〜永久花・11〜

広がるのは暗闇。足下も見えないほどの闇。

その先に俺は1人の男を見つけた。

誰だ?俺は男に問いかける。

その声に男の口元がゆっくりとつり上がるのが分かった。

暗闇でその顔は見えないけれど、肩に刻まれた刺青ははっきりと見えて。

俺はその男の正体が誰であるかを直感的に悟る。

男は俺の表情の変化を楽しそうに見ているようだった。

俺はゆっくりとそいつに近づく。

一歩、そしてまた一歩。

男はピクリとも動かない。

 

ピチャン

 

水たまり?

靴をはいていない足になにか液体を踏んだ感覚を覚える。

そのドロリとした液体に俺は片手をそっと浸けた。

『綺麗な色だろう』

男がようやく口を開く。

液体の色なんて、暗くて見えないけれど、俺はそれが血液だと分かった。

そして、男は銀色に鈍く光るナイフを俺に見せつける。

目がだんだんと暗闇に慣れたためか、

そのナイフの形や刻み込まれた装飾がよく見えた。

『周りを見て見ろよ。』

男の言葉に、俺は辺りを見渡す。

どこからともなく、弱い光が差し込んで辺りを照らした。

 

『おまえのせいで、みんな死んだんだよ。』

 

そこで夢は終わる。いや、終わらせる。それが夢であってほしいと願いながら。

 

 

+++++++++++++++

 

 

「おはよう。新一。」

新一はゆっくりと上体を起こして、声のする方向に寝ぼけ眼のまま視線を向けた。

穏やかな表情で微笑んでいる快斗が、“起きてる?”っと

おどけた口調で新一の顔をのぞき込む。

そこで、ようやく新一は夢の終わりを実感した。

 

「新一?」

「なんか、嫌な夢を見た。」

「うん。」

「・・・覚えていないけど。」

「なら、忘れていなよ。」

優しい手が新一の頭を包み込む。

抱きしめられた状態では、快斗の表情を伺い知ることなどできはしなかった。

それでも、快斗の腕の中はひどく安心する。

新一はしばらく快斗に体を預けていたが、

聞き慣れた電子音にそこから体を離すと、

ベットサイドにおいてある銀の携帯電話に手を伸ばした。

 

ディスプレイには案の定、予想していた名が表示されている。

「高木さん?」

『あ、朝早くにすみません。』

 

昔は目暮からの電話が頻繁になっていたが、警視になってからは

実際の現場に赴けないため、警部補の高木が新一に連絡することになっていた。

若干、慌て気味の高木の声に新一は、先程の夢を徐々に思い出しはじめる。

高木が電話の要件などを告げる声がどこか遠くで聞こえていた。

 

『それで、犯人が分からないんだけど。現場に来て貰うことはできるかな?』

 

昨日の一件を気遣って、遠慮がちに高木は言葉を切りだす。

もし、この内容を哀や快斗が聞いていたら、即行怒鳴り倒していたことだろう。

 

「すみませんが、僕が行ったとしても犯人は分かりません。」

『え?』

「今日は体調が優れないので。」

『あ、うん。本当にごめんね。ゆっくり休んでよ。』

 

落胆した高木の声を耳の奥に留めながら、新一は携帯電話を元あった位置に戻す。

快斗が呆れたようにこちらを見ているのが気配で感じ取れた。

 

「警察?」

「ああ。」

「まったく、昨日の今日だって言うのに。いい加減にして欲しいよ。で、何かあった?」

「ん?」

「いや、新一の顔が蒼いから。」

 

そんな言葉と共に困ったように微笑む快斗に新一は軽くため息を付く。

どんな時でも一発で彼にはばれてしまう。まぁ、それはお互い様なのだが。

新一はそう思いながら諦めたように口を開いた。

 

「昨日の俺に銃口を向けた男とその奥さんが今朝方殺害された。」

「え?だって、男は警察に身柄を預けられたはずだぜ?」

「だから、警察も頭を抱えてるんだ。信用問題に関わるからな。」

ベットから立ち上がって、新一は傍のイスにかけてある上着を羽織ると鏡を見つめる。

ひどく疲れた表情をしているのが自分でもよく分かった。

 

「なぁ、快斗。守る者が増えれば増えるほど人は弱くなるんだな。」

「そうだね。でも、強くもなれるんだよ。」

 

新一の突拍子もない言葉に込められた意味を快斗はしっかりと理解して、

にっこりと微笑んだ。

守る者が多ければ多いほど人は弱くなり、そして同時に強くなる。

その気持ちをずっと感じて生きてきた。

失う恐怖に弱くなり、守るために強くなる。

それは避けられない人間の定理。

 

「絶対にこれ以上は誰も死なせない。」

「そのなかに、新一もきちんとふくんどけよ。」

 

快斗の最後の言葉に新一は何の返事も返すことなく、部屋を後にした。

 

 

バタンっと閉じられた扉を快斗はしばらく見つめて快斗は深くため息を付く。

そして、ベットにどかりと座り込んで、快斗は新一が先程見つめていた鏡に視線を向けた。

日が射し込み、カーテンが揺れる姿がそこには鮮明に映し出されている。

穏やかな朝のヒトコマを鏡の中の世界は肥大して演出しているように

快斗には感じられた。

 

新一は1階に降りると、誰もまだいない書斎の方へ足を向ける。

ギシギシと随分古くなった廊下が軋んだ。

廊下の先にある、書斎は昔と変わらないすがたでそこに存在する。

自分に偽名をつけた場所でもある書斎は

ひょっとしたら始まりの場所であったのかも知れない。

 

新一は書斎の中から一冊の本を抜き取った。

作者・・・コナン・ドリル

「江戸川コナンか。」

古びた机に本を置いて、一番下の引き出しを引く。

そこにあるのは、初めて自分を偽るためにかけた眼鏡。

 

「今でも信じられないな。」

 

若返って過ごした日々が、記憶の中には確かに存在するのに、

それが現実にあったことは次第に忘れつつある。

だからといって、トロピカルランドで彼らに遭遇したことを悔やんだことは一度もない。

もし、あの一件がなかったなら、今は確実に存在しないのだから。

 

新一は十数年前に思いをはせながら、携帯電話を取り出す。

電話をかけた先は、吉田歩美だった。

 

『はい、吉田ですけど。』

「あ、歩美ちゃん。」

『工藤さん。大丈夫なんですか?』

「心配掛けてごめんな。それでさ、事務所のほうなんだけど。」

『しばらくお休みするんですよね。だと思って、今、張り紙をしときました。』

「今?じゃあ、今、事務所にいるのか!?」

 

新一は歩美の言葉に我が耳を疑った。

そして、同時に速く彼女に連絡しなかったことを悔やんだ。

なぜなら今、一番危険な場所こそ、あの探偵事務所なのだから。

 

『はい。それがどうかしましたか?』

「急いで、俺の家まで来てくれるか?話したいことがあるんだ。」

『は、はい。分かりました。』

 

「まったく、思考力がにぶってんじゃねーのか。俺。」

 

電話を切って、新一は怒り任せに頭をかき回した。

ジンの言葉通り平和ボケしている。

あの頃の機敏な判断も今となっては同等にできるかどうかさえ危うい状態だ。

その場その場の適切な判断ができなければ、あいつらに勝つことは難しいというのに。

「負けるわけにはいかねーんだよっ。」

目の前にある、“コナン”の3文字が妙に勘に障った。

 

あとがき

ぐるぐると頭の中で何かが廻ってます。う〜ん。

 

 

Back                 Next