スタートライン  〜the first part

 

 

 

 「はぁぁぁ?」

周りに人が大勢いるのも忘れ、工藤新一は素っ頓狂な声を上げて毛利蘭を見詰めた。

 

 

 

 コトの起こりは昨日の下校時。警察からの呼び出しも無く帰路をのんびりと歩いていると、

一緒に帰っていた蘭が妙にニコニコして言い出した言葉から始まる会話に起因する。

 

「新一、明後日誕生日でしょ?」

「そういや、もうそんな時期だな」

「また忘れてるんだから。それでね、明日、新一の誕生日プレゼント選びに行くから付き合ってよ。

どうせ貰うなら、自分好みの物の方が嬉しいでしょ?だから、ね?」

 

そんな蘭の主張に新一は首を傾げる。蘭の性格ならば、相手のことを考えてプレゼントを選ぶという行動そのものを

楽しみそうなものだ。けれど全開の笑顔で言われてしまえば、所詮幼馴染には弱い新一のこと、断ることなどできなくて。

 

「予定がないからいいけどな」

「ホント?じゃ、決まりね。明日、10時に米花駅の前で待ってるから」

 

 

 

そうやって約束をした5月3日、新一は時間通りに米花駅前に到着した。到着したのだが。

視界に入ったのは幼馴染の少女。それに不思議はない。

不思議なのは蘭が数人の男女に囲まれて何やら楽しそうに話していること。

何なんだ?と新一が呆然としていると、蘭が手招きをして。

「新一〜、こっち〜」

 

そう呼ばれても、その輪の中に入れというのか?てか、そいつら誰だよ?と

内心毒吐きながらも仕方ないので新一はそちらへ向かう。

 

その時、不意に感じた視線。その主は蘭と共にいるメンバーの中にいて。

蘭に似た雰囲気の少女に腕を組まれている同世代の少年。新一は一瞬既視感を覚える。

      

頭を過る白い影。

 

そしてコッソリ溜め息を落とした。こんな不本意な形で正体を知りたくなんてなかったのに、と。

だが、それは言っても仕方の無いこと。偶然というのは避けられるものではない。

新一はそう気持ちを切り替えて蘭の元へ向かう足を早めた。

 

 そこにいたのは蘭を含めて総勢5名。待ち合わせに来るのは新一で最後だったようだ。

 

「えっと、新一、紹介するね。みんな江古田高校の3年生で、中森青子ちゃんとその彼氏の黒羽快斗君、

桃井恵子ちゃんとその彼氏の白馬探君。で、こっちが私の彼氏の工藤新一」

「・・・初めまして。工藤新一です」

 

一応初対面なので営業スマイルで挨拶するが、どういう紹介の仕方だよ?と蘭に突っ込みを入れたい気分だ。

相手方のことはともかく、自分は蘭の彼氏ではないから。

 

本来の姿を取り戻して直ぐ、蘭とは腹を割って話し合った。お互いの気持ちについて。

その結果、お互いを大切に想っていることに変わりないが、その気持ちは幼馴染以上のものではなかった。

だから、これからも幼馴染でいよう、と。

 

その時の話はともかく、新一は蘭の彼氏ではなく、蘭もそれは当然解っている筈なのに、

これは一体どういうことだと蘭を盗み見る。

すると蘭が少しだけ申し訳無さそうな顔をしたので、何か事情があるのだと察し、

一先ず新一は蘭の彼氏という立場で振る舞うことにした。

 

 

蘭と江古田高校のメンバーが知り合ったのは、去年、親友の鈴木園子と一緒に江古田高校の文化祭を見に行った時らしい。

その日、快斗のマジックショーが行なわれ、それに魅了された園子が快斗に会いに行こう!と主張したことが切欠で。

それで楽屋から出てきた快斗を捕まえ、一緒にいた青子や恵子とも仲良くなったそうだ。

 

話の流れからすると、その仲良くなったメンバーとこれから2つ先の駅にあるショッピングモールに買い物に行くらしい。

新一は蘭に腕を引っ張られるように電車に乗せられた。休日である為か、この時間でも車内は結構込み合っていおり、

全員で纏まっていることは困難で、新一と蘭は他のメンバーから少し離れた位置に立っていた。

 

 

これ幸いとばかりに新一は抑えた声で蘭に問う。

「で、どういうことだ?」

「あのね・・・、ホントは園子も来る筈だったんだけど、京極さんが急に帰国することになって」

「園子が何だよ?」

「うん。新一、怒んないでね?」

「聞いてみねーと分かんねぇよ」

「園子の提案で、その・・・、グループデートしようって」

蘭のこの発言の後、冒頭の新一の言葉に戻る。

 

 

 

 

今時グループデートだと?と新一は蘭に騙されたことを怒るより先に呆れてしまった。その提案をした園子も園子。

大凡、京極が構ってくれなくて寂しいので暇潰しに思いついたのだろう。全くいい迷惑だ。

 

その京極が帰国したのであれば園子は来なくて当然。中々会えない彼氏だから、それについて文句を言う気はない。

ただこの提案については山のように文句を言いたい。何が楽しくて初対面の連中と買い物に行かなければならないのか。

それに江古田の連中のことは分からないが、自分達はデートじゃねーだろ、と。

 

 

そんなことを内心毒突きながら、新一はしどろもどろに話す蘭の説明に耳を傾けていた。

園子が新一を話題に出した時、青子と恵子が「新一=蘭の彼氏」という誤った認識を持ったことが原因らしい。

勿論、園子も蘭と新一が付き合っていないことは知っている。

だが、面白がってその認識を正しいものに改めようとしなかったそうだ。

それで青子が自分達にも彼氏がいると言い出して、それなら一度みんなで会ってみようよ、と園子が提案したのだとか。

 

 

何だ、それは?とその強引な話の展開に頭を抱えたい気分になる。けれど、もう来てしまっている以上、付き合う他ない。

それに一人、面白そうな奴が混じっているし。

新一は溜め息と共に蘭に、了解、と告げ、口唇の端を僅かに攣り上げて続けた。

「但し、条件がある」

 

 

 

 

 

 

状況を把握したところで電車が目的の駅に到着し、離れ離れになっていたメンバーとホームで落ち合う。

一応カップル3組なのでカップル同士で並び、だらだらとショッピングモールに向かった。

 

そこであーでもない、こーでもないと買い物に勤しむ女性陣に新一は何だかなぁ、と思いつつ付き合う。

今日は一日蘭の彼氏だ。エスコートはしなければならない。

 

 

昼食を挟み、江古田のメンバーとも大分打ち解けた頃、

レジに並んだ蘭達を待っていると、新一は不意に探に話し掛けられた。

 

「工藤君は何時から蘭さんとお付き合いなさってるんですか?」

「・・・それに答える前に、おめーって何時もそんな喋り方なのか?」

「え?ええ。そうですが」

探の返答に新一はこっそり苦笑を漏らす。同級生相手にこうだと、相手する方も肩凝らないか?と。

まぁ、それは個人の自由だから、探に対して意見するつもりはないが。

「ふぅん。そうなんだ。で、俺達のことだよな?結構長いかなぁ。おめー等はどうなワケ?」

「ぼ、僕達は・・・・・・」

何だか言葉に詰まる探に、新一はここまでの探の様子と考え合わせて、お互い似たような状況なんじゃないかと思う。

それは隣りにいる愛想良く見せている一癖も二癖もありそうな男も同じこと。

興味があるのは、探ではなく、この男だ。妙に意味ありげな視線を時折送ってきていることだし。

 

「まだ付き合い始めたばっかなのか?」

「え、ええ。まぁ、そんなところです」

「そか。ま、仲良くやれよ?で、黒羽はどうなんだ?」

 

新一が顎を杓って促すと、快斗はニッコリと笑って言う。

「工藤と同じくらいだよ」

「・・・成る程な」

そう言って新一はニヤリと楽しそうな笑みを見せた。

 

 

恐らく自分が正体に気付いていることを快斗は承知しているだろう。無駄な肚の探り合いだよな、と思う。

向こうに手の内を見せるつもりは毛頭ないだろうし、

どうせこちらがこの場でどうこうする気もないことも分かっているのだろう。

 

謎に満ちた存在に興味はある。

その謎にどうしようもなく惹かれる心を止められないが、暴いていいものかどうかは別の話。

 

さて、どういうスタンスで接したものか。

新一がそう考えていると蘭達が戻って来て、青子が快斗に荷物持ってーとお願いしたりしている。

すると探が小さく新一の袖を引いた。女性陣と快斗は仲良く喋っているので問題はない。

新一は探に従い、そこから少し離れた。

 

 

 

 

「どうした?」

新一が探と目を合わせて尋ねると、探は声を潜めて言う。

「黒羽君のことなんですが」

「黒羽が何だよ?」

「・・・気を付けて下さいね」

「どういう意味だ?」

「工藤君なら、彼が常人とは違うことに気付いてらっしゃるでしょう?」

「さぁな。ただ、今日はいいんじゃねぇの?おめーは桃井さんの彼氏として来てるんだし、

黒羽だって中森さんの彼氏、俺は蘭の彼氏でしかない。決して探偵でもどっかの気障な紳士でもない。

ただの高校生だ。だったら余計なこと考えずに、しっかり桃井さんの彼氏を演じろよ?

じゃねーと、おめー、バレバレだぜ?」

 

「く、工藤君?・・・・・・バレてるんですか?」

「バレてるんです」

ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべて新一が言うと、探は小さく肩を落とした。

「そうでしたか。蘭さんには?」

「蘭はどうだろ。気付いてねーんじゃねーかな。ま、バレそうになったらあることないこと適当に言っとく」

「ないことは止めて下さい」

「はは。冗談だよ。で、本命は中森さんなのか?」

「ち、違いますよ。可愛い人ではありますが」

「ふーん、じゃ、誰?あー、さっきチラッと話に出てたアカコチャンだろ?おめー、あん時ピクッと肩震わせてたもんな〜」

新一が楽しそうに言うと、探はかぁっと頬を染めた。思いっきり解り易い奴だな、と。

だが新一はこれ以上苛めるのを止める。

もう少しからかってもよかったが、蘭達がこちらにやって来るのが見えたから。

 

 

 

 

新一の誕生日プレゼントを選ぶというのは本当だったらしく、女性陣に次に連れて行かれたのはメンズの店だった。

春物のジャケットなんかいいんじゃない?との蘭の提案で、新一は着せ替え人形状態。

青子と恵子も一緒になって見立てるから中々決まらず、漸く決定した頃には新一はぐったりしていた。

 

 

その後、探が不用意にも、僕も一着欲しいですね、なんて漏らしてしまったものだから、今度は探がターゲット。

女性3名に囲まれて、あー、これ似合うー、などと言われている。

その様子を目の端で見ていると、少し離れた場所に置いてあったジーンズを見に行っていた快斗が戻って来て。

「ねーねー、工藤?」

声を掛けられながら、いきなり肩に腕をがしっと回され、新一は驚いて顔をそちらに向けた。

怪盗の顔アップで見ちまった、と関係のないことを思ったけれど、それは直ぐに何処かへ追い遣って。

「んだよ?」

「ちょっとこっち来て〜」

そう言われ、新一は肩を組まれたまま快斗に店から連れ出されてしまった。

 

 

 

 

店の正面にあったベンチに落ち着いたところで、新一より先に快斗が口を開く。

「訊きたいことある?」

「・・・そっちの状況。中森さんも桃井さんも、何で付き合ってねーのに、彼氏がいる、なんて言ったんだ?」

「あはは。それね〜。勢いで青子が言っちまったみたい。で、恵子も後に引けなくなって、白馬に頼んだ、と。

白馬、フェミニストだから、女の子から頼まれたら断れないんだよね」

快斗の答えを聞いて、新一は盛大に溜め息を落とす。

「すげぇ不毛じゃねーか?それって」

「だね。ま、女の子にも見栄ってものがあるんでしょ?」

「それで付き合うおめーも白馬に違わずフェミニストじゃねーか」

「工藤だってそうじゃん」

「俺は事情が違うんだよ」

「そなの?」

「ああ。で、おめーは訊きたいことがあるのか?」

「んー、微妙。知りたいような、知りたくないような?」

「何だよ、それ?」

「白馬に何か言われた?」

「別に。アカコチャンが本命だとは聞いたぞ」

「え?あー、そうなんだ。白馬が紅子をねぇ。へー、そっかぁ」

快斗は頻りに感心する。本当に知らなかったようだ。

 

 

妙なところで抜けてる奴だな、と新一が思っていると、快斗はふっと笑って表情を一変させた。

それは白い姿を髣髴とさせるもので。

「ところでさ、ものは相談なんだけど、俺、工藤に興味があるんだよね」

「どういう興味だ?」

「工藤新一という人間について。だからさ、こんな不毛な状況は打開しない?」

「方法は?」

「抜けて、二人で話そうよ」

それは確かに垂涎ものの申し出ではある。

 

不本意ながらも正体を知り、この申し出の快斗の意図はまだ見えてこないが、

それでも謎の存在が輪郭を現し、自ら向き合うことを望んでくれているのだ。それに乗らないなんて探偵じゃない。

 

 と思うのも事実なのだが、新一はちょっぴり残念そうな顔をして快斗に言った。

 

「抜けねぇ」

「えー、何で?何で?折角お近付きになれたんだからさぁ」

「そう言われてもな。俺は今日一日蘭の彼氏だからさ」

「もうバレてんだからいーじゃんか」

駄々っ子のような言い分に新一は苦笑を禁じ得ない。

「悪いな。無理だ」

「その理由は?」

「俺の今月中のメシが掛かってるから」

「はい?」

その声と共に思いっきり間抜けな顔をする快斗に、新一は苦笑を深めて説明する。

 

「おめー等と事情が違うって言ったろ?

俺は今日、蘭に俺の誕生日プレゼントを選ぶから付き合ってくれって言われて来たんだ。

おめー等が来ることなんて一言も聞いてねぇし、勿論、俺が蘭の彼氏になってることもな。

だから、ここに来る電車の中で取引をした。今日一日彼氏になる代わりに、今月の晩飯を食わせろってさ」

「・・・工藤、なんつー取引をしてんのよ?てか、普段、ご飯食べてないの?」

「喰ってるさ。ただ面倒臭ぇから外食かレトルトで済ませてて。偶には家庭の味も喰いてーし」

「ああ、そう・・・」

 

快斗はガクンと肩を落として大きく息を吐いた。

 

「残念だなぁ。工藤とゆっくり話してみたかったんだけどね。

ま、それは追々口説くとして。工藤、明日誕生日なんだよね?」

口説くって何だよ?と新一は問い返そうとしたが、それは目の前に差し出されたカードに阻まれる。

カードを差し出した快斗はニッと挑戦的な笑みを見せた。

 

「これ、今朝待ち合わせ場所に行く前に警視庁に出したものと同じ文面。

工藤の誕生日、お祝いしてあげる。一緒に遊ぼうよ?」

 

そんな餌を出されては、食いつかない訳にはいかない。新一は快斗と同じ様な笑みを浮かべた。

「上等。覚悟しとけよ?」

「楽しみにしていますよ、名探偵?」

怪盗の口調で答える快斗と目が合って、何故か思わず二人共吹き出して笑ってしまった。けれど瞳の色は真摯で。

それは同じレベルで対峙できる相手を得られた喜びの表れ。

 

 

 

 

 

 

買い物を済ませた蘭達と合流し、コーヒーショップで軽くお茶をして解散となった。

新一は蘭の家で夕食を呼ばれた後、警視庁へと連絡を入れる。明日の警備状況を確認する為に。

 

 

そして、一晩かけて解いた予告状の暗号の答えと共に、とっておきのプレゼントをくれた怪盗を迎え打つ。

最高に楽しめる贈り物をくれた怪盗に敬意を表し、全力を以って怪盗の犯行を阻止する。

 

 

さて、どう来る、怪盗キッド?

 

 

 

 

新一はまだ気付いていなかった。目的が犯行の阻止であって、怪盗の確保とは考えないのか。

どうして怪盗の謎を全て暴き、明るみにしようとしないのか。

何故、怪盗の謎にこんなにも惹かれているのか。その自分の心に。

 

 

 

 

 

 

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2004.5.3up

 

 

 

 

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