新一と快斗は2人で一頻り盗品のあった場所を探したが、

これといって決め手となる手がかりはなかった。

警察が何日もかけて捜査したのだから当然といえば当然だが・・。

 

 

―あかつき―

 

 

 

「まだ、いらしたんですか。」

ふと後ろからかかった声。

少し高めのそれに新一はゆっくりと振り返る。

快斗は初対面だが、新一はその声の主とは先ほど顔を合わせていた。

 

「確か・・・。」

「根岸です。」

 

服に付いた紙くずを軽くはらうと彼女は軽く会釈をする。

 

「それにしても厄介なことになりましたわ。」

「展示品が盗まれてですか?」

「いえ、あなた方が加わったことですよ。」

 

フッと口元に柔らかな笑みをたたえて快斗の問いかけに返事を返す。

その瞬間、新一は嫌な予感を覚えた。

 

この女はただ“新一の真実”を知っているだけではない。

厄介なことに“快斗の力”さえも知っているのだ。今までの下っ端とは違って。

 

一気に警戒心を露わにする新一に快斗は視線だけを彼へと向けた。

そして見比べるように根岸へも視線を向ける。

 

 

「根岸さん。良かったら別の場所で話をしませんか?」

「あら、私は気を遣って、話の出来るお二人がいるときにわざわざ来ましたのに。」

 

新一の申し出にクスクスと彼女は笑った。

 

「それとも、従者の者になにか不都合でも?」

「従者?」

「快斗。悪いけど今日はここで。俺、彼女と話があるんだ。」

 

少しだけ強引に根岸の手首を捕まえると有無言わさずに新一は早足で歩き始める。

その動作に驚いたように根岸は新一の表情を一瞥し、ニヤリと人の悪い笑みを浮かべた。

 

 

 

 

都内にある美術館の中でも、新一が訪れているこの場所は少し変わった作りをしている。

展示品ごとに区画わけされていることは他の美術館と変わりないが、

美術館の形が明らかにふつうとは違っていた。

きれいな円形で中央は吹き抜けとなっている。

それほど広くないにも関わらず、無駄といえる中央の吹き抜けには常に太陽の光が射し込み、

時として柔らかな空間を醸し出していた。

 

新一は階段を上り彼女を2階の置物展示場へと連れてくる。

別段ここに用があるわけではない。

 

ただ、快斗と引き離すこと。それだけが目的だった。

 

 

「未だに黒羽家が記憶を取り戻していないとは。驚きを通り越して呆れてしまうわ。」

 

根岸は新一が立ち止まったのを見計らってその拘束された手首を振り払う。

少しだけ日が傾き、影が白い床に長くできていた。

逆光のために根岸の表情は見えないが新一にはほくそ笑んでいるのが分かって、

ただただ彼女を睨み付ける。

 

そんな新一を満足げに見ながら根岸は話を続けた。

 

「工藤家を守る為に生まれたと言っても過言ではないのにね。

 つまりは今が絶好のチャンスなのかしら。あの御方が復活するのに・・・。

 そして、この世界を乗っ取るために、あなたの力を手に入れるのにも。」

 

「やっぱり、この一連の事件は奴の復活のためか。」

 

「まさか。こんなのはあなたをおびき出す為の余興よ。」

 

根岸はそう言って一歩ずつ新一に近寄った。

 

「本来ならあの方が復活されてから・・と思ったけれど。

 力を手に入れるならば早いほうがいいわよね。」

 

スッと手を軽く動かせば、彼女の右手には先日盗まれたこの美術館の剣が握られていた。

持ち手の部分にはしっかりと、血を吸うと噂される宝石“ブラッド”が誂えられている。

 

「この宝石にとりあえずあなたの力を封じ込めるわ。」

「そう、簡単にいくかよ。」

 

根岸は新一の返事に楽しそうに口元を歪め、ペロリと刃先を舐めた。

 

「でも、あなたは一般人を傷つけられないわよね。」

 

言葉と共に根岸は体制をグッと落とし、尋常ではない早さで新一との間合いを一気に詰める。

それと同時に剣が新一の頬をかすった。

 

「あら、護られて育った割には素早いのね。

 まぁ、怨霊である私に言霊は通用しないし。あなたが疲れるのを待つとしようかしら。」

 

「確かに言霊は通じない。けれど、自分の身くらいは自分で守れる。」

 

「でも、防戦一方じゃ、どうしようもないわ。」

 

 

確かにその通りだと新一は思う。

鋭く突いてくる剣を避けることは容易くとも、どうにか彼女“根岸”の意志を呼び覚まさなくては。

彼女に取り憑いている“ブラッドの怨霊”を引き離さなければ手出しは出来ないのだ。

 

「くそっ。」

「いつまで逃げられるかしら。」

 

ケラケラと笑う女の声が嫌に耳に付く。

その笑いを聞いているうちに

“それにしても、なんか気にくわないわよね。根岸って女性。”と

佐藤が言った言葉がふと頭によぎり、新一は苦笑した。

 

「笑ってるなんて余裕ね。」

「余裕をもって生きるのが、俺の主義だから。」

「チッ。」

 

懇親の一撃も紙一重でかわす新一の動きに、根岸は忌々しそうに舌打ちをする。

 

 

もう少しだ。

 

新一は根岸の様子を見て思った。

怨霊にとって人間の体に取り憑くことはメリットもあるが、

本領を発揮できないという唯一のデメリットもある。

だからこそ、こうして焦らせば、怨霊たちはたいてい面倒な体を捨てるのだ。

 

「こうなれば面倒な体を捨てて一気にけりを付けるわ。」

 

よし!!と新一が思った瞬間だった。

視界の隅に信じられないものが飛び込んできたのは・・・。

 

驚いたようにこちらを見据えるその人影に一瞬、新一に隙が生じる。

それを怨霊が見逃すはずもなかった。

 

「死ね!」

 

眼前に迫った刃先。

思わず身構えた新一は痛みに耐えようと覚悟を決める。

だが、剣が新一を貫くことはなかった。

 

『新一様に手を出すでない。』

 

「・・ヤタガラスか。」

 

漆黒の烏が剣を鋭いかぎ爪でつかみ3つの赤い眼で睨み付ける。

 

『左様。我は工藤家をお守りする式神使い四家、毛利家に使えるヤタガラス。

 工藤家を血に染めようと企てる輩を滅することが使命なり。』

 

「毛利家ね。鳥一族の無勢で私に向かうなんて・・・甚だ遺憾だわ。」

 

 

彼女の言葉に共鳴するかのようにギラリと剣の宝石が鈍く輝いた。

 

 

 

 

快斗は目の前で繰り広げられる光景に夢でも見ているのかと思った。

新一が慌てたように去ってからすぐに追いかけ、ようやく見つけた途端、この状況だ。

 

ふつうのカラスではない巨大な鳥が、盗品である剣を持った女性に鋭い嘴を向けている。

その先には渋った表情をする新一。

 

全くと言っていいほど状況がつかめなかった。

 

 

「快斗。」

駆け寄ってきた新一に快斗は視線を移す。

 

「新一・・・これは一体?」

「快斗、ごめん。」

「え?」

 

新一はそう言って辛そうに目を伏せた。

そして再び視線を交えた瞬間、その瞳は信じられないほどに強い光彩を放っていた。

 

 

 

蒼・・・。

 

 

 

遠くで新一の声が聞こえる。

体が傾くのが自分自身でも分かった。

 

 

「しん・・いち?」

「会うのが早すぎた。ごめんな。」

 

 

 

倒れた体を抱き留めて新一は意識を失った彼を見る。

 

 

今日の記憶は全て消した。

工藤新一と黒羽快斗の出会いも全て。

 

 

再び名前で呼べるのはいつだろうか。

新一はそう思いながら、怨霊と戦うヤタガラスへと視線を向ける。

 

「遊びは終わりだ。」

 

低く告げられたその言葉に、怨霊は初めて“恐怖”を感じた。

 

 

 

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