〜永久花・7〜

 

「一身上、妻の名前は公表できませんが、凄く綺麗な人です。

 そして、凄く強くて弱い人です。」

 

ステージ上では見せたことのない表情に会場中が穏やかな沈黙に包まれる。

快斗は新一の事を“妻”と言うたびに、なんとなく気恥ずかしく感じた。

 

日頃あまり呼び慣れないせいか、

それとも結婚を目前に控えているせいかは分からないが、悪い気分ではない。

 

「ここまでマジックを続けて来れたのも、彼女の支えがあったこそだし、

 彼女はいわば自分自身の生きがいでもあるんです。世界で一番大切な人。

 それが、僕と同じように結婚した男性の方々と共通した妻への思いだと感じます。」

 

ステージの魔法遣いは、一般の人々と変わらない。

別に特別視しなくてもいい、普通の男女が結婚したのと同じなのだから。

その言葉にはそんな意味が含まれているようだと雅斗は感じる。

このメッセージが観客のどの程度の人に伝わっているかは分からないが。

 

 

快斗は静まりかえった会場を見渡しながら一息つく。

これでようやく、新一を直接的ではないにしろ、自分と結ばれたのだと公表できたのだ。

彼に出会ってからずっと心に抱いていた思い。

それが、今、現実のものとなった。

 

「子ども達については、ノーコメントで。

 そのうち社会に出ていけば話題にも上るでしょうから。その時までの楽しみとして。」

 

 

「じゃあ、報道陣の方々からの質問を受け付けます。」

快斗の言葉が終わったと同時に、雅斗はうずうずとしている報道陣達に取材の許可を下す。

観衆に質問を投げかけて貰っても良いのだが、やはりここは質問のプロにやって貰った方が

人々の気になっていることも完結に解き明かせるだろうし。

そう判断した結果だった。

 

雅斗の言葉に、ステージの袖から背広を着こなし、髪をジェルで固めた男が出てくる。

手には取材用のマイクを持って、その面もちは緊張の色を含んでいた。

 

「そ、それでは、結婚はいつなされたんですか?」

 

男がマイクを2人に向ける。そこにすかさず音声やカメラがググッと近寄ってきた。

快斗はにっこりと営業スマイルを浮かべて“18歳の時です”と答える。

その言葉に、会場中が一瞬ざわつくが、

すぐに次の質問をキャスターが述べるとそのざわつきも収まった。

 

「じゃあ、出会いはいつごろ、どんな風に?」

「お互い、認識が違うんですけど、私的には時計台です。

 まぁ、その時はライバル的な関係でしたね。」

 

中学の文化祭での一件(白麗祭・参照)を思い出しながら、快斗は苦笑する。

もし、新一がこの放送を聞いていたならおそらく“ビルの屋上だ”と否定するだろう。

 

キャスターの質問が終わるたびに、取材できない報道陣は黒手帳にメモを取った。

基本的に写真は禁止としてある為、煩わしいシャッターの光はない。

 

「えっと、それじゃあ・・・」

 

“次の質問です。”そうキャスターが続けようとしたときだった。

 

後ろの扉が開いて、まばゆい光が会場に飛び込んでくる。

そして、皆が一斉に視線を向けた先には、ひどく青い顔をした男が立っていた。

 

「外に拳銃を所持した男がいるんだ。は、はやく逃げろ!!!」

 

男の声と同時に、会場の人間達は騒ぎはじめる。

一瞬、なにかのイタズラかとも思ったが、

報道陣の携帯電話も鳴り始め、その事が事実だと分かった。

おそらく、各局の上司からその拳銃所持の男を映像でおさめろとの要請だろう。

 

「スタッフが案内しますから。落ち着いて行動してください。」

男の後ろからやって来た警察らしき集団が、大声でパニック状態の客をなだめる。

 

「お二人とも、急いでこちらに!!」

人々が去っていく会場を眺めていると、ステージ袖から聞き慣れた男の声が響いた。

光に照らし出されたステージに上がるのは気が引けるのか、必死に手招きをする男。

25歳の若手新人マネージャーだ。

彼の欠点をあげるなら、見た目通り気が弱いこと。

まぁ、そのことで快斗達に随分と振り回されているのだが。

 

快斗と雅斗は必死に自分たちを呼びながらも、

腰が引けている彼に苦笑しながらそちらへと向かった。

 

 

「男は何か要求していのか?」

快斗は白い手袋をマネージャーに手渡すと、状況をさっそく尋ねる。

マネージャーは雅斗からも同様に手袋を受け取ると、軽く首を振った。

 

「いえ、でも女性が1人、撃たれたとかで。」

「それで撃たれた女性は?」

「男が人質がわりにしているそうなんです。」

 

マネージャーはそう言って、一息つくと話を続ける。

事件の話だというのに、話をする彼の表情はどこか気の抜けた顔つきだった。

 

「まぁ、補足なんですが、随分と綺麗な方のようです。

 なんでも、拳銃を所持しているのに一番最初に気づいたとか。」

 

“先程、ちらっと見えたんですが、凄く綺麗で、惚れちゃいました。”

 

マネージャーはのんきにもそう付け足すと、さらに間抜け面になる。

まるで、天女でも見て心を奪われた男のようだ。

快斗はそんな彼に“短所をもう一個プラスだな”と内心毒づく。

人質にされている女性に惚れたというなら、命がけで助ければよいだろうに。

 

 

「なぁ父さん、とりあえず表に出てみよう。」

「ああ。そうだな。」

 

“拳銃所持にいち早く気づいた”それでいて“美人”

マネージャーの言葉に2人の頭をよぎったのは新一の存在。

今日は絶対に来ないと言っていたから、まさかとは思うけれど。

 

 

「えっ、ダメですよ。

 上司からお二人が危険な状況に陥らないよう、誘導しろと言われたんですから。」

 

2人のとんでもない言葉に、マネージャーはひどく慌てた様子で快斗と雅斗の腕を掴んだ。

前任の先輩マネージャーから彼らの相手は大変だと聞かされてはいたが・・・。

だが、ここで2人を止められなくては、マネージャーの意味がない。

男はそう思って、全身全霊の力を込めて2人の手をひっぱった。

 

すぽっ

 

「えっ!?」

 

気がつけば、腕が二本手の中に収まっている。

 

 

「に、偽物!?あーーーーーお二人とも待って下さーーーーい!!!!」

 

 

偽の腕を捨てて、走り出した2人をマネージャーは必死に追いかけた。

こんな仕事、引き受けるんじゃなかったと後悔しながら。

 

あとがき

快斗君の奥様紹介は簡単に。まぁ、そのうち記者会見とか必要だろうし(笑)

 

 

Back                   Next