何年経っても目を閉じれば瞼の裏に焼き付いているかのように、 鮮明にあの頃を思い出すことができた。 それはきっとこれからも続いていく記憶だと思う。 〜永久花・12〜 まず見えてくるのは、コンクリートに囲まれた地下室。 そして、横で呼吸を荒くする新一、俺は新一を支えるようにして横に立っている。 お互い血まみれ泥まみれで、髪なんて滅茶苦茶だ。 KIDの白い衣装さえも、白地の布だったとは思えないほどに汚れている。 そして、目の前に立っているのは傷だらけのジン。 遠くでパトカーのサイレンだけが鳴り響いていた。 『終わりだな。』 『ああ、今回は俺の負けだ。』 銃口を向けて新一が淡々と終演を告げる。 ジンはその言葉にいつも通りの仏頂面で返事を返した。 新一の引き金が引かれようとしたのを、俺はそっと手を添えて止める。 俺も新一と同様に奴が憎かったし、警察に抑えられるほど おとなしい奴ではないと分かっていた。 多分、これからのことを考えるのならここで殺すのが妥当だ。 でも・・・・ 『離せ、KID。』 『現状を考えてください。警察はそこまで来ているんですよ。』 新一は震える銃口を彼からおろそうとはしなかった。 それでも、瞳には迷いが確かに存在していたから、俺は新一を止める。 本当は大声で落ち着けと叫んで抱きしめたかったけど、穏やかな声を努めて出した。 『私の知っている名探偵はどんな理由があっても犯罪は許さない。 そうじゃないんですか?』 『俺はそんな正義感に溢れた人間じゃない。』 『ええ。でなければ、私と組むことなどしないはずですよ。』 ゆっくりと銃口がおろされた瞬間、俺は新一の手から拳銃を取り上げて、外に捨てた。 警察に所有の理由や出所を聞かれればやっかいだったから。 ジンは立っているのもやっとの状態だから、攻撃の心配はなかった。 『それでは、わたくしはそろそろ。』 『KID・・・また、会えるよな。』 無意識にこぼれ出た寂しそうな新一の顔にどれだけ理性を抑えるのに苦労しただろう。 その時は新一の言葉の意味を理解できないで呆然と立ちつくしてしまった。 だけど・・・刑事達の声で俺は外へ逃げたんだ。 +++++++++++++++ 「顔、にやけてるけど?」 「ゆ、由梨!!」 気が付けば、由梨がドアに寄りかかるようにしてこちらを見ていた。 ひどく醒めた目つきで、呆れたような表情をしている。 昔はあんなに可愛かったのに。と親が思うのはまさにこんな瞬間だろう。 「ご飯、できたって。」 「ありがと。で、由梨はどっか行くのか?」 「友達と買い物に。わりと早く戻ると思うけど。」 綿の涼しげなパンツにブラウスといったシンプルな格好で、 手には先日、誕生日に貰った赤のバックを持っている。 髪型もいつもよりは丁寧にまとめてあった。 だけど、その表情が心なしか硬いのは気のせいだろうか? 快斗はそう思ったが、人混みが苦手なせいだろうと特に気にとめなかった。 このことが後々、ちょっとした後悔を生むことになるとも知らないで。 +++++++++++++++ ひどく晴れ上がった空だった。 由梨は予想以上の日差しの強さと暑さにその綺麗な顔をゆがめる。 それでも出かけないわけにはいかなかった。 通り慣れた路地から表通りへ続く道を進む。 その途中で近所の人と出会って会釈して、どこかにでかけるの?と聞かれれば 使い慣れた作り笑顔で“ちょっと買い物に”と答えれば会話はそれで終わりだった。 もし、自分が殺されたとき、近所の人にどういう子でしたか?とキャスターが聞いたなら 殆どの人が間違いなく“愛想の良い子でした”と絶賛の言葉を並べてくれるだろう。 そう思うと、そんな自分を少し寂しく感じる。 そして一時的に全国民から“かわいそうに・・・”という同情を向けられて、 数ヶ月後には忘れられていくのだろう。 どうしてこんなことを考えてしまうのか。 その理由は自分でもよく分かっている。 自分は今、死に一番近い場所に向かっているのだ。 夜更かしをして調べ上げた裏組織についての情報。 そして、ジンというコードネームを持った男について。 昔から雅兄を通して、情報の入手方法は充分に熟知していたのが功を奏したのか、 欲しかった情報は全て一晩で手中に収まった。 だけど、それが逆に不安にさせる要因でもあった。 仕組まれているのではないか?そう思えるほど簡単すぎたのだ。 赤い鞄をギュッと握りしめる。 この中には発信器と携帯電話、お金とちょっとした小道具がつまっている。 催涙スプレーといった、その辺の防犯グッズはもちろんのこと、 警察には知られたらまずい物も少々含まれている。 騒がしくなる車の音にふと意識を戻せば、いつのまにか大通りの交差点にいた。 帝丹小学校、中学校、高校の通学路になっているここは平日なら 学生達でごった返している時間だろうが、あいにく今は夏休み。 こんな朝早くから遊んでいる学生もいないのだろう。 目に付くのは朝帰りの女性や、営業に走るサラリーマンばかりだ。 由梨はしばらくコーヒーショップで時間を潰してから、米花駅へと向かった。 待ち合わせは11時。今から行けば5分前にはつくだろう。 駅の前は人通りが少なく、ベンチに1人の老人が犬を連れて座っているくらいだ。 由梨はとりあえず待ち合わせの時計の下に立っていた。 いつもなら、こんな目立つ場所に数分いたならば、 すぐに遊び相手を捜している男達に声をかけられるところだが、 好都合なことに今日はそんな男達も見あたらない。 すべてが、由梨に味方をしている。そんな感じだ。 「逆にそれが気味悪いかもしれないけど。」 そう言って上にある時計を見れば、長針は11の文字を差していた。 約束の時間。あの銀髪の男はどこから来るのであろうか。 +++++++++++++++ 歩美が工藤邸に到着したのは、由梨が家を出てから数分後のことであった。 新一の真剣な声に、慌ててここまで走ってきたせいか、 若干息は乱れて、額には汗がにじんでいる。 歩美はかるく髪型を整えて、額の汗を桜色のハンカチで拭うとベルを鳴らした。 「は〜い」 明るい声と共に、エプロンをつけた由佳が飛び出してくる。 そして、歩美を視線に止めるとあれ?っと言った感じで不思議そうに駆け寄ってきた。 「歩美さん、どうしたの。」 「工藤さんに呼ばれて。急いできたの。」 「そうなんだ。それならそうとお母さんも言ってくれれば良かったのに。 朝ご飯、もう食べちゃったよね。だって11時近いし。」 「ひょっとして、由佳ちゃん達は今から?」 「うん。昨日からバタバタしてたから。お母さん達と一緒に昼ご飯ってことで食べない?」 「そうしよっかな。由佳ちゃんのご飯、おいしいから。」 歩美は本当に嬉しそうにほほえんでそう言った。 お客様用のスリッパを取り出して、歩美の足下に置くと 由佳は“ちょっと待ってて”と慌てて片づけをしに食卓へ向かう。 それがまるで、主婦のようで歩美はクスッと笑みを漏らした。 久しぶりに訪れた工藤邸は、いつもと変わらぬ暖かさがある。 歩美にとってここはいつも不思議な空間だった。 小学校の頃は“幽霊屋敷”とよんでいて、その存在はどこか近寄りがたかったけど、 住人が増えるに連れてその場所は暖かな物に変わっていく。 小学校高学年の時、招かれて見に行った赤ちゃんも今はりっぱな高校生とは・・・。 「歩美さん?」 「あっ、ごめん。もういい?」 「うん。ちょっと洗濯物が片づいてなかったから。どうぞ。」 由佳の声に歩美は慌てて、部屋の中へと入った。 テーブルの上では暖かいおみそ汁が湯気を立てている。 “暑い夏であっても、由佳は必ずおみそ汁を作るんだ。どうも、俺はそれが苦手で” 事務所で新一が一度、そう漏らしたことがあった。 夏の暑い日に朝からでも暑い物は受け付けないとは、 なんとも工藤さんらしいとその時は思ったが、 確かに火照った体には少々難儀な物である。 歩美はとりあえず席について、他の人達が来るのを待った。 数分後、新一が顔を出し、それが封切りのように、次々と黒羽家の面々が揃っていく。 そして、由梨以外の全員が揃ったところで朝食兼昼食は始まった。 わいわいがやがやと何事もなかったように会話が弾んだ食事が終わって、 歩美は新一と快斗と共に、書斎へと向かった。 2人のいつもとは違う雰囲気に歩美もごくりと息をのむ。 きっと、重要な話なのだろう。 それでも、3人の子ども達はまるで気づかない振りでもしているかのように 3人が席を立っても談笑を止めることはなかった。 「何かあったんですよね?」 最初に口を開いたのは歩美だった。 2人に向かい合うようにして席に着き、不安げな瞳を向ける。 それは第三者からすれば、面接のような光景でもあった。 「詳しいことは話せないけど、依頼人が亡くなった。」 歩美は新一の言葉に二の句が繋げなかった。 頭を鈍器で殴られたような衝撃が脳内を駆け抜ける。 ようやく幸せに近づいたと思ったのに。 歩美はしばらく呆然としていたが、新一や快斗が話を進めることはなかった。 まるでこの先の言葉を必死で探しているように彼女には感じられた。 自分が納得するだけの理由を、周りの書物に視線を移したりしながら考えているのだと。 「私はどうすればいいんですか?」 歩美の瞳から不安の色は消える。 彼らが居てくれるならなにも心配することなど無いと初めから分かっていたのだから。 「しばらく灰原と行動を共にして欲しい。」 「哀ちゃんと?」 「うん。隣に事が落ち着くまで住んで貰えるかな?哀ちゃんには了解をとってあるし。」 「はい。それが、お二人が一番動ける状態なんですよね。」 歩美の笑みに、快斗と新一はホッとため息を付く。 そして同時に彼女の機転の良さには、助けられると感じた。 「工藤さん、黒羽さん。・・・犯人絶対に捕まえてくださいね。」 書斎を出ていくとき、歩美は1つだけお願いをする。 それがどれだけ彼らに重みを与えるのかを知りながらも、いわずにはいられなかった。 あとがき 次回こそは、結婚式風に新ちゃんの衣装あわせを書きたいと思ってます。 あと、それにプラスでジンと由梨ちゃんの対面かな? |
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