「何してるんですか?優作さん。」

全身黒ずくめで、帽子を深くかぶった男に向かって、雅斗は呆れた声を発する。

その言葉に、男はゆっくりと帽子を取り、困ったように微笑んだ。

 

〜永久花・10〜

 

「よく分かったね。」

「いったい、何の格好なんですか?全身黒なんて。」

「ああ、君は聞いていないのか。新一から。」

 

どうりで驚かなかったはずだ。と

優作は納得したように腕を組んで二度三度、頭を動かす。

 

「何をですか?」

 

雅斗は意味ありげな優作の態度にすかさず疑問の声をぶつけた。

それに対して優作は少し困ったように顎元に手を持っていき、“ふむ”と言葉を漏らす。

その仕草はひどく新一に似ていて、やはり親子なんだと雅斗はしみじみと思った。

 

「雅斗君。よく聞いておくれ。これからきっと君たちに大きな事件が降りかかる。

 オーストリアの時よりも(Angle〜参)大きな事件だ。

 そして何より全ての決着が付く事件だろう。

 私と盗一が立ち向かったが終演を見なかった事件を君たちが終わらせてくれ。」

 

「言ってる意味がよく理解できませんけど・・・・。」

いつものおどけた雰囲気ではなく、真剣な顔つきの優作に雅斗はどこか戸惑いを感じた。

それでも、優作は雅斗の言葉を気にした様子もなく、

一瞬で普段のスーツに戻ると、クルリと背を向ける。

 

そして、片手をあげて人混みの中へと消えていった。

“今日会ったことは君と私だけの秘密だ”そう言い残して。

 

 

+++++++++++++++

 

 

 

家に戻って眠り続ける新一を快斗はジッと見ていた。

聞きたいことがたくさんある。

今日は絶対に来ないと言ったのに、どうしてあの場にいたのか。

新一を不安にさせているものは何なのか。

快斗はその言葉を心の奥底で繰り返しながら、新一に問いかける。

通じないと分かっていても、

どこかで通じていると感じている自分が確かにそこにはいた。

 

きっと聞いても答えてはくれないだろうから。

 

快斗は険しい表情で眠る新一の頭をそっと撫でた。

先程からずっと何かにうなされているようで、時々短い嗚咽を発する。

夢までもが彼を苦しめているのかと思うと快斗は無性に腹が立った。

そして、どうにか少しでも楽にしてあげたいとも思った。

 

「黒羽君。工藤君は?」

「まだ、眠ってるよ。」

「・・・そう。」

哀は快斗の横に立って、そっと細い腕に指を当てて脈を取る。

いつもより若干速いものの、特に異常はない。

原因は極度の緊張感による疲労の蓄積。そんなところであろうか。

哀は新一の手を布団の中に戻して、快斗をチラリと横目で見た。

快斗は新一を見ている。いや、正確に言えばその目は彼をうつしてはいない。

新一の奥にある原因を見て、これからの対策を練っている・・・

 

それは私の知らないことで、私が立ち入りを許可されていない領域。

 

 

「まだ、何も聞かないわ。工藤君が望んでいないのなら。」

 

 

哀は軽食をベットサイドに置いて、ポツリと言葉を漏らす。

快斗は哀のそんな言葉にようやく視線をこちらに向けた。

 

「うん。ごめんね哀ちゃん。」

「そう思うなら、もっと自重して欲しいわ。工藤君も、もちろん貴方も。」

すっかり暗くなった外を暫く眺めると哀はカーテンをしめて部屋を後にする。

快斗はそんな彼女の後ろ姿を見つめながら、“ゴメンネ”と再び声にならない声で謝った。

 

 

+++++++++++++++

 

 

「悠斗、お醤油取って。」

新一に付きっきりの快斗の変わりに台所に立ったのは由佳と悠斗だった。

日頃は家事全般は家族全員で割り振ってあるのだが、料理だけは別だ。

栄養バランスからカロリー計算、それに使用する野菜に至るまで、

徹底的に決められた食事。それを作れるのは快斗だけだった。

もちろん新一が朝食などを担当する日もあるにはあるし、

子ども達も台所に立つこともある。

でも、時間が許す限りは快斗は絶対に食事当番を譲ろうとはしない。

それは、ひとえに体の弱い悠斗や由梨、そして新一の為だったのだが、

今では一種の趣味とかしているようだった。

 

それでも、今夜は別。どんなに大好きな料理でも、新一とは比にならない。

本当は傍についていたかった4人も、哀の言いつけで部屋には行かなかった。

心配ではあるけれど、もし新一が起きていたら、

彼らの入室を望まないだろうというのが哀の言い分だった。

 

あなた達も知っているとおり、彼は弱いところを見られるのが嫌いなのよ。

もちろん、黒羽君は特別だけど。

 

どんなに弱くても、惨めになっても、4人が新一を拒んだり軽蔑することはない。

それでも、新一がそう望むなら・・・その望みを聞き入れよう。

 

「で、今日は何?」

 

醤油を渡して悠斗はぐつぐつと煮えたぎる鍋をのぞき込む。

ジャガイモ、ニンジン、糸こんにゃく、タマネギ、牛肉がゴロゴロと転がっている。

そして、その形には細かい工夫が成されてあり、ウサギ型のニンジンもあった。

 

「遊んでるな。」

「可愛いでしょ。私手先は器用だから。」

 

おたまを手にとって、味見をしながら由佳はニッコリと微笑む。

さも自慢げな由佳の言葉も悠斗には戯れ言らしく、

“あっそ”とそっけない返事を返すだけ。

 

「別にジャガイモが犬型でも猫型でも胃に入れれば一緒だろ。」

「見た目の問題よ。見た目のっ。」

悠斗は慣性がないのね。そう付け加えて、由佳は悠斗を台所から押し出す。

悠斗もそこに留まるつもりはないらしく、あっさりとその場を後にした。

 

ちなみに由梨は国営放送のニュースに目を通し、

今日の事件のあらましを掴んでいるようだ。

雅斗にいたっては、いつものように今日のマジックについて思考を巡らせている。

それは、ひどく見慣れた光景だけど・・・妙に重苦しい雰囲気があった。

 

悠斗がだいたい“今晩のおかず”に興味を持つことさえ珍しい。

おそらく、彼自身も落ち着いていられないのだろう。

兄弟の中じゃ、一番、そういう事件の気配には敏感だから。

 

「由佳姉、なんか焦げ臭い。」

由梨がチャンネルを手に持ったまま、こちらを見たかと思うと、

同時に発せられたのは“肉じゃが”を心配する声。

 

「え、ホントだ。  あつっ。」

 

慌てて鍋に触って、鍋の蓋がカランカランと床に転げ落ちる。

しばらくそれは床の上で回転して、ピタリと止まった。

 

「由佳らしくないな。」

 

雅斗がその鍋蓋を拾って呆れたように手渡す。

そして、由佳のやけどの状態を確認して

たいしたことがないと分かるとスタスタと戻っていた。

 

いつもならからかってもおかしくないのに。

 

「雅斗も・・・・雅斗らしくないわよ。」

「状況が状況だ。俺は現場にいたんだぜ?」

「そうだよね。」

 

軽く肩をすくめて、どうにか丸焦げを免れた肉じゃがをお皿に盛る。

そして、そろそろ快斗を呼びに行こうと由佳がエプロンをとってイスにかけたとき。

 

 

「うわぁーーーーーー!!!!」

 

 

新一の絶叫が家中に響いて、反射的に4人は階段を駆け上った。

 

 

+++++++++++++++

 

 

 

二階には上がったものの、部屋にはいることにためらいを感じる。

それでも新一の状況が心配で、雅斗は先だって扉をほんの少し開いた。

薄暗い室内も月明かりに照らされているためか、

ぼんやりとだが部屋の様子は見ることができる。

4人はお互いに譲りながら中を覗くと、気配を完全に消した。

 

「大丈夫だから。俺はここにいるよ。」

カタカタと震える新一を抱きしめて、快斗は耳元でそっとささやく。

その声に、新一はより一層強く快斗の背中に手を回してシャツを握りしめた。

ゆっくりと背中をさすって、頭を撫でて、快斗は何度も言葉をかける。

優しく、まるで泣いた子どもを母親があやすように、何度も何度も。

そして、新一が再び眠りについたことに気がついて、その体をフトンの中へと戻した。

 

 

「お前ら、のぞきはあんまり趣味がいいとは言えねーぞ。」

 

新一の手を握ったまま、快斗はドアの隙間を見据える。

別に怒ったような口調ではないが、

ここに彼らがいることを好ましくは思っていないようだった。

 

「入るなら入れ。心配なんだろ?」

 

完全に消した気配も、やっぱり快斗には気がつかれてしまう。

階段を反射的にのぼったと言っても、音なんて一度も立てなかったのにも関わらず・・だ。

 

入れと言われて、4人は叱られた犬のようにおどおどと部屋へと立ち入った。

半日ぶりに見る新一の顔はひどく蒼い。目元は泣いていたせいか少し腫れている。

 

「誰なの?」

由佳は快斗が握っていないほうの手をそっと両手で包むと、快斗を見る。

誰がお母さんを苦しめているの?その瞳は恐ろしいほど冷たい。

 

「まだ言えない。これは新一の望みだ。」

 

快斗は語尾を強めに言葉を返す。

“望み”と言われてしまえば彼らが口出しできないことは知っているから。

 

苦虫を噛みつぶしたような表情で由佳は深くため息をついた。

いつも助けて貰っているのに、また何もできないのだろうか。

 

「由佳、お前ができるのは新一の結婚式を盛り上げることだ。

 お前にはそういう才能があるし。全てに片が付いたときの為に準備を頼むな。」

 

「それって・・・・どこかに行くの?」

 

「まだ分からないけど、場合によってはあり得るかもしれない。」

「・・・私たちに迷惑をかけたくないなんて、思ってないよね?」

それこそよけいな心配だわ。由佳は視線を逸らすことなく言葉を続ける。

「家族なんだよ?迷惑なんて関係ないじゃん。」

「それ以前にオレ達にはお前達を守る義務がある。親なんだしさ。」

 

これまでにも数々の事件は経験してきたし、それを運命として受け止めてきた。

だからこそ、快斗の行動が由佳には理解できない。

 

巻き込みたくない?私たちを守る?冗談じゃない。

 

 

そんな怒りに震える由佳の後ろで、由梨は冷笑を浮かべて言った。

 

「私は世界屈指のマジシャン快斗と迷宮無しの名探偵新一の娘。

 そう、簡単に折れる人間じゃない。見くびらないでねお父さん。」

 

巻き込みたくないなら巻き込まれてあげる。守りなんて、不要の産物よ。

 

 

「ただお母さんを苦しめた人間が居る。それだけで私が動く理由には充分なの。」

 

 

「由梨。これはガキが関われる問題じゃない。」

「それこそ今更。いくら止めても聞かないから。例え、お母さんの言葉でも。」

 

 

 

肩にゆったりと羽織っていたカーディガンを羽織なおして、由梨は部屋から出ていく。

由梨にはこの場にいる誰よりも確かな事件へのヒントを持っていた。

それはあの男“ジン”との接触。彼のあの時の瞳は獲物を見据える目。

次に何かを仕掛けるのなら、おそらく自分だろう。

これは、勘でもなく推論でもない・・・・絶対的な運命。

 

 

 

部屋を出ていった由梨に雅斗はククッっと押し殺したような声で笑いはじめる。

我が妹ながら、なかなかの毒舌ぶりだ。

本気で言っている快斗の言葉をはねのけられる数少ない人物の1人。

 

快斗はそんな雅斗の隣で大きくため息をついて、新一の髪に指を通す。

 

「新一。やっぱオレ達の子どもの説得は難しいよ。」

 

 

 

「そうでもないわよ。私はお父さんの言ったとおりにするから。」

「え?由佳姉。めっちゃ怒ってただろ?」

「私には私の仕事があるのよ。」

「じゃあ、俺も俺の仕事をしなくちゃな。」

 

 

雅斗は“おやすみ”と部屋を出る。

由佳もそれに続いて出ていった。

 

 

 

「なぁ、悠斗。あいつらがあれですむと思うか?」

 

「由梨の言葉通り、オレ達が父さんと母さんの子どもだってことを

考慮すればすぐに分かると思うけど?」

 

「だよな。」

 

「今日は夕飯、いらないだろ?」

「ああ。」

「じゃ、おやすみ。」

「おやすみ。」

 

部屋は再び沈黙に包まれる。

快斗はそっと新一の隣に滑り込み、優しく彼の体を包み込んだ。

明日の朝にはうなされて震えていたことも忘れてしまっていればいい。

そう願って、快斗もゆっくりと夢の中へと入っていった。

 

 

あとがき

なんか、結婚式から遠く離れたような。次回は結婚式関係を。

てか、最近シリアスすぎっ。

 

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