月の桂

―3―

 

 

「どこに行かれたのです?」

「さぁ、わたくしは何も存じ上げません。」

 

夜の相手を・・・と新一の部屋を訪れたKIDは目の前にいる志保に問いつめた。

いつもなら、必ずここにいて嫌々ながらも付き合ってくれる新一が今、ここにはいない。

嫌な予感が頭をよぎりつつも、

とりあえずは目の前にいる情報源を問いつめた方が手っ取り早かった。

 

「答えぬと、どうなるのか分かっているのだろう?」

「ええ、わたくしも馬鹿ではございませんから。」

 

鋭い殺気を向けて軽く脅しをかけるが、目の前の女房は全く恐怖の色を見せない。

それどころか、余裕の笑みまでも浮かべている始末。

さすがは、新一の側近だとKIDは頭のどこかで彼女のそうした態度を納得していた。

だが、このまま彼女を見逃すわけにもいかない。

はやく問いただして新一を見つける必要があるのだから。

 

「もう一度チャンスを与えましょう。仏の顔も三度までと言いますし。」

「あら、あなたはカミサマであってホトケサマではないと記憶しておりますが。」

 

志保は楽しそうに口元をゆがめてあざ笑った。

その態度がますますKIDの神経を逆なでする。

 

「命は惜しくないとお見受けしますよ。」

「ご自由に。わたくしは主である新一様にお仕えするのみですから。」

 

さぁ、お切りなさい。と言わんばかり志保は首筋をKIDに向ける。

白い首もとにくっきりと頸動脈が波打っているのがよくわかった。

KIDは彼女の潔さに感服しつつも、鋭い刀を近づける。

そして、一気に引き抜こうとした瞬間、後ろからその手を掴む者がいた。

 

「新一様。」

「志保、無茶をするな。」

新一はKIDの刀を振り払って、志保を庇うように彼女の前へと立つと

“どういうつもりだ”と言わんばかりにKIDを睨み付ける。

KIDはそんな新一の姿に、徐々に理性が戻っていくのを感じた。

 

「新一がいなかったので、問いつめただけです。」

「用に立っていただけだ。」

「それならば、なぜ彼女は真実をお告げにならなかったのです?」

 

刀を莢にしまって、KIDは志保に視線を移す。

だが、志保は焦った様子もなくクスッと笑みを漏らした。

 

「だから存じ上げなかったのですよ。最初からそう言っておりますでしょう。」

「そう言うことだ。志保、悪かったな。下がって良い。」

「はい、お休みなさいませ。新一様。」

 

志保は深々と頭を下げて、KIDの隣を悠々と通り過ぎていく。

KIDはそんな彼女をいぶかしげに見送ることしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「今日は随分と集中していませんでしたね。誰のことを考えていたんですか?」

「別に。」

 

布団から身を起こし着物を着る新一にKIDは声をかける。

いつものように抱いたけれど、彼の心は今日、ここにはなかった。

自分ではないだれかに抱かれて啼いていたとも感じれて、

最後は随分と手加減無しになってしまったきもする。

それでも新一は気だるそうに時間になると起きて、準備を始めた。

 

誰かに会うことを楽しみにするように。

 

「新一。今日は私の傍にいなさい。」

「どうして命令する?」

「カミサマに服従することが斎宮の決まりでしょう。」

「俺には俺の仕事があるんだ。」

 

あくまでも言うことを聞かない新一を、KIDは無理矢理引き寄せた。

そして、強引なキスを仕掛ける。

昨晩、何度もついばんだ唇を、深く堪能するように。

 

キスの後、新一の呼吸は乱れていたがその表情はひどく冷めていた。

ただ前髪を掻き上げて、口に付いた唾液を着物の袖で拭い、

焦点の合わない瞳で外を見ている。

 

「嫉妬か?」

「ええ。独占欲が強いので。今日は乱暴をしてしまいそうです。出ていってください。」

「言われなくてもそうするよ。」

 

ふらつく足でどうにか立ち上がると新一は逃げるように部屋を出ていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

様子が変だ。

白馬は最終日の朝の食事をとりながら今の状況に首を傾げていた。

 

「何かあったんですか?」

「あ?」

「いえ、君と斎宮様ですよ。目も合わせませんし。」

「何にもねーよ。」

 

白馬は快斗だけに聞こえる声で尋ねるが、それに対しての解答はひどく冷めたモノだった

今日にはこの館を出るというのに。

白馬は薄々だが、斎宮様が快斗のことを気にかけていることには気が付いていた。

だからこそ、最終日にこんなにもお互いぎくしゃくしているのはどうしてもおかしい。

 

「今日、僕らは帰ります。」

「ええ、存じてます。少し・・・寂しくなりますね。」

 

 

白馬の言葉に新一は哀しく微笑んだ。

これでもう快斗と会うことは二度とないだろう。

そして、KIDの腕の中で自分は次の天皇が決まるまで抱かれ続けるのだ。

それでも、快斗が幸せならそれでいいと思えて、心はひどく落ち着いている。

 

ガシャン

 

「く、黒羽君・・・?」

「何、1人で納得してるんだよ。何が少し寂しいだよっ。」

「ど、どうしたんですか。斎宮様に向かって。」

 

「俺は、ずっと新一の為に我慢してきたんだ。

 天皇の信用さえ貰えれば自由なことができるから。

 なのに、ない1人で勝手に勘違いして話を終わらせてるんだよ。」

 

食事をひっくり返して、快斗は怒りをあらわにした。

日頃、ポーカーフェイスの彼のそんな表情に白馬はかける言葉を失う。

そして、行き場のなくなった視線は自然と新一の方へと向いた。

彼はひどく落ち着いた表情で立ち上がった快斗を見上げている。

そこには、言葉では表せないほど優しい慈愛の光が宿った瞳があった。

 

「落ち着け。快斗。」

「どうして落ち着いていられるんだ。俺は今日、ここを発つんだぞ。」

「カミサマが来るからだ。」

「カミサマ?」

 

決して怒らせてはいけない存在。

そして、彼のモノに手出しをする者は必ず地獄に堕ちると・・・。

 

「黒羽快斗。一度お会いしたかったんです。」

 

誰も居なかった新一の後ろに、寄り添うように白い衣を纏いし神がそこにはいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「貴方が・・・神?」

 

白馬はその予想と反した神の姿に腰を抜かしていた。

もっと高年齢の仙人のようにひげを生やした男だと思っていたのに、

目の前に立つ男は自分たちとさほど年齢も変わらなく見える。

それでも、予想もできない登場の仕方、そしてその禍々しい気配から

白馬は彼がカミサマだと確信したのだった。

 

白馬は頭を深々と下げる。だけれど、快斗は恐れることなく彼へと近づいた。

 

「く、黒羽君っ。」

「カミサマかなんかしらねーけど。俺は目に見えるカミサマは信用できねーんだよ。」

 

制止する白馬の声を振り切って、快斗はKIDを睨み付ける。

そんな彼の態度にKIDは満足げな笑みうぃ浮かべた。

 

「さすがは新一の好んだ男ですね。今までの者達とはひと味違うようだ。」

KID。快斗は関係ない。絶対に手を出すな。」

「新一がそうムキになるのも珍しいことですね。そんなに彼が大切なんですか?」

 

スッと周りの温度が数度下がった気がした。

それでも快斗は怯むことなく、新一の手を引いて自分の元へと引き寄せる。

例えそれが神に刃向かうことになるとしても、そうせずにはいられなかった。

 

「快斗。こいつは本当に・・。」

「怖くないよ、消されることも。それより新一が苦しんでいるのを見る方が怖い。」

 

必死に訴える新一に快斗は優しく微笑みかける。

新一はそんな快斗の笑顔に何も言えなくなってしまった。

 

「新一は自分のことしか考えてない。俺の本当の気持ちなんて知らないでしょ?」

「俺は、快斗が・・・。」

 

幸せであってくれればいい。そうずっと願ってきた。

 

じゃあ、彼の幸せとは何だ?

 

新一はそこまで言いかけてようやく気がつく。自分の犯した誤りに。

 

 

「分かった?」

「ああ。快斗の幸せって単純だって事が。」

「でも、それしかないんだよ。昔から・・・そしてこれからも。」

 

 

「話はすみましたか?新一、貴方が戻ってくるのなら彼の命は助けます。

 さぁ、どうしますか?」

 

虫も殺さないようなおだやかな表情でKIDは2人を見据える。

だけど、新一が快斗の手を振りきることはもはやできなかった。

 

 

 

 

「カミサマ。そのくらいにしたらどうです?」

「貴女はいつでも邪魔をするんですね。」

「これがなにかお解りになる?」

 

志保はゆっくりと手中に収まった袋を見せる。

それにKIDの表情は凍り付いた。

 

「志保、それ・・・。なんだ?」

「カミサマの弱点。」

 

ニッコリと志保は新一の問いかけに微笑んだ。

だけどその笑顔がとてつもなく恐ろしく感じるのは気のせいだろうか。

 

「さぁ、どうします?」

「私の負けですよ。いえ、正確に言えば最初から負けていたのかも知れませんね。」

 

KIDは早くここから去るように目を伏せる。

それを合図にしたように快斗は新一の手を引く。

新一もまた、KIDのひどく疲れた表情を気にしながらも、彼の誘いを断ることはない。

だって、彼にあった瞬間からこの結末はどこかで決まっていたようなものなのだから。

 

 

「欲しいモノはいつも手に入らないんですよね。」

「キッカケが欲しかったんでしょ。新一様を自由にする。」

「さぁ、どうでしょう。」

「損な役回りね。お互い。」

 

志保はクスリと笑って、袋を外に投げた。

中に入っていたのは小さな煮干し・・・・・。

 

「カミサマの弱点ってあんがい小さいのね。」

「どこで知ったんですか?」

「調理場担当をなめないでくれる?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

斎宮御所を出て、暫く道無き道を走り続けた。

着物のままの格好も、途中で着替えて今は農村の者達と同じ姿。

ずっと繋がったままの手を新一はそっと見つめた。

本当にこれで良かったのだろうか?

 

「後悔はしてないよ。俺は。」

「快斗・・・。」

「どこか村を見つけて2人でひっそりと暮らそう。

 新一の家族のことは側室に任せてあるから。」

「側室に?」

「1人、変わり者がいたんだ。」

 

自分がこの仕事に出るときに、そっと告げられた言葉。

紅い髪を掻き上げながら、にっこりと微笑んで。

『家族のことはお任せ下さい。もちろん正室になられる方の家族も。』

 

「何、浸ってるんだよ。」

「やきもち?」

「そうだよ。」

「・・・え?」

 

手を離して先にかけていく新一は耳まで真っ赤で。

快斗は人知れず微笑んで、再び新一の手を掴むのだった。

 

END