うなだれる快斗を保健室で休ませ、ようやく彼が回復したころには、

すでに4時間目も半分を過ぎていた。

急いで靴箱に向かい、さっそく運動場に繰り出す。

本日最後の授業参観は雅斗と由佳の体育だ。

5月を過ぎたばかりの穏やかな気候だけれど、照りつける太陽は夏を連想させる。

木々の少ない運動場はまさに砂漠のようだ。

それでも水がまかれているためか砂埃は少ない。

 

悪夢の授業参観

―雅斗達編―

 

 

「おっそ〜い。」

玄関から出てくる両親を視界に止めると、由佳が不満げに駆け寄ってきた。

まっ白な体操服の袖を肩まで上げてノースリーブのように着こなし

いつも自由に遊ばせている髪は高い位置でまとめられている。

加えて真っ黒な髪に白のはちまきもまた鮮やかだった。

 

「まったく、もう私の活躍終わっちゃったんだからね。」

「そういや、由佳達はなんだったんだ?」

「陸上だよ。だけど、今は男子が野球してる。」

 

新一の問いかけに由佳はニコリと微笑む。

先程まで頬を膨らませていたとかと思ったら、

途端に笑顔に戻る所は本当に有希子に似ていると感じる点だ。

 

「それで、由梨になにかされたの?お父さん。」

「・・・思い出したくない。」

「そう?」

楽しそうにニタニタと笑う由佳。

おそらく事情は全て把握しているのだ。

悠斗が授業中に困ったことも、由梨が報復したことも。

 

そうこう話しているうちに、雅斗達が野球を行っている場所についた。

グラウンドの周りに生えている大木の木陰には女子生徒の姿が見える。

彼女たちは記録表をメガホン代わりに丸めてバンバンと叩きながら声援を送っていた。

 

保護者は・・と快斗は辺りを渡す。

これだけ暑い校庭にわざわざでてくる大人は少ないようで

7,8人が離れた場所から授業を観察しているのが見えた。

 

「由佳。どこで見てもいいのか?」

「あ、うん。でも、打球には気をつけてよ。それじゃあ、私は友達のところにいるから。」

 

由佳はそう言うと、手招きしている友人の所へ駆け出す。

そして、彼女たちに混ざって楽しそうに会話をはじめた。

グラウンドには女子に良いところを見せようと、1人のバッター。

だが、女子は全員話しに夢中で

悲しいことに彼の注目度はイマイチだ。

 

 

 

快斗は木陰になっていてボールが飛んでこなさそうな場所を選び、

ハンカチを広げると新一を座らせ、その隣りに自分も座った。

 

「次、雅斗じゃん。」

「あ、本当だ。」

 

キャーっと女子生徒の歓声が上がったかと思えば、彼女達にウインクする息子の姿。

校則違反だろうと突っ込みたくなる赤いTシャツに紺色の短パン。

白いはちまきは用途が変わったかのように、首元でネクタイのように結ばれていた。

 

「ピッチャーは野球部だって。」

「ふ〜ん。って何でしってんだ?」

「彼女たちが今話してるよ。」

「相変わらずの読唇術だな。」

 

快斗達の座っている場所からは随分と離れた距離にあるにもかかわらず、

快斗はしっかりと彼女たちの口元から現状を把握している。

おそらく彼の昔の職業柄なのだろうか?

こういうことに置いてはさすがの新一も敵わなかった。

 

歓声が少し収まったところで、ピッチャーがゆっくりと左足を上げる。

その瞬間、キュッと雅斗はバットを握る手に力を入れた。

そして寸間置かずに、凄まじいスピードでボールがピッチャーの手から送り出される。

雅斗もそれに合わせて力一杯、バットをふった。

 

カキーン

ボールが鋭い速さで運動場の砂を切った。

 

「ファール」

 

アンパイアの声にホッと息をなで下ろすピッチャー。

鋭い当たりだったが、ヒットにはならなかったようだ。

ちなみに得点は3対3の9回裏。

ここでホームラン性の辺りが出れば、勝利という状況。

 

授業終了まであと10分。

雅斗ははやく勝負をつけようと軽く深呼吸した。

今日はなんと言っても、新一が来ているのだ。

少しでもかっこいいところを見せたいと思うのは必須。

 

再びピッチャーの左足が地面から離れて・・・

雅斗は思いっきり迷うことなくバットをふった。

 

 

 

そして凍り付く・・・

 

 

 

ボールが飛んだ先・・・それは新一の顔面だったから。

 

 

 

 

 

 

「つってーー。」

「おい、快斗っ。大丈夫か。」

 

飛んできた打球をどうにか片手で受け止めた快斗は赤くなった手を眺めた。

どうやらどこにも支障はないらしい。

新一はそれでも心配そうに快斗を見ていた。

 

マジシャンにとって手は命。

奇跡を生み出す大切な場所。

夢を叶えるための切符。

 

 

「快斗。怪我、してないか?」

「大丈夫。新一はどこも当たっていない?」

「俺は全然。」

 

「そう。良かった。」

 

飛んできた打球が新一に迷い無く向かってきているのを視界に止めた瞬間

快斗の手は自然と動いていた。

本当にコンマ数秒の動きだったと思う。

自分で自分を誉めてやりたいほどの動体視力と反射神経だ。

まぁ誤算といえば

雅斗と野球部ピッチャーの力が加わった球は、予想以上に痛かったことだが。

 

「にしても・・。俺の新一に打球を向けるとは良い度胸だ。」

「快斗?」

 

ようやく手の痛みも治まって、快斗はギロリと雅斗を睨んだ。

もしあの球が、新一の顔に直撃していたら。

そう思うと、怒りの固まりが沸々と浮上してくる。

 

バッターボックスには蒼い顔をしている雅斗。

大川が“怪我はありませんか”と叫びながら慌てて近寄ってくるのが見えた。

 

快斗は雅斗を睨み付けたままスッと立ち上がる。

そして、走り寄ってくる大川を無視して、息子の傍まで歩み寄った。

 

 

蛇に睨まれた蛙とはこのような感じかな・・・。

 

雅斗は目の前に立つ父親を見ながらそう思う。

こんなことなら空振り三振でもすればよかった。

 

「雅斗。」

「な、何?」

「よくも俺の新一を危険な目に遭わせたな。」

「あ、いや・・その事故ってやつで。」

 

雅斗はどうにか父親を取り繕うと悪あがきをする。

もちろん打球が新一のほうに飛んだ時点で覚悟はできていたのだが。

ここで救いの手になるのは由佳ぐらいだが、彼女もどうやらご立腹の様子で・・・。

もはや希望などは見いだせる現状ではない。

 

「俺の教育方針が上手く伝わっていないのかっ。おまえには!!!」

「な、なんだよそれ。」

 

初めて聞く言葉に目を丸くする雅斗。

仮にあったとしても、自由奔放か?とも思えてしまう。

 

「よく覚えとけっ。我が家の教育方針は、

 1に新一、2に新一、3,4がなくて5に新一だ!!!前も言っただろ。」

「いや、初耳。」

 

というより、それ以前にその教育方針は何かがおかしいと感じてしまうのは

自分が異常なのだろうか?

雅斗はその言葉に大きく頷く妹を快斗の肩越しに確認してそう思った。

 

「とにかく、それなりの制裁は受けて貰う。」

「だから、事故なんだ。狙った分けじゃ。」

 

 

ジリジリと歩み寄る快斗に雅斗も一歩一歩後退する。

 

 

ちなみに周りのギャラリーは、まるでドラマのような親子の駆け引きを

遠目で楽しんでいたりもする。

もちろん、2人の会話は小声なので聞き取れてはいないが。

 

 

「事故で許されることなんてねーんだよ。特に新一に関しては。」

 

冷ややかな殺気を含んだ視線に雅斗は背中を冷や汗が流れるのを感じた。

もちろんそれが威嚇だと分かっていても、恐ろしいことこの上ない。

 

新一はそんな様子をうかがいながらそろそろか、と、木陰からグラウンドへ向かう。

もちろん、唖然として光景を見ている大川に謝罪を入れることも忘れない。

 

 

「おい、快斗。」

「何?しんい・・」

 

雅斗の首根っこを持っていた手をグイッと引っ張られ、

途端に指先に感じるのはなま暖かい感触。

気がつけば新一が快斗の指を口に含んで、血の出ていた傷口を丁寧に舐めていた。

 

「しん・・いち?」

「怪我してる。早く帰って灰原の治療うけねーと。」

「で、でも。このくらいただのかすり傷だし。」

「俺が嫌なんだよ。ほら、帰るぞ。」

 

ぶっきらぼうな言い方で、歩き出す彼を快斗も慌てて追いかける。

台風一過とはまさにこんな感じだと、開放された雅斗は思う。

そして、力無く運動場にへたり込んだとき、

偶然にも授業を終えるチャイムが鳴ってしまった。

まさにゲームセット。紅白試合は引き分けだ。

 

次は昼飯か〜などと思ってゆっくりと立ち上がろうとすると

今まで日が当たっていた場所に3つの影。

嫌な予感がして雅斗は恐る恐る顔を上げる。

 

「雅斗。お父さんの変わりに私が制裁を加えるから。」

「新しい薬の実験台、よろしくね。」

「母さんに打球を向けた罪は重いからな。」

 

揃いも揃った兄弟達の目の色は冷たい。

これでも長男なのにと内心毒づいても、とても3人に勝てる気はしなかった。

まぁ、それでも今回の件は自分に非があるのだから弁解の余地はないけれど。

 

「授業参観なんて大嫌いだーーーー!!!」

 

「はいはい、いくわよ。」

 

ズルズルと校庭裏に連れて行かれた雅斗の運命は神のみぞ知る。

 

END

 

まったくもって、文章がおかしいです。

とりあえず、がんばれ雅斗ってことで・・・。

甘く・・・なったでしょうか?