新一が再び快斗の元へと向かうと、そこには漫画のように、一箇所に積まれた男達の集団があった

新一が再び快斗の元へと向かうと、そこには漫画のように、一箇所に積まれた男達の集団があった。

その傍では、快斗がパンパンと服に付いた埃を払っている。

そして、新一の気配に気がついたのか振り返ってブイサインをした。

 

―あかつき―

 

「たっく。なんで積んでるんだよ。」

足下に転がっている銃弾の入っていない拳銃を蹴飛ばして、

新一は呆れたように快斗に近づく。

 

「いや、一度してみたくて。おもしろいだろ。」

 

おもしろい。

その言葉はひどく今の状況と不釣り合いだ。

それでも、彼が言うと、すんなりと受け止められる。

新一はそう思いながら、スッと視線を公道の方へと向けた。

 

「そろそろ、警察来るけど。ここにいたらややこしくならないか?」

「そうだね。帰ろうか?毛利さん達も心配してるだろうし。」

 

 

 

「やばっ!!忘れてた。」

 

 

 

慌てて携帯電話を取り出して電源を入れて見れば、顔を蒼くする新一。

快斗はそっと携帯の画面を横から除いて“あっちゃー”と苦笑した。

何度も電話やメールをしたのだろう。履歴は山積みだ。

 

「絶対。怒ってるよな。」

「多分・・・。ねぇ、毛利さんって怒ったら怖い?」

「ああ。回し蹴りの1、2発は覚悟が必要かもな。」

 

帰ったときの状況を予想しながら2人はお互い乾いた笑みを浮かべた。

 

 

 

サイレンが近づいてきたと、最初、車から降ろされた場所へと向かう。

ひょっとしたら何か迫田につながる物品が落ちているかも知れないという

快斗の提案だった。

だが、新一としてはこのまま倉庫の前に行くのは、

少し気がかりで足が自ずと重くなってしまう。

 

「工藤?」

「あ、ああ。」

 

いつもより歩みの遅い新一に首を傾げながらも快斗はズンズンと進んだ。

そして、チラリと新一に気がつかれない程度、振り返って様子を観察する。

 

なぜか、サラッと忘れられているようだが、快斗は確かに新一にキスをしたというのに。

当の本人はまったく気にかける様子もない。

まぁ、クレープを一緒に食べたときの行動からして、

おそらくそう言った知識が乏しいとは思うが。

 

 

―――やっぱ、ストレートに言うべきかな?

 

快斗はそう思いながら苦笑を漏らす。

 

どうやらとんでもない人に、自分は恋をしてしまったらしいと。

 

 

 

 

 

そのまま、倉庫へと向かうと、新一の心配はありがたくもはずれ、

そこには、白夜の姿も白夜が伸したであろう男達もいなかった。

まだ、経験の浅い(といっても新一の10倍は生きている)式神だからと

心配する必要はないらしい。

彼も彼とて、しっかりと頭を使い成長しているのだ。

 

「めぼしい物はないね。」

 

車が止まった当たりにしゃがみ込んで快斗はスッと、指で道路に残ったタイヤの跡をなぞる。

そして、それを匂いウッと渋った顔をした。

新一がその表情を見て“どうしたのか?”と尋ねると“生臭い”と半泣きの表情で彼は返事を返す。

 

「そりゃ、海の傍を走ってきたんだし。にしても生臭いのが苦手って、魚もだめなタイプか?」

「お願いします、工藤。その名前は俺の前では禁句って覚えて。」

 

新一の“魚”という言葉の部分にギャッと短く叫んで快斗は悔しそうに新一を見た。

それがおかしかったのか新一はケラケラと声を出して笑う。

 

「じゃあ、今日の夕食に出てないと良いな。」

「工藤、楽しんでる?」

「もちろん。」

 

ニッと口元をあげる新一を“かわいいな〜”と思いながらも

快斗は自分の情けなさにため息をつくのだった。

 

 

 

 

警察にはち合わせすることなく、2人が工藤邸についたのは

もう、9時を廻ったところだった。

家につくやいなや、蘭と和葉の説教が始まり、

“玄関で15分ほど正座をしなさい”と罰を受ける始末。

それに、新一は“今日はましな方だ”と快斗に告げた。

 

「よ〜。黒羽。玄関で正座するなんて、おもわへんかったやろ。」

 

遅くなった罰が終わったあと、食卓へと顔を出せば、すっかりできあがった平次。

彼は最近、大人達の目が無くなったせいか毎晩のように酒を飲む。

まぁ、色黒のため酔っているのか酔っていないのか、見た目には分かりづらいが

この上なく饒舌になっているから、間違いなく酔っているのだろう。

 

ビールを差し出す平次に快斗はグラスを向けながら、向かい合うようにして座る。

快斗も未成年だからと言ってアルコールを控えるなんてことはしない。

 

「おっ、黒羽。おまえ、いける口やな。」

「ザルだからね〜。アルコールに関しては。」

 

快斗はそう言いながら、ビールを平次に差し出す。

すると平次はニカッと嬉しそうに笑って“おおきに”とグラスを尽きだした。

 

「ちょ、平次。あんた飲み過ぎとちゃうん?」

「そうよ、黒羽君も。明日も学校あるんだから。」

 

快斗と新一のぶんの料理を並べながら2人は呆れた声を発する。

どうやら魚料理はなく、ハンバーグとコーンスープ、

それにポテトグラタンという洋食の組み合わせだった。

 

最後に新一が冷蔵庫から作り置きしてあったサラダと、

つまみになるチーズを持ってきて食事の準備は完了。

 

平次達3人は先に食べたらしく、食器洗いへと戻った和葉と蘭を抜かして

テーブルには快斗と新一、それに酒を飲んでいる平次が残った。

 

それぞれ料理をつまみながら、学校のことやスポーツ、はたまた社会問題まで幅広く会話を楽しむ。

比較的頭の回転の速い3人の会話は、とぎれることを知らなかった。

 

話がオリンピックの話題に移ったとき、隣の部屋にある電話が鳴る。

取りに行こうと立ち上がった新一を制して、蘭はエプロンで手を拭きながら子機をとった。

 

 

「はい、工藤です。」

『ああ、蘭君。私だ。』

「おじさま。」

『新一はいるかい?』

「はい。お待ち下さい。」

 

久しぶりに聞く、テノールの柔らかな声。

蘭はその声にふと、故郷への懐かしさに駆られた。

全ての民を束ねる“創始様”と呼ばれる彼は、やはりそれだけの器があると蘭は思う。

そして・・・新一にもと。

 

「蘭。父さんか?」

「あ、うん。」

 

蘭の声を聞いていたのか、新一はすでに隣の部屋へとやってきていた。

電話だけを取ろうと電気をつけていない部屋は薄暗く、

蘭は子機を新一へと手渡すと、電気をつけようとスイッチに手を伸ばす。

だが、新一は暗いままで構わないと軽く首を振った。

 

「蘭。悪いけど、食事はもういいから。」

「え?まだそんなに食べて無いじゃない。」

「食欲ないし。ありがと。うまかった。」

 

新一はそう言うと、近くのソファーに腰をおろす。

カーテンから漏れる月明かりの傍で会話を始めた新一をもう一度振り返って

蘭は諦めたように食卓へと戻った。

 

 

「父さん。何かあったのか?」

『ああ。少し困った事態が起こった。』

 

真剣みを帯びた父親の声に、新一は生唾を飲み込む。これだけ気張った声は久しぶりに聞いた。

 

『村に盗賊が入ってね。』

「盗賊?なんで外部の人間が?」

 

新一は組んでいた足を組み直して、眉間にしわを寄せる。

 

村の周りには父親が強固な結界をはっているため、

一般人が村の直ぐ傍まで来てもただの鬱蒼と茂る諸にしか見えない。

いわゆる“入り口”というものが見えないのだ。

だからこそ、外部の侵入は不可能なはずなのに・・・。

 

『それもあながち外部とは言い切れないんだよ。だからといって村人でもない。』

 

一時の間をとって優作は重々しくゆっくりと告げる。

 

「待てよ。父さん。外部の人間であの村に入ることができるのていったら黒羽と・・・。まさか?」

『残念ながら、“彼”が動き出した。もちろんその存在を知っているのは私と新一。君だけだ。』

 

思い浮かんだ人物に新一は軽く髪を掻き上げると、困ったようにため息をついた。

 

「それで?けが人は?」

『人のいない時を狙ったらしくてね、大丈夫だったよ。

 まぁ、目的の物がないと分かったのか、すぐに出ていったようだ。』

 

「良かった。」

『いや、安心するのはまだだ。分かっているとは思うがこれは新一。君への危険を示すのだからね。』

「分かってる。あいつに“あの宝石”は易々と渡さない。」

『新一自身も気をつけなさい。』

「ああ。」

 

そこで会話も終わり、新一はピッと子機の電源を切る。

口調からして最後の方は、快斗のことを聞きたそうにしていた優作だったが

新一の声色から、その名前は口に出さないでくれた。

こんな時、新一は察しのいい父親をもって幸運だなと思う。

もし聞かれていたなら、今の状況ではきちんと父親に話せなかっただろうから。

 

子機を定位置の机の上に置いて、新一は薄明かりの漏れる食卓を一瞥する。

楽しそうな声が響き、快斗の声も聞こえてくる。

あの場にもう少しだけいたい衝動にも駆られるが、

新一は敢えてそのまま自室へ続く階段へと足を向けた。

きっと、いまひどくつかれた表情をしているだろう。

彼らに心配だけは掛けたくなかった。

 

 

 

「んで、そこでな〜。っと、工藤は?」

「平次、さっき蘭ちゃんが言ったやないの。つかれたから部屋にもどる。って。

 あんた飲み過ぎて記憶飛んでるんとちゃう?」

 

足下に転がった空き瓶を見渡して和葉はギロリと平次を睨む。

それに、ハハッと彼は苦笑を漏らした。

 

「そやった。なら様子でも見に行ってくるわ。大親友のわいが。」

「服部君、今日はそっとしておいたほうがよさそうよ。なんとなくそんな感じだったから。」

 

ヨッと立ち上がった平次に蘭は軽く首を振る。

昔から新一の機嫌を取り繕うのは平次の役目。

男同士ということもあるのだろうが、平次持ち前の明るさが効果的なのだと優作がよく言っていた。

 

だけど、と蘭は思う。

 

今、あの場に行くのは服部君じゃだめだわ。

 

 

「けど、工藤、すぐに1人でため込むやろ。」

 

行くのなら・・・蘭は平次の声を遮って隣りに座る快斗を見た。

 

「ねぇ、黒羽君。悪いけど、ちょっと行って来てくれない?」

「は?俺?」

 

快斗は突然自分に振られた話題に目を丸くする。

今までの話から察するに、工藤はふさぎこんだら他人との接触を拒むから

そっとしておこう。そんな展開になっていたはずだ。

それなのに、まだ知り合って間もない快斗に頼むのは何故だろうか。

和葉や平次も驚いたように蘭を見る。

蘭はそれに苦笑して、“お願い”と言葉を続けた。

 

 

 

 

半ば押し通される形で、快斗は新一の部屋の前に立った。

好意を寄せている自分としては、様子をうかがいたいと思っていたのも事実。

それでも、何があったかはしらないが“来るな”と罵倒されたらそれはそれで嫌だと思う。

快斗はそんなことを考えながら、遠慮がちに木製のドアをノックした。

 

「はい。」

 

部屋の奥から聞こえる少しだけ気だるそうな声。

快斗は軽く一呼吸置いて「黒羽だけど。」と声をかける。

 

 

しばらく扉越しに沈黙が続く。

それは1時間のようにも感じられ、そして不思議と一瞬のようにも感じられた。

ガチャリと扉が開き、月明かりでぼんやりと明るい部屋が姿を現す。

 

「どうした?」

「いや、毛利さん達から様子を見るように言われてさ。まぁ、俺も心配だったし。」

 

快斗はテーブルに残された新一の食べかけの食事を思い起こす。

ご飯一口、お酒を少々、それにサラダをつついた程度。

 

「やっぱ、今日の一件が原因?」

「いや。それはないけど・・・。とにかく入れよ。廊下で話すのもなんだろ?」

 

新一はそう言うと、先に薄暗い部屋の中に消える。

 

「え、だって。」

「ちらかってないし、魚もいねーから安心しろ。」

 

クスクスと笑って新一はカーテンを閉める。

だけれど電気をつけようと動く気配はなかった。

 

「そうじゃなくて・・・。」

 

快斗はとりあえず促されるまま部屋へと入るが、

この無防備さは問題だろうと内心深くため息をつく。

男として意識されていないのか。はたまたそう言った知識が皆無なのか。

おそらく、両者なのだろうが。

 

「そこらへん、座っとけよ。」

「あ、ああ。」

新一はゴソゴソと何かを準備しながら、振り返ることなく、くつろぐように告げる。

快斗もその言葉に素直に従うと、ベットに背中を預ける形で座り込んだ。

 

1人部屋にしては若干広めの造りで、ベットとクローゼット、

机に本棚、そしてパソコンと必要なものが最低限揃えてある。

部屋の隅には1メートルくらいの観葉植物が置いてあり、

新一が置いたとも思えないので、幼なじみが飾ったのだろうと予想できた。

 

片づいている・・というよりも何もない部屋。

一言で表現するならばそんな印章を快斗は受ける。

 

すぐにでもここから動けるように、準備万端というようにも見えた。

 

「黒羽。こっち。」

 

部屋を観察し終わったと同時に、新一が声をかけた。

柔らかな笑みを口元にたたえて手招きをしている。

快斗はそれに従って、立ち上がると新一の隣へと歩み寄った。

 

「これ。」

 

「・・・宝石?」

 

新一が小さな木箱から取り出したのは5pほどの三角錐の形をした蒼い宝石。

大事そうに絹の布でくるまれていて、それは薄暗い部屋で驚くほど明るく輝いている。

 

「綺麗だろ?」

「ああ。」

 

新一はうなずき見惚れる快斗の様子に満足げな表情を作って、

その宝石を快斗の手に載せた。

 

「・・・軽い。」

想像したよりも軽い宝石に、快斗は思わず新一を見る。

ある程度、宝石に精通した快斗でさえここまで軽い宝石を持ったのは初めてだった。

 

「それは、宝石であって宝石じゃないからな。」

「サファイアとは違うよね。」

「まぁ、種類も分からない。我が家に伝わる家宝みたいなものだな。」

 

快斗はそれをもう一度手の中で転がして、再び新一の手へと戻す。

 

「蘭達には内緒だぜ?」

「え?」

「おまえに見せたかったんだよ。姫は騎士に褒美を与えるものだろ?」

 

クスクスと新一は笑いながらその宝石を再び桐の小箱へとしまった。

姫とは、さきほど港で交わした会話のことであろう。

なんだか新一にあからさまに言われると、今更ながら気障な科白を吐いたと

恥ずかしくなってきて、快斗は軽くこめかみを掻いた。

 

だけどそれも一瞬のことで、快斗の頭の中には新たなイタズラ心が芽生える。

未だに姫と騎士の関係を持ち出せるなら、これほど使えるチャンスはないと。

 

「まぁ、俺は姫って柄じゃ・・・。」

「いえ、姫君。是非とも私に形のある褒美をお与え下さい。」

 

快斗はわざと畏まって膝をつき、新一を見上げた。

演技めいた彼の行動に新一はおかしくなってプッと吹き出す。

 

「工藤。笑うことないじゃん。」

「だって、おまえ、敬語とか似合わないし。」

「ひどっ。」

 

腹を抱えて笑う新一を快斗はジト目で睨む。

 

そんな拗ね気味の快斗の頭を軽く叩いてひとしきり笑うと

新一は快斗と視線を交わる程度に屈み込んだ。

 

「・・・では騎士殿、そちの望む褒美はなんだ?」

「それは・・・。」

 

「これだろ?」

 

 

・・・・。

 

 

それは本当に新一にしてみれば、昔村でやった演劇のヒトコマの再現。

加えて、快斗へ生気を与えるための行為。

 

だけど、少しだけ長く重なる唇にそれ以上の感情を込めていたとは、

行為を施している新一自身気づいていなかった。

 

 

寅刻の章―完―

 

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