りにたつ快斗を一瞥する。

そして、思案するような趣で新一へと視線を戻した。

 

「彼は?」

 

「いとこの黒羽君です。実を言うと、今回の件は一緒に彼に手伝ってもらっていて。」

「ということは、スズ様とのご関係も?」

「ええ。そうですが。」

 

何か問題でも?と困惑している男に新一は挑戦的な笑みを向ける。

 

「いえ。では、黒羽様もご一緒にどうぞ。」

 

男は仏頂面のまま一礼すると、後部座席の扉を開けた。

革張りのシート、木目調の肘掛け、誇り一つ落ちていない座席下。

まるで、土足では乗ってはいけないような、車内に新一と快斗は顔を合わせる。

「遠慮なくどうぞ。」

躊躇している彼らの様子をどう受け取ったのか、

バックミラー越しに男は言った。

 

 

2人が車に乗り込むとすぐにそれは動き出した。

スピードは制限速度を少し上回っている程度。

こんな車だからこそ、目立つ行動は控えたいのだろうか。

新一はチラッとスピードメーターを見ながらそんなことを考える。

 

 

その時、ツンツンと腕をつつかれる感触に新一は隣を見た。

 

「なぁ、どういうこと。スズって。」

 

2人しか聞き取れないほどの音量で快斗はそっと耳打ちする。

スズの名前が出たことには彼自身、正直驚いていたのだ。

スズとは先日、ちょっとした争いをした幽霊のこと。

そして何より、今回の行動の発端となるべき人物でもある。

彼女は死してもなお、母親の形見である宝石に未練を残しているのだ。

 

 

 

「宝石を取り返すにはスズの親戚って言った方がいいかなって思って。」

「なるほど、それで俺もいとこって言ったんだ。」

「ああ。親戚関係なら呼ぶはずだろう。俺の妙案だ。」

 

ニッと得意げに口元を上げる新一に快斗は苦笑を漏らす。

確かに、こちらから付き添いさせてくださいと言うよりは効果的であろう。

 

「殺人なんて後ろめたさもあるしね。」

「そういうこと。口封じの人数を増やしてやったから、彼も気がきでは無いみたいだし。」

 

新一はそう言って無言で運転する男を一瞥した。

 

「口封じって・・・・なんかすっげー巻き込まれた気分。」

「勘違いするなよ。おまえが勝手に巻き込まれたんだ。」

 

さも心外だとばかりに睨み付ける新一に対して“美人はどんな表情もきまるよな〜”と

少しずれたことを考えながら快斗は苦笑を漏らす。

 

「分かってるよ。」

「とりあえず、普通の家に連れて行かれることを祈るのみだな。」

「だな。」

その言葉を最後に2人の会話も終わる。

新一は柔らかいシートに身を沈めて目を瞑り、

快斗は流れてゆく街並みを車窓からぼんやりと眺めるのだった。

 

車は大通りを時節信号に止まりながら、順調に進んでいく。

平日の夕方であるが、帰宅ラッシュにはまだ幾分早い時間であるため

渋滞に引っかかることはない。

 

 

ずいぶん乗ってるよな。車に。

 

 

快斗はそんなことを思いながら、胸元にしまい込んだアクアカラーの携帯電話を取り出す。

時刻の確認が携帯電話で行うようになってから日はまだ浅い。

だが、それでも人々は腕時計の存在を忘れてしまったかのように

何か暇があれば携帯を取り出すようになった。かく言う快斗もその1人。

 

「黒羽様。」

 

携帯を使いメールを打ち始めた快斗に男が声をかける。

 

「携帯電話のスイッチはお切り下さい。旦那様はペースメーカーをおつけですので。」

 

厳しい口調で男はピシャリと言いはなった。

快斗はその言葉にいぶかしげな表情になる。

 

 

本当は連絡を取られるのが不味いのではないか?

 

そう、一言文句を付けようと思ったが、新一が片手でそれを制した。

 

「黙って従っとけ。」

 

スッと細い腕が伸びてきて快斗の携帯電話のスイッチを切る。

そしてそれを少し乱暴に快斗のポケットへ突っ込んだ。

 

「鬱憤はいつでもはらせるだろ?」

「わりぃ。」

「まぁ、ペースメーカについては嘘だけどな。」

 

確信めいた新一の言葉に快斗は軽くため息をつく。

 

「やっぱり。」

「車に乗るときにあいつのポケットに携帯があったんだぜ。

 主人の側近にいるやつが、持ってるはずねーし。」

「てことは、ヤバイ展開になるんだろうな。この後。」

「ああ。港にも近づいてるし。」

 

新一はそう言って視線を使って車外を示す。

言われてみれば確かに倉庫の並んだ場所が近づいてきていた。

 

何ともベタな展開だろう。

 

二人して顔を見合わせ、ため息をついた瞬間、車も倉庫街へと右折した。

 

 

 

 

 

キッと車が止まったのは『E-16』と入り口に大きくかかれた倉庫。

見上げれば緑色の重厚な扉が堅く入り口を閉ざしている。

夕焼けによって湾は紅く染まり、カモメが優雅に空を舞っていた。

 

 

 

 

「あまり驚かないんですね。」

車から男がおりて、扉の前に立つ2人をおもしろく無さそうに見つめる。

こんな場所に連れてこられれば慌てるものだ。と男の目は訴えていた。

 

 

「予想圏内でしたので。」

 

新一はそう言って社交的な笑みを浮かべる。

その態度にさらに男の表情は険しくなった。

 

「全く喰えない方です。送りつけてきた資料も含めて。貴方はいったい何者なんですか?」

「答える必要など皆無に思えますけど?」

「まぁ、確かに。ここでお二人とも口に聞けぬ者になるのですから。」

 

男がパンパンと手を2回ならす。

 

 

 

まぁ、おきまりの鉄パイプを持った集団とかかな〜?

 

快斗は近寄ってくる気配を感じ取りながら、人数の多い方に視線を向けた。

そして、新一を守れるような立ち位置に動く。

 

 

「おい、黒羽。」

「多勢に無勢。背中を預けて戦った方が的作だと思うけど?」

「そうじゃなくて、そっちが人数、多いじゃねーか。」

 

聞こえるのは足音だけなのに、

新一はしっかりと今の状況を判断しているような口調でそう告げる。

 

「へぇ〜。気配とかよめるんだ。」

「武道をやってたからな。ナイトは不必要なんだよ。」

 

 

「まぁ、それでもたまには守られてみたら?オヒメサマ。」

 

 

 

快斗は冗談めいた微笑みを浮かべてそっと新一の手を取って口づける。

新一が思わず口づけされている手を凝視していると快斗の視線とぶつかって。

 

 

挑戦的な瞳が新一を射抜く。

 

ドクンと心臓が強く波打つ。

 

 

「く、黒羽?」

「騎士の誓い。俺が守るから。」

 

だから安心して動いていいよ。

 

手を離してニコッと優しく笑う彼に先程の鋭い気配は微塵も残っていなかった。

だけど・・と新一は思う。

 

だけど、心臓の波は収まらない。

 

 

「お二人とも現状が分かって居るんですか?」

 

「もちろん。俺の予想では鉄パイプを持った柄の悪いお兄さん達を想像してたんだけどね。」

 

「鉄パイプを拳銃に、柄の悪いお兄さんを専属の者達に変えただけですよ。」

 

一様に黒いスーツを着て、白いシャツに黒いネクタイをしている姿は

端から見れば不気味以外の何者でもないな。と新一は思う。

いわゆる一般的な喪服の格好をしているのは、

今から殺すものに対しての敬意なのだろうか。

 

 

「それでは、永眠という名の永遠をあなた方におくらせていただきますね。」

 

 

恐怖に打ち伏したお顔を是非、拝見させてください。

 

 

男はそう言うと高笑いをすると、手を上げてスッと下ろす。

それを皮切りに、銃撃が響いた。