高木刑事たちに最後の一点になる場所での警戒をお願いして 新一は佐藤と美術館へと向かった。 「それにしても薄気味悪いわね。同僚の由美に聞いたけど 盗まれた宝石って人の生き血を吸うっていう呪いがあるんでしょ?」 「ええ。とにかく館長さんに話を聞く必要がありますね。」 新一の言葉に佐藤は頷くと、少しだけアクセルを踏む右足に力を込めた。 ―あかつき― 美術館に着くと早速、佐藤と新一は館長のもとへと向かった。 初老の男性かと予想していた2人の前に現れたのは40代そこそこの男。 高級そうなスーツをきっちりと着こなして、 年齢を言われなければまだまだ30代でも通用するほど若々しかった。 「あら、素敵。」 「佐藤さん。高木さんが泣きますよ。」 こそっと耳元で呟く佐藤に新一は軽くため息をもらす。 高木から佐藤と恋人になるまでの苦労話は車の中で何度か聞いてた。 だからこそ、あれだけ必死になって署内のマドンナを射止めた男が 今の台詞を聞けば失神するのではないかと新一は思う。 なんせ、かれの気の弱さは折り紙付きだ。 「初めまして、館長の小山内(おさない)と申します。」 小山内と自己紹介した彼は深々と頭を下げてニコリと営業スマイルを浮かべる。 それに佐藤が少しだけ頬を紅く染めた。 「それで、盗品のことに関してですか?それならずいぶんと警察の方にお話をしましたが。」 「いえ、今回は殺人事件のことについてなんです。」 一瞬、その言葉を口に出したほんの一瞬。小山内の表情が変化した気がした。 佐藤は気がついていないだろうが、新一の目は誤魔化されない。 明らかに何か知っている顔だった。 「殺人事件とは、今、連日テレビで見るあれですか?」 コホンと軽く咳払いして小山内は新一と佐藤の顔を交互に見る。 佐藤はコクリと頷いて先ほどの地図を机上に広げた。 「殺人事件があった場所を結んで対角線を引くと、その中心部にこの美術館があるんです。」 「ほほう。でも、何かの偶然じゃありませんか?」 小山内が少しだけ小馬鹿にした笑みを浮かべる。 確かに急に来てこんな話を信用しろと言う方が無理があるだろう。 新一は予想通りの反応に説明を付け加えようとその口を開き掛ける。 だが、口から出ようとした言葉は遠慮がちに扉がノックされた音によって相殺された。 「失礼します。」 軽く会釈をして入ってきたのはベージュのスーツを着た女性。 年齢は佐藤とあまり変わらないだろう。 薄く化粧をし、髪はセミロングのきれいな濡れ羽色だった。 女性は彼の世話役なのであろう。お茶を慣れた手つきで机に並べ始める。 彼女が動くたびに、どこかで匂ったことの覚えがある甘い花のにおいがした。 「失礼いたしました。」 「根岸(ねぎし)君。」 「何でしょう。館長。」 「いや。君は警察の推理をどうとるかい?」 根岸と呼ばれた女性はスッと机上の地図を見渡してクスッと笑みを漏らす。 途端にムッとした佐藤に根岸は慌てたように その笑みを隠そうと口元をお盆を持っているのと反対手で覆った。 「本当は全ておわかりでしょうに。 ずいぶんと回りくどいことをしていらっしゃるんですね。」 「え?」 「それでは。」 根岸はそう言うとゆっくりと頭を下げて新一にスッと視線を向ける。 そして再び意味ありげな笑みを浮かべるとそのまま部屋を後にした。 「すまないね。いつもは素直で良い子なんだが。」 「い、いいえ。とにかくここも狙われる可能性がありますのでお気をつけ下さい。 後日、刑事が護衛に回りますので。」 「それは助かります。ですがあんまり騒ぎ立てないでください。 先日の盗難さわぎで客足が減っていますから。」 その後、警備や人数について2,3話しを済ませると佐藤と新一は車の方へと向かった。 「それにしても、なんか気にくわないわよね。根岸って女性。 回りくどいって、警察を馬鹿にしてるのかしら。」 「まぁ、落ち着いてください。そうだ佐藤さん。今日はここまで構いませんか? せっかくだから美術館を見ていきたいんですよ。」 「え、いいわよ。今日はありがとね。」 帰りは誰か向かえに来させようかと気を遣う佐藤の申し出をやんわりと断って 新一は数日前に訪れた美術館へと入る。 あのとき感じた嫌な気は少しだけ薄まっているような気がした。 先日通ったルートをたどり盗難にあった展示品が飾ってあったコーナーへと向かう。 休日にも関わらず人の姿はほとんどなく新一の歩く音だけがよく響いていた。 そんな足音にもうひとつ別の足音が重なる。 誰かいるのだろうかと新一は足下に向けていた視線をそっと前へと向けた。 ―――――黒羽・・・快斗 なぜここにと疑問に思うが新一は見つめすぎるのも不自然かと思い 視線をうまく外して展示品へと移す。 だが、相手はどこかに向かうどころか足を速めて隣へと立った。 「今日、初めてこの館内で人にあったよ。」 気がつけばあたりまえのようにとなりに立っている男。 しかしいつもと気配が若干違うのは気のせいだろうかと新一は思う。 ―――――この気配は・・・・KIDか?・・・・まさかな。 「あの〜。聞いてる?」 「あ、悪い。ちょっとみとれてて。」 「この土器のかけらに?」 「・・・・。」 快斗の言うとおり、それはとても“みとれる”と言える類の物ではない。 もちろん新一が考古学者か考古学に興味があり、 このかけらが歴史的に価値ある物であればみとれることもあるだろう。 だが、残念ながら新一は考古学には正直、興味は乏しかった。 「もっと上手に誤魔化さなきゃ。」 「誤魔化しって決定なのかよ。」 「だって、そうだろ。」 ククッとのどの奥で押し殺したように笑う快斗に新一も思わず笑みを漏らす。 「わりぃ。考え事してた。これ、マジ。」 「そっか。俺は黒羽快斗。あんたは?」 「俺は工藤新一。」 そう言って自然と右手を出す。 相手はニコリと微笑んで同じように右手を差し出した。 「休日に美術館なんて物好きな同士。よろしくな。新一。 あ、俺は快斗って呼んでよ。」 「・・・ああ。よろしく、快斗。」 あっさりと下の名前で呼んでしまったことに新一は彼との約束を思い出し思案するが 今は現実の姿なのだからかまわないだろうと結論を出す。 「新一はどうしてここに?」 快斗は尋ねながら新一が先ほどまで見ていた土器のかけらを眺める。 産出場所とそのかけらについての憶測ははっきり言って読むことさえ面倒にも思えた。 「ちょっと盗品について調べようと思って。」 「へぇ〜。珍しいね。警察志望?」 「いや。探偵志望。そう言う快斗は?」 「俺?俺はKIDのファンだから。KIDが盗まれちゃった現状を見ようかなって。」 振り返って新一を見る快斗に、新一はいつもと違う違和感がなんなのか少し分かる。 それは身長のせい。女性になると若干ながら縮むため視線の位置が異なるのだ。 少しだけ近づいた快斗の瞳。その中にやはり夜の怪盗が重なって見えた。 ―――――KIDのファンだから似たように感じるのか? 「新一?また考え事?」 「あ、まぁ。」 「それとも俺に質問とか。」 そう言ってニッと口の端をあげて不適な笑みを浮かべる快斗。 まるで自分を挑発するかのような動きに新一はさらに混乱する。 「快斗。」 「ん?」 「展示品、見に行こうぜ。」 くるりと体の向きを変え新一は歩き始める。 もし、などという仮説で彼を犯罪者だと疑うことはできない。 確証もなく追いつめることは探偵としてはあるまじきことだから。 新一はそう言い聞かせながら展示品のある場所へと足を速めた。 「ふ〜ん。どっかの馬鹿と大違いだよな。やっぱ。」 KIDの気配を少しだけ醸し出して、 新一の探偵としての力量を見極めてみたがやはり自分の予想以上だったと快斗が思う。 あれほどの気配ですぐに察知し、そして確信があるまでは疑わない。 「まぁ、新一になら、ばれてもいいけど。」 小さくなっていく背中を追いかけながら呟くと、 快斗は嬉しそうに柔らかい笑みを浮かべるのだった。 |