久方の 月の桂も秋はなほ もみぢすればや 照りもまさらむ(古今和歌集:忠岑)

 

「今日も月が綺麗だな。」

寝室から見える月を見上げた。

雲一つない夜空に一点の濁りもなく輝く月はひどく美しい。

その美しさは中国古代の伝説で月に生えているという桂の木、

月の桂に由来すると、先代の者が詩に詠ったことがある。

 

秋にはその月の桂が紅葉するためにこの頃の月はより一層輝くのであろうか?

 

斎宮としてこの神殿に入り、また季節が変わる。

 

〜月の桂〜

―プロローグ―

 

「何を見ているんですか?」

伊勢神宮の一番奥にある部屋で、

白の下地に淡い桜色の上着を羽織った女に男は問いかけた。

腰の辺りまでのびている長く美しい黒髪が揺れるのとともに、女は振り返る。

誘うように薄く開いた唇、絹のようになめらかな肌、そして深海のような蒼い瞳。

男は振り返った女の美しさにしばし時を忘れてジッと見つめていた。

 

「何のようだよ。」

「新一。今は美しい情景に包まれているんですから、

その言葉遣いはふさわしくないと思いますが。」

「あのなぁ、男の俺が、なんで言葉遣いまで女にしなきゃいけねーんだ。」

 

絶世の美しい姫は、実をいうと立派な男である。

 

天皇を父に持ち、統率力、頭、容姿と全てにおいて完璧な新一は

当時、この世を支配していた藤原家にとってはまさに目の上のたんこぶだった。

そんな新一の評判に、藤原家がいつ暗殺の命を下してもおかしくはない。

そう思った、彼の母、有希子は新一を護るという名目で、

彼のことを世間一般には一人娘として公表したのだ。

女であると分かったならば、藤原家とて暗殺までは行わないだろう。

それが有希子の目論見だった。

 

だが、女として育った新一だったが、それでも男を従わせる力は充分にあり、

ついに、藤原家は新一を政治の舞台から抹消することを決めた。

その結果が、斎宮という地位なのだ。

斎宮とは、伊勢神宮に奉仕する未婚の皇女で、天皇の即位ごとに天皇家から任官された。

だが、もちろんのこと、結婚や外出も禁止されるこの地位につくのは、

藤原家にとって邪魔な皇女ばかりである。

新一も、表向き女なので男と結婚しなくてはならないが、

そんな気などさらさら無かったのでこれ幸いとその地位を快く引き受けた。

その事に側近の者達はこぞって反対したが、新一は妥協することなく、

数ヶ月前にここにやって来たのだ。

誰もいない屋敷でゆっくりと洋書を読みふけよう。

新一はそんな期待で胸を膨らませてやって来た。

だが、そこには本当の“カミサマ”が存在したのだ。

確かに斎宮とは神の妻であるのだけれど、神

など存在しないと断言していた新一にとってその存在は驚きでしかなかった。

だが、読書の邪魔にならなければいいか、と納得してそのカミサマとの同居を認める。

そのカミサマの名は“キッド”

伊勢神宮の神の名とはほど遠い名であったが新一がそれを気にすることなどなかった。