「新一?」 明け方の澄んだ空気を感じて、快斗はゆっくりと目を開いた。 隣で寝ていたはずの新一はいつの間にか縁側に移動し、 夜明けの中に取り残された白い月を見上げている。 夜の気配は部屋の隅に残っているのみだから、朝の6時前といったところだろうか。 快斗に名を呼ばれた彼は振り返ると少しだけ口元を緩めた。 ―あかつき― 「わりぃ。起こしちゃったか?」 「いや。隣、いい?」 聞きながらも快斗はすでに新一の隣に腰を降ろそうとしていて、 新一はそんな彼に思わず苦笑を漏らす。 「あ、今、俺のこと馬鹿にしただろ?」 「まぁな。」 「ひどっ。けど、愛情の裏返しとして受け取っておくからいいや。」 「ポジティブもそこまでいくと、ただの鈍感野朗だな。」 「いいじゃん。世間でもちょっと前まで流行っただろ?鈍感力。」 「鈍感すぎるのもどうかと思うぞ。」 こうやって黒羽家の屋敷で、外界の話をする。 そのことがどれだけ稀有なことなのか、快斗には分かっているのだろうか。 そして、どれだけ嬉しいのかということも。 「新一。そんな顔しないでよ。」 「へ?」 「嬉しいけど寂しそうな顔。なぁ、これは幻影じゃない。俺はここに居るよ。」 言葉と共に快斗の暖かな手が新一の頬を包んだ。 「もう二度と離れない。誰の命であっても。」 「快斗・・。」 「今度こそ、守り通すから。」 忠誠を誓うキスを快斗は再び新一の手に施す。 新一が安心できるように、自分が満足するように。 新一はそんな彼の額にそっとキスを返した。 「・・・新一。俺、まだ大丈夫なんだけど。」 流れ込んできた生気に、快斗はジトリと不審げな瞳を向ける。 「朝飯。あれだけでかい式を養ってるんだ。どれだけあっても足りないはずだぜ。」 「新一が無理したら意味無いだろ。それに、結界の中にいるうちは 生気の補充はいらないはずだって・・・。」 昨晩、優作から生気についての説明をある程度うけていた快斗は そう疑問を口にしかけたが、慌ててその先の言葉を飲み込んだ。 なぜなら目の前にいる拗ねた表情の新一の頬が少し紅潮していたから。 「新一。可愛い!」 「うっせぇ。近づくな、黒バカ!!!」 キスをする照れ隠しのために生気を受け渡したと悟った快斗に 新一は容赦の無い蹴りを食らわせる。 その蹴りにグヘッと蛙がつぶれたような声を上げて布団に逆戻りした快斗だったが、 表情はマゾか?と問いたくなるほどに幸せそうで。 新一はそんな彼をみたためか、照れる自分がばかばかしくなり、 蹴りによって崩れた夜着をサッと正し、小さくため息をついた。 いつの間にか明けかけていた空はすっかり晴れ渡っており、 部屋の隅に残っていた夜の気配も今はもうどこにも無い。 『新一様。快斗様。ご朝食の準備が整いました。って、快斗様。 いくら、ご自分の館が気持ち良いとおっしゃっても、 守るべき主よりも床に着かれているのはいかがかと・・・。』 本家から飛んできたヤタガラスが縁側の庭にある松の木に下り、 部屋の中で布団とお友達になっている快斗を見つけ、呆れた声を出す。 黙って聞き流していれば、アヌビスとフォルス様の主でもあるのですから・・と 余計な小言が聞こえてきそうで、快斗はサッと起き上がり口うるさいカラスを睨みつけた。 その視線にヤタガラスはヒッと3つの紅い眼をびくつかせる。 『こ、これは過ぎたお言葉を。』 「快斗、脅すな。それにヤタガラス、伝達ご苦労だったな。」 慌てるヤタガラスに新一は労いの言葉をかけ、それと同時に退席を許可した。 ヤタガラスは言葉に含まれた意味を正確に受け取り、スッと空へと舞い上がる。 少し安心したような気配を含ませて。 「それよりさ、新一。博士は生気ってどうしてるわけ?」 朝食を食べに本家へ向かう道すがら、口を開いたのは快斗だった。 いつの間に出てきたのか、彼らの傍にはアヌビスとフォルスが歩調をそろえている。 式とはもともと主の言いつけで召喚するものなのだが、彼らは自由に出入りできるのだとか。 というより、快斗曰く、主人の命に従順に従う気質が無いだけらしい。 そんな尊重されていない主人の疑問に答えたのは 質問を受けた本人である新一ではなく、横をあるくアヌビスだった。 『あの狸じいさんは特別なんだろ。 だいたい四家でないのに、式を所有する人間はほとんど稀だからな。』 『それに力を使わなければ、そうそう生気は必要とはされないのですよ。 まぁ、快斗の場合は我々という力の大きな式を所有していますので 召喚せずとも生気は減っていきますが。』 新一の傍をゆっくりと羽ばたくフォルスが言葉を続ける。 「ふ〜ん。まだ、いろんな仕組みがあるんだな。」 「阿笠博士は狸爺さんなんだよ。 見た目も中身も。あんまり気にしてると化かされるぜ。」 でっぷりと膨らんだ博士のお腹を想像しながら横でクスクスと声をあげて笑う新一に、 快斗はつられて笑みを漏らしたのだった。 その言葉の真意に気づくことなく。 |