彼はまだ覚えているだろうか。 幼い俺との約束を。 ちゃんと覚えていてくれてるだろうか。 〜二十歳の約束・前編〜 晴れ着姿が街中にもっとも溢れる日といったら、 今の時代、成人式の日くらいじゃないだろうか。 と思いつつ快斗は軽くあくびを漏らした。 隣には例に漏れず、鮮やかな紺の着物を着こなした幼馴染が、 高校以来の親友である恵子と楽しそうに談笑している。 東都の街は温暖化の影響を忘れそうになるほどに冷え込んでおり、時折小雪も舞っていた。 「・・いと。快斗!」 そんな雪を見上げていた快斗は突然、耳元に響いた大声に思わず耳を押さえる。 その発信源は言わずもがな。ご立腹の幼馴染様だ。 「ってぇ、耳元で叫ぶなよ。アホ子!!」 「何が、アホ子よ。人の話、聞いてないくせに。」 「だからって叫ぶ奴がいるか?少しは成長しろ。今日は成人式なんだぜ。」 快斗の言葉にプクリと頬を膨らませた幼馴染、青子は、どう贔屓目に見てもまだまだ幼く 着物姿もどこか七五三を思い出させるような雰囲気で。 もちろんそれを口にすれば、なおも口論はヒートアップすることなど火をみるより明らかなため 快斗は続く言葉を飲み込んで、わざとらしくため息をついた。 「バカイトに言われたくない。なによ、そのスーツ姿。」 「へへん。似合ってるだろ。」 「どこが。ねぇ、恵子。」 「う〜ん。でも、視線は集中してるわよ。いろんな意味でね。」 黄色の着物を着た恵子はクスクスと手を口に添えて笑う。 彼女は青子とは対照的に髪も伸び、大人びた顔つきになっていた。 久しぶりに会った快斗もその成長具合に思わず目を見開いたほどだ。 「黒羽君って昔から人気があったけど、今は別世界って感じだよね。」 「快斗はどんなに有名になっても快斗よ。」 青子はそういうと、チラチラとこちらを伺っている周囲の様子に不機嫌そうな表情をつくる。 ただ傍にいつも居てくれた大切な幼馴染が、 どんどんと手の届かないところにいくのを青子自身感じていた。 高校卒業後、マジシャンとして活躍し始めた快斗は、今や飛ぶ鳥を落とすほどの勢いで活躍し そのファンは日本だけでなく世界にも居るという。 まさかそんな有名人が地元の成人式に来るはずは無い。と思う一方で やはりどこか見たことのある風貌にこうして視線が集まっているというわけだ。 「たっく、青子が俺の名前を連呼するからばれそうじゃねぇか。」 「青子のせいじゃないもん。それより、今日の同窓会、どうするの?」 青子はギュッと着物の袖を握り締めて、以前より身長の伸びた快斗を見上げる。 「あ、わりぃけど。パス。」 「うそ。なんで?久しぶりに高校の皆と・・・。」 「大事な約束があるんだ。」 「約束?仕事じゃないの?」 詰め寄る青子と快斗の間を真冬の冷たい風が通り過ぎた。 その冷たさにぶるっと体を震わせると、しょうがねぁなぁと快斗はパチンと指を鳴らす。 「ほら、カイロ。」 「普通に出せないの?じゃなくて約束って・・・。」 「やべ、今ので完全にばれたみたいだ。」 遠巻きに見ていた輪がグッと縮まった。 ざわざわと響く声に、黄色い叫び声。 途端に押し寄せてきそうな雰囲気に青子と恵子は慌てて場所を移動しようとする。 だが 「快斗!?」 「わりぃ。みんなによろしく伝えといてくれ。 ではでは、私と同年齢の皆様。成人おめでとうございます。 これは新米魔法使いからのわずかな贈り物ですので。」 逆に人々の輪の中に飛び込むと、快斗は大きく指を鳴らした。 と、同時に成人式に集まった同年齢の彼らの手には小さな飴が降ってくる。 雪に交じって落ちてきた飴に、そのざわめきも歓声も一気に大きくなった。 「快斗!!」 誰もが飴に視線をとらわれる中、青子はその姿を追ったけれど・・・。 みえるのは色とりどりの着物と、降ってくる雪と飴であった。 ************ 初めて見たときは神様だって思った。 それで連れて行かれるのかなって思って、それもいいなって。 幼い俺のそんな思考に、彼は綺麗な顔で笑ったんだ。 快斗がその人に会ったのは、今日のように小雪の舞う1月のことだった。 「いい?あんまり遠くに言っちゃダメよ。」 「分かってるって。」 母親の実家に来て3日目。 快斗はお気に入りのダウンジャケットを着せられるとすぐに外へ飛び出した。 実家というものは、子供にとっては暇な場所でもある。 特に兄妹のいない快斗にとっては、ゲームも漫画も無く、 周りは畑ばかりの田舎に少々飽きがきていた。 といっても、挨拶に来る親戚たちの接待に祖父母や母は追われており 仕方なく1人で遊びに出ることにしたのだ。 都会育ちの快斗であるが、運動神経は人並み以上であるため 5歳とは思えないほどの身軽さで、あぜ道を走っていく。 目指す先は、祖父母の家から見えた山の中の赤鳥居だ。 初詣に向かった神社とは、対照的な位置にあり、 あそこにはあまり人は近づかないのだと祖父は言っていた。 『あそこは神隠しが頻繁におこる場所でもあるんじゃ。』 『神隠し?』 『そう。可愛い子供は連れて行かれてしまうからな。絶対に近づいてはならん。』 だが、行ってはいけないと言われれば言われるほど行きたくなるのが子供という生き物で。 快斗もまた、その場所にひきつけられるように近づいていく。 外はまだ午前中で明るい。 雪で道は覆われているが、それでも薄化粧した程度だ。 「昼間っから神隠しはないだろうし。冒険、冒険♪」 あぜ道が終わると深い木々の広がる森があり、そこに隠されるように細い階段が見える。 その先には目標とする赤い鳥居がポツンと小さく存在していた。 ヒュッと吹き付ける風に、自然と快斗の身が縮む。 先ほどまで元気に動いていた足がしり込みし、 そんな自分を振り払うべく、ゴクリと生唾をのんだ。 「大丈夫。俺は強いんだ。」 そっと踏み出した石の階段は思ったよりずっとしっかりとした硬質感をもっていた。 「おまえ、地元の子か?」 上りきった階段の先には、神様が居ました。と報告しようと快斗は思う。 それほど綺麗で儚い雰囲気の青年が赤鳥居の下に立っていた。 「おい?通じてるか?その身な 鳥居があるってことは日本だろ?日本語がこの十年で大きく変わってはいないはず・・・ いや、ギャルとか呼ばれる人種の言葉は・・ってこいつガキだし。」 息が切れ切れなのも忘れて唖然と見上げる快斗に、青年はブツブツと独り言を漏らす。 顎に添えられた手、眉間によった僅かなシワ。 そんな表情さえ様になるのは、きっと神様しかいないのだ。 「あ、あの。」 「ん?日本語通じるのか?」 「俺をどこに連れて行くんだ!?」 叫びにも近いほどの声量で思い切って尋ねると快斗は一歩だけ青年から離れる。 一瞬は、一緒に行ってもいいかなと思ったが、まだ母親を1人にするわけにもいかない。 そんな想いからの行動だった。 「・・・俺は誘拐犯じゃないぞ。」 「知ってるよ。神様だろ。神隠しをするっていう。 お、俺を連れて行っても一銭の得にもならないからな。」 大見得を切って告げた快斗に青年は盛大に笑いだす。 「一銭の得なんて言葉、よく知ってるよな。・・ってか神様って。ハハ、おもしれぇ。」 「ちょ、馬鹿にしてんのかよ。神様じゃないなら、名前くらい言え!」 「わりぃ。馬鹿にしたわけじゃねぇんだ。俺は工藤新一。おまえは?」 「黒羽快斗。」 「黒羽・・・快斗。」 自己紹介をした快斗に、新一は再び眉間にシワを寄せた。 何かを思い出すときや考える時の癖なのだろう。 そして、合点がいったのか彼の眉間のシワはスッと消えた。 「どうかしたのか?」 「いや。ちょっとな。それより快斗。子供が1人で山の中とは感心しないな。 おまけにここって神隠しがあるんだろ?」 「だって暇だったんだよ。正月ってどうして毎年暇なんだろ。」 お年玉は嬉しいけどさ、と続く言葉に新一は快斗の頭を軽く撫でる。 「なんだよ。」 「いや、妙に大人びてるけど子供の部分があって安心した。」 「俺はガキじゃねぇもん。」 「気を悪くしたなら悪い。お詫びに暇な時間を俺が解消してやるよ。」 「へ?」 ほら、と差し出されたては思ったよりも大きくて その手を快斗は一生懸命掴んでいた。 「探し物?」 「そ。珍しい植物を探してるんだ。」 新一の説明によると、どうやらその植物はこの辺りにしかないらしく どうしても薬を作るのに必要なものなのだと頼まれたとか。 その薬が何なのか気にはなったが、聞かないほうがいい気もして快斗はさらりと流した。 「色は薄い紫でさ。崖とかに生えてるんだ。これが写真、な。」 そう言って見せられたのは小さな電話らしきもの。 ものめずらしそうに眺める快斗に新一はマズッたといった表情を作る。 「これ初めて見るか?」 「なんか似たようなのはあるけど・・・。すごいな、これ。」 少し強引に携帯を奪うと快斗はそれを観察しはじめた。 そしてしばらくすると、パシャっとシャッター音が静かな森の中に響く。 「え?」 「新一の顔、撮っちゃった。」 「撮っちゃったって、もう使い方分かったのかよ。てか、俺って一応年上。」 「良いだろ。たぶん同じ年なんだし。」 「・・・は?」 紋所を見せ付ける某黄門様のように見せ付けられた携帯のディスプレイには はっきりと年月日が記されてあった。 ******************* すごした時間は少しだったけど、別れは寂しくて。 そんな俺に約束してくれたよな。 必ずまた会えると。 その約束が俺を今日まで連れてきてくれたんだって分かってるのかな。 「13年後から来たんだなぁ、新一は。13年経つとトラベル旅行も可能なわけ?」 「いや、俺の場合は特殊な一例。たいして変わってねぇよ。 携帯とパソコンくらいだな、性能が飛躍的に変わったのは。」 「ふ〜ん。で、この植物は無いんだ。13年後には。」 「おまえ、頭良いんだな。3年くらいまえに、っと、いまでいうと10年後くらいか。 絶滅しちまったらしくってさ。俺の隣人がどうしても薬に必要だからって。 けど、時空を越える方法を編み出した阿笠博士ってのが、欠陥品を作ることが多くてよ。 こうして無事に来られたのが奇跡みたいなもんだ。」 サクサクと霜柱を踏みしめながら、新一は他人事のようにあっけらかんと告げる。 その様子に快斗は軽く首をかしげた。 「奇跡って、失敗したらどうなるか分からないんだろ?」 「ん〜。けど、待ってても死ぬかもしれないなら、賭けに出たほうがいいし。」 「死ぬ?」 「そ。その薬がさ、俺の病気を治すかもしんねぇんだ。」 「病気って、いったい・・。」 「お、発見!」 快斗の言葉を新一の弾んだ声が遮る。 言われてみれば見えてきた崖の中ごろに小さな花が咲いていた。 花に詳しいわけではないが、たぶん珍しい種類なのだと快斗自身も思う。 というか、絶滅する花がそう簡単に見つかるものなのだろうか・・。 「本当にあれなのか?」 「ああ。俺って悪運は強いからな。しかし、あんな場所とは・・・。」 花がちょこんと咲いているのは、ほぼ崖の上に近い。 周りを見渡しても崖の上に続く道は無く、方法はただひとつ。 この崖をよじ登ることであった。 「くっそ。上るにしても結構もろそうだし・・・。」 「体重が軽いほうがいいだろうから俺が行く。」 「は??」 「心配しなくても、俺って運動得意だし。」 出会ってからまだ1時間もたっていない。 だけど快斗は自分が存外、目の前の彼を気に入っていることを感じた。 何がと言われれば言葉には出来ないけど、新一のために何かしたいと思ったのだ。 そうと分かれば、自然と体は動いていて。 「快斗。おい、待て!」 「大丈夫って。」 新一の制止の声をふりきって快斗はスルスルと崖を上り始める。 比較的にゴツゴツとした岩肌は足をかけるスペースも多く上りやすい。 ただ、寒さのためにかじかんだ手で岩を掴むのはなかなか難しいことだった。 冷たい雪が頬にあたり、手は異様なほどに赤い。 吹き付ける風に、もっと厚着をすれば良かったと快斗はぼんやりと思う。 「快斗、快斗!」 「ほら、とれた。」 ニッと得意げに笑って、つかんだ花を見せた瞬間、スッと全身の力が抜けた。 「快斗!!!」 重力に逆らうことなく落ちてきた小さな体を新一は全身全霊を持って受け止める。 その衝撃はかなりのものだったけれど、自分の腕の痛みなど、幼い少年の手を見ればすぐに消えた。 黙々と上り続けていた集中力はたいしたものだが、どれだけ登り続けていたかなんて きっと快斗には意識になかったのだろう。 目をつぶったままの快斗に新一は奥歯をかみ締めた。 「馬鹿野朗。手はマジシャンにとって命みたいなもんだろ・・・。」 「・・・新一?」 「快斗!!」 ピクリと動いた瞼。開かれた瞳に新一は安堵の息を漏らす。 「はは。新一、泣いてる。」 「誰のせいだと思ってるんだよ。」 「ごめん。でもさ、俺、新一に生きて欲しいから。」 幼い小さな手がそっと新一の頬に触れた。 冷たく冷え切った手と快斗の言葉に新一は大きく目を見開く。 「新一、ちょっと自暴自棄になってる。俺、わかるんだ。 父さんが死んだ時の母さんがそうだったから。」 「快斗・・・。」 「だけど諦めないで欲しい。俺、未来で新一に会いてぇもん。」 「ガキの言葉じゃねぇよ。」 そっと地面に下ろされて、快斗は自分の手を握り締めたままの新一を見つめた。 花を渡そうにもこれでは渡せない、と。 「快斗、手は大事にしろ。」 「あ、うん。大事にするつもりだけど、って、あれ?俺の夢とか言った?」 「いいから。それにさ、俺はおまえに2度救われてんだ。」 「でも、今日が初対面だし。」 「全部は次にあったときに話すよ。とにかく・・・ありがとう。」 気付けば新一の体は薄く光っていて、快斗は瞬時に新一が帰るのだと悟る。 彼が居る、本来の時に。 「新一、なぁ、俺、絶対おまえに会いに行くから。」 「ああ。そうだな、なら15年後の成人式なんてどうだ?」 「成人式?」 「俺が生き残って大人になって・・・おまえは一流のマジシャンになってるくらいだろ?」 「マジシャン。俺、マジシャンになれてるのか?」 「それはおまえ次第だ。快斗、15年後におまえの初舞台の場所で会おう。」 「しんい・・・。」 思いきり伸ばしたては空を切って。 周囲には彼のいた形跡を示す足跡だけが残っていた。 |