駅を出て30分、大通りから少し道をそれたところに

セキュリティー完備の高級マンションはあった。

灰色の落ち着いた色調、上級ホテルのような雰囲気のロビー。

観葉植物が至る所に飾られてあり、照明はやや暗めだった。

 

 

〜永久花・15〜

 

 

「部屋は15階よ。」

「最上階?」

「ふふ、私のどこにそんな財源があるのって顔をしてるわね。」

シャオは指紋照合システムに指を押し当てて、クスっと笑う。

 

由梨はそれに対して、特にコメントを返さなかった。

別段、彼らの稼ぎに興味はないのだ。

 

最上階につき、突き当たりの部屋のオートロック式扉を開ける。

由梨は彼女の後に続きながら、部屋に潜む気配を全身で感じ取った。

2人・・・いや3人?

 

「連れてきたわよ、ジン。」

「ああ。」

 

カーテンを閉め切った部屋。中央にソファーがありそこに2人、座っていた。

そして一番奥の漆の施してある高級感をもったデスクに、金髪の男が座っている。

 

「シャオ。彼女が由梨ちゃん?」

「ビット。貴方が来るなんて珍しいわね。学校は?」

「夏休み。なぁ、それより彼女が由希の娘?」

 

そう言って由梨を見上げたのは、小学校5年生くらいの少年。

紅い瞳を除けばその背格好や表情はどこにでもいそうな子どもと同じだった。

 

どうしてこんな小さな子どもが・・・なんて由梨は思わない。

なぜなら、少年の顔は完璧な仮面だと言うことが彼女にははっきりと感じ取れたから。

 

「こんにちは、アクアビットっていうんだ。

 ヨーロッパの蒸留酒の名前でさ、長いから仲間内ではビットって呼ばれてる。」

差し出す小さな手には、無数の傷跡があった。

そして、血管は浮き出ていて、いかにも老人の手腕を連想させる。

由梨はその手をいぶかしげに見つめながら、握手を返す。

予想通り、ヨボヨボのざらついた手の感触を感じた。

 

「まだ、試作段階でさ。」

「50は過ぎてるみたいね。」

「ご名答、今年で実質54歳だよ。」

ニコニコと微笑む少年に由梨は軽いめまいを覚えた。

 

「彼は名医なの。まぁ、科学者でもあるけどね。」

「シェリーにつぐ、大物だよ。」

「エール。その表現、俺が嫌いなの知ってるよな・・。」

「わりぃ。ついつい。まぁ、そんなに怒るなよ。」

 

ソファーに座っていた男の軽口に、

ビットは先程の明るい雰囲気を一変させて彼を睨み付けた。

ゾッとするほどの殺気と憎悪に、由梨は改めてここがどこなのかを思い知らされる

 

エールはしばらくビットと口論した後、由梨のほうに近づいてきた。

どうやら、彼らはいわゆる犬猿の仲らしく、話がまとまることはないらしい。

 

「騒がしくって、ごめんね。初めまして、由梨ちゃん。」

「初めまして。」

 

由梨は長身の男を見上げた。

薄暗い部屋の中で、彼の顔はぼんやりとしか見えないけれど、

西洋人であることは間違いないようだ。

年齢は、20代にはいったほどだろうか?

この状況で分かるのはそこまでだった。

 

 

 

 

「僕の分析は終わった?」

「終わったと言ったら?」

「じゃあ、ちょっと眠ってようね。」

「え?」

 

あっと言う間のことだった。

パチン、と耳元で音が聞こえたかと思った瞬間に意識が飛んだ。

例えるなら真っ暗な海に体が沈んでいくような気分。光が全て消えた。

 

うそっ

 

消えゆく意識の中、シャオとエールの満足げな笑みがぼんやりと見えていた。

 

 

 

 

「さすがね、エール。」

「催眠術師の俺にかかれば軽いよ。黒羽快斗にはちょっと借りがあるからね。」

 

エールは由梨をソファーに寝かせると、タバコに火をつける。

紫煙が暗い室内に揺らめいている。

 

「エール。由希にもかけるんだろ。」

「なんだ、ビット。さっきから由希にばっかり気がいってるな。」

「コレクションに加えたいんだよ。催眠で操っても良いけどキズ物にしないでくれ。」

 

ビットはそう告げると、用は済んだとばかりに黒いランドセルを背負う。

 

「じゃっ、お母さんが待ってるから。」

「自分の娘の年と同じ年齢の女がお母さん・・・か。」

「演じるのは楽しいんだぜ、結構。」

 

にやりと笑うビットに“お気の毒ね”とシャオが言葉を漏らす。

それは、どちらに向けられた言葉なのか、エールには計り知れなかった。

 

 

ビットが去って3人となり、エールは早速由梨に催眠術をかける。

彼が施したのは、後催眠と呼ばれるジャンルで、

術者の指定した刺激で術にかかった人間は一定の行動をとるというものだ。

 

 

「どういう行動をとるのか、教えてくれないのかしら?」

「それはあとでのお楽しみだね、シャオにも気に入って貰えると思うけど。」

「そう、なら期待しておくわ。ところで、ジン。

 これで日本での仕事は終了。あとはハワイに行って動けばいいのよね。」

 

シャオの言葉にジンは黙って頷いた。

そして、由梨に近づくと、そっとその寝顔を見下ろす。

 

「似ているな。」

「ジン、貴方まで工藤に惚れたんじゃないでしょうね。もし、そうなら・・。」

「相変わらずジンにお熱だなぁ。シャオは。」

 

ケラケラと笑うエールにシャオはキツイ視線を送った。

ジンはそんなやり取りにも興味がないらしく、また、自分の席に戻りパソコンに向かう。

シャオはそんなジンに寂しげな視線を向けた。

 

どうすれば、自分の気持ちは届くのだろうか?

彼をみて思考を埋め尽くすのはこのことだけ。

一方通行の恋。

 

 

「由梨はあと1時間もすれば目を覚ます。

 場所は近くの公園がいいから、シャオが連れて行ってよ。

 もちろん、会った記憶は全て隠蔽された状態だけどね。」

「どうして、私が。」

「シャオ、命令だ。お前がいけ。」

「・・・はい。」

 

パソコンのキーを叩きながらシャオに視線を合わせることなく告げられる命令。

こんなにも相手にされなくとも、シャオは彼のそばを離れることなどできなかった。

シャオは由梨を背負うと、部屋を後にする。

少しだけ厚着にしていたから風邪などはひかないだろう。

 

背中で気持ちよさそうに眠る彼女を見ていると、自分の決心が揺らいでしまいそう。

彼が正しいことをやっていないことは分かっているけど、

どうして嫌いになれないのかしら。

 

後ろ手で扉を閉めて、シャオはいつのまにか曇った空を見上げた。

雨が降らなければいいけど。そう思いながら。

 

 

 

 

 

「なぁ、ジン。」

「なんだ。」

「どうして、女なんてチームに加えたんだ?」

 

エールは持参のウイスキーをグラスに注いで美味しそうに飲みながら

ジンの肩に手をかけた。

そして、挑発するかのようにグラスの氷をカランカランと彼の耳元でならす。

 

 

「人を逆なでするのがお前の得意技か・・。」

「まさか。げんにジンは俺の行動に微塵の感情も起こしちゃいない。

 あんたが感情を示すのは、あの2人だけだからな。」

「言ってろ。」

 

エールの言葉は確かに図星だった。

彼らに負けた後から、心を占めるのはKIDと工藤への復讐心だけ。

それ以外のことは、はっきり言ってどうでもいい。

 

 

高校も、友人も、そしてこの仲間も。

 

 

「ジン。俺の質問に答えろよ。あの女を加えたわけを。まさか、惚れたのか?」

「愚問だな。」

「まぁ、確かにあの女はその手の仕事の腕は立つけど。あとは、床のお相手とか?」

「あいつは後で利用価値がある。それに、俺を裏切れないからな。お前と違って。」

「随分な言われようだな。まぁ、いっか。

 それじゃあ、俺は今から黒羽家に電話するから。帰るぜ。」

 

左手に持っていたタバコを灰皿に押し当てると、エールはサングラスをかける。

そして、夏場にはどこか暑苦しい黒いスーツを着込んだ。

 

「この衣装、換えねーの?」

「・・・。」

「嫌ならいいんだけど。暑いんだよなぁ、夏場は。」

 

エールはしばらく愚痴をこぼしていたが、

ジンに相手にされることがないと分かると部屋を出ていった。

 

彼が出ていった後、ジンはクーラの設定温度を2度だけ上げる。

そして、また狂ったようにパソコンのキーを叩きはじめた。

 

 

あとがき

とりあえず、敵のメンツを。

まぁ、あとは幹部が数十人いますが、端折っておきます(苦笑)

 

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