新一が会場にと到着すると、そこは多くの人々であふれかえっていた。 おそらく、チケットが手に入らなかったファンや、許可が下りなかった報道陣達であろう。 皆、ロープから体を乗りだしてあわよくば会場内に入ろうと必死だ。 至る所で警備員の笛が鳴り、場所によっては喧嘩騒ぎになっている。 新一はその騒然とした様子を見ながら、乗ってきたバイクを会場の隅へと止める。 ざっと見渡しても、ジンの関係者と成り得そうな危険人物は見あたらない。 たんなる脅しだったのか? 新一はバイクのキーをポケットに突っ込むとゆっくりと人々の方へと歩いていく。 その時だった、胸の辺りがひどく痛みだしたのは。 〜永久花・6〜 “興奮状態で、無理な行動はしないでね” ふと、頭をかすめるのは先日、定期検診で哀から言われた言葉。 最近、仕事詰めで疲れがたまっているせいか、体の調子は良好とは言えない。 ただでさえ、体に爆弾を抱えているような新一の体質に今の状況は拍車をかけていた。 「冗談じゃねーよ。」 弱った体で何もできなくなるのだけは絶対に嫌だ。 新一は胸の当たりを強く握りしめて、体に、もう少し我慢しろと言い聞かせる。 その効果があったのか、若干痛みが引きだした。 新一はそれに軽く胸をなで下ろして再び入り口の方へと視線を向ける。 その時、視界に見慣れたカップルが入り込んできた。 あれは・・・。 忘れるはずもない、絶対に見間違えるはずもないカップル。 それもそのはずだ、なんせ新一は2週間ちかくも彼らを尾行していたのだから。 「あの人も大変だな。」 ほぼ毎日のように若い男とでかけている妻の存在を知って あの貧弱な男は今、どんな気持ちでいるのだろうか? 新一はそんな事を頭の隅で思いながら、会場へと歩き始める。 チケットは持ってきていないが、どうにか説明すれば入れるだろう。 「はやく、あいつらの無事だけでも目に留めておかないと、 仕事もおちおち、やってられねーし。」 そう苦笑して、身分証明書を取り出そうと手を鞄へと入れたとき、 新一は背後からままならぬ殺気を感じた。自分に向けられた殺気ではない。 対象は・・・・先程の浮気妻だ。 新一は振り返って、殺気の出所を捜す。 多くの人々の中に、きっとあの男がいるはずだ。 「いたっ」 探偵事務所を訪ねた時と同じ格好で、男は凄い形相で妻を睨み付けていた。 あの時の穏和な雰囲気からはとうてい想像もつかない表情だ。 「あれは・・。」 男の胸元に微妙なふくらみを見つける。 例えるなら、拳銃かなにかのような大きさ・・・。 考えすぎだ。新一は軽く頭をふった。 歩美とその類の会話をしたために、 どうしても、あのふくらみに拳銃が入っていると思ってしまう。 どうする? 新一は自問する。はやく会場に入らないと快斗達が危ないかも知れない。 だが、本当にあの男が胸に隠し込んでいるのが拳銃だとしたら。 ここで快斗達の安全を選び、事件を未然に防ぐことができないなら、 今までしてきた事を否定することになる。 新一の答えは決まっていた。 悩むまでもなく、あの男を視界に止めた時点から、あの殺気を感じたときから、 見捨てることなどできないのだ。 そう、同情の念。女に対してでなくあの男に対しての。 随分と甘くなったものだ。いつから他人を気遣う人間になったのだろう。 新一は男に歩み寄りながら、苦笑する。 まだ、胸の奥はキリキリと悲鳴を上げているけれど。 説得すれば、男の人生をまともな方向へと若干ながら修正できるかも知れない。 男は新一に気づいたらしく、慌てたように人々の中へと消えていく。 逃がすかよ。 新一も男の後に続いて、大勢の人間の中へと飛び込んだ。 男の貧弱な後ろ姿だけが唯一の目印だ。 新一は上手く、人々の間をすり抜けて、一歩一歩その間合いを詰めていく。 そして、ようやくその腕を掴むことに成功した。 「なぜ、逃げるんです?」 「お、おまえ、気づいているんだろ。」 男は予想以上に強い新一の力に臆しながらも、必死にそう言葉を繋いだ。 「馬鹿なマネは止めてください。 私はその為に今回の依頼を引き受けたわけではありません。」 「おまえなんかに分かるか!!俺はあいつの為に一生懸命がんばってきた。 いくらあいつから罵声を浴びせかけられようと、耐えて、必死にやってきたんだ。 なのに、あいつは、あいつは。」 男の声にまわりの人々が驚いたのか、若干ながら新一と男のまわりに開けた空間ができる。 その取り巻きに新一が一瞬、視線を奪われた瞬間、 男はついに鉛色の物体を胸元から取り出した。 しまった。 そう思ったとき、男は手を振り払って女の方へと向かう。 拳銃を見た人々が叫び声をあげて逃げまどう。 報道陣は一斉に男のカメラを向けた。 考えていた最悪の事態になる。 新一は男を追う、せめて女だけでも護らなくては。 「死ねーーーーーー!!!!!」 標的を妻に定めた男の前に新一は飛び出していた。 +++++++++++++++ 「改めて紹介します。彼はわたくしの息子、雅斗です。」 快斗は唖然とする観衆に、穏やかな口調で真実を告げる。 しばらくの間だ、その場は不気味なほどの沈黙に包まれていた。 おそらく、まだ、誰1人として快斗の言葉の意味を理解していないのだろう。 だが、その沈黙も長くは続かない。例えるならそれは嵐の前の静けさのようなもので、 それが過ぎれば凄まじい声が会場中に響く。 その声量に、会場の上部に備え付けてある幕がゆらゆらと揺れた。 「それは本当なんですか。」 「詳しくご説明ください。」 「息子さんということは、奥様もいらっしゃるんですよね。」 「いつ頃ご結婚されたんですか。」 「他にお子さまはいらっしゃるんですか。」 「いままで、なぜ黙っていたのですか。」 隅に控えていた報道陣が一斉にステージの近くまで押し寄せてマイクを向ける。 次々に上がる質問の声に快斗と雅斗は軽くため息をついた。 「質問にはお答えしますから、今日はそのために皆様をお呼びしたわけですし。」 「一応、ショーなので下がっていただけませんか?」 ニコリと微笑んで、穏やかな声で述べる2人だが、その笑顔には何とも言えない威圧感があった。 顔は笑っていたが目が全く笑っていなかった。 後に、その場にいた報道陣は口をそろえてこう言ったという。 その笑顔に押し切られてあのしつこい報道陣さえ、 この大スキャンダルにも関わらず渋々とステージのそでへと戻る。 いくら発表するための場だとしても、形式上は2人のマジックショーなのだから。 「えっと、ショーを続けた方がよいでしょうか? それとも家族の事を話した方がよいでしょうか。」 快斗は静まりかえった客席にそう問いかける。 いかなる場合もお客様優先である快斗の態度に、満足しながら 会場の人々は“家族の事を話してください”と反応を返した。 やはり、この十数年、ひた隠しになってきた事が 明るみにでるのだから人々も真実を知りたいのだろう。 “人間は謎があったらその答えに少なからずも興味を抱く生き物なんだ。” 快斗は客席の反応に新一が言っていた言葉を思い出し苦笑する。 やっぱり新一の言ったとおりだと。 「えっと、ますは妻の話からさせて頂きますね。」 快斗は静まりかえった会場を一通り見渡して、一呼吸おくと、そう言葉を切りだした。 日本の、いや、世界の女性の憧れである黒羽快斗の妻・・・。 会場にいるほとんどの観客は、しっかりと快斗の言葉を聞き取ろうと身を乗り出す。 雅斗もまた、その姿を横目で見ながら、 快斗がどのように新一を紹介するのかしっかりと耳を傾ける。 BGMが穏やかな音楽へとかわり、会場の証明が一段階暗くなった。 |