ガタガタと揺れる旧型のバスには、お客はほとんど乗っていなかった。

最後尾の席に、平次、和葉、そして蘭が乗り込み

その前の2人掛けシートに快斗と新一が座っている。

新一は前日の疲れもあってか、快斗の肩に頭を乗せ、規則正しい寝息を立てていた。

快斗はそんな彼の肩に手を回し、ぼんやりと過ぎていく車窓の田園風景を眺める。

春も中ごろの田んぼは、わずかに緑色を呈しており、一方の山々は新緑が眩しい。

 

 

―あかつき―

 

 

 

新一たちの村へ行くと母に告げたとき、彼女は絶望にも近い表情をみせた。

今まで屈託の無い明るさと、気丈なまでの性格で育ててくれた母のそんな表情を見たのは

ひょっとしたら生まれて初めてのことかもしれない。

 

 

それでも、息子のことを誰よりも理解しているからだろう。

『元気で帰ってきて』と一言だけ残して、自分の背中を押してくれた。

その後、新一を呼んで二人だけで話をしていたが、

何を話していたかということかは快斗には分からない。

 

ただ、分かったのは、自分の母が全てを知っていたという事実。

そして、父親が死んだ本当の理由。

一度に入ってきた情報に混乱せず、また黙っていた母を咎める気にもならなかった。

父の死を身近で感じていたからこそ、自分のことを考えていたからこその母心というものだ。

 

けれど、まさか新一を責めるのでないかという懸念も生まれて、

2人で話した内容について新一に尋ねても、彼は曖昧に笑って誤魔化すだけだった。

 

 

「母さんが新一に酷いことを言うとは思えないけど・・・な。」

 

視線を新一へ戻して、快斗は小さな声で呟く。

彼の綺麗な漆黒の髪は、ゆるめに肩の辺りで束ねられ、本来の姿となっていた。

女性に扮した新一より、男に戻った新一のほうが、より色香があるように感じるのは

自分だけだろうか・・・と快斗はぼんやり思う。

 

「今はゆっくり休んでよ。新一。」

 

数日前から口にするようになった彼の名を呼んで、

快斗は空いた手で、スッと傍の空を切る。

悪霊が新一の解放された力を欲し、近づいてくるから。

けど、絶対にそんなことはさせない・・・。

彼の平穏を崩すものは、笑顔を奪うものは、徹底的に排除する。

 

 

「俺という護神がついた今、おまえらは新一に近づくことも許されないんだよ。」

 

快斗の身体から発せられた殺気に、悪霊は脱兎のごとく逃げ失せた。

そう。これからは、黒羽家の末裔、黒羽快斗が新一を護るのである。

 

 

 

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「ようこそ。黒羽君。私達の村へ。そして、貴方の故郷へ。」

 

森をしばらく歩き、結界の狭間をすぎると、蘭が振り返ってニコリと笑った。

その頭上高く、太陽の光を遮るようにヤタガラスが舞う。

古来から、彼らは道案内の担い手ともされているため、

こうして迷うことなく結界の入り口を見つけることが出来たのだ。

 

『アヌビス様、フォルス様。我はお2人にお会いできて光栄でございます。

 あの忌まわしき事件の後、式神の世界にて封印されて・・・。』

 

『ヤタガラス。能書きはいらねぇよ。それより、この先であってるんだろうな?』

『もちろんです。アヌビス様。我は道の案内においては天照大神の時代より・・・。』

 

『相変わらずですね、ヤタガラスの薀蓄も。

ああ。確かに見えてきました。懐かしい・・・というべきところなのでしょうか。』

 

 

シンがかつて住んでいた家は見当たらず、

村人の暮らす家も藁葺きながらしっかりとしたつくりだ。

ただ、変わらないのは村の一番奥にある大きなお屋敷だけ。

あのりっぱな大門の前で、シンは死んだのだ。この地を護るために・・・。

 

 

「それよりさ、この視線はなんなわけ?」

 

感傷に浸っているフォルスを後目に、

快斗は嫌悪感を隠すことなく忌々しげに周囲を見回した。

先ほどから閉じられた家の門戸より、感じるのは畏怖に近い視線だ。

 

まるで、化け物でも見るように、びくびくと様子を伺っているのが手に取るように分かる。

 

新一は不機嫌そうな快斗を見て、苦笑を浮かべた。

 

「みんな俺が怖いんだよ。それに見たことも無い男が俺の隣を歩いてるんだからな。」

「なに?村の人は俺に惚れちゃったとか?」

「寝言は寝て言え。」

 

わざと茶化す快斗の気遣いに、平次と和葉は視線を交差して小さくほくそ笑む。

新一がどんな扱いを受けてきたか。

次代の創始様と崇められながらも、言霊を操る彼を恐れ、距離をおいた。

向けられる視線には『化け物』という罵りの意味合いがこれ以上も無く込められている。

 

そんな村人の態度を見るたびに、平次たちは何度怒鳴ろうと思ったことか。

『新一が何をしたのか・・と。』

それでも、新一自身が怒らないから。口には出来なかった。

 

 

 

 

大きな門が開け放たれると、中には小ぶりの屋敷

(といっても、その門内の中でのことで一般的には豪邸の部類に入るのだが)

が東西南北に軒を連ねていた。

 

南の屋敷は毛利家、西の屋敷は遠山家、北の屋敷は服部家、そして。

 

「あれが黒羽家の屋敷だ。」

東にそびえる黒塗りの建物を示して、新一は静かに告げた。

 

 

「今は毛利家が管理しているから、掃除は行き届いているし。すぐにでも暮せるわよ。」

 

蘭はそう言うとヤタガラスを呼んで、中央の屋敷に向かうよう指示する。

東西南北の屋敷を全て合わせたような、巨大な建物。あれがおそらく、創始の館。

 

そして・・・・この村を守る砦。

 

 

『ご主人様。蒼の広間に皆様お集まりとのことです。』

「分かったわ。じゃあ、行きましょうか。」

 

呆然と立ち尽くし、屋敷を見上げる快斗を蘭が促す。

現創始である工藤優作にお目どおり願うために。

 

 

蒼の広間と名づけられたその場所は、謁見の間でもある。

一番奥は江戸時代を思わせるように、一段高くなっておりその中央に優作は座っていた。

 

「ふだんは洋服なんだけどね。畳に似合うようにと着物にしてみたんだよ。

 それにこちらのほうが威厳があると思わないかい?」

 

最初の一言は、厳しい言葉でもなく、労いの言葉でもなく、

本当にお茶らけたものだった。

けれど、これが日常なのだろう。誰もとがめるものはいない。

 

急にそう尋ねられた快斗は、一瞬の間をおきつつも

普段のポーカーフェイスで『よくお似合いですよ』と微笑む。

そんな彼に、優作は満足げに頷いた。

 

「快斗君と言ったね。盗一の件は本当に残念だった。

 君と会ったのは2度目だけれど、赤ん坊だった君は覚えていないかな。」

 

「俺と・・それに親父とも会ったことが?」

 

「母君ともね。まぁ、このことについては追々話そう。

 今はとにかくゆっくりと身体を休めるといい。」

 

優作は一度そこで言葉を区切ると、目を軽く閉じる。

そして、再び見開くと、居ずまいを正して告げた。

 

「新一の護神、黒羽快斗。そなたの存在を心より感謝いたす。」と。

 

 

左右にずらりと並んで座っている服部、遠山、そして毛利の人々は

創始の一言に深々と頭を下げたのであった。