先日購入した小説をよみながら、由梨は目的の人物が現れるのを待っていた。

いったい誰が来るのか分からないが、

あれだけ餌をまいたのだから飛びつかないはずもない。

それは確信に誓い気持ちだった。

 

 

〜永久花・13〜

 

コツコツコツ

 

ヒールの音が近づいてくる。

それでも由梨は気がつかない振りをして小説を読み進めた。

 

コツ

 

ヒールの音が目の前でとまり、本に影を作る。

そしてそれでやっと気がついたかのように由梨は顔を上げた。

 

綺麗な若い女の人。

端的に表すならその一言だろう。

耳にアメジストのピアスをつけて、髪は茶色・・ゆるくウェーブがかけてある。

そして服装は、グレーのスーツ姿で一見すればどこにでもいそうなOLや受付嬢だ。

化粧は口紅とファンデーション程度で、印象も悪くはない。

だけど・・・・

由梨は相手に好印象を抱きつつある自分を一喝した。

彼女は間違いなく、自分の母に害を与えた人間の仲間だ。

その証拠に手の甲には不思議な紋章のような刺青が入っている。

 

 

「ずいぶんとかわいらしいお嬢さんね。工藤さんの娘さんかしら。」

「初めまして。」

 

女性は由梨の隣にゆっくりと腰を下ろした。

その瞬間、甘いコロンの匂いがする。

由梨はそっとその横顔を眺めた。

女性はそれに気がついてニッコリと微笑む。

だけど、瞳はまったく笑っていない。

 

「私の名前は、紹興酒(シャオ・シン・ジュー)中国では有名なお酒よ。

 でも、シャオそれでいいわ。」

「お酒がコードネームって、ずいぶんと洒落ているのね。」

「あら、貴方はお母さんに何かを聞いたわけでは無いの?」

「みんな、そう聞くわ。自分で調べたのよ。誰かを頼ることは好きじゃないから。」

「そう、そう言う考え方、好きだな。私他力本願って大嫌いだから。

 気に入ったわ由梨ちゃん。一緒にいらっしゃい。

 貴方が会いたい人のところに連れて行ってあげるから。」

 

手を伸ばすシャオに由梨は一瞬とまどった。

このまま彼女についていって良いのか。

自分はまだ彼ら組織の大きさを熟知しているわけではない。

新一があれほどおそれる存在を軽視しているわけではないのだ。

このまま死ぬかも知れない。殺されてもおかしくはない状況。

 

「怖いの?それなら来なくても良いのよ。」

「行かないわけ、ないでしょ。」

 

自分からふっかけた喧嘩だもの。

 

「それでこそ由梨ちゃんよ。」

 

シャオは嬉しそうにほほえんで歩き始めた。

うまく口車に乗せられたきもするが、今はそれでいい。

真実を知ることを怖がっていては何もできないのだから。

 

 

+++++++++++++++

 

 

歩美が帰った後、由佳や悠斗、それに雅斗までどこかへ出かけて、

快斗と新一は久々の2人の時間を過ごしていた。

外は猛暑だが、部屋はとても涼しく、新一はソファーに横になって天井を見つめる。

快斗はその傍でなにか資料に目を通していた。

 

「あっ。」

「何?」

「シミ・・・。」

 

真っ白な天井の端っこに、いつのまにか小さな黒いシミ。

先日降った雨が原因だろうか。この家も随分と年季が入っているし。

新一はそんな事を思いながら、首を横にして向かい側にいる快斗を見た。

 

さっき一瞬こちらを見たものの、何をしているのかすぐに資料に視線を戻した彼。

随分と重要なモノなのだろう。表情は硬い。

 

あいつって、あんなにマツゲ長かったっけ?

 

クッションを抱いたまま、快斗をしばらく観察する。

じっくりと彼の顔を見るのは久しぶりで、ちょっとした発見があった。

癖毛のねじれ方や、読むときにたまに口元に手を当てる癖。

長い間一緒にいたはずなのに、全く気がつかなかった。

 

「何?俺ってそんなにかっこいい?」

「はぁ?」

「だって、ずっと見つめてたじゃん。」

 

 

気づいてたのかよ・・・

 

新一は拗ねたように視線を逸らして、抱いていたクッションに顔を埋める。

快斗のクスクスという笑い声が聞こえた。

 

 

「新一。」

「ん?」

「ねぇ、新一。」

「何だ?」

「新一〜♪」

「だから何だよ。」

 

 

何度も名を呼ぶ快斗に新一は少し不機嫌顔でクッションから顔を上げる。

するとそこには思っていたよりもずっと傍に彼の顔があった。

 

 

「しよ?」

「馬鹿?」

「なんだよ。久しぶりに2人ッきりじゃん。」

「いつも夜中に襲ってるのはどこのどいつだ。それに俺は昨日倒れたんだ。」

「え〜。こんなチャンス少ないのに。特に2人で昼間の時間なんて。」

「そう言えばそうだな。」

 

言われてみれば、出かけるはずの多い休日までも必ず子ども達が家には居た。

まるで仕組んだように、うまくずれて誰かが傍にいた気がする。

 

「なんでだ?」

「あ〜あ。新ちゃんは何も分かってないんだね。」

「何だよ。その言い方・・。それにどさくさに紛れて人の上に覆い被さるな。」

「照れてたころの新ちゃんが懐かしい・・・。」

「ほぼ毎日されて毎回照れてたら身が持たねーんだよ。」

 

呆れたような新一の言い方にごもっともだと快斗は苦笑する。

子どもができたら夫婦の営みも少なくなるとよく言うけれど、

快斗達にはその常識はあまり当てはまらないらしい。

 

 

それにしても、あいつらがいつも邪魔するんだよね。

 

 

快斗はふと、子ども4人の事を思い出してため息をつく。

4人で協力して、阻止しようとしはじめたのは、たぶん小学校にあがってから。

快斗と新一の休みが重なった日には、なんでか誰かが必ず家にいるのだ。

ひどいときはずる休みまでして。

 

それなのに、新一は全然気がつかないし。

 

「何だよ、ため息ついて。」

「ちょっと、考え事。」

「やる気がないならどけ。俺は忙しいんだ。」

「天井観察に?」

「蹴るぞ。」

「冗談だって。それにやる気はいつも満々だよ。」

「ああ、知ってる。年中無節操男だからな。」

 

そう言って笑う新一の口を自分の唇で塞ぐ。

いつもこんな始まり方だけど、それを新一が好んでいることは快斗も知っているから。

 

キスの雨をたくさん顔の至る所に降らせて少しずつ首元へとおろしていく。

手がゆっくりと新一の腰に回って・・・そのまま・・・

 

 

 

チリリーン チリリーン

 

 

 

「ストップ!!」

「いいじゃん。電話なんて。」

「いいからどけ。今、オレ達が何しでかしてるか分かってるだろ。」

「夫婦の一番大切な営み♪」

「違うっ。」

「分かってるよ。それに俺が出る。新一は待ってて。」

「一文一句、端折らないで伝えろよ。」

 

新一はシャツの外しかけたボタンを留めなおして、起きあがった。

快斗は前髪を掻き上げると、めんどくさそうに電話を取る。

そして、急に真剣な顔つきになった。

 

やっぱりあいつらか。

 

その表情の変化に、新一は深くため息をもらした。

 

あとがき

由梨ちゃんががんばってる時に、2人は何をしてるんだって感じですよね・・。

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